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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
612/800

612食目 小さな変化

 カサレイムまではエルティナさんが用意してくれた乗り物で向かうことになった。

 聖都リトリルタースを南に出てすぐの場所に、それは待機しているという。


「乗り物っていったら、やっぱ馬車かな?」


 史俊が手を後頭部で組みながら呑気そうにつぶやいた。それを聞いた時雨が、それはないんじゃないの、と反論する。


「ここまで技術が発達している世界だもの、きっと車か飛行機よ」


「それな。世界観は完全にファンタジー世界なのに、装甲車が存在してるもんな」


 そう、異世界カーンテヒルには装甲車が実在していたのだ。それはフィリミシアモモガーディアンズ本部にさり気なく停車していた。

 お城の隅にポツンと目立たないように馬車と並んでいた姿を見た時には、三人そろって目を丸くしたものだ。

 本当に、この世界は何が目に飛び込んでくるか分かったものではない。


「う~ん、エルティナさんは意外とせっかちだから、飛行機かもしれないね」


「あ~、分かる。なんていうか、江戸っ子気質みたいな?」


「きゅおん、あながち見当はずれじゃないぜ」


 僕らの会話に混ざってきたのは狐少女のキュウトさんだ。

 エルティナさんが作った不思議な実を食べた彼女は快適そのもの、といわんばかりに軽快な動きを見せている。

 衣服は相変わらず裸に近い姿なので目のやり場に困るが。


「エルティナは、ああ見えて言葉よりも先に手が出るタイプだからな。うちの連中はエルティナよりも更に手が出るヤツらが多いから、たまたま目立っていないだけなのさ」


 銀色のもふもふ尻尾を気分良さげに振る彼女は、少しばかりエルティナさんの事を話してくれた。

 中でも驚きだったことは、彼女が攻撃魔法を行使できない、という点であろう。


「まぁ、使えないわけじゃないんだけどさ。相手に向かって飛ばないで、その場で暴発しちまうのさ。だから、あいつが攻撃魔法を使うのは、敵と差しで勝負する時くらいのものだ」


「それ以前に、彼女を差しで勝負させちゃあいけないんじゃないのか?」


 史俊の意見をガイリンクードさんが肯定した。


「そのとおりだ。そのために俺たちがいる」


 しかし、キュウトさんは言葉を続ける。その表情は困り顔だ。


「でもなぁ……あいつは怒ったら人の話を聞かないからな」


 ぽりぽりと頬を掻く彼女を見て僕らは事情を察した。きっと怒りに任せて飛び出すエルティナさんを彼らで止めに、あるいはフォローしてきたのだろう。


 エルティナさんは見た目どおり、完全な支援タイプだと思われる。でも性格は前衛タイプの脳筋のようだ。

 僕らも彼女と共に戦う機会が訪れれば考慮する必要があるだろう。


「お、来たみたいだぜ」


 キュウトさんが指差す方角には何もない。だが、何かが接近する振動は感じることができた。

 僕らは見えない何かに身構えるが、キュウトさんとガイリンクードさんは呑気に会話を続けている。

 この後の打ち合わせのようだけど、今はそれどころではないような気がするのだが。


「く、来るぞ!?」


 史俊が盾を構えた。それと同時に砂が盛り上がり、咆哮と共に姿を現した者は巨大な砂竜だ。そのあまりの大きさに僕らは絶句する。


「ぎゃお~」


「鳴き方可愛いな、おい!?」


 砂竜は呆れる史俊に顔を近付けぺろぺろと舐めた。敵対するつもりはない、との意思表示であろうか。

 短い尻尾を小刻みに振る砂の竜は体長七メートル程度。よくよく見れば人懐っこそうな可愛らしい顔をしている。

 その竜が僕らを前にして伏せた。相変わらず短い尾は振り続けている。


「エルティナさんが用意した乗り物って、まさかドラゴンですか!?」


 時雨は愛用のマジックロッドを胸に抱えて上ずった声を上げた。

【エンドレスグラウンド】内にもドラゴンはいるが、やはり上位種として扱われ、冒険者たちを何人も葬り去ってきた強敵としてのポジションを維持している。


「あぁ、サンドドラゴンの子供だ。こいつの背中に乗ってカサレイムまで行くぞ」


 そう言ってガイリンクードさんはサンドドラゴンの背中に飛び乗った。キュウトさんも彼に倣って華麗に飛び乗ろうとするも彼女の跳躍はあまりに低く、伏せたサンドドラゴンの膝にすら届いていなかった。


