601食目 ゲーム脳
トウヤと魂会話での情報交換をおこないつつ、騎士団の応接間に移動した俺達は、異世界転移組を黒いソファーに座らせた。
騎士団の応接間は基本的にご立派な造りにしている。国のお偉いさんなどを招くことがあるため、せめてここくらいはと金を掛けて見栄えを良くしたのである。
それ以外はお察しなので見ないでくだしあ。
〈フリースペース〉より紅茶セットを取り出し彼らに紅茶を淹れてやることにする。
突如として現れた収納ケース型の〈フリースペース〉に目を丸くして驚く異世界転移組の面々。知っていてわざとやったのは内緒だ。
まぁ、彼らはここがゲーム世界ではない事を薄々感じ始めているであろうから、色々と地球とは違う点を見せておいた方がいいだろう。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
差し出した紅茶はレイエンさん特製の心が落ち着く紅茶である。僅かにミントを配合するのがポイントであるそうだ。
紅茶を飲んでもミントっぽさは感じられないが、心が落ち着くことは感じられる。
「……美味しい」
「というか、ゲーム内のアイテムなのに味がする?」
少年たちはまだ現実が受け入れられていないのか挙動不審だ。
それに対して少女の落ち着いたことよ。胆が据わり過ぎているのか、それとも開き直っているのか。
「まずは自己紹介しようか。俺の名はエルティナ・ランフォーリ・エティル。このミリタナス神聖国の聖女を務めている」
「えっ……そんな格好なのに!?」
「伝統ゆえに致し方なし。察してくれ」
「「把握」」
「あんたらねぇ……もうシャキッとしなさいよ。この紅茶を飲んではっきりしたわ、これはゲームでもなんでもない! 確固たる現実、リアルよ!」
べきっ、ぺちっ。
「あべびゅっ!?」
「あいたっ?」
一人だけ威力がおかしいんですがそれは?
まぁいい、彼女のお陰で少年たちも落ち着きを取り戻したようだ。
「いてぇ……ゲームじゃダメージを負っても痛みは感じなかったぞ?」
「という事は……史俊、ここはゲームの世界じゃないよ」
「マジかよ? じゃあ、この装備とアイテムはなんだっていうんだよ?」
そう言うと、彼らは何もない空間から見たことも無いような道具を取り出した。パッと見は練度の低い〈フリースペース〉のようだ。
「話が進まないじゃないの。取り敢えずは自己紹介しちゃいましょう。私は【アンリ】よ」
赤髪の起伏が少ないふんどし少女はアンリと名乗った。恐らくはキャラネームであり、本名ではないだろう。それに倣い、少年たちも自己紹介を始めた。
「俺の名は【ファルケン】だ。よろしく」
「あぁ、史俊君ね」
「そっちの名前は言っちゃらめぇ!」
ガッチガチの重騎士の少年は【ファルケン】というらしい。短く刈り込まれた茶髪に親しみのある顔が特徴的だ。
体躯もご立派であり、彼らの盾となる存在であろうことが窺えた。
「僕は【ナック】……本当の名は【宮岸 誠司郎】。よろしくね」
ナックこと宮岸誠司郎は、短い黒顔の可愛らしい顔をした少年剣士といった風貌だ。
はっきり言って、彼はちっとも強そうには見えない。気が弱そうな雰囲気が、ぷぃんぷぃんしていることが原因であろう。
「ちょっと、本名を教えたらダメでしょうに」
「でも……史俊の名前言っちゃったし」
「あんたねぇ……もう。わたし、【皆川 時雨】。アンリでも時雨でもいいわ」
がくりと頭を垂れて呆れる時雨は諦めたように本名を明かした。
個人情報は漏らしてはいけないって、それ一番言われてっから。油断大敵だぞぉ?
