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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十六章 彼方より来たりし者
603/800

603食目 条件

「ふきゅん? 冒険者として活動したいだって?」


 昼食後、エルティナさんの私室を訪れた僕らは、彼女にお茶をご馳走になっていた。香り高い紅茶と一緒に出されているのは桃だ。銘柄は【桃先生】というらしい。

 それは今まで食べたどの桃よりも甘く、しかもさっぱりとした味わいであり、後を引く。

 史俊に至ってはお代わりを要求するほどであった。


「時雨と誠司郎もおかわりすっか?」


「あ……はい!」


「じゃあ、僕も」


 時雨も本当はお代わりしたかったのだろう、途端に目が輝き始めた。

 本当に、この桃には抗い難い魅力がある。まるで麻薬のようだ。


「それで、冒険がしたいと言ったな?」


 エルティナさんは紅茶を一飲みし、口内を湿らせる。その後に見せた彼女の目は、今までにないほどの迫力に満ちていた。


 今まで僕らも高名な【カンストユーザー】に出会ってきたが、ここまでの凄みを持つ者は初めてで、豪胆な史俊ですら委縮しているように見える。


「えぇ、昨日の後に三人で真剣に話し合ったんです」


 時雨は昨日の夜、三人で話し合った事をエルティナさんに説明した。

 説明を受けた彼女は難しい表情を浮かべる。


「話は分かった」


「それじゃあ!」


「時雨、おまえらの気持ちは正直な話とても嬉しい。だが、許可はできない」


「ど、どうしてですか?」


 エルティナさんはどうやら内心では僕らの申し出を快く思ってくれているようだ。だが、それを承認できない理由があるようだった。


「まず、トウヤからの連絡がまだだ、という事。もう一つは、おまえらが死亡した際に【デスペナルティ】だけで済むかどうかわからないという点」


「う……それは」


 流石に何も言い返せなくなった。ここはゲーム世界であるように見えてそうではない。この事を昨日の話し合いで失念していたのだ。

 かといって現実でもないと思っていまうのは、いまだに僕らがゲームのシステムに囚われているからであった。


 エルティナさんは桃を一口……いや、一気に全部食べてしまった。そのあまりに豪快な食べっぷりに、僕らは目を丸くする。

 こんな美人が人目を気にすることなく、言い方は悪いがガサツな食べ方をするとは到底思えなかったからだ。


「げふぅ。そして、これが重要なんだが……この町を滅ぼした存在はまだ健在だということだ」


 ゲップまでしたし……この人は本当に自由だなぁ。


「確か【鬼】……でしたよね?」


「そうだ、誠司郎。連中の強さはイカれている。おまえらも高レベル冒険者だという事は聞いているが、連中相手では通用するかどうかわからん。そもそもが、攻撃手段が限られている時点で危険過ぎるんだよ」


 彼女が説明した【鬼】とは生きとし生けるものの天敵であり、実は地球にも存在するというのだ。

 そんな者が存在すればニュースとして報道されるものだが、今までそのようなニュースは見たことも聞いたこともない。


「あぁ、隠蔽されているからな。貧弱一般市民では聞けない、聞きにくい!」


「マジかよ」


 その鬼を秘密裏に処理するのが【桃使い】と呼ばれる存在だというのだ。エルティナさんも、その桃使いの一人だという。到底、戦うような人には見えないのだが。


「エルティナさんは鬼と何度も?」


 時雨は自身も桃使いである、というエルティナさんに鬼たちとの戦いの話を図々しくもねだった。

 そんな時雨にエルティナさんは嫌な顔もせず、鬼との戦いを語ってくれた。


「ん? もちろんだとも。基本的に俺は後ろで支援と回復。そして、強化された仲間でボコボコにするという鉄壁の作戦で鬼どもを泣かせてきた実績があるのだよ」


「あ、エルティナさんは後方支援なんですね」


「そうだぁ。桃使いといっても、戦闘要員とサポート要員がいるからな」


「納得しました」


「ま、たまに俺も前線に出るがな」


「あ~、前が崩れたら出ざるを得ませんよね」


「ほう……時雨は賢いな。桃先生を奢ってやろう」


「やった」


 時雨は彼女の説明に納得した様子であった。寧ろ、戦闘要員でなくて良かった、と安堵しているようにも思える。


「まぁ、ここまでグダグダと説明したが、おまえらは冒険者だ。はいそうですか、と納得して引き下がらんだろ?」


「バレてた?」


「史俊、このやろう」


 エルティナさんは史俊に苦笑いした。二日前に出会ったばかりなのに、僕たちはエルティナさんを長年の友人のように感じていた。それは彼女が纏う独特の雰囲気がそうさせているに違いなかった。