「い、今のは練習だからなっ!」


「強がるな」


「きゅおん」


 結局はガイリンクードさんの差し出した手を掴み、キュウトさんはサンドドラゴンに乗り込んだ。どうやら、彼女は生粋の【マジックユーザー】のようである。

 下手をすれば、訓練を受けて身体能力が向上した時雨よりも運動能力が低そうである。


「誠司郎……エルティナさんって、何者なのかしら」


「わからないよ、聖女様なんじゃないのかな?」


 しかし、まさかドラゴンに乗って移動するとは予想外であった。

 こんなところは、いまだにファンタジーしているのだから油断も何もあったものではない。

 本当にこの世界に来てからというもの驚きの連続だ。


 やがて、立ち直った史俊はニヤリと笑みを作りサンドドラゴンの横腹をポンポンと叩いた。

 それにサンドドラゴンが、くぉん、と鳴いて反応する。


「うっし、俺らも行くか。よいしょっと」


「わわ、柔らかくて暖かい」


 僕らも彼らに倣いサンドドラゴンに乗り込んだ。砂でできている、という割には触れた感覚は生物の柔らかな肉体のそれと同じに思える。


「よし、それじゃあ、カサレイムに出発だ。頼んだぞ、サンドドラゴン」


 キュウトさんがサンドドラゴンの背中を優しく擦った。それに反応して砂の竜は、ふごっ、と鼻を鳴らす。


「ぎゃお~ん」


 サンドドラゴンは可愛らしい咆哮を上げた後に、僕らを背に載せてゆっくりと移動を開始した。






「この子、意外に早いわね」


 サンドドラゴンの背でくつろぐ時雨の長い赤髪が風に流される。彼女はその髪を手で抑えながら視界に映る雄大な砂漠を眺めていた。


 聖都リトリルタースの中ではあまり気付かないが、町の外を出て少し移動すれば、そこは生命を拒む死の砂漠が広がっている。


 エルティナさんが語るには、いずれは聖都リトリルタースまでの参拝道を整備して、一般市民であっても安全に聖都リトリルタースへ赴くことができるようにするそうだ。


 したいという願望ではなく、するという断言がなんとも彼女らしい。


「時速にして六十キロメートルは出ているかもな」


「きゅおん、流石は酔い止めだ、なんともないぜ」


 相変わらず暑苦しい姿のガイリンクードさんは汗ひとつ書かずにサンドドラゴンの移動速度を分析した。

 対してキュウトさんの方は若干顔が青ざめている。乗り物に弱い体質なのだろう。

 それは彼女が酔い止めを服用したという発言からも窺えた。


「ガイリンクードさん、カサレイムまではどのくらいかかるんだ?」


「そうだな……このボーイが道草を食わなければ二日といったところか」


 史俊の質問にガイリンクードさんは表情を変えずに答えた。

 彼の長い髪の間から覗く水晶のような青い瞳は美しく見惚れてしまうが、それと同時に言葉では言い表せないような異質な何かを垣間見ることができる。


 普段から黒い鍔付き帽子を目深に被っているので分からないが、彼はかなりの美形だ。

 こう言っては悪いが、趣味全開の衣装をどうにかすれば女性にモテるのは間違いないだろう。


「おい、何じろじろ俺のガイを見てるんだぁ? 小娘」


「えっ?」


 僕の視線を遮るように現れたのは青い髪を持つ半裸の女性であった。先ほどまでは姿形もなかったというのに、どこから現れたのであろうか。

 あまりに突然の事で、僕は金魚のようにパクパクと口を動かすのが精いっぱいであった。


「おい、糞悪魔レヴィアタン右腕ライトアームで寝てろって言っただろうが」


「けけけ、こいつが色目を使うから悪いのさ。おまえは俺のだ」


 口汚い妖艶な女性は僕を牽制すると、ガイリンクードさんに寄りかかり甘え始めた。

 言葉使いは悪いが彼女はガイリンクードさんにベタ惚れのようだ。


「まったく……こいつは悪魔デビルレヴィアタンだ。俺の右腕ライトアーム寄生パラサイトする極潰しさ」


「何言ってやがる。汚し放題の部屋を掃除してやってんだろが」


「ふん……」


 モモガーディアンズのメンバーはどうにも一癖も二癖もある人物ばかりのようだ。

 僕らが知らないだけで、まだまだ多くの秘密を抱えている人たちが沢山いるのだろう。


