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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
619/800

619食目 尋問

 獄炎の迷宮から無事に帰還した僕らは、ラグエイが待つという宿屋に直行した。


 迷宮内の暑さに慣れ始めていたので町の空気が妙に冷たく感じる。

 間違いなく、温度差による錯覚であろうが、今の僕らには、それがとてもありがたかった。


 時刻は日も暮れた午後八時。暗くなった町を松明や魔導器具の照明が酒盛りをする冒険者たちを照らし、彼らの功績を称える。


「【エンドレスグラウンド】内でもお酒は飲めたけど……あれって不味かったわよね」


「あぁ、味覚がなんか変なんだよな」


 時雨は冒険者が美味しそうにごくごくと飲むエールに顔を顰めた。史俊はそれに同意する。

 ゲーム内とはいえ僕らはまだ未成年だ。だが、ゲーム内では未成年であってもお酒が飲むことが許されていた。


 飲酒による酔いはバッドステータスとして表現されている。

 軽度であるなら特に問題はないが、重度になると幻覚を見たりバランス感覚を失うなど、現実世界でも起こりうる症状が現れた。


 だが、酔っぱらっても現実世界に戻れば酔いは冷めている。

 この事によって、ゲーム内であれば未成年でも飲酒が可能となっているのだ。

 

 ただ、好んでお酒を飲む未成年プレイヤーはあまりいない。付き合いで飲む程度であろう。


 また、バッドステータスとして処理されているため、状態回復魔法で治療できることもあってか、高レベルの【マジックユーザー】を有するギルドは大抵、大酒飲みが多いと聞く。


