614食目 罪人村
◆◆◆ 誠司郎 ◆◆◆
カサレイムへ向かう途中、日も暮れてきたとあって、マキアクルムという村で一泊することになった。だが、そこに住む者は極めて貧しい暮らしを強いられていたのである。
立ち並ぶあばら家や、廃屋から生気のない顔が覗いている。またある者はほぼ全裸のまま地面にうつぶせになり、澱んだ瞳で何かを見つめている。
このただ事ではない雰囲気に、僕らは戦慄した。
「ここは、いったいどうなっているんだ?」
村人は継ぎ接ぎだらけの衣服を身に纏い、食べることもままならず、無気力に暮れ行く空を眺めているだけ。
聖都リトリルタース、そして王都フィリミシアしか見てこなかった僕らは、マキアクルムの現状を認識し衝撃を受けることになる。
「酷い……」
「ヤツらは自業自得だ、気にすることはない」
僕の呟きにガイリンクードさん非情な言葉を吐き捨てるようにいった。そして、無気力に赤く染まる空を眺めている村人を嫌悪するように睨み付けたのだ。
「こいつらは罪人なのさ。聖都リトリルタースが壊滅の憂き目に遭った際に、火事場泥棒をして私腹を肥やした罪は重い」
「そうそう、エルティナの温情で監獄行きだけは免れたが、元々性根が腐ったヤツらばかりだったようで、毎日働きもせずにこうしているのさ。悲劇の主人公気取りかっての」
キュウトさんも容赦のない言葉を投げかける。話によるとマキアクルムは村ごと騎士団の監視下に置かれているそうだ。
一応は労働して罪を償い自由の身になるか、そのままここで朽ち果てるかを選択できるらしい。
前者は三食おやつ付きだが自由時間はない。後者は三食が付かないが労働はしなくともいいらしい。
この村の殆どの者は後者を選択、略奪した財宝で乗り切ろうと目論んだとのこと。
しかし、エルティナさんも馬鹿ではない。
騎士団に命じて略奪した品々は全て没収の上で、この村でのみの自由を与えた。
もちろん、罪を償うまで村からは出られないし、食べる物も自分で作らなければならない。
聖都リトリルタースとは違い、ここは作物を作るのに適さないため、殆どの者が罪を償う選択に切り替えたそうだ。
そして、ここに転がっている者たちは、いまだに罪を認めず、こうして惰眠を貪っている。
「もう殆どの者が罪を償って聖都リトリルタースへ赴いている。こいつらはきっと、飢えて死ぬまでこうしているんだろうさ。馬鹿に付ける薬はない」
「エルティナも昔と違って上に立つ人間になったから、厳しい選択も選ぶことを理解してないようだな」
ガイリンクードさんたちは彼らを嫌悪する一方で哀れんでいるようにも思える。
そして、ここに立ち寄った理由も、一泊するついでに近況を知るためである、との事。
エルティナさんの新たな一面を知り、僕らは酷く驚いた。
「エルティナさんって、結構容赦のない人だな」
「うん、なんというか……抑えるところは押さえて、やる事は過激というか」
「あ、うん、分かるわ。分け隔てはないけど、悪い事は悪い、って断じることができる人なのよね」
僕らは寂れた村の中をガイリンクードさんの誘導の下に進んでゆく。そこに鎧を纏った騎士と鉢合わせ、彼の誘導の下に騎士団駐屯地へと案内された。
駐屯基地は二階建ての木造建築で、ちょっとしたホームセンターくらいの広さがあった。
僕らは騎士に案内されて二階へと上がる。そして、突き当りの部屋に通された。
「お待ちしておりましたよ、ガイリンクードさん」
「お久しぶりです、ブッケンド司令」
飾り気のない部屋には、壮年の老紳士と呼べる男性が机に向かい書類に目を通していた。彼の座る黒いソファーは年季が入っているのか所々が擦り切れている。
老紳士は非常に温厚そうな人物であり、このような監獄もどきの村を任されるような人物には見えない。
「エルティナ様より連絡を承っております。大したおもてなしはできませんが、ごゆっくりとお休みください」
「助かります」
ガイリンクードさんはトレードマークの黒い鍔付き帽子を外し、ブッケンド司令に敬意を払った。
いかなる時も帽子を外さない彼が帽子を外す、という行為に僕らは驚きを隠せなかった。
「ブッケンドさんは、エルティナの聖都勤務の要請を相変わらず断っているのか?」
キュウトさん、ガイリンクードさんとは違い、親し気にブッケンド指令と会話をしている。ただ単に性格の違いなのだろうか。それとも、本当に親しい中なのかは分からない。
だが、ブッケンド司令の目が更に優しくなったのは間違いなかった。まるで孫娘にでも会った祖父のようだ。
