62食目 甘えん坊
それから、待つこと十五分ほど。ようやく俺たちは店内に入る事を許された。照り付けるお日様は容赦がないので日傘を持ってきて正解である。
途中、日射病に掛かった連中を治療していたのはヒーラー協会には内緒だ。
「ふきゅん、ひんやりとして気持ちいいんだぜ」
「冷房が効いてますね。少し肌寒いくらいです」
甘い香りで満たされた店内は白とピンクとで統一された、ファンシーな空間となっており、そこかしこに可愛らしい装飾が施されている。いかにも女子の受けを狙った装飾たちであり、幼い女の子などは目を輝かせて店内を眺めていた。
無論、男の魂を持つ俺にとっては、居心地が大変によろしくない。しかし、カスタードプリンのために、この試練に耐えてしんぜようではないか。
脳内映像で大量の吐血を炸裂させながらも、俺は商品ケースに陳列されるプリンを眺めた。
「うおっ、フォクが言ったとおり、イカれた種類のプリンがあるな」
「えぇ、種類が多過ぎて目移りいたしますね」
「取り敢えず、全部購入するか」
「それでは、他のお客様が困ってしまいますわ」
俺の邪悪な発想を窘める声があった。それは、柔らかな言葉使いではあるが男性の声である。
上から降り注ぐ声に、俺は顔を上げる。そこには、可愛らしいコックコートに身を包む、逞しい男性の姿があった。
刈り込んだ黒髪に男前の顔の彼は、この店の店長、カルゼクト・グロウザック。どうみても、スイーツの料理人には見えない。どちらか、といえば土方のあんちゃんだ。
「やぁ、店長。久しぶりなんだぜ」
「お久しぶり、少し大きくなったかしら?」
彼は女性的な口調で話すが、決してオカマではない。趣味も武術であり、店内でこそ可愛らしいコックコートを身に纏っているが、それ以外はワイシャツにジーンズ、という男らしい姿で生活をしているのだ。
彼が何故、この口調になったかは、四人のずぼらな姉が原因と聞いているが定かではない。
詳しく聞こうとすると、彼は苦笑いを見せて話をはぐらかせてしまうのだ。きっと、語るにも憚る黒歴史が存在するのであろう。
そこには踏み込めないし、踏み込んではいけない、と本能的に察した俺は長生きできる。
「ところで……今日は、どのプリンちゃんを御所望かしら?」
「ふきゅん、迷った挙句が、カスタードプリン」
「うふふ、殆どのお客様が、そうおっしゃられるわね」
どうやら大多数が俺と同じ結末を辿るらしい。なんという因果なプリン専門店であろうか。
ほんのちょっぴりの脅威と恐怖、そして甘ったるいラブリーさを感じながら、俺は笑顔を見せる。それに釣られて店長も男前な笑顔を見せた。
店を後にする俺たちは、カスタードプリンをたっぷりと購入してエティル家を目指す。
実はエティル家の面々、このカスタードプリンに目が無い。メイドさんたちも、このプリンを前にしては、いけないことをされる攻略対象キャラクターのように大人しくなってしまうのである。
そんなわけもあってか、実家に帰る時はこれをお土産に買って帰る場合が大半だ。
中央区から実家のある北区までは、さほど遠くも無く、日が暮れる前には到着。丁度、玄関先を掃き掃除していた妙齢のメイドさんに発見され、家の中へと通される。
「旦那様、エルティナお嬢さ……」
「よくきたね、エルティナ」
そして、このパパンである。メイドさんが俺の到着を告げる前に俺の下へと高速移動、激しくメイドさんのロングスカートを巻き上げた。
なるほど……黒のTバックか。攻めてるなぁ。
顔を真っ赤にさせたメイドさんは、恥ずかしそうにペコリと一礼して立ち去った。
そして、ヤッシュパパンのほっぺに、真っ赤なモミジが発生している件について。だが、自業自得である。
「あらあら、おかえりなさい、エルティナ」
「ただいまなんだぜ、ディアナママン」
そして、平手打ちの音を合図にのんびりと玄関までやって来るディアナママンは、ヤッシュパパンの頬に爆誕したモミジに爆笑する。
そんな心の傷を癒そうと、彼は俺を抱き上げる。そして、俺は寒気を感じた。
この構えは、悪夢の殺人技の一つ【デッドリー・チクリッシュ・オヒゲーノ】だ。
