604食目 模擬戦
結論から言おう。僕たちは彼らに対してまったく通用しなかった。
「こ、こんなはずじゃ……!」
情けないセリフだが思わず口にしてしまうのは仕方のない事だろう。彼らとの模擬戦、それは理不尽の極みとも言える内容だったからだ。
時は少し前にまで遡る。彼らは僕らのウォーミングアップまで了承した。僕らが体を解したり作戦を確認している間、彼らは誰が最初に模擬戦をやるかで賑わっていた。
誰一人として身体を解す者はいない。随分と舐められたものだと思った。そして、そんな彼らの鼻をあかしてやろう、とも思っていたのだ。
「オーケー、スキルは使用できる」
史俊は防御スキルを発動し、それが効果を発揮していることを確認した。
続いて時雨も手の中に光球を生み出している。補助魔法の〈ライト〉だ。この魔法は懐中電灯のような効果を発揮する。薄暗いダンジョンでの必須魔法といえるだろう。
「僕も大丈夫かな」
僕も愛用の剣【ディフェンダー】を振りつつも、きちんとスキルが発動していることを実感した。
だが、どことなく発動に違和感を覚える。微妙なので気のせい、といえば気のせいになるのだが。
「やっぱ、コマンド方式じゃなくて、アクション方式を選択しておいて正解だったな」
「私もアクション方式だけど、魔法はコマンド方式の方が楽だったわ。呪文を覚えるのが大変」
スキル発動には二種類ある。 一つはコマンド選択という方法だ。
これはスキル発動をするためにメニュー画面を呼び出し任意のスキルを選択し発動させる方法で、非常にスキル数の多い【エンドレスグラウンド】ではあまり使用されていない。
主にゲームに慣れていない初心者が多く使用するが、慣れてゆくにしたがってほぼ全ての者がアクション方式へと切り替えてゆく。アクション方式とコマンド方式はいつでも任意で変更可能だ。
もう一つはアクション方式。これはスキルを発動させるための予備動作をおこなうと、あとは自動的にスキルが発動する方法だ。
この方法の利点はメニュー画面を開く必要がない事と、スキル発動までの時間がコマンド方式に比べ非常に少ない事が挙げられる。
実際に身体を動かしてプレイするゲームである【エンドレスグラウンド】では、実際に戦闘をおこなっているという実感を得るために、強くこちらを推奨していた。
実際、慣れるとコマンド方式はまどろっこしいので二度とコマンド方式に戻る者はいない。
「よし、大丈夫みたいだね」
僕らはエルティナさんに準備が終わったことを伝えた。いよいよ、模擬戦ではあるが初戦闘だ。
「ふきゅん、思ったよりも動けるな……高レベル冒険者というのはブラフじゃなかったか」
エルティナさんはニヤリと悪い顔を見せた。
「んじゃ、最初はマフティトリオな。GDは使わなくてもいいだろ?」
「あぁ、GDは反則だろ」
「ケケケ、わりぃな。楽しんでくるぜ」
どうやら、相手は彼女たちのようだ。先頭を行く黒髪の少女の頭からは白い兎の耳が生えていることから、彼女は兎の獣人であることが窺える。
すらりとしたしなやかで長い足から、彼女はスピード重視の戦法を取ってくることが窺える。
「天然のバニーガールかよ。気の強そうな顔がそそるねぇ」
史俊はそうおどけるが、彼からはかつてないほどの緊張が伝わってきた。それは僕もだ。
彼女の歩き方はいったいなんなのだ。隙だらけに見えるのに攻撃し辛い。下手に攻撃をすればやられるのはこちらだ、と本能が警告音を発している。
即座に、かなりの場数を踏んだ高レベル冒険者と対峙している感覚を思い出す。あの時は、クエストの達成が同時だったから発生した特殊バトルだった。
お互いが高レベルで見知った顔同士、少しのミスが敗北に繋がる、という非常にやり辛い戦闘だったが、僅差で僕らの勝利となった。
「初っ端から最大戦力投入ってわけ? 笑えないわね」
