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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
617/800

617食目 苦手なヤツ

 クエストの目的はフレイムゼリーの討伐。

 その証としてフレイムゼリーの身体の一部というか、できるなら沢山狩って持ち帰ってこい、との事である。


 予定通り、地下十階までは寄り道しないで進む。幸いなことにモンスターは一切出てこなかった。

 恐らくは地下十階までのルートが構築され、モンスターも警戒してルートに近付かないためであろう。


「なんだか、肩透かしを受けたみたいだな」


「そうだね。でも、油断は禁物だよ」


 史俊は盾を構えつつ、空いた手の方で頭をポリポリと掻いた。

 僕は油断しないように忠告するも、それは彼も分かっているようで気を緩めている様子は窺えない。


 慎重に進む事、三十分少々、僕らは地下十階への下り階段を発見した。


「ここからが本番だな」


「そうね、一度も戦闘をおこなっていない事が少し不安だけど」


「なんとかなるよ。モモガーディアンズの面々よりは強いとは思えないし」


 そう言った僕の言葉に史俊と時雨は苦笑いした。

 比較対象があんまりだったもので、どう答えればいいのか咄嗟に出てこなかったらしい。


「うし、行くか。時雨、マップは任せるぞ」


「OK、任せてちょうだい」


「後ろは僕に任せて。絶対に時雨は護ってみせるから」


「えぇ、お願いね」


 自分の役割を再確認して階段を下りる。地下十階に辿り着いた瞬間に空気が変わったことを認識した。


 肌がピリピリする感覚、濃くなる硫黄の臭い、深く潜ったことによる耳鳴りが僕らに警告を送っている。

 まるで、ここから先は凡人が進むべきではない、と迷宮自体が戒めているかのようだ。


「うひょう、本格的になってきやがったな、誠司郎」


「うん、怖いくらいにね」


「二人とも、お喋りはそこまで。お出迎えが来たわよ」


「え、こんな入り口に?」


 軽口を聞いた史俊と僕に、時雨が警告した。

 聞き耳を立てれば、確かに複数の足音がこちらに向かってきていることが分かる。


「足音の数が多い?」


「来るわ、備えて!」


 姿を現したものは大雑把に言ってしまえば炎の犬だった。

 毛皮の代わりに炎を身に纏っている。それが五匹、僕らに襲い掛かってきたのだ。


「こいつらっ!」


 飛びかかってきた炎の犬を史俊は大地の盾で殴りつけた。

 ゲームをしていた時には決して使う事はなく、そして使うことのできなかった戦法だ。


 そして、転倒した炎の犬を【アースクラブ】という大型の石の棍棒で打ち据えて止めを刺す。

 炎の犬は頭部を砕かれて動かなくなった。これで後は四匹だ。


「手荒い歓迎に涙がちょちょぎれるねぇ」


「史俊、時雨にはいかせないで!」


「分かってるよ!」


 僕と史俊で炎の犬を牽制する。一匹目が容易くやられたことによって炎の犬たちは慎重になった。

 踏み込んで攻撃してこない、こちらの隙を窺っているようにも思える。

 なかなか知恵が働くが、それは悪手以外の何ものでもない。


「よぉし、魔法いくわよ! 水属性中級攻撃魔法〈アイスボム〉!」


 そう、時雨の攻撃魔法による範囲攻撃で一気に勝負を付けるのだ……って!?


「そんな魔法、【エンドレスグラウンド】にあったっけ!?」



 パキン、バキバキバキバキ!



