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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
613/800

613食目 プレイヤーの帰還

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


 時雨から〈テレパス〉にて連絡が入ったのは丁度、昼食の蕎麦を食べようとしている最中のことであった。

 この蕎麦はもちろん手打ちだ。ザインと共にえっちらおっちらと生地をこねて伸ばした後に、包丁で丁寧に切った物を大鍋で茹でて水で締める、という基本に忠実な作り方をした逸品である。


 尚、ザインは裸エプロンという最高の変態シチュエーションで蕎麦の制作を手伝ってくれた。その表情は常に笑顔だったことを伝えておく。


 ザインは蕎麦のことになったら人が変わるから仕方がない。ふきゅん。


「むむむ、時雨から〈テレパス〉が入った。ザイン、先に食べてていいぞぉ」


「ははっ、では、お言葉に甘えさせていただきまする」


 迷うことなく食べ始めやがった! 流石、蕎麦好きは格が違った!


 俺はそんなザインに呆れつつも、美味しそうに蕎麦をすする彼女を見て笑顔になる自分を自覚する。

 ザインは雷の枝になった事で、もう満腹という満足感を得ることはできない。それでも、食べるという行為を楽しむ事はできるのだ。


 おっと、これ以上は時雨を待たせるわけにはいかない。俺は彼女からの〈テレパス〉に応答する。


『もしもしぃ! 時雨ですけどぉ!』


『何……世界二位の女が?』


『そんなことぉ、一言も言ってませんよぉ!』


 時雨は声がデカ過ぎた。〈テレパス〉に慣れていない証拠であろう。そして、俺のネタには見向きもしやがらない。ふぁっきゅん。


『ふきゅん、もっと声のボリュームを下げてどうぞ』


 そんな事はお構いなしに、時雨は自分たちの身に起こっている小さな変化を報告した。

 どういうわけか、アバターキャラの顔が、現実世界の自分たちの顔に変化しているらしい。


 興味深い報告だ。この事をトウヤに伝えれば捜査が進展するかもしれない。それにトウヤに恩を着せるチャンスだ。むざむざ逃す手はないだろう。


 時雨とのテレパスを終えた俺は、ぷひっ、とため息を吐き。改めてお手製の蕎麦を堪能すべく箸を手に取った。


「いただきます!」


 特大どんぶりには山盛りの蕎麦、その上には擦り下ろした純白の自然薯が掛けられていた。

 この自然薯は粘度が高過ぎるため、だし汁で溶いて食べ易くしてある。こいつを蕎麦に絡めよう、という算段だ。きっと、極上の喉越しを堪能できるであろう。


 まずは蕎麦を一すくいし、思いっきり吸い上げる。汁が飛んでも被害がないように、予め服を脱いで全裸状態となっておいた俺に隙は無い。

 一応は全裸は拙い、ということで俺も裸エプロン状態となった。ザインちゃんとお揃いである。


「ずぼぼぼぼっ! じゅるじゅるじゅる! ごくん」


 俺は蕎麦を噛み千切る、という軟弱な精神は持ち合わせていない。啜った蕎麦はそのまま食道へゴーシュートだ。


 やはり、極上の喉越し。自然薯を纏った蕎麦はにゅるるん、となめらかに喉へ侵入してゆく。

 その際に蕎麦の爽やかな香りが鼻腔を通り抜けてゆき、心地よい喉越しを残し胃袋へと去って行くのだ。なんとも愛おしいではないか。


 それが堪らなくて次々に蕎麦へ箸が伸びる。もう止まりはせんぞぉ!


「ずぼぼぼぼっ! ちゅるちゅる、にゅぼぼぼぼぼ! ぬっぽ、ぬっぽ、ぷちゅる!」


「御屋形様、流石に食い方が汚のうござりまする」


 俺がエキサイティングに蕎麦を堪能しているとザインちゃんが苦言を申し立ててきた。

 興奮のあまり激しく啜り過ぎたらしい。その飛び火が彼女の顔に表れていた。


 あろうことか、彼女の可愛いお顔が自然薯のとろとろで白く染まって大変なことになっていたのである。


「これはいかん、ペロペロしてやろうか?」


「そ、それは流石に」


「分かった、えろろん、で勘弁してやろう」


「内容が変わっていないでござるよ」


「ペロペロは俺が、えろろんは闇の枝だ」


「……ペロペロで」


 ふっきゅんきゅんきゅん……墜ちたな。


 結局ザインちゃんは、俺のペロペロ攻撃によって倒されることを望んだ。

 こんな美味しい自然薯を拭きとって捨てるだなんてとんでもない。全てを胃に収めなくては罰が当たるというものだ。


「んじゃ、動くなよ」


「うう」


 すぃ~っと滑らかな動きでザインちゃんの顔をぐぁしと掴む。どういうわけか、彼女の顔が赤い。


 ま、まさか……風邪か? だが、俺は気にしない! とにかくペロペロだ!