説明しよう、【デッドリー・チクリッシュ・オヒゲーノ】とは、剃り残しの短い髭で幼い子供の頬を摩擦し度し難い大ダメージを与える、という残酷な必殺技である。
これを受けた子供は、まず間違いなくトラウマを残す。この俺のように。
「エルティナ、パパンの心の傷を癒しておくれ」
じょり、じょり、じょり、じょり、じょり、じょり……。
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
致命的なダメージが頬を蹂躙する。俺はこの攻撃に対して無力、ただ耐えることを強いられた。ありとあらゆる拷問の中でも、こいつに耐えれるヤツは果たしているのか。
そう思わせるほどの絶望的な痛みに、俺は速やかに白目痙攣状態へと陥った。
「はい、そこまで」
「あぶひっ!?」
俺が死に掛けていることを認めたディアナママンが救いの手を差し伸べてくれた。代わりにヤッシュパパンは瀕死である。どうすればいいのだ、この状況。
「大丈夫だった? あの人のお髭は凶器ですからね」
「痛かったんだぜ」
と俺はディアナママンの豊満な胸に、真っ赤になっているであろう頬を埋める。おぉ、役得、役得。
男ではできないであろう行為も幼女なら可能だ。ぽよんぽよんの彼女の胸に頭を預けていると、彼女の心臓の鼓動が聞こえてきて安心感を覚える。
それは、きっと本能から来るものだろうと考えつつ、母の温もりを堪能した。
「どうしてこうなった?」
そして、大ピンチを迎えることになる。俺は迂闊であったのだ。ディアナママンが俺の甘えを容認していたのは、これが狙い。
「あらあら、まぁまぁ、似合い過ぎて怖いわぁ」
「奥様、こちらはいかがでしょうか?」
「ナイスよ、よくぞ保管しておいてくれました」
恐怖、着せ替え人形の刑! 珍獣は果たして生き延びる事ができるのか!?
答え、死にました~。
「教えてくれ……俺は、あと何着、着替えればいい? 桃先輩は答えてくれない」
実際に桃先輩に聞いてみたところ、割と本気で怒られた。誰か助けてっ!
「うふふ、流石に全部は着させないわ。日が暮れてしまいますからね」
「ほっ」
「だから、数日に分けて全部着てもらいます」
それは、事実上の死刑宣告も同然であった。これに、俺はプルプルと震える哀れな子羊となり果てる。慈悲なんてなかった。
そんな俺は止めに、白を基調としたロリータ風のドレスを着せられる。緑色の装飾がポイントとなっており、なかなかに格調高いデザインとなっていた。
「おぉ、いいんじゃないのか?」
「そうね、エルティナのプラチナブロンドの長い髪が良く映えるわ」
俺はディアナママンによって、くるりと一回転させられる。ふわりとフリルが大量に散りばめられたスカートが浮く。
「うん、いいわね。可愛いわよ、エルティナ」
「ふきゅん」
彼女にそう言われ、大きな一枚鏡に目を向けると、そこには謎の美少女がっ!
残念、珍獣でした~。
と冗談はさておき、意外にもさまになっている。俺が貝のように口を閉じ、一切の行動を禁じ、悟りを啓いたかのように穏やかな表情をすれば、貴族のお嬢様である、と万人が信じるであろう。
だが、このいずれかが破られると、たちまちの内にドレスを着せられた珍獣と化すのだ。つまり、どう足掻いても、貴族のお嬢様にはなれないということである。
俺が鏡の中の俺を見て、おまぬけな顔を晒していると、何やら騒がしい足音が近付いて来た。そして、けたたましくドアが開かれる。
「うおぉぉぉぉっ! 間に合ったか!」
「兄さん、ノックしてから入りましょうよ。マナー違反ですよ」
長兄のリオット、次兄のルーカスである。いったい何を慌てているのであろうか。リオットの腕には何かが入っている紙袋が抱えられている。このタイミング、嫌な予感しかしない。
「どうした、リオット。らしくもない」
「父上、遂に例の【アレ】が完成いたしました」
「何? アレが、か!」
アレの完成、その言葉に俺を除くエティル家の面々がギュピーンと目を輝かせた。
身の危険を感じ取った俺は、自由への逃走を試みる……が、ダメっ! ドアは、ルーカス兄によって封鎖っ! 窓際にはディアナママン! 俺の背後にはヤッシュパパン! どう足掻いても絶望! 慈悲は無い!
