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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
618/800

618食目 フレイムゼリー討伐

 一息吐いて落ち着きを取り戻した僕らは再び迷宮内を探索する。

 あれ以降、巨大ムカデは姿を現すことはなかった。

 どうやら、あの階層だけに生息しているのでは、という結論に至った。

 できれば、もう二度と会いたくはない。


 僕らは先ほどの悪夢を忘れようと歩を速めた。






 三十分後、僕らは無事に地下十四階の下り階段前にまでやってきた。

 歩を速めたのが幸いしたらしい。なかなかのペースだ。


 また、モンスターは新たに、炎のハリネズミなるものが加わっている。


 だが、彼らは積極的には襲ってこない。

 僕らが接近すると「ぴぃ」と鳴いた後に身を丸め、炎の玉となってジッとしているのだ。

 どうやら、臆病な性格をしているらしい。

 よって、無駄な戦闘は回避して、すぐ脇を静かに通り抜ける方法を取った。


 よくよく見れば可愛らしい顔をしているので、無理に手を掛けたくない、というのが本音だ。

 もし、彼らが熱くなければペットにしたいくらいに可愛い。


「いよいよ次が地下十五階だな。準備の方はいいか?」


「グーヤの実の効果がそろそろ切れる頃じゃないかな? 食べておいた方がいいね」


「もう、そんなに経つのか。迷宮内だと時間の感覚が無くなるな」


 僕に指摘に史俊は驚いた顔を覗かせた。

 僕自身もしっかりと気を付けなければ時間の感覚を失いそうになる。

 特に獄炎の迷宮は耐熱に気を払わなくてはならないので、優先して配慮すべき要素だ。


「これで、各自あと一つずつね。帰還用に残さないといけないから、おやつと間違って食べないようにね」


 準備を終えた僕らは、いよいよ地下十五階へ挑む。階段を下りた先は、まさに異界というべき世界が待っていた。


「うはぁ……こりゃ、すげぇや」


 史俊がため息を吐くのも無理はない。そこには真っ赤な川が流れていたからだ。

 それは決して赤く染まった水ではない。ぐつぐつと煮え立つ溶岩が川のように流れているのだ。


「落ちたら一巻のお終いね。十分に気を付けなくちゃ」


「そうだね。ノックバックにも気を付けよう」


 ここからは攻撃の反動によるノックバックも気を付けなくてはならない。

 ふっ飛ばされた先が溶岩の川だった場合、どう足掻いても死を免れることはできないからだ。


「早いところ、フレイムゼリーをゲットして帰ろうぜ。暑くて敵わねぇ」


「た、確かに。グーヤの実の冷却効果でもこれほど暑いだなんて」


 グーヤの実は先ほど食べたばかりだ。にもかかわらず、これほどの暑さを感じる、という事は、効果を上回る熱がこの階に充満している、ということになる。

 長時間留まる事は好ましくないだろう。


「エルティナさんも容赦のないクエストを与えてくれたものね」


 時雨は補助魔法〈アイスリング〉を発動した。【エンドレスグラウンド】におけるネタ魔法の一つであり、キラキラと煌めく細かい氷の粒をリング状に展開するだけの魔法だ。

 主な使い方は、自分を目立たせる、くらいなものである。攻撃力は皆無であり、防御効果も期待できない。

 一時期は、この状態でモンスターを殴ると低確率で凍結させる、なんて噂もあったがまったくのデマだったことが判明し、更なるネタ化が進行した不遇の魔法である。


「おっ、暑さが和らいだ」


「まさか、ネタで取得した魔法が活躍する日が来るとは思わなかったわ」


「何が役立つか分かったものじゃないね」


 意外に【エンドレスグラウンド】には、こういったネタスキルが多いのも特徴だ。

 特に【皿を舐める速度が飛躍的に上昇する】スキルなど、どうすればいいのだ、といった感じの珍スキルが充実している。


 全てのスキルが取れるわけじゃないのに、これはあんまりだと思うが、意外とネタスキルを取得している者は多い。


 用心しながら歩くこと十分弱、前方に赤い色をした軟体生物を発見した。それは、やる気がなさそうに、だらしなく地面に広がっている。

 時折、思い出したかのようにピクピクと動くが、やはりすぐにだらしなく伸びて動かなくなった。


「あれじゃねぇかな?」


「恐らく」


 僕らは身をかがめ、連中を観察することにした。

 きっと、あれこそがフレイムゼリーであるのだろう。


