61食目 俺の好きな露店街
昼時とあって露店街はハチの巣を突いたかのような賑わいを見せていた。そこかしこに昼食を求める冒険者たちの姿が確認できる。もちろん、一般の利用客の姿も認められた。
そんな事もあってか、客を呼び込む店員たちにも熱が入る。中には理解不能な呼び込みを仕掛けるたわけもいるが、聞かなかったことにしておけば無問題だ。多分。
「美味いラーメンは、この店だよ!」
「新作ハンバーガーでたよ!」
「ぴちぴち、新鮮な【春】はいかがかねっ!」
おまわりさん、こいつです。
一部にいかがわしいヤツが混ざっていたので、速やかに憲兵さんに通報しておく。露店街の治安は守られなくてはならないのだ。ぷんすこ。
そんな事よりも、やはりこの時間帯の露店街の雰囲気はいいものだ。そこかしこから流れる音と匂いは、正しく美味い料理の産声。その料理に舌鼓を打つ客の笑顔は、一層に俺の胃袋を刺激する。
フィリミシアの中央区に並ぶ洒落たレストランや喫茶店も良いものだが、やはり俺は活気に満ち満ちた露店街の方が性に合うらしい。
掘っ立て小屋と見紛う店が立ち並び、使い古した調理道具で芸術的な料理を創造する料理人たちの姿に、俺はインスピレーションを刺激される。
聖女の顔の他に、料理人というもう一つの顔を持つ俺は、是が非でも調理技術を盗む必要性があった。ここは、それが可能な場所なのだ。
更には珍しい道具が、ごく普通に売られているという点も見逃せない。露店に魔動機具の自動ミキサーが並んでいた時はなんの冗談かと目を疑った。もちろん、即買いである。
更には攪拌機までもが売られていた。もうなんでもありなのだ、ここは。
「……あら、エル。こんなところにどうしたの?」
「ふきゅん、ヒーちゃんこそ」
「……私はバイトよ。今、買い出しから戻ってきたところ」
目的の店へと向かう途中でヒュリティアに出会う。ゾンビどもに受けた傷跡も無く、後遺症も無くて一安心である。
そんな彼女はアルバイトに精を出していた。お金を稼いで生活費に充てているらしい。
「俺はこれから昼飯さ。ヒーちゃんもどう? 奢るんだぜ」
「……いく」
即決の黒エルフ。彼女は荷物をバイト先の店長に送り届け、再び俺と合流、共に昼食を摂りに行くことになる。
その目的の店であるが、見事に満席。行列の姿に目眩を感じる。
しかし、この珍獣エルティナに撤退の二文字は無い。列に並んで差し上げろっ!
「……エル、この行列、爆破できない?」
「おいばかやめろ、早くもこの話題は終了ですね分かります」
ヒュリティアのまさかの発言に、俺ならずとも並んでいた客たちもが白目痙攣状態に陥った。ヒュリティア……恐ろしい子っ!
それでも、お利口さんにして列に並び、順番がやってきた。こうしてまでも、この店は食べる価値があるのだ。客たちも、それが分かっているから、こうして我慢しているというわけである。
「いらしゃい! きょうは なに たべるね?」
喋り方がちょっと怪しい痩躯の辮髪店主は、どこかで見たことのあるような人物であった。無性に額に【中】と書き込みたい衝動に当てられるも、これをなんとか抑え込む。
ここは以前、麻婆豆腐を食べた店であり、ひと口めで当たりであることを確信した。
事実、口コミにより瞬く間に評判の店にのし上がり、今ではご覧の有様だ。
儲けているのは確かであるが、景観を大切にする店主は、他の店同様のおんぼろテーブルと椅子を店先に据えている。
そこにも座れない者は立ったまま食べたり、堂々と地べたに座っての食事をおこなっていた。ここでは、それすら許されるのだ。実に混沌地帯である。
「ふきゅん、何にしようかな?」
「……エル、これは?」
ヒュリティアが指差したのは【餡かけ炒飯】だ。芳ばしい炒飯の上に、とろとろの野菜餡かけをダイナミックにドッキングさせるという野心作である。
「ほう……それを選ぶとか、見事であると感心するが、別におかしな所はない」
「……おかしいのは、エルの喋り方ね」
ヒュリティアのツッコミが見事に炸裂したところで注文をする。もちろん、餡かけ炒飯二人前だ。
今の俺はかつての俺ではない、一人前くらい、ぺろりと完食してくれるわ。
「餡かけ炒飯、二人前で」
「あいよ! ちょと、まつ、よろし!」
俺はすかさず店の隅に位置する空の樽に腰を下ろす。ここは調理工程が丸見えの絶好ポイントである。店主も何も言わないことから、技術を盗めるものなら盗んでみろ、との思惑があるに違いなかった。
ならば、と真剣な眼差しで彼の技術を盗み取る。後はヒーラー協会食堂の厨房を借りて反復練習あるのみだ。
熱した中華鍋に油を馴染ませる。次は卵を入れ、手早くかき混ぜ半熟になるのを待つ。
冷えたご飯を投入。体を揺すりながら、豪快に卵を米にを絡めていく。
ネギの微塵切りを入れ、塩コショウで味を調える。
最後に酒、香り付けであろうか。理由は分からない、入れる、入れないとで炒飯を作って自分で確かめてみるか。
これで卵チャーハンが完成。これだけでも十分に美味い事が予想出来る。しかし、本料理はこれに野菜の餡かけがエキサイティングなドッキングをかますのだ。
別の鍋でコトコトと音を立てる野菜餡かけにお玉が伸びる。そして、卵炒飯に掛けられて、完全なる餡かけ炒飯が爆誕した。
がたっ!