「えぇ、何分、もう歳でございますからね。隠居も考えましたが、ここならまだお役に立てるかと」
「隠居にはまだ早いだろ。下手な連中じゃ手も足も出ないほどの実力を持っているのに」
「いやはや、年には勝てませんよ。最近は腰が痛むのです」
「きゅおん、そういう事にしておくよ」
キュウトさんは頬を膨らませて話を区切った。納得はしていなさそうである。
彼女の話が一段落したところで、ブッケンド司令は僕らに話しかけてきた。
その際、キュウトさんとガイリンクードさんは一足先に部屋から退出してしまう。ブッケンド司令に、僕らのことを任せるつもりなのだろう。
「きみたちが資料にあった転移者ですね。私はマキアクルム駐屯地司令官、ブッケンド・スゥ・クランです。どうか、お見知りおきを」
「あ、初めまして、僕は誠司郎と申します」
僕らは簡単な自己紹介をおこない、ブッケンド司令からいくつか質問を受けることになった。
彼は自分の知識欲を満たすためだと言ったが、他意があるように思えるのは僕が疑り深いせいであるためだろうか。
「なるほど、興味深い話です」
「そ、そうでしょうか」
ブッケンド司令と話したのは、それほど長くはない時間だったが、ドッと疲れた感じがする。それは史俊と時雨も同じのようだ。
主に聞かれたことは地球での生活。エルティナさんとは違って【エンドレスグラウンド】のことは殆ど聞かれなかった。
ただ一点、【エンドレスグラウンド】内での死については聞かれた。それが意味する事は分からないが、彼は一人納得顔をしていたのが印象に残る。
「さ、これで話は終わりです。丁度、良い頃合いでしょう。食堂にご案内いたしますよ」
ブッケンド司令は黒いソファーから立ち上がり、トントンと腰を数回たたいた後に僕らを食堂まで案内をしてくれた。
蒸し暑く薄暗い通路を歩く事少々、僕らは駐屯基地の食堂に通される。
部屋に入るとひんやりとした空気が汗ばむ肌に心地よさを与えてくれた。どうやら、冷房設備が整っているようだ。
「おっ、来たな? そこに座ってくれ。すぐに飯を用意するから」
そこにはエプロン姿のキュウトさんがいた。どうやら、食事を作っていたらしい。
しかし、もともと半裸だったキュウトさんがエプロンを身に付けると、どう見ても【裸エプロン】にしか見えない。
それは、史俊と時雨も同じく感じていたようで顔が赤くなっていた。
「しっかし、クーラーがあるだなんて驚きだよな」
少しくたびれたテーブルに就き一息吐いた僕らは気が緩んだこともあり談笑に興じ始めた。時雨は待っていました、と言わんばかりに口を動かす。
「アレを見て、大きなタライの中に納まりいらないほどの氷塊があるわ。あの氷の周りに風の渦が発生してるから、それが部屋を冷やしているのよ」
「うわっ、本当だ。史俊、見てよ」
「うおっ、マジかよ。誰があんなものを用意したんだ?」
時雨が言うとおり、食堂の中央には巨大な氷塊が鎮座していた。その周りには騎士たちが集まり涼を取っている。
時雨は風が回っていると言ったが僕にはそれが分からない。流石は【マジックユーザー】だと思う。
「おや、キュウトさんが氷塊を作ってくれましたか。ふふ、暑がりな彼女が来ると簡単に涼が取れていいですね」
ブッケンドさんも氷塊から来るひんやりとした優しい冷気に目を細めて堪能した。やはり、ここまでの氷塊を作れる者はそうそういないらしい。
「キュウトのヤツは暑がりだからな」
そこに特大の丼を持ったガイリンクードさんが、相も変わらず暑苦しい格好をしてやってきた。もう基地内なのだから黒いコートを脱げばいいのに。
「ほら、夕食だ。【ラーメンサラダ】というらしい。キュウトが聖女に作り方を教わったらしいぞ」
彼はテーブルに丼を置くと、すぐさま調理場へと戻っていった。
テーブルに置かれた特大の丼には山盛りになった【ラーメンサラダ】が、どうだと言わんばかりに存在を誇示している。見た感じ、十人前くらいはありそうだ。
黄色い麺に、レタスやトマト、キュウリ、カイワレ大根、もやし、薄焼き卵の細切りが色を添えている。
そして、ラーメンには付き物のチャーシューの代わりに何故か【厚揚げ】が存在感を放っている。たぶん、キュウトさんのアレンジだろう。
掛けてあるタレはゴマダレであろうか。芳ばしく濃厚な香りが鼻腔をくすぐり胃を活性化させる。
「きゅおん、皆揃ったな?【ラーメンサラダ】は麺を茹でるだけでいいから楽だぜ」
キュウトさんがタオルで手を拭きながら戻ってきた。そして、エプロン姿のまま席に就く。