「ふっふっふ、これを見ろ、エルティナ」
「ふきゅん! そ、それはぁ……!?」
リオット兄が豪華な装飾が入った紙袋から取り出した物とは、赤地に黒と金の豪奢な装飾が散りばめられた見事なドレスであった。即ち、俺に死ね、というのである。
「ほぉ、想像以上の物が出来上がったじゃないか」
「えぇ、ドレス職人の【ゴスロ・リィタ】氏も気合いを入れて制作していましたので」
「エルティナの写真が功を奏したようです」
スッとご自慢の光画機を取り出すルーカス兄。彼の写真の腕前はかなりのものであり、美麗な風景や、人物像を映すのを趣味としていた。
そして、隠し撮りも達人級である。いつの間に撮ったんだ、その俺の写真。
そんなわけで、俺は赤いドレスに着せ替えられる。なんだか、【真紅の稲妻】を名乗っても許される気がしてきて、部屋の中を縦横無尽に駆け回りたくなってきた。
【赤い彗星】と勘違いしてくれるなよっ!
「こ、これは、想像以上だ」
「エルティナの白い肌が映えるわ。赤もいいわね」
「ルーカス、すぐにこの姿を」
「お任せください、兄上」
そして、ルーカス兄の姿が掻き消える。なんの冗談か、跳び回る黒い影。彼は能力の限界を越えて動き回っているのである。ばかやろう。
数々の残像を残し高速移動するルーカス兄に翻弄され、くるくると回される俺は、哀れな珍獣だ。
この謎めいた撮影会はいよいよを以って危険な領域へと突入。これ以上は危険、と判断したディアナママンの介入がおこなわれるまで続いてしまったのであった。ふぁっきゅん。
家族との過酷なコミュニケーションを満喫させられてしまった俺は、ヒーラー協会の自室へ戻りトレーニングを開始。己の肉体を強化すべく酷使する。
「ふっきゅんきゅんきゅん……十分に飯を食べてエネルギー満タンだ。ユクゾッ」
まずは腕立て伏せで腕の筋肉を鍛える。一回や二回は余裕、問題はその先だ。
白エルフは、とにかく身体能力がクソザコナメクジである。それを克服するための筋肉増強プラン。即ち【スーパー・エルティナ計画】であるのだ。
この計画が成った暁には、指先ひとつで全ての邪悪が滅びることになる。
え? おまえが一番の邪悪だって? はは、ご冗談を。
「ふきゅん! いっち! にぃ!」
「にゃ~」
軽快に腕立て伏せをする俺の背に、邪悪なる獣が飛び乗ってきた。ヤツの名は【もんじゃ】。この部屋を我が物顔で闊歩する凶悪極まりないにゃんこだ。
「……ふきゅん」
なんということであろうか、俺はこの邪悪な生物の手によって腕立て伏せを断念せざるを得なかったのである。決して、次が出来なかったわけではないことを強く訴えたい。
「んもう、トレーニングの邪魔をしたらダメなんだぜ」
「んにゃ~」
背中に感じるもんじゃの温もり。やつめ、すかさず丸くなって俺をホールドしに掛かったな。そんなんじゃ甘いよ。
「ふっきゅん」
「にゃ~」
ごろりと転がり、もんじゃを背から降ろす。そして、そのまま腹筋へと移行する。このトレーニングによって、腹筋をバッキバキに割ってくれる。ユクゾッ。
しかし、またしても邪悪な生物がトレーニングに介入。ここら一帯を荒らし回る凶暴なわんこ【とんぺー】である。
ヤツは顎を俺の腹部に載せ、トレーニングを妨害。これでは、腹筋ができないできにくい! またしても俺は筋肉を付ける事ができなかったのである! じーざす!