「おちつく、あるね」
「落ち着いた、凄く落ち着いた」
俺は冷静だ、問題ない。
しかし、現実は非情である。店主は俺が、いまだに興奮状態である、と認識し、ヒュリティアに完成した料理を手渡したのである。悲しいなぁ。
「……ここで食べましょう」
げしっ。
ヒュリティアは、食べ終えた後も席を立たない客に蹴りを入れて、彼を強引に立ち退かせた。なんというバイオレンスな少女でしょうか。
しかし、その目は飢えた獣。蹴りを入れられた客は文句を言おうとしたが、ヒュリティアの眼光に恐れを抱き逃走。そんな彼女に、周りの利用客たちは拍手喝采だ。
流石は露店街……で許されていいのか、これ。まぁいいか。
「ふきゅん、それじゃあ、いただきます!」
「……いただきます」
俺たちはレンゲを取り、餡かけ炒飯に取り掛かった。さまざまな具が入る野菜餡かけには、ブッチョラビのもも肉も入っている。噛みしめるとじんわりとした旨味が溢れ出して来て舌を喜ばせた。普通に煮ただけでは、こうもゆくまい。
野菜餡かけは、ブッチョラビのもも肉、キクラゲ、モヤシ、チンゲン菜、ニンジン、ピーマンなどが確認できた。野菜のシャキシャキとした食感が堪らない。
「……美味しい」
「美味いんだぜ」
俺たちは、長い耳をピコピコと上下させ感動を表現。俺に至っては質量のある残像が出現しているに違いなかった。
「とろ~り餡かけを、ぱらぱらの炒飯と共にいただく……う~んまいっ!」
「……単純な発想なのに、こんなに美味しいだなんて」
本当にビックリである。炒飯に餡かけを掛けるだけ、これだけのことにもかかわらず料理のグレードは数ランクアップする、という偉業を成し遂げていたのだ。
「はむはむ……」
「……んぐんぐ」
我を忘れる、とはこのことであろう。餡かけ炒飯は、いつの間にか消滅。俺たちの腹の中へと納まった。今は空になった皿に、その名残が点在しているのみだ。
「ふきゅん! ごちそうさまでした! げふぅ」
「……ごちそうさまでした」
俺たちは血肉になってくれた食材と、料理を作ってくれたラーメ……げふんげふん、店主に惜しみの無い感謝を捧げる。
ヒュリティアはまだ胃袋に余裕があるのか、ものほしそうに他の客の肉ソバを狙っていた。勘弁して差し上げろ。
食べ終えたら食器を店の洗い場に置く、というのが露店街の飲食店での暗黙のルールである。
それに従い、俺たちも空になった食器を洗い場に置く。そこでは、アルバイトの少年少女が、せっせと食器を洗っていた。
「ごちそうさま、美味しかったんだぜ」
「……ごちそうさまでした」
「おそまつさまね! そう、いてくれると、わたし、うれし!」
そして代金を渡す……拙い、小銭が無い。まぁ金貨でいいだろう。今回は二人分だし。
そんなわけで金貨一枚を手渡す。おつりはキャンセルだ。
店主は困惑したが、再来店した時に覚えていたら、そこから引いてくれとの言葉を聞き、しぶしぶ了承してくれたのであった。
「まいどありね! また くるよろし!」
俺とヒュリティアは心身ともに満足して、賑やかな露店街を後にした。
さて、今日一日は俺の完全なる休日だ。聖女としての仕事もないし、ヒーラーとしての仕事も一応のところはお休みである。急患が入れば話は別であるが。
そんなわけで午後からは実家へと顔を出しパパンやママンに媚びを叩き売りする予定だ。
ヒュリティアは、というと昼食後に製薬する予定があるので家に帰ってしまった。
流石はヒュリティア、クールに立ち去る後姿に痺れる、憧れるっ!