「そこでだ、おまえらにはテストをしてもらおうと思っている」


「テスト? 戦闘系のクエストですか?」


「おう、冒険するにしても実力がなくちゃあ話にならんだろ?」


「そりゃあ、いい。俺たちもこう見えて、名の通る冒険者なんだぜ!」


 エルティナさんの提案に嬉々として乗るのは史俊と時雨だ。僕はいまいち気が乗らない。

 それは、エルティナさんの笑みが暗黒面に染まっているように見えたからだ。絶対に裏がある。






 話が纏まった、とエルティナさんは僕らを引き連れて【テレポーター施設】へと向かった。ここは【エンドレスグラウンド】の転移装置と同等の機能が備わっているらしい。転移する際の感覚も似通っていたので困惑はしなかった。

 もっとも、彼女は僕らの困惑する表情を見たかったのか、がっかりしていたのだが。


「ここは、ラングステン王国の首都フィリミシア。この世界の中心とも言える大国だ。で、ここがフィリミシア城な」


 転移した先は石を積み上げられて作られた武骨な城の内部であることが判明した。

 所々に応急処置した形跡があることから、エルティナさんの言う、大きな戦いがあったことは事実であることを納得させるには十分であった。


「へぇ……って、いいんですか? エルティナさんはミリタナス神聖国のいわばトップですよね?」


 あっけらかん、と言うエルティナさんに僕は慌てて問い質した。彼女はひらひらと手を振って答える。


「あぁ、へーきへーき。俺はここの住民でもあるし。まぁ、いろいろと事情があるのだよ」


 そう言って、独特な笑い方をするエルティナさんを発見した兵士と思われる人物が彼女に敬礼をした。


「お疲れさまであります、エルティナ様!」


「あぁ、お勤めご苦労さま。みんなは本部に集まっているかな?」


「はっ、哨戒任務に当たっておられるフォクベルト様とアマンダ様、ウルジェさまを除いては」


「あちゃ~、フォクがいないのか……まぁ、いっか。ありがとう」


「はっ」


 慣れた様子で兵士とやり取りをする彼女を見て、本当に大丈夫であることを理解した僕は、それ以上の追求を取り止めた。本当に彼女は底が知れない人物だ。


 薄暗い石畳の通路を歩く事数分。松明の明かりに照らされつつ歩く僕らは、とある一室の前に辿り着いた。ドアの色が桃色、という内部がとても気になる一室だ。


 そんなドアを慣れた様子で開け放つエルティナさんに付いて部屋に入る。そこには多くの少年少女たちが仕事をしていた。パッと見は僕らと同年代のように思われる。


 内部はかなり広い。五十人くらいは十分に活動できると思われる。そして随所に設けられたパーソナルコンピューターの数々に、ここが本当にファンタジー世界であるかどうかを疑わせた。正面の巨大スクリーンなどは最たる物だ。


「おっす」


「やぁ、エル、おかえり。その人たちが話にあった転移者かい?」


「そうだぁ」


 エルティナさんに気さくに話しかけてきた金髪碧眼の赤服の少女は、僕らを見て優しく微笑んだ。

 なんという美少女であろうか。そのあまりの美しさに作り物ではないのであろうか、と疑うレベルだ。


 無論、エルティナさんも非常識なレベルで美少女であるが、彼女の纏う親しみ深い雰囲気によって丁度いい塩梅に中和されていたので、そこまでは委縮しなかった。

 だが、彼女は違う。圧倒的なオーラを纏っていたのだ。明らかに僕らとは数ランク住む世界が違う。


「初めまして、僕はエドワード・ラ・ラングステン。この国の第一王子だ」


「は、初めまして……僕は、って! 王子っ!?」


 僕らは耳を疑った、この容姿で男だというのだ。後に続く言葉が出なくて口を金魚のようにパクパクさせていると、別の声が僕らをフォローしてくれた。


「ははは、エドは相変わらず女に間違われるな。俺はライオットだ、よろしくな!」


 気さくに声を掛けてきた大柄な体を持つ少年に僕らは落ち着きを取り戻す。しかし、よくよく見て見ると、彼には人にはついているはずのない獅子の耳と尾がついているではないか。