 赤い軟体生物は時折、マグマの川に身投げをして、暫く経つと何事もなかったかのように陸に上がってきて、再びだらしなく広がるのだ。


 まるでサウナに入って汗を流したおっさんが、サウナを出た後にビールを飲んで、ごろんと床に転がっているかのようだ。


「おっさんやないか」


「いや、うん、本当にね」


 どうやら、史俊もそう感じていたらしい。

 見た感じは害を与えてこなさそうではあるが、クエスト達成のためには狩らなくてはならない。

 寧ろ、排除しないと道を塞いでいて先に進むことができなかったりする。


 まぁ、今回の目標が目の前にいるので、先に進む必要はないのだが。


「行くか」


「うん」


「魔法は、いつでも撃てるわ。気を引き付けてちょうだい」


 まずは史俊が切り込んだ。盾を構えてフレイムゼリーの群れへと突き進む。

 そして、僕は時雨の護衛に専念した。彼女がやられてしまっては、僕らの戦術は瓦解するからだ。


 すると、だらしなく広がっていた赤い軟体生物が一瞬にして球状になり、躊躇なく史俊に飛び掛かってきたではないか。

 どうやら、見た目よりも凶暴な生物だったようだ。


「うおぁっちぃ!? 盾が真っ赤じゃねぇか! あまり長くは持たねぇぞ!」


「時雨っ!」


「分かってる!〈アイスボム〉!」


 時雨は手の中に氷の爆弾を生み出し、それをフレイムゼリーの群れの中心に投げ入れた。


 甲高い音を立てて氷の爆弾は炸裂する。

 その範囲内には史俊もいるが、盾と重鎧に護られている彼は影響を受けなかった。

 熱せられた盾と鎧が冷気を中和したのである。


 パキパキと音を立てて氷のオブジェと化してゆくフレイムゼリーはやがて砕け散り地面に転がった。

 動かないところを見ると、どうやら仕留める事に成功したらしい。

 氷は見る見るうちに解けて赤く透き通る綺麗なゼリーが残った。見た感じは赤い宝石を想起させる。


「後はこれを回収してエルティナさんに渡せばクエスト完了だな」


「一時は驚いたけど、案外、楽に終わって何よりね」


 三人で手分けしてフレイムゼリーの欠片を回収する。

 触っても熱くないところを見ると、エルティナさんの狩猟方法が正しかったことを思わせた。


「結構、しっかりとしたゼリーだな。持ち上げても崩れないぜ」


「うん、どちらかといえばグミに近いかもね」


「……美味しそうね」


「「えっ?」」


 時雨の発言に驚き思わず声を出してしまった。だが、彼女は更なる衝撃の行動を取る。

 なんと、フレイムゼリーの欠片をひょいと口に放り込んでしまったのだ。


「ちょっ!? それは流石に……!」


「うん、イチゴ味!」


「は?」


「ふふん、なるほどねぇ。エルティナさんが沢山狩って来いって言っていた理由が分かったわ」


 時雨はニヤリと微笑むと、狩りを続行する意思を示した。

 どうやら、時間内ギリギリまで狩りをおこなうつもりのようだ。


「マジかよ」


「マジよ」


 時雨はそう言って、呆れる史俊の口の中にフレイムゼリーの欠片を放り込んだ。


「うめぇ、なんだこりゃ! 自然な甘みと微かな酸味……まったくもって、ただ事じゃねぇ味だぞ!?」


「でしょう? 誠司郎は?」


「僕もっ」


 史俊が美味しそうに食べているところを見て、いよいよ僕も味見をしたくなってきた。

 時雨から欠片をもらい口の中に放り込む。途端にイチゴの味が口の中に広がってきた。


 噛みしめると味は変化を起こす。史俊の言うように自然な甘みと酸味が口を支配し始めたではないか。


 それは、噛めば噛むほどに赤い宝石のようなゼリーの支配を受けることになる。

 これは、まるで麻薬のような拘束力だ。まさに魔性の味。

 口の中ゼリーが無くならぬように、自然に次なるフレイムゼリーへと手が伸びる。


「だぁめ、味見だけよ」


「そ、そんなぁ」


 時雨にぴしゃりと釘を刺されて、僕は子犬のように「きゅ~ん」と鳴いた。もっと欲しいよぉ。


「ほらほら、鳴かないの。沢山狩って私たちの分も確保しましょう!」


「そういうことか」


「あら、史俊は反対なの?」


「まさか、大賛成だ」


 こうして、僕らは時間ギリギリまでフレイムゼリーを狩ることになった。


 遅くなった僕らを心配して迎えに来たガイリンクードさんと、後から合流したマフティさんを呆れさせることになったが、無事にクエストは達成されたのであった。


 フレイムゼリー、美味しいです。えへへ。

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