そのすぐ後にガイリンクードさんが人数分の皿と箸、そしてフォークを持ってきた。
箸はキュウトさんと僕らに、フォークは自分用とブッケンド司令の分のようだ。
「んじゃ、食べようぜ。いただきま~す」
そこからは謎の戦いと化した。【ラーメンサラダ】を巡る戦争と化したのである。
一つの丼に乱れ飛ぶ箸とフォーク、我先に厚揚げを確保しよう、と目論むキュウトさんの企みを阻止するガイリンクードさん。
他の具材をガン無視して麺ばかりを確保しようとする史俊。
それを、時雨は〈ブレイクアイ〉というスキルで妨害する。
「バ〇ス!」
どすっ。
「めがぁぁぁぁぁっ! めがぁぁぁぁぁっ! あぁぁぁぁぁ……」
「う、うわぁ。全然、迷うことなくいったね」
時雨は史俊の目を指で突いたのである。これが決まれば対象は暫くの間、命中力が極端に下がるのだが、決して味方相手に使用するスキルではない。
というか……怖いよ、時雨。
「やりますね、時雨さん。迷いのない行動は感心いたします」
「ありがとうございます、ブッケンド司令」
ブッケンド司令は紳士的に振る舞っているが、彼の皿には既に二人前の量がバランスよく盛り付けられている。
いつの間に確保したかは分からない。それほどまでに、速やかに彼の行動は終わっていたからだ。彼も大概だと思う。
「きゅお~ん! きゅお~ん!」
「ええい、鳴くな。厚揚げをやるから」
キュウトさんは我先に箸を伸ばしたが、そこから先が良くなかった。彼女は余りにどんくさかったのだ。
伸ばす箸はへにょりと空を切り、狙った厚揚げは目の前で消滅してゆく。彼女の皿には厚揚げはおろか麺もなく、ただのサラダが盛り付けられているだけであったのだ。
「くそう、くそう、あわよけば厚揚げ増し増しラーメンサラダが完成すると思ったのに!」
「最初から、個別に分ければよかったじぇねぇか」
ガイリンクードさんの言うとおりである。しかし、キュウトさんは目をうるうるさせながら訴えた。
「面倒臭かった」
「自業自得だ」
きゅ~ん、と鳴いた彼女は、ガイリンクードさんにお情けで提供された厚揚げに噛り付いた。すぐさま笑顔を見せる彼女は現金なものだと思う。
僕は結局、一人前のラーメンサラダを確保することに成功した。尚、時雨が二人前を確保。史俊は三人前を確保している。
ガイリンクードさんは二人前だ。つまり、キュウトさんは一人前にも満たない量しか取れなかったのである。
「気にするな、誠司郎。キュウトは目が行くだけで少食だ。サラダと厚揚げを食ったら満腹になる」
僕の視線を察したガイリンクードさんが気にするなと告げてきた。それを聞いたキュウトさんが苦情を申し立てる。
「俺のどこが少食なんだよ。けふっ」
「よく言う」
ぷいっと視線を逸らす彼女は、厚揚げ一枚とサラダで満腹になってしまったようだ。エルティナさんと大違いである。
「ぎぎぎ……それしか食べないのに、そのスタイルはなんなのよ」
時雨が嫉妬に燃える視線をキュウトさんに投げかける。キュウトさんのスタイルは抜群であり、とても少食とは思えないボリュームを誇っていた。時雨はそれが納得できないらしい。
時雨は食べるとお腹周りに付いてしまうそうだ。それが一層に彼女を嫉妬の炎に身を任せる要因になっている。
そんな事よりも早く食べよう。いい加減にお腹が空いた。最近は体を鍛えていることもあって、凄くお腹が減る。
「いただきます」
僕は麺を口に運んだ。ひんやりとして気持ちの良い麺、それに絡むゴマダレが口内を幸福で満たす。ゴマの風味は麺を噛めば噛むほど膨らみ食欲を増大させてゆく。
脇を固める野菜たちはシャキシャキとした食感で歯を喜ばせる。トマトの酸味はくどくなったゴマの風味を緩和させるのに最適だ。
最初は厚揚げか、とがっかりしたものだが、食べてみると意外に合う。箸休めに、口直しにと大活躍だ。ボリュームも十分にあり、お腹に溜まる事は請け合いである。しかも、冷えていても美味しい。
また、キュウトさんのこだわりなのか、軽く炙っているのも高評価だ。
やはり僕は日本人なのだな、と思う瞬間が、全ての具材を口の中で混然一体と化した瞬間だ。全ての食材が結びつきラーメンサラダという味を作り上げる事に感動すら覚える。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
僕はしっかりと完食し作ってくれたキュウトさんに感謝を捧げる。
「きゅおん、おそまつさま」
僕のお礼に満面の笑みで応えてくれたキュウトさんに、僕はときめく何かを感じることになった。