時雨も杖を握る手に力が入っている。どうやら、彼女もただならぬ雰囲気の対戦相手に緊張しているらしい。
そんな彼女から【PTチャット】で連絡が入る。この方法では直接口を開いて会話しないので、会話が相手に聞かれる事はない。聞かれたくない話や、戦闘中での作戦変更などに良く使われる。
『今、〈アナライズ〉を発動させたわ。相手の能力値を解析したから見てちょうだい』
〈アナライズ〉とは補助魔法であり、対象の能力を数値化して見ることができるようになる。初見の相手には有用な魔法なので習得する者は多い。
『は? おいおい、冗談だろ』
史俊がそう言うのも無理はない。相手のマフティと呼ばれた少女のレベルはなんと、たったの15だ。だが、問題なのはそこではない。
『なんなの、彼女の能力値は』
僕は表示されたステータスを見て愕然とした。あり得ないと呆れてしまったのだ。
マフティ・ラビックス LV15 女 HP350 MP450
STR15 INT18 AGI30 DEX15 VIT8 LUK45
弱過ぎるのだ。史俊を例に挙げるが、僕らのステータスはこうなっている。
ファルケン 男 LV97 HP12900 MP348
STR500 INT5 AGI15 DEX300 VIT800 LUK100
これでは勝負にならないだろう。残りの肌が緑色の少年と巨人とも思えるほど身体が大きい少年? も彼女とレベル、能力値ともに大差はなかった。
この事に僕たちは落胆と共に余裕を持つに至る。彼らのSTRでは、一番守備力の低い時雨ですら攻撃が通用しないからだ。
魔法攻撃力に影響があるINTもやはり低く、大したダメージを負う事はないだろう。
最高値はマフティさんの18なのだから。
『どうやら、楽勝のようだな』
『序盤のクエストだし……多少はね?』
この油断こそが、最も気を付けなくてはならない敵だ、という事に気が付いたのは、彼女らに散々叩きのめされた後のことであった。
「ふきゅん、マフティ、分かっているな?」
「あぁ、手加減はする。でも……腕の一本や二本は折っちまうかもな?」
あからさまな挑発だったが、余裕を持っていた僕らはその挑発を受け流す。かくして、模擬戦は開始された。先手は僕ら。
「先手必勝! スキル〈ルック・オブ・シールド〉!」
史俊が相手の注目を惹き付ける補助スキルを発動した。派手なエフェクトともにスキルが発動され、彼らの視線は史俊の持つ盾に強制的に注がれる。
これでヘイト……敵対心は史俊に集中したわけだ。後は時雨が最大火力の攻撃魔法を彼らに叩き込んで戦闘は終了である……はずだった。
「……小手調べ、といくか」
「おいでなすって!」
褐色の肌を持つ巨人の巨大な拳が史俊の頑強な【大地の盾】に叩き込まれた。【エンドレスグラウンド】内では最高峰の一角を担う盾だ。レアリティが高いので所持者は少数に限られる。
もちろん、体格差があり過ぎる相手であっても対策はばっちりだ。彼はパッシブスキル〈ふんばり〉の持ち主。
このスキルは体格差があっても自動的にノックバック、即ち後ろにふっ飛ばされることなく、その場にとどまることができる効果だ。
ただし、発動には盾を持っていることが条件であった。
その盾が巨人の一撃で粉砕された。つまり、史俊の〈ふんばり〉スキルは不発に終わる。
「冗談だろっ!?」
きりもみしながら地面に叩き付けられた史俊であったが致命傷には至っていない。ならば、ここは僕が時雨を護るしかないだろう。僕は剣を構え、迫る兎少女を迎え撃つ。
大丈夫、僕はAGI先行型。そして、AGIは僕の方が200も上回っている。彼女の攻撃が来てからでも十分反撃可能だ。
狙うはカウンター、高威力の反撃で彼女を沈める。
だが、直後に彼女の姿が消えた。
そんなバカな!? 僕は目を逸らした覚えなんてないぞ!