「さぁ、ペロペロして差し上げるわぁ」


「や、優しくしてくだされ」


「任せろ、とんぺー直伝のペロペロ術を披露してしんぜよう」


 俺はゆっくりとザインちゃんの顔に自分の顔を近付けた。彼女の吐息が聞こえるほどに接近したその時、バタンとドアが開け放たれる音が聞こえたではないか。


「エルティナ様っ! それ以上はいけない!」


「ふきゅん、ラペッタ皇子じゃないか。なんでまたここに?」


 ぴるぴると身体を震わせて部屋に闖入してきたは、フィリミシアにいるはずのラペッタ皇子であった。彼はビシッとザインちゃんを指差し告げる。


「負けない! 僕の方が上手くエルティナ様を喜ばせてあげられるんだ!」


 そう言うと彼は纏っていた衣服を脱ぎ捨て俺に抱き付いてきたではないか。

 だが、柔らかな感触を二つほど背中に感じ取る。ラペッタ皇子の肉体は一瞬にして女性の物へと変化していたのだ。


「私はどちらの身体でも喜ばせるよう学んでおります! 女と女でも問題ありません! さぁさぁ、エルティナ様! 共に快楽の向こう側へと参りましょう!」


「どうして、そう言う結論に至ったぁ」


 と言ってから、自分たちの格好がとんでもない状態だという事に気が付いた。自然薯塗れになっていたのは何もザインちゃんだけではない、この俺も自然薯でねばねばドロドロの有様となっていたのである。


 なんという不覚、自分では自分をペロペロすることはできない、できにくい!


 そして、二人とも裸エプロンという姿に、ラペッタ皇子は激しく勘違いしてしまったのだろう。

 そんなに期待に満ちた眼差しを送ってきても困るんですがねぇ。


「ふきゅん、ラペッタ皇子は激しく勘違いしているが、別に百合百合しようとしていたわけではないぞぉ。ザインちゃんの顔に付いた自然薯をペロペロして回収しようとしていただけだぁ」


「またまた、ご冗談を。私には分かります。ザインは女の顔をしていましたので」


「ごふっ」


 それを耳にしたザインちゃんは吐血して倒れた。どうやら、女の顔をしていた、という言葉が致命傷となったらしい。


「ザ、ザインちゃん! まだ自然薯を回収し終えていないぞっ!」


「も、もう、拙者、腹を切り申す」


「もう死ねないんだから意味ないだるるぉ?」


 ザインが介錯のために渡してきた物は大根であった。あとで擦り下ろしておろし蕎麦にしようと用意していたものである。


「これで、どうしろというんだぁ?」


「ああん! エルティナ様、私はもう我慢できません!」


「いざいざぁ!」


 もう事態を収拾できない、と悟った俺は全てを爆破処理することにした。


 たぶん、これが一番早いと思います!






 その日の夜、全ての仕事終えた俺は自室にてウィスキーを片手に、時雨から報告があった内容をトウヤに説明していた。


 ウィスキーはロックで、つまみはお手製のソルトピーナッツだ。


 ちなみにラペッタちゃんは俺のベッドでビクンビクンと時折痙攣しながら夢の中にいる。別に致したわけではないので勘違いしないように。


 ここに寝かせているのは、明日、彼女が目覚めたら、ここに来た経緯を問い質すためである。王様には連絡を入れてあるので大丈夫だろう。


 それで、ソルトピーナッツだが、落花生を剥き剥きしてバターを溶かしたフライパンの上で炒める。そして塩をパラパラと振りかけてキッチンペーパーを載せた皿の上に盛って完成である。

 日持ちはしないので食べる分だけ作るのがコツだ。


『なるほど……アバターの顔がな』


 トウヤからは今調べている調査の中間報告を受ける。驚くことに異世界転移したプレイヤーが地球に帰還しているというのだ。

 こちらはそのような現象が起こったなどという報告は一切ない。


『現段階では政府も動くかどうか悩んでいるみたいだな。アクロニクステック社は今勢いのある会社だ。上場も果たし国に貢献する利益もバカにならない』


『迂闊に規制を掛けることもできないってか? 人の命が掛かってんだぞ』


『今の日本は、命よりも金の方が重いそうだ』


『馬鹿げた話だ』


『まったくだな』


 怒りのあまり、くいっとウィスキーを飲み干す。喉が焼ける感じが俺を冷静にさせてくれた。ただし、相変わらず酔うという感じはしない。

 再びグラスに琥珀色の液体を注ぐ。酒なのにジュース感覚なのが悲しい。ふぁっきゅん。


『さて、実は帰還したプレイヤーだが、妙な点があってな。どうにも、転移した先の記憶を失っているようなんだ』


『ん? 穏やかな話じゃないな。詳しく聞かせてくれ』


『あぁ』


 トウヤの話によると、帰還したプレイヤーたちは転移先の記憶をことごとく失っていることが判明したそうだ。

 帰還後は心身ともに異常はないらしいとのことだが、失踪中の出来事は一切覚えていない。このことは警察も不可解に思っており、現在も詳しく調査中とのことである。


『警察に潜入している桃刑事からの報告なので信用できる情報だ』


『やっぱ、そういう桃使いもいるのかぁ』


『まぁな、蛇の道は蛇、ということだ』


 俺は再びウィスキーを口に含む。芳醇な香りが鼻を通り過ぎていった。

 ジュースにはない感覚なので酒であると認識できるのだが、やはり酔えないと美味しさも半減してしまう。


『それでだ、実は異世界に転移したプレーヤーのおよそ半分が既に地球に帰還しているんだ』


『ふきゅん、なんだって?』


 ここにきてとんでもない報告を受けた。なんと、異世界転移してしまった半分ものプレイヤーたちが既に地球に帰還しているというのだ。


『それはおかしい。こっちに転移してくるプレイヤーはいるが、帰還したプレイヤーの話なんて一切ないぞ』


『ふむ……そうか』


 謎は謎を呼び、せっかっくの喜ぶべき内容は、一瞬にして疑うべき要素になり果てる。


 いったい、カーンテヒルに地球に何が起こっているというのだろうか。

 そして、誠司郎たちはいったいどうなってしまうのか。


 俺はウィスキーを飲み干す。美味いはずのウィスキーは何故か苦く感じられた。

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