616食目 再会は唐突に
昼食後、暫しの休憩を挟み、いよいよクエストの開始となった。
基本的にガイリンクードさんたちは手を出さない。僕らが自分たちで考え、協力し合い、クエストのコンプリートを目指すのだ。
彼らはあくまで、クエスト達成不可能、となった際の回収役として着いてきてくれたにすぎない。甘えてはいけないのだ。
「うっし、久々の実戦だ。訓練しているとはいえ、油断は禁物だぞ」
「うん、分かってる」
「えへへ、実は訓練の成果を試したくて、うずうずしてたのよね。さぁ、いっちょ、私たちの実力を見せ付けてやるとするわよ!」
僕らは作戦を練り【獄炎の迷宮】と呼ばれるダンジョンに潜り込んだ。少し遅れてガイリンクードさんたちも迷宮に入るらしい。
中は薄暗が所々が赤く発光しており、時折、壁から煙とも水蒸気ともつかないものが噴き出していた。
内部も硫黄のような臭いが充満して慣れるまでが大変そうだ。
「うおっ、中は更に暑いな」
「グーヤの実は数が少ないから計画的に使おう」
「そうね、グーヤの実が供給されて、ようやく深い階層に潜れるようになったって話だから、無駄使いなんてできないわよ」
僕らが目指す階は地下十五階、そこに目標であるフレイムゼリーが生息しているらしい。
十歳にも満たない頃にエルティナさんはそこに到達していた、という情報が、僕らに更なる自信を持たせる。
きっと、僕らならできるはずだ。
『聞こえるか? ガイリンクードだ。浅い階だが、決して油断しないようにな』
『了解です、ガイリンクードさん』
念話魔法〈テレパス〉でガイリンクードさんが忠告をしてきた。それは少しばかりうぬぼれ始めていた僕らを冷静にさせる。
危ない危ない、以前もこんな感じで失敗したじゃないか。
今回は失敗、イコール、死という危険性を孕んでいる。もっと慎重に進まないと。
「しっかし、ゲームも十分過ぎるほどリアルだったが……本物はわけが違うな」
史俊は盾を構えながら慎重に歩を進めている。額から流れる汗が彼の緊張感を物語っていた。
僕もそうだ、これほど己の持つ盾が頼もしく思えるのは生まれて初めてのことだろう。
「本当ね、今まではレーダーでモンスターの位置が画面に表示されていたけど、今は見ることができないもの」
不思議なことに、異世界カーンテヒルで生活してゆく内に、ゲームの機能が少しずつ失われていった。
最初は使用頻度の少ない機能が消えていった。
だから、機能が失われていることに気が付かなかったのだ。
問題が露呈したのは先ほど時雨が言った【レーダー機能】が消滅してしまったことによる。
この機能は非常に便利な物で、有効範囲内の敵モンスターの数や位置、そしてNPCの位置も把握できるというものだ。
上級者にはほぼ必須、ともいえる機能が失われた衝撃は今でも忘れられない。
でも、この世界で生きてゆくからには、ゲーム機能にばかり頼っていられないのだ。
事実、ゲームの機能を駆使した戦術をおこなったにもかかわらず、僕らはモモガーディアンズの面々に散々に叩きのめされたのだから。
「大切なのは五感、そして自分を信じる事。彼らはそうやって、今まで生き残ってきた」
「彼らにできて、私たちにできないという事はないわ」
「おう、見せてやろうぜ。俺たちの努力の成果を」
かつてエルティナさんは言った。この世界は努力する者を見捨てはしない、と。
だからこそ、僕らは努力を重ねてきた。
彼女の言葉を信じて、がむしゃらに、バカみたいに基礎訓練を重ねてきたのだ。
顕著な成果を見せているのは、他の誰でもない、時雨だ。
彼女は【エンドレスグラウンド】の【マジックユーザー】の限界設定を超える体力を獲得している。
面白い事に、どんなに訓練を重ねてもレベルは一切上がっていない。ステータスだけが向上してゆくのだ。
「僕らに足りなかった体力も十分身に付けた。あとは小動物のような警戒心」
「そして、観察を怠らない事……だな」
「そういうこと。行きましょう、史俊、誠司郎」
僕らは【タンク】である史俊を先頭に一列になって行動する。次が時雨で、最後尾が僕だ。
これなら前と後ろ、どちらからでも時雨を護ることができる。
注意深く進むうちに戦いの痕跡が迷宮内の壁に刻まれていることを理解した。
それは比較的新しい物や、いつ刻まれたのか分からないほど古い物もある。
そして、迷宮探索に置いて、最も重要なことは迷宮内部の地図の作製である。
これがないと戻ることができなくなってしまう可能性があるからだ。
幸いにも獄炎の迷宮は探索が進んでいるため、安価で迷宮内の地図を購入することができた。
下層になるにしたがって値段は上がってゆくが、それだけ探索に苦労した証拠と言えよう。
僕らが購入できたのは地下十階までの地図だ。それ以降は自力での探索となる。
そのため、時間を短縮するために寄り道はせず、最短ルートで地下十階を目指す。