 ただのコスプレかと思いきや、どうやらそうではないらしい。実際に彼の尾がゆらゆらと不規則に動いているのだ。

 よく見ると、彼に纏わり付いてくる蠅を尾で追い払っているようだ。


「ん? あぁ、俺は獅子の獣人さ。そういえば、リトリルタースには獣人が少なかったな」


「カサレイムには沢山いるけどな」


 エルティナさんと彼らは親しい中にあるようだった。互いを愛称で呼んでいる辺りから、それが窺える。

 部屋を見渡せば、殆どの少年少女たちが普通の人間ではないことが分かった。ここでは、どうやら人間の方が珍しいように思われる。


「うわわっ! 見て見て! あの狐っ娘! 可愛い~!」


 時雨はパーソナルコンピューターの画面とにらめっこしている狐の耳を生やした少女を見て感嘆した。

 時折、ピクピクと動く耳ともふもふの尻尾が気に入ってしまったらしい。


「きゅおん? お、エルティナじゃないか」


「おっす、キュウト。タイピングはできるようになったか」


「俺の両人差し指は高速を超えたぜ」


「まるで成長していない」


 どうやら狐少女の名はキュウトというようだ。二人の息の合ったやり取りからして仲が良いらしい。

 彼女らのやり取りに笑いが漏れている。これが彼らのいつもの光景なのかもしれない。


「おっと、みんな、聞いてくれい。彼らが異世界【地球】から転移しちまった三人だ」


「初めまして、誠司郎と呼んでください」


「史俊だ。よろしくっ!」


「時雨です。今日はお世話になります」


 僕らの簡単な自己紹介を済ませたところで議題は戦闘テストに移った。


「それで、戦闘テストだっだよね?」


「あぁ、モモガーディアンズのメンバーを相手に模擬戦をしてもらおうかと思ってな」


 そこで異を唱えたのはパーソナルコンピューターの前で仕事をしていた赤髪の少年だ。


「待て待て! ここの連中と模擬戦って、そいつらを殺すつもりか!?」


 その表情が慌てている点からして本気で彼はそう思っているらしい。これでも、僕らは実力のある冒険者として扱われてきたので、彼の言葉にはムっとしたものがあった。


「見た感じBランクの下といった感じじゃないか。ルドルフさんとの模擬戦でいいんじゃないのか?」


「まぁまぁ、ダナンの気持ちも分からん事はない。だが、現実を知るにはいい機会だ。それに、ここの連中に通用するなら鬼と十分渡り合えるということだからな。それに歳も近いから丁度良い」


「エルもえげつないね。心をへし折って大人しくしてもらうのかい?」


「折るなら折ってもいいぞ。折ることができればな」


「ふむ、思うところがあるんだね? 分かった、これ以上は詮索しないよ」


 美少女詐欺のエドワード王子はエルティナさんを信頼しているのか、それ以上の詮索はしないと宣言した。彼はエルティナさんに対しては信頼以上の感情を持っているようにも窺える。


 それにしても、エルティナさんは僕らに期待してくれているのだろうか。


「折れるものなら折ってみろ……か」


「嬉しい事言ってくれるねぇ。こりゃあ、負けられねぇぞ」


 時雨と史俊はやる気満々だ。最初から全力で勝ちに行くつもりだろう。


「それじゃあ、訓練場で早速模擬戦といこうか」


「エル、人選はどうする?」


「俺が選ぶさ。形式は三対三のチーム戦。勝敗は全滅方式で」


「結構、容赦ないな」


「冒険者をやりたいってんだ、実戦に近い方がいいだろ?」


「そりゃそっか。んじゃ、当たることがあったら、楽しませてもらうとするか」


「おいおい、油断は大敵だぞぉ、ライ」


 獰猛な笑みを僕らに向けるライオットさん。彼はどうやら見た目どおり、戦闘要員のようだった。

 その漲る自信から、相当の実力を持っていることがひしひしと伝わってくる。


「へへっ、エルティナさんの言うとおりだぜ。俺たちも腕に覚えがあるんだ、それでなきゃ、こんな申し出はしねぇよ」


 大胆不敵な史俊の宣言に、彼らはムっとすることはなかった。寧ろ、彼を褒め称えたではないか。


「クスクス、いいわね、貴方。それくらいの気概がなければ男とは言えないわ」


 そう史俊を褒め称えたのは、むせかえるような色気を放つ、深緑色の美しい髪の少女であった。

 本当に同年代であるか疑わしいほどの色気だ。スタイルもメリハリが効いていて僕好み……あ、時雨が物凄い目で睨んでいる。これは危険だ。


「そうそう、それくらいじゃなきゃ、模擬戦をしても面白くないしね!」


 そして、茶髪の小柄な少女を見て、時雨の怒りは急速に収まってゆく。まさか、時雨以上に凹凸の無い少女がいただなんて。


「ま、取り敢えずは戦ってみてからだな。ほれ、ユクゾッ!」


 僕たちはエルティナさんに連れられて、フィリミシア城の訓練場へと向かう。そこにはこの世界初の戦闘が待っているはずだった。

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