 ジッと僕の顔を見て警戒するレヴィアタンさんに、簡単な自己紹介と僕が男である事を説明する。

 すると、彼女は大きな目を何度も瞬きして驚きの表情を見せた。


「おめぇ、その顔で男かよ。エドワード二号じゃねぇか」


「ぷっ! その例えは酷い」


 レヴィアタンさんの例えがツボにはまったのか、キュウトさんは腹を抱えて笑い出した。

 ガイリンクードさんも帽子を更に深く被っていることから、笑うのを堪えているらしい。


 確かにエドワードさんは、誰かが説明しない限り、男として見てはくれないであろう。


「ところで、誠司郎のアバターって、そんなに女顔だったか?」


「えっ?」


 僕は史俊の言葉にギョッとした。今まで彼に、そのようなことを言われた事はないからだ。


 確かに、現実世界で最後に史俊に会ったのは中学校卒業の日だ。それ以来、僕と、史俊と時雨は別々の道を歩き出した。三人とも高校は別の場所であったから。


 史俊と時雨は高校に近い場所へと引っ越し、直接会うこともなくなった。だが、【エンドレスグラウンド】内では別だ。

 僕らは時間を作ってはゲーム内で会い、ゲーム内のお菓子を摘まみながらおしゃべりをした。もちろん、冒険も三人一緒だ。

 だから、アバターの顔もしっかりと記憶していて当然であるはず。


 僕はアイテムボックスから手鏡を取り出して自分の顔を観察する。間違いない【僕の顔】だ。


「向こうの僕の顔だ……そんな……アバターの顔じゃなくなってる」


「なんだって? どういうことだよ……って、それが今のおまえの顔かよ!? ほぼ女じゃねぇか!」


「ちょっと、一年でそこまで変わる!?」


「そ、そこまで女顔じゃないよ……たぶん」


 指摘されて初めて気が付く異変。たしかカーンテヒルに転移した頃は間違いなくアバターキャラである【モック】の顔であったはず。

 制作の際には理想の自分というコンセプトで制作しており、少しは男らしくなったかな、と喜んだものだ。


 だが、今鏡に映っている顔は現実世界の僕の顔だ。いったい、どうなっているのだろうか。


「そういう史俊もアバターの顔じゃないわよね」


「マジかよ、時雨。ちょっと、鏡貸してくれ」


 僕から手鏡をひったくるように奪った史俊は鏡の中の自分を見て絶句した。


「ニキビが増えてる」


「そっち!?」


 冗談だ、という史俊から手鏡を返された。どうやら、彼もアバターの顔ではなくなっているようだ。


「やっぱ、そうなのね。実は私もなのよ」


「時雨は変わっているようには見えないけど?」


 どうやら、時雨にも変化が起こっているようだが、僕には違いが分からない。

 僕の様子に彼女は「そうでしょうね」と苦笑した。


「アバターをできる限り自分の顔に似せて作ったからね。でも、泣きぼくろは付け忘れてたのに、いつの間にかあったのよ。気付いた時は、また同じところにほくろが出来た、と苦笑してたのだけど」


「それは言われないと気付かないね」


「でも、髪の色までは変化してないようね。赤いままだし」


「おいおい、これは小さな変化だけど見過ごせない変化だぞ。一応、エルティナさんに連絡を入れといた方がいいんじゃないのか?」


 史俊の提案に反対する者はいなかった。だが、連絡といっても【チャット】はエルティナさんには使えない。とすれば、キュウトさんに頼むしかないか。


「あ、私がやるわ。〈テレパス〉という魔法を教わったの。まだ不慣れだけど、このくらいの距離ならなんとかなると思うわ」


「へぇ、この世界の魔法を使えるようになったんだ」


「えっへん、もっと褒めてもいいのよ?」


 そう言うと時雨は〈テレパス〉を使用してエルティナさんとの会話を試みた。

 キュウトさんに説明によると、〈テレパス〉とは魔力を使用した念話だという。


「あ! どうもぉ! 時雨ですぅ!」


 だから、大声で実際に喋らなくてもいいらしい。まだ不慣れである証拠だろう。


 結局、僕らは時雨の〈テレパス〉が終わるまで、手で耳を覆う事を余儀なくされたのだった。

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