606食目 逆転の発想
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
『というわけで、誠司郎たちはモモガーディアンズ預かりになったんだぜ』
『事情は分かった。遅かれ早かれ、そうなると踏んでいたのでエルティナの判断は助かる』
俺は模擬戦があった晩に、ヒーラー協会の自室からトウヤに連絡を入れていた。誠司郎たちをモモガーディアンズに編入させ鍛えると同時に行動を監視するためだ。
彼らは自称冒険者、いくら言い聞かせても冒険を止められない、止めにくい! だから、俺は監視という名の守護者を彼らに付けるだろうな。
『ところで、失踪事件について何か分かったことはあるのか?』
『いや、それがどうにも情報が少なくてな。俺たちも足を使って調べなくてはならないレベルだ』
『マジか』
『あぁ、現時点で分かっていることは、やはりVRG【エンドレスグラウンド】のプレイヤーを中心として行方不明になっていることか』
やはり、鍵となるのは【エンドレスグラウンド】というゲームであるようだ。
『行方不明という事はやっぱり肉体ごと転移してるってことなのか?』
『判明してはいないが、その可能性が高い。俺としては何かしらの方法で肉体を粒子化、あるいはデータ化して異世界に転移させたと推測している。マトシャ大尉も俺と同じ結論に至っているようだ』
『ふきゅん……となると、やっぱり誠司郎たちが死亡するのは上手くなさそうだな』
『あぁ、仮に復活できた、としてもデータが欠損してしまう可能性も否定できない』
『【デスペナルティ】か……それが肉体のデータだとすれば、地球に帰れなくなる可能性も出てくるわけだ』
『そうだな、その可能性があるからには、彼らにも大人しくしておいてほしいものだが』
『無理だろ』
『おまえがそう言うなら、そうなのだろうな』
そう言って同時にため息を吐き、それがおかしくて苦笑し合った。
『おまえも面倒を見られる立場から、面倒を見る側に立ったんだな』
『いつまでも甘えてられないさ。もう沢山の後輩や護るべき人々がいる』
『そうだな。新しい情報が入り次第に連絡を入れる』
『あぁ、分かった』
俺はごろんとベッドに寝っ転がる。先客であるもんじゃとその子供たちが反動でぽよんと跳ね、不満そうに「にゃあ」と鳴いた。そして、一家揃って俺の上に乗り丸くなる。
「おもっ!? おまえらも大きくなったなぁ」
「にゃ~」
誠司郎たちは模擬戦の疲れもあってか夕食を摂るとすぐに寝てしまった。現在はヒーラー協会三階の空き部屋で、ぐーすかぴー、と爆睡していることであろう。
「鍛えるといっても、どういう感じにするかだよな」
俺にはミリタナス神聖国で聖女としての仕事があるため、ラングステン王国に長期滞在することはできない。
手っ取り早いのは桃師匠に誠司郎たちを丸投げする方法だ。桃師匠なら、トウヤと連絡が取れるので事情を把握してくれるだろう。
だが、桃師匠も元祖モモガーディアンズの稽古を付けながら誠司郎たちの面倒を見るのは骨が折れるはずだ。
肉体を提供してくれているジェームス爺さんも高齢な上に最近は肺の調子が芳しくない。無茶なことはさせられないのだ。
「いや、待てよ。何も俺たちが、ここで鍛える必要はないじゃまいか」
逆転の発想。俺たちがここにくるのではなく、皆をミリタナス神聖国に来させればいいのだ。
ふっきゅんきゅんきゅん……エルティナ様は賢いお方。早速、モモガーディアンズ本部に、こっそりとミリタナス神聖国に繋がるプライベートテレポーターを設置することにしようそうしよう。
転移先は大神殿のすぐ傍がいいだろうか。すぐそこ大神殿、まるでコンビニ感覚だぁ。
妙案が浮かんだ俺は、ぽぽ~い、と下着のような聖女の服をクロスアウトし、安らかな眠りに落ちていった。やはり、この部屋は落ち着くなぁ。
「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」
「おはやう、みんな」
次の日、眠りから覚めた俺は顔を洗おうと洗面所へと赴く。そこでは、誠司郎たちが歯を磨いていた。