 時雨が放った氷の玉は炎の犬の群れの中心に落ち、甲高い音を立てて砕けた後、周囲をあっという間に凍り付かせた。

 その浸食速度は凄まじく、炎を身に纏った犬の抵抗をことごとく無視するかのように凍り付かせてしまった。


 その余波は僕らにまで及ぶ。あまりにも威力があり過ぎたのだ。

 咄嗟に史俊が盾で庇ってくれなかったら、僕までもが氷のオブジェと化していただろう。


「あっぶねぇな! 俺たちまで凍らせるつもりかよ!」


「あ、あれ~? 最少威力で撃ったんだけど……」


 あはは、と笑ってごまかす時雨に苦情を申し立てつつ、見たことも聞いたこともない〈アイスボム〉なる魔法について尋ねる。彼女は答えた。


「あぁ、教わったのよ。ほら、この間、アルフォンスさんって方が、エルティナさんを訊ねてきたでしょう?」


「あぁ、あの気さくなおっさんか」


 何日か前に話題に上がっているアルフォンスという男性が、エルティナさんを訊ねて聖都リトリルタースを訪れた。


 話によれば、彼はエルティナさんの恩師であるそうだ。

 また、魔法のベテランでもあるそうなので、エルティナさんとの面会時間が来るまで時雨は、彼にあれこれとこの世界の魔法について訊ねていた事を思い出す。


「それで、この世界の魔法に興味を持ったのよ。結構、【エンドレスグラウンド】の魔法と似通った部分も多いし、習得はそれほど難しくはなかったわ」


 でも、と時雨は続けた。つつっと汗が額から流れるのは暑いせいではないだろう。


「こんなに威力があるとは思わなかったわ。詠唱は付けない方が良さそうね」


「え? 魔法って、詠唱がないと発動しないんじゃ?」


 時雨が詠唱しない方がいい、と言ったのを聞いて僕は疑問を抱く。

 そもそも魔法は詠唱しなければ発動しない仕組みのはずなのだ。


「私もね、この世界で魔法の事を学んで初めて分かったのよ。この世界、基本的に魔法は無詠唱なんですって」


「マジかよ」


「えぇ、言われてみれば、戦闘中に呑気に詠唱している、だなんて狙ってください、って言っているようなものだしね。この世界の魔法使いは良く考えているわ」


「そ、そうなんだ。じゃあ、無詠唱の方がいいんだね」


「ところがメリットだけでもないのよね。無詠唱は魔法の威力が落ちるのよ。だから、場面によって使い分ける必要があるの。魔法使いの腕の見せ所ってヤツ」


 熱く語る時雨は誰から見ても生き生きしていた。

 やがて、それは聞いてもいない魔法の図式の話や、オリジナルの攻撃魔法を構築できる、という話に発展する。


 流石にこれ以上は時間を割けない、と判断した僕たちは、後日、時雨の話をたっぷり聞く、という約束を決めて迷宮探索を再開させる。


「うふふ、うふふ、うふふ」


 時雨は不気味な笑い声を漏らしつつ丈夫な紙に筆を走らせていた。

 きちんと地図を描けているかどうか不安であるが、今は彼女を信じるより他にない。


「んお? おい、下り階段だぜ」


「随分とあっさり見つかったね」


「ほんと、運が良いわね」


 地下十階での戦闘は結局、炎の犬七匹との戦闘で終わった。

 彼らとの戦闘は油断さえしなければ、こちらの地力の方が上だという事が分かったので冷静に対処できたのが大きい。


 油断なく地下十一階に侵入する。雰囲気は先ほどと変わらない。

 所々にモンスターの死骸が転がっているところを見ると、僕らの前に冒険者の一団が通っていたようだ。


「あら、あれがセーフティーゾーンってヤツじゃない?」


「あぁ、キュウトさんが話していた結界だね」


 階段のすぐ脇に魔法陣が敷かれているスペースを発見した。

 キュウトさんの話によれば、獄炎の迷宮は長丁場になり易いので、随所にこういった安全地帯を設置しているそうだ。


「そこまで疲れていないけど、どうしようか?」


「俺も全然平気だぜ」


「そうね、グーヤの実の効果時間もまだ大丈夫でしょうし、先を急ぎましょうか」


 結局、今回はセーフティーゾーンを見送る形となった。

 このセーフティーゾーンは各階に複数個あるらしいので、有効活用することが攻略の鍵となる。

 よって、余裕がある場合は先に進んだ方が得策であるそうだ。


 地下十一階は先ほどとは違い複雑な構成をしていた。

 モンスターも炎の犬に加え、真っ赤な巨大ムカデが新たに加わっている。

 ヤツは地下十二階に下りる階段の前に陣取り得物を待ち構えていたのだ。


「「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ」」


「おまっ!? 時雨はともかく、なんで誠司郎が甲高い悲鳴を上げてんだ! 乙女か!? 戦え!」


「む、むむむむむ、無理ぃっ!」


「は、はははは、早く、退治してっ! 史俊っ!」


 僕は足が沢山生えた昆虫は大の苦手である。

 ついつい、女の子のような悲鳴を上げてしまうのは仕方のない事だろう。うん、きっとそう。


 それは時雨も同様であり、あからさまに動揺した顔を見せていた。


 そんな僕らの様子に史俊はがっくりと肩を落とす仕草を見せる。

 結局、巨大ムカデは史俊がアースクラブで退治してくれた。これで一安心である。


「うっし、地下十二階まで来たぜ。割と余裕があるな、ガンガン進もうぜ!」


「「や~す~む~!」」


 精神的に大ダメージを受けた僕と時雨は、地下十二階脇のセーフティーゾーンを利用することにした。

 史俊の意見は速やかに棄却される。


「おまえらなぁ……」


 呆れ顔の史俊はとにかく無視だ。

 僕らは安全が確保された瞬間に腰砕けとなり、その場に座り込んでしまう。

 この際に女の子座りの形になってしまうが、今はそんな事はどうだっていい。


「ぜぇぜぇ……の、飲み物……」


 絶叫したせいで喉がカラカラだ。

 急いでアイテムボックスからクーラントビシソワーズを取り出し、ごくごくと一気に飲み干した。


 うわぁ、全然、味が分からないや。動揺し過ぎだよ、僕。


「あ、あんな化け物がいるだなんて反則だよぉ」


「まったくよね。あれなら、ゾンビの方がまだましだわ」


 僕と時雨は同意見であった。だが、史俊はムカデの方がマシだという。

 彼はいったい、どういう神経をしているのだろうか。精神を疑う。


 結局、僕らが落ち着くまで十分ほどの間、セーフティーゾーンで休憩することになった。

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