用心深く、それでも大胆に通路を進んでゆく。すると、冒険者の一団と出くわした。
消耗具合からして、一稼ぎして町へ帰還する途中のようだ。
「うえ? モック?」
「えっ? ひょっとして、ラグエイ?」
だが、その一団の中に見知った顔があった。
一団の最後尾を歩く紫色の髪を持つ幸の薄そうな顔の少年がそれだ。
若干、顔が変わって見えるのは、僕らと同じく時間経過による変化が起こっているからだろう。
しかし、特徴的というか、個性的というか、彼はそういう奇抜な帽子を被るのが好きな人物だったので、すぐにラグエイだと判断できたのだ。
彼は基本的に冒険はせずに、お喋りやチャットでの会話を楽しむプレイヤーであった。
僕も史俊や時雨と折り合いが付かなかった時や、時間を持て余している祭に、彼との会話を楽しんでいたこともあり、彼の顔をしっかり覚えていたのだ。
もちろん、史俊と時雨も彼と面識がある。
僕を迎えに来た際に、彼のお喋りに巻き込まれて、その日の冒険がなされぬまま終わった日も少なくはないからだ。
そうそう、転移初期はプレイヤーの頭の上に名前が表示されていたのだが、それもいつの間にか消滅していた。
それを見て誰であるかを認識していたので、最初は戸惑ったが、現実世界では無いのが当然なので思考を切り替えればなんということもなかった。
そのことに気が付いた時は、史俊と時雨共々、大笑いしたものだ。
「う、うわぁぁぁぁん! やっと、知り合いに会えたっ!」
「わわっ!」
彼は僕の腕に抱き付いてきた。鎧は身に付けていないようだ。
だが、それが僕に違和感を抱かせた。
なにやら、柔らかな物が僕の二の腕を刺激しているのだ。予想どおりであれば、これは……。
「えっ? ラグエイって、女だっけ?」
「うう、ゲーム内は男だったよ」
うるうると目を潤ませるラグエイはそう告白した。
つまり、ラグエイは性別を偽って【エンドレスグラウンド】を楽しんでいたプレイヤーなのだろう。
現実世界でのラグエイは女性であり、【エンドレスグラウンド】内のラグエイは男というようにロールプレイを楽しむ者も少なくない。また、逆もしかりだ。
現実では男性、ゲーム内では女性を演じる者も多いと聞く。
「取り敢えず涙を拭きなよ」
「えうぅ……」
涙でぐしゃぐしゃになった彼……いや、彼女にハンカチを手渡す。
それを受け取った彼女は涙で濡れた頬を拭った。
彼女のパーティーメンバーは苦笑しつつも彼女を見守っている。
どうやら、良い人たちに拾われていたようだ。
「ぐすっ、何度も酷い目に遭った。ログアウトできない上に、アバターまでおかしくなるなんて聞いてないよぉ」
「それは、僕も同じだよ」
少し時間をもらってラグエイから今までの経緯を聞くことにした。
どうやら、彼女はいつもどおり、ログインし会話を楽しもうとしていたようだ。
アップデートしたものの、僕らのように新大陸には行かずに冒険者が最初に訪れる町【王都バッカム】でお喋りを楽しんでいたらしい。
そう、いつもどおりに。
「いつもどおり、お喋りを楽しみ終えて、ログアウトしようと思ってメニュー画面を呼び出して……ううっ、ログアウトボタンを押したら、ここにとばされちゃったんだ。うぐぅ、帰りたいよぉ」
そう言って、ラグエイは再び涙を流し始めた。
どうやら、異世界転移現象は新大陸へ行かない者も強制的に転移させるようになっているらしい。
「ポイントはログアウトボタンか?」
「そうみたいだね、史俊」
「ぐすっ……ふみとし? ファルケンじゃないの?」
僕らはラグエイに僕らの現状を簡単に説明した。
そうしている間にガイリンクードさんたちが合流する。
「どうした、知り合いか?」
「あ、はい。【エンドレスグラウンド】のプレイヤーです」
事情を察してくれた彼らは、この場は任せてクエストを進行しろ、と申し出てくれた。
どうやら、ラグエイから事情聴取するらしい。
また、彼女の冒険者たちはガイリンクードさんとも面識があるらしく、快く彼女の身柄を託したようだ。
「キュウトは彼女から話を聞いてくれ。俺は誠司郎たちの面倒を見る」
「分かった、本部に連絡してヒーラーを要請しよう。戦闘能力があって治癒魔法もこなせるとしたら、マフティか、シーマ、フォルテ辺りか。本当はプリエナが一番妥当なんだがな」
「アレはやめておけ、もれなく信者が付いてくる」
ガイリンクードさんの指摘にキュウトさんは引き攣った笑い顔を見せた。
その表情は呆れとも、諦めとも捉えることができる。
「まぁ、そういうわけだ。おまえたちは安心してテストを続けろ」
「分かったぜ、ガイリンクードさん。それじゃ、ラグエイは町で待っていてくれ」
「うん、分かった、ファルケン? ふみとし?」
「史俊でいいぜ、後でな」
いまだにピスピスと鼻を鳴らす彼女に見送られて、僕らは再び獄炎の迷宮を進み始めた。