「あ、おはようござい……ぶはっ!?」
「おはよう、みんな。盛大に吹き出してどうしたんだぁ?」
彼らは豆が鳩を喰らったかのように驚いているではないか。いったい、何があったのだろうか。
「エ、エルティナさん! 何を自然に全裸で歩き回っているんですか!?」
真っ赤な顔を手で抑える誠司郎はそう俺に指摘した。そういえば、昨日は全裸で寝たんだった。すっかり忘れていたぜ。
だが、このエルティナ・ランフォーリ・エティルは、裸を見られたくらいでは恥じらわぬ! 退かぬ! 顧みぬ! だから俺はポージングを取るだろうな。
「気にするな!」
「気にします!」
むむむ、誠司郎はなかなかに骨があるヤツだ。あとで桃先生を奢ってやろう。
「うへへへ、マジ最高っす。おっぱいはやっぱりでか……」
どすっ。
「もぎゃぁぁぁぁぁっ!? めがぁ、めがぁ! あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「史俊は自重しなさい! エルティナさんも早く服を着るっ!」
「あっはい」
凄い剣幕で怒る時雨の指示に従う。本能的に俺は長寿タイプなので、怒った時雨に素直に従うことにした。
本日はヒーラー協会食堂で食事を摂り、一度モモガーディアンズ本部に立ち寄ってからミリタナス神聖国へ帰国する予定である。
「ふきゅん、今日はスクランブルエッグとトーストにサラダとフルーツか。やっぱり、ここの朝食は安心するな」
久しぶりに食べるヒーラー協会食堂の味は何も変わらない。最高のクオリティを維持していた。これも料理長であるエチルさんの努力の賜物であろう。
そうそう、彼女だが……遂にルレイ兄からプロポーズされたそうだ。当然彼女はこれを承諾。新たなる夫婦が爆誕したわけだ。
結婚式は来月中旬、ジューンブライドということになる。俺も式には出てほしいとお願いされているので行かないわけにはいかない。当然だなぁ?
「うまっ!? ただのスクランブルエッグなのに!」
「ふがふが……お代わりしてもいいのかな?」
時雨と史俊はもりもりと朝食を食べ進めてゆく。史俊はその大きな身体に見合う食欲をもっており、三回ほどお代わりをしに行った。
対して誠司郎は小食であり、もむもむと良く味わって食べている。まるで女子の食べ方だ。
ふきゅん、俺? 俺が女子の食べ方をするわけないだろいいかげんにしろ。
「おいぃ、誠司郎。もっと、食わんと強くなれないぞぉ」
「えっ? これでも普段よりは食べていますよ?」
「なん……だと……?」
驚くことに彼は普段朝食を食べないらしい。今日もそのつもりであったそうだが、あまりに美味しそうな匂いに釣られて、ついつい食べてしまったそうだ。
「本当においしい。こんな朝食なら毎日食べたいな」
「おまえは普段は何を食べていたんだ」
「えっと……コンビニで売っているパンやお弁当かな」
おう、じ~ざす。典型的なコンビニっ子じゃねぇか。両親は何をやっているんだぁ。
「ふきゅん……両親は共働きってやつかぁ」
「あ、はい。朝早くから出勤して、帰ってくるのは深夜です」
「ブラック企業じゃねぇか」
「でも二人とも医師なので……」
「何も言い返せねぇ」
それならば納得がいく。納得してはいけない案件ではあるが、同じ命を救う立場としてはなんとも言い難い。きっと両親も内心は心苦しく思っていることであろう。
誠司郎もきっと寂しかったはずだ。だからこそ、VRG【エンドレスグラウンド】にのめり込んだに違いない。
オンラインゲームは自宅に居ながら世界中の人々と交流できる楽しみがある。心の隙間を埋めるには打って付けなのだ。
「誠司郎はお利口さん過ぎるのよ。たまには我儘を言って両親を困らせなきゃ」
「そんな事、できないよ。父さんと母さんは僕だけのものじゃないから」
なんという悲しいほどにお利口さんなのだろうか。だが、心の奥底には両親への渇望が渦巻いているに違いない。いつか爆発しなければいいのだが。
朝食を終えた俺は誠司郎たちを伴い、フィリミシア城モモガーディアンズ本部に赴いた。