「壊れるなぁ……計画」
「おん」
こうも妨害があってはトレーニングもままならない。仕方がないので今日はもう、桃先生を食べて終了とする。
「おいでませ、桃先生!」
俺の小さな手の中に光が集まり、丸々としたお尻が出現する。桃先生の果実だ。
「いただきま~す」
シャクシャクと小気味の良い音が食欲を刺激、これだけは満腹であっても胃に納まるのだから不思議である。
もりもりと食べ進められる桃先生は、やがて一個の種を残して姿を消した。俺は感謝を込めて合掌、ごちそうさま、と嘘偽りのない気持ちを捧げる。
その手に残る種であるが、今日に限っては妙に関心を持ってしまった。普段はゴミ箱にそっと納めていたのであるが何かの予感であろうか、土に埋めたい、と思ってしまった。
「気になって仕方がない。なら、埋めてみるか」
俺は桃先生の種を片手に部屋を飛び出した。向かう先は裏の空き地である。下着姿であるが、まぁいいだろう。幼女である俺は許されるに違いない。
月明かりの下、多数のにゃんことわんこ、時々ブッチョラビを引き連れる俺の正体は、珍獣エルティナだ。
神秘的な輝きが降り注がれる空き地は、日中とは違い冷たい静寂があった。それを緩和させるかのように虫たちが合唱をおこなう。
空き地に生い茂る雑草たちは、彼らにとって良い住処になり得た。
「ふきゅん、日当たりがいい場所は、確かここだったかな?」
俺は目星を付けて穴を掘る。空き地に転がっているくたびれたシャベルで、ちまちまと地面を掘っていたのだが、よくよく考えたら日常魔法で穴を掘ればよかったんじゃね、という事実に気付き、少し凹んだ。でも、俺は元気です。
「こんなもんかな? あとは分からなくならないように石で囲っておくか」
看板を立て掛けておけば踏まれる心配もないだろう。これは、後日におこなうとして、まずは最優先でやるべきことがある。それは、種に水を差し上げる事だ。
したがって、じょうろに水を蓄えて、ぶっかけて差し上げろ!
だが、空き地に転がっていたじょうろは、既に退役した老兵であり、おむつが必要なほどに弱っていた。つまり、底に穴が開いている。
それに気が付かなかったばかりに、ヒーラー協会の通路は水浸しになってしまった。
だが、今は種に水をぶっかけることが優先される! ふっきゅんきゅんきゅん! サラダバー!
「ほい、たんと召し上がれ」
というわけで、無事に桃先生の種に水を与えることに成功。
尚、桃先生の種から芽が生えてくるより先に、俺の頭部にはたんこぶが生えていた。廊下を水浸しにした罰である。
「まったく……何をしでかしたかと思えば」
「桃先生の種を埋めたんだ。芽が出て大きくなったら、桃先生が毎年食べれるんだぜ」
呆れるスラストさんは用事が終わったなら、拭き掃除をしろ、と俺を急かす。しかし、最も重要な事を終えていないことを強く主張する。
彼は呆れながらも手早く済ませるように、と許可をくれた。やったぜ。
「えっと、確かここに……あった!」
それは、使命を終えたボロ傘であった。開くと、見事と称賛したくなるほどの穴が点在しており、その穴からはお月様がこんにちはしていた。こんばんは、かな?
そして、桃先生の種の新居前に立ち、伝説の儀式を執り行う。
「んん~! はぁぁぁぁぁぁぁっ! だぁぁぁぁぁぁい、もぉぉぉぉぉ……」
違う、そうじゃない。これでは、巨大ロボットが降臨する。
ふきゅん、と気を取り直し、今度こそ正しい方の儀式を執り行う。
「ん~~~~~~~……ばっ!」
気合いを入れて、ボロ傘を天高く掲げる。そう、これは妖精だか精霊だか珍獣だか判別不明な、丸っこい生物がおこなっていた、もりもり植物を成長させる例のアレだ。
「ん~~~~~~~~~~~~~~ばっ!」
俺に釣られて、にゃんこたちと、わんこたちも儀式に参加。ブッチョラビは安心と信頼のサボりを決行。チラリ、とスラストさんを見つめるも、ギラリ、と鋭い眼光を向けられたので、やくざを回避する小市民の逃避術でこれを回避。大事には至らなかった。
そして、腕に蓄積する疲労、筋肉を蹂躙する乳酸に俺は声無き悲鳴を上げる。
誰だぁぁぁぁぁぁぁっ! この儀式をやると言ったヤツは!? 修正してやるっ!
現実逃避しつつ、責任転嫁を成そうとするも、犯人は俺なので無意味だ。
「ん……ばばっ!」
ヤケクソ気味で最後の傘上げを実行。少々、掛け声は違っていたが誤差であろう。
こうして、無事に儀式を終えた俺はスラストさんに連行され、水浸しになった床を拭く羽目になったのであった。とほほ。