 しかし、【エンドレスグラウンド】のお酒は美味しくないそうだ。味覚が完全とは言えないらしく、通常のお酒を水で五倍に薄めたような味がするらしい。

 いくら現実世界で酔わなくても、そんな物をごくごく飲むのは嫌だ。


「でも、ここって本物のお酒が飲めるんだよね」


 ポツリと呟いた僕の言葉をガイリンクードさんが拾い上げた。


「当然だろ。確か、誠司郎は十六歳だったな。ここじゃ十六歳は立派な成人だ。酒を飲んでも誰も文句は言わん。試しに飲んでみるか?」


 彼の誘惑に少しばかり心が揺らぐ。僕もお酒に興味がないわけではない。

 でも、今はラグエイと合流して彼女から話を聞くのが優先だと判断し、お酒は後日と告げようとした。


「おっ? 俺たちでも酒が飲めるのか。じゃあ、飲むだろ!」


 史俊が食い付いてしまった。こうなってしまっては、彼に付き合って飲むことは確実であろう。


「それはいいけど、まずはラグエイに会わなくちゃ」


「わ、分かってるよ。あいつから情報を聞かなくちゃ夜も寝られねぇからな」


 絶対に「ぐーすか」といびきをかいて熟睡するだろうに、と喉まで出かけたがなんとかこれを堪える。

 どうやら、それは時雨も思っていた様子で僕に苦笑いを見せた。


 ガイリンクードさんの案内で一件の年季が入った宿屋に到着した。

 建物はところどころに修繕した箇所があり丁寧に扱われている感じがする。

 店先のプランターには色取り取りの花が咲き誇り、宿を訪れる者を楽しませた。


「お~、また直したのか。ここの主人は本当にマメだな」


 キュウトさんの代わりにやってきたマフティさんは、建物の修繕箇所に触れてため息を漏らした。


 現在の彼女の赤い衣服はキュウトさんには及ばないものの、かなり露出が高い衣装だ。

 マフティさんは兎の獣人であるので、その衣装と相まってバニーガールにしか見えない。


「よくよく見たら、マフティさんもすげぇ格好だな」


「ん、これか? これはGDゴーレムドレス用のボディスーツだ。衝撃吸収能力や耐熱耐寒能力も持つ優れ物なんだぜ」


 難点はやはり、その外観だという。GDというパワードアーマーを装着するためとあって、ほぼ一切の凹凸がなく体のラインが丸分かりになってしまうそうだ。


 とても僕じゃ身に付ける勇気は湧いてこない。

 こんなものを身に付けるくらいなら、山賊衣装を着た方がマシだ。


 宿の中に入ると、やはり店内もよく手が行き届いた気持ちの良い空間となっていた。

 宿の主がにこやかに挨拶をしてくる。主は中年の兎獣人の女性であった。


「いらっしゃい! あらあら、マフティちゃんじゃないの! 元気にしてたかい?」


「久しぶり、三年ぶりか?」


「まぁまぁ、綺麗になっちゃって! おばさんも年を取るわけだわ!」


 ふくよかな宿屋の主は同族であるマフティさんを甚く気に入っている様子だ。

 カウンターから出てきて彼女を熱烈に抱きしめている。この様子にマフティさんも困り顔を覗かせていた。


「狐獣人の連れが来ているはずだ。どこにいる?」


「はいはい、銀狐のお嬢さんだね。別嬪さんだからよく覚えているよ。ラグエイちゃんと一緒に105号室で話をしているみたいだね」


「感謝する。行くぞ、105号室だ」


 僕らはぞろぞろと105号室に移動した。だが、マフティさんは宿屋の主に捕獲されてしまい、こちらにはついて来なかった。


「マフティさんは生贄になったのだ」


「そんなところだ。どうせ、これ以上は部屋に入れん」


 ガイリンクードさんは史俊の言葉を肯定した。


 目的地である105号室は一階の最奥のようだ。ドアのプレートに手書きで105号室とあることから、ここで間違いないようだ。


「入るぞ」


 ガイリンクードさんがノックをし、返事を聞かずにドアを開ける。

 すると、そこには全裸で抱き合うキュウトさんとラグエイの姿があった。


 ラグエイの膨らみ始めた胸が青い果実を連想させて、僕の顔は見る見るうちに熱を帯びてゆく。

 ムダ毛が一切ない綺麗な身体は所々が日焼けしており、白い肌との対比が妙にいやらしく感じた。


 対比となるキュウトさんのグラマラスな肉体がより一層に両者の魅力を引き立てる。

 抱き合う事によって柔らかに変形する肉が艶めかしい。


 というか、この状況はいったい何ごとなんだ!?