というか、家に帰っても仕事とか、大丈夫なのだろうか。少し心配である。
「ふきゅん、パパンとママンに会いに行く前に、商店街で買い物でもしていくか」
自室にて炎の文様が描かれている卵を無駄に回転させていた俺は、実家への土産を購入することを思い付いた。
購入するのは【カスタードプリン】、卵を回していたからなのだろうか、それが直感的に脳裏に爆誕してしまったのである。
「しっかしまぁ、この卵はいったいなんなんだぁ?」
この卵、なんとテーブルの端に叩き付けても割れない、という謎の防御力を誇っていた。
仕方がないので、金槌でもって破壊を試みたが、それすらも受け付けないという頑強さだ。いったい、どうなっているのであろうか。
「くれたのがダナンだしなぁ……もしかしたら、卵の形をした石かもしれん」
と結論付けて身支度を開始する。何を着てゆくか迷うのは、いつものとおりだ。
聖女の服や学生服の安定感といったら……と愚痴をこぼしても仕方がないので、白いワンピースを選択。実はこれも安心と信頼の定番服である。
守り役のネーシャさんに手を引かれ、俺は中央区の商店を目指す。
一人でも行ける、と主張したのだが、まだ小さいから危ない、と諭され今に至る。一人で露店街に行ったのだが……言わなきゃバレへんやろ。
一人、暗黒微笑を炸裂させていると目的地に到達。そこはプリン専門店【エンジェルぷりん】という店であった。
その徹底ぶりは有名であり、プリン以外は置かない、という信念の下で営業している。
「あらあら、相も変わらずの繁盛ぶりですね」
「ふきゅん、並びすぎぃ!」
俺が思わず白目痙攣状態に移行するのも無理はない。それほどまでに長蛇の列であるのだ。その殆どの客が、名物のカスタードプリンを求めている、ということは言うまでもあるまい。
仕方がないので、日傘を差して日差しを遮断しつつ長蛇の列に並ぶ。後ろにいた子供を傘の日陰に招き入れて、ゆっくりと前に進んだ。
列に並ぶ客の実に八割ほどが女性客である。チラホラと男性客も見受けられるが居心地は悪そうである。
そうまでしても、ここのカスタードプリンは食べる価値がある、ということだ。
「ふきゅん? あの後姿は……」
「あら、お知合いですか?」
「クラスメイトなんだ。お~い、フォク~!」
長蛇の列の前方に見慣れた後姿を認める。我がクラスの甘味王、フォクベルト・ドーモンだ。
ネーシャさんに並んでもらい、俺はフォクベルトの下を訊ねる。俺の声に反応したフォクベルトは振り向き、その眼鏡をギュピーンと輝かせた。
どういう構造になってんだ、その眼鏡。
「やぁ、エルティナ。あなたも、カスタードプリンがお目当てですか?」
「そんなところかな」
彼は並び慣れているのか、装備が充実していた。腰には水筒、頭には濡れタオル、とどこぞの同人誌即売場に並ぶ、あっち系の人を連想させる。
同人誌……装備……勇者……うっ、頭が……。
思わず勇者タカアキを思い出したけど、俺は元気です。
「エンジェルぷりんのカスタードプリンは絶品ですからね、まず材料が……」
そして始まるフォクベルトのうんちく。それは止まる事がないガトリングキャノンのごとくぶっ放される。そして、俺は逃げ時を見失った。誰か助けてっ!
「何よりも、種類の豊富さと来たら……」
フォクベルトが熱く語るように、エンジェルぷりんは品揃えが豊富であり、苺プリンに、バナナプリン、ミルクプリンに醤油プリンという変わった物も置かれている。
醤油プリンは、醤油がプリンの甘さを引き立てる程度に使われているらしい。味の方はみたらしの餡に近いらしいとのこと。
暫くの間、フォクベルトの怒涛の口撃に晒されていた俺であるが、彼の順番が回ってきたこともあり、ようやく解放されることとなる。
そして、ふらつきながらもネーシャさんの下へと戻る事に成功。ようやくの安寧を獲得する。
「大丈夫ですか?」
「もうだめだ……こんなんじゃ、俺、プリンが嫌いになっちまうよ……」
俺は店に入るまでの間、げっそりとしながら列に並ぶ羽目になったのであった。
ふぁっきゅん。