「ははっ、遅いよ、おまえ」
「えっ?」
気が付いた時には既に僕の背後を取られていたのだ。直後に鈍痛。僕はそこで意識を失った。
完敗だった。わけが分からない。レベルも能力値もこちらが上。だというのに一方的に蹂躙されてしまった。
「さて、これでやめるか、それとも続けるか?」
エルティナさんの笑みは相変わらず暗黒面に染まっていた。現実を知った感想はどうだと言わんばかりだ。
でも、僕らにもプライドはある、ここまでコケにされて引き下がるだなんて選択肢はない。
「冗談だろ? さっきは調子が悪かっただけさ。今度こそ勝つぜ!」
嘘だ、調子は悪くなんてなかった。寧ろ最高の状態だ。 にもかかわらず圧倒的な大差で敗北している。
史俊などは僕が気を失った後も果敢に挑み、宣言通りマフティと呼ばれた少女に腕をへし折られたそうだ。
その後は緑色の少年のロープにて時雨が捕縛され、敢え無く敗北になったらしい。
「あっはははは! いい根性だな。好きだぜ、おまえみたいな男は」
「ケケケ、ただ腕をへし折られたのに、ありがとうございます、はねぇだろ」
「……ふ、面白い男だ」
三人は愉快そうに笑い、その場を後にした。
「ふきゅん、どうも誠司郎たちは動きがぎこちなかったな。女の子がいたからか?」
「男の格好した方が良かったか?」
「昔はともかく、今は無理だろ。ぱいぱいが実り過ぎだ」
「そうかなぁ」
どうやら、僕らはマフティさんに躊躇したと思われているようだ。実際はそんな事もなく、わけの分からないまま敗北してしまったのだが。
『おい、誠司郎。このままじゃ終われねぇぞ!』
『分かってるよ。でも……いったいどうなっているんだ?』
PTチャットで情報を交換する。だが答えは時雨から出てきた。
『簡単なことだったわ。彼らは必要な時だけ能力を高めていたのよ。事前ステータスを鵜呑みにした私たちの落ち度よ』
そう言った彼女は再びマフティさんのステータスを表示した。どうやら、その時のステータス画面を記録しておいたらしい。
『マジかよ』
『さ、最強の名に恥じない数値だね』
マフティ・ラビックス LV15 女 HP3500 MP4500
STR250 INT680 AGI800 DEX150 VIT340 LUK650
レベル15でこの能力は反則である。ということは、史俊の【大地の盾】を粉砕した彼の本来の能力値はどれほどのものであろうか。彼が本気でなかったことを、ただただ安堵するのみである。
彼が本気であったのなら、今頃、史俊は……。
『でも、彼らが最強だ、ということは分かったんだし、次に勝てばいいのよ』
『そうそう、盾も予備は沢山あるし、【不動の史俊】は健在だぜ!』
『で、でも、史俊は腕を折られたんじゃ?』
そう、彼はマフティさんに腕を折られたはずである。度し難い激痛が彼を蝕んでいるのでは、と心配するも彼の表情は至って平静そのものであった。
『あぁ、それはもう。跳躍中のマフティさんを捕まえようと腕を伸ばしたら、その腕を掴まれて勢いのまま見事にへし折られたよ。痛みよりも先に彼女のおっぱいの柔らかさが来て、思わず「ありがとうございます」って言っちまった』
スケベもここまでくれば大したものである。
『史俊は筋金入りだね』
『その後が凄かったのよ。エルティナさんって凄腕の回復魔法の使い手だったの』
『そんな感じはしていたけど、やっぱりそうだったのか』
『マジで凄かったぞ。骨折ったらバッドステータスの中でも重傷の部類だろ? それをものの数秒で完治させちまいやがった。ヒールスポットの連中も裸足で逃げ出すレベルだぜ』
【エンドレスグラウンド】での治療は各町の【ヒールスポット】と呼ばれる施設にて有料でおこなわれていた。いずれも症状によっては高額の治療費を支払うことになる。
よって、大抵はマジックユーザーの回復魔法で済ませることが大半だ。
ただ、重傷といったバッドステータスはヒールスポットか、高レベルの回復魔法を習得しているマジックユーザーしか治せない。
そして、そのマジックユーザーは大抵【ギルド】と呼ばれる冒険者の集まりに確保されて独占状態にあるため、結局はヒールスポットのお世話になることになる。
更に、骨折などといった症状を治療するには、高額の治療費の他に一時間以上の待機時間が課せられるのだ。
大抵のプレイヤーはこの待機時間を利用して休憩を取る。それはプレイヤーの間では暗黙の了解になっていた。
『待機時間がないのは魅力的だね。すぐに戦線に復帰できる』
『だよな。流石は聖女様ってか?』
『ほらほら、気を引き締めて。次の模擬戦で勝つわよ!』
僕らは気を引き締めて次の模擬戦に臨んだ。今度こそ勝ってみせると意気込んで。