「……」


 そして、ガイリンクードさんは全てを悟ったかのように無言でそっとドアを閉じる。


「きゅおん! まてまて! そんなんじゃないから! 違うから!」


 バタバタと駆け寄る足音がして勢いよくドアが開け放たれた。当然、部屋の中の二人は再び僕らの目に晒されることになる。


「ぶはっ!?」


 今度は僕の後ろにいた史俊も彼女たちの裸が丸見えになったようで、彼は鼻血を噴出して倒れてしまった。


 興奮し過ぎだよ、史俊。


「何が違うんだ、発情狐」


「というか、キュウトさん! 服、服!」


「きゅおん! と、とにかく中に入れ!」


「今入っちゃらめぇ!」


 今度は同じく丸裸のラグエイが入室を拒絶した。いったいどうしろというんだよ。


 バタンと勢いよくドアが閉まる。そして、僕らはドアの前で待ちぼうけを受けた。


「まったく……何が何やら」


「まぁ、話せば長くなるんだが」


「ちょっと! なんでキュウトさんがこっちに残っているの!?」


 ガイリンクードさんの手によって再びドアは開け放たれ、キュウトさんは部屋の中に放り込まれた。


 キュウトさんといい、エルティナさんといい……どうも彼女たちは、自分の魅力とそれに付き纏う危険性を理解していない。困ったものだ。


 暫くして部屋の中から「どうぞ」との呼び声があったので、僕らはようやく部屋の中に入ることができた。


 部屋の中は意外に広く、僕ら全員が入っても問題はなかった。

 やはり、マフティさんは女将さんの生贄になったのだろう。


 建物自体が古いので使い古された感は否めないが、それでも綺麗に清掃され、行き届いた手入れには好感が持てる。


 そして、部屋の小さなテーブルに就くキュウトさんとラグエイ。

 キュウトさんは全く動じておらず、一方のラグエイは顔が真っ赤であった。


「やれやれ……何故、部屋に入るだけで、こんなにも苦労をすることになったのか説明してもらおうか?」


「きゅおん、話せば長くなるんだが」


 キュウトさんは深刻そうな表情を作り事情を説明した。


「いや、ラグエイの身体が男から女になった、て言うから確認してたんだ」


 まったく長くなかった。


「事情は理解した。だが、何故、キュウトまで裸になる必要があった?」


「いや、一人だけ裸だと恥ずかしいだろ? だから俺も脱いだ」


「それでは聖女ホーリーレディと同じレベルだ」


「きゅおん、俺はあそこまで酷くはないぞ。い、一応、恥じらう心は残っている」


 絶対に無いであろうことは彼女のへたくそな口笛が物語っていた。吹けないのなら無理に口笛を吹かなくてもいいと思う。

 ふひ~、ふひ~、という情けない音が僕らの哀愁を誘った。


「話が進まん。さっさと吐け」


「ふぇ? 私、犯人さん!?」


 ドカッと空いている椅子に座り、ラグエイを尋問し始めるガイリンクードさんも大概である。


「……ひぇ、イケメン」


「さっさと吐かんとためにならんぞ」


 ガイリンクードさんは身を乗り出し、ラグエイの顎をくいっと上げて真剣な眼差しを彼女に送った。

 長身な上に整った顔立ちなので、こういうポージングと凛々しい表情を取ると更に魅力は高まる。


「あっ……」


 どうやら、ラグエイは観念したようで、頬を赤く染め上げた後に、そっと瞳を閉じた。


 どう見ても、この構図は……。


「って、違うでしょうに! それじゃあ、彼女に強引にキスを迫る彼氏のシチュエーションよ!」


 時雨の切れの良いツッコミが入って、尋問は仕切り直しとなった。

 ラグエイがどことなく残念そうに見えるのは気のせいではないはずだ。


「む……違ったのか。どうもレディの扱いは苦手でな。許せ」


「え、あ、はい。ラグエイです。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」


 色々と食い違いはあるものの、彼女の尋問は再開された。


 異世界転移した直後はラグエイのアバターに変化はなかったらしい。

 変化が訪れたのはカーンテヒルにやってきて十日後の事だったそうだ。


 その頃には彼女も冒険者の一団に拾われて冒険していたらしく、主に獄炎の迷宮の上層部で炎の犬【フレイムドッグ】を狩猟して町に卸して生活の糧を得ていたらしい。


 その日の冒険を終えて宿に戻り鏡の前に立って、アバターの顔が変化していることに気付いたそうだ。


「もう気が動転して、その日は身体を拭くのも忘れてベッドに潜り込んじゃいました」


「あぁ、分かるわ。不安定な精神状態で更なる変化だもの」


 更なる異変はそれから二十日後に訪れたらしい。

 つまりは体の女体化である。本来の性別に戻った、という方が適切であろうか。


「もう、本当に驚きました。ほくろの位置すら同じなんですもの」


「ラグエイの変化って早いな。俺たち、こっちにきて二ヶ月経つけど、変化したのは顔だけだぜ?」


「個人によって、変化する速度が違うのかな?」


 アバター変化の有益な情報を得られたが、結局はそれ以外の情報は彼女から得ることはできなかった。


「ふむ、事情は理解した。これで尋問は終わりにしよう」


 その時、町から歓声とは別の声が聞こえ始めた。

 これは、悲鳴、そして怒号。暴動かそれに等しい事件でも起こったのであろうか。


 ガイリンクードさんもそれを察知したようで、腰に収納してあった銃を引き抜く。


「どうやら【溢れた】ようだな」


「え?【溢れた】って?」


 僕の問いに彼は獣の先で黒い帽子の鍔を持ち上げ、ニヤリと笑みを作った。

 その笑みは獲物を見つけた獣のそれに見える。


「獄炎の迷宮から魔物が溢れ出たのさ。ここじゃ、よくあることらしいが……」


「あぁ、今回はどうやら、いつものとは違うようだな」


 キュウトさんも表情を引き締めているところを見ると、この状況は良くないもののようだ。

 僕らも彼らに倣い気を引き締める。


 それと同時に部屋に駆け込んでくる者がいた。宿屋の主に捕獲されていたマフティさんだ。


「おい! 獄炎の迷宮から溢れ出た魔物の中に【鬼】が混じってやがるってよ! おまえらも早く来い! ガッサームのおっさんも応戦している!」


「なんだと? ちっ、どういうことだ……」


「誠司郎たちはどうする? 鬼相手だと俺たちも余裕はないぜ?」


 ガイリンクードさんたちは僕たちを見やった。どう扱うか困っている様子だ。

 そんな彼らに意志を表示たのは史俊だ。


「俺たちも戦うぜ」


「えぇ、鬼には敵わないかもしれないけど、獄炎の迷宮から溢れ出た魔物になら戦えるかもしれないし」


「人出は欲しいんですよね? ガイリンクードさん」


 僕たちの意志表示にガイリンクードさんはため息を吐いた。そして、帽子を目深に被り告げる。


保証もりはないと思え」


「了解だぜ! 誠司郎、時雨! 俺たちの力を見せてやろうぜ!」


「あっ! まって! 私も行くっ!」


 こうして、僕らは戦場へと駆け出した。

 本来なら、ラグエイはここに残ってほしかったが彼女の意思を尊重する形となった。


 何故ならば、彼女もまた冒険者であったからだ。

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