「ま、知ってんだけどな」
「「「ぶばっ!」」」
俺の投げやりな答えに三人は飲んでた紅茶を吹き出した。既にトウヤが調べている時点で三人の個人情報など筒抜けであるのだ。
「でだ……【加藤 史俊】君。きみの持っている不思議アイテムを見せてはくれんかね?」
「うわっ、マジで知ってやがる。どうなってんだよ」
史俊は文句を言いつつも素直にアイテムを手渡してくれた。そのアイテムを手にした瞬間に違和感を覚える。
『どうみる? トウヤ』
『ふむ、身魂融合してみんことには……なんとも』
『そっか』
どうやら、この状態では伝わる情報が少な過ぎるようだ。そこで俺は桃先輩の果実を召喚し身魂融合をおこなう事にした。
「おいでませ、桃先輩! 身魂融合!」
陽の力のが手の中に集まり、やがてそれは未熟な果実へと姿を変えた。続けて、俺はその未熟な果実を、むしゃあ、と食べ尽し身魂融合を成立させた。
「え? 何それ? 魔法? スキル?」
身魂融合の一連の行動を興味深く見つめていたのは時雨だ。他の二人は突然のことで呆けている。
「ん~、どっちかといえば儀式だな。で、どうだ、トウヤ」
「あぁ、結論から言えば、限りなく物質に近いエネルギー体だな。少々、不安定な部分もあるが……数度の使用には耐えられるだろう」
俺の口から落ち着きのある男性の声が発せられ、今度は時雨を含む転移組全員が驚きの声を上げる。この反応も久しぶりだな。
「も、もうわけが分からないよ」
「ふきゅん、頭で考えるんじゃない、感じるんだ」
「わ、ワックス掛けた方がいいのか?」
「あぁ、この間、再放送していた映画のセリフだね」
「おっ? 分かるか、誠司郎」
「貴方たちは黙ってて。全然、話が進まないでしょ」
「「「さーせん」」」
「……って、エルティナさんまで黙ったら話も何もないでしょうに!」
どうやら、時雨はツッコミ体質のようだ。これはボケ甲斐があるというものである。
「きみも大変だな。俺の名はトウヤ、エルティナのパートナーだ。そうだな、憑依型の意思体、とでも認識しておいてくれ」
「あ、時雨です。トウヤさんもやっぱり?」
「あぁ、エルティナには手を焼かされているよ」
なんですかねぇ、この分かり合った雰囲気は。なんか、ダブルでツッコミが飛んできそうでビョクビョクするんですが。
……誠司郎、史俊、おまえらもか。
「ふむ、内部データは……これは凄いな。このデータを組んだ者は天才としか言いようがない。惜しむらくは使用しているエネルギー体がプログラムに付いていっていないということか」
トウヤは不思議アイテムをあっという間に解析していった。どうやら、ゲーム内では無限に使えるアイテムもここでは使用回数に制限があるようで、制限回数を超えたアイテムは消滅して二度と使えなくなるようである。
「という事は、一応ゲーム内アイテムは使用可能ということですか?」
「そう言うことになる。だが、基本的には使用しない方がいいだろう。俺の調べによれば、これらは忠実にゲーム内の効果を実現させる」
トウヤの答えに誠司郎たちは顔を合わせて喜び合った。だが、そんな彼らにトウヤは釘を刺す。
「先ほども言ったが、アイテムは忠実に効果を発揮する。たとえば、この【クラッシャーボム】だが、普段はどのようにして使用している?」
「ええっと、モンスターに囲まれた時に自分の足元に投げて、爆発の風圧でモンスターとの距離を離す、ですかね」
「それな。こっちもダメージを受けるけど、回復アイテムや魔法でどうとでもなるから便利だぜ」
「距離が十分なら、体勢を立て直せるから重要なテクニックよね」
誠司郎の答えに史俊と時雨はうんうんと頷いている。だが、それはあくまでゲーム内でしか使えない方法だろう。
「確かに、ゲーム内では有用だろう。だが、ここはゲームではない、現実世界だ。自分の足下に爆弾を投げ付けようものなら、自分が木っ端みじんに吹き飛んで終わりだぞ」
「「「あっ」」」
ここが仮想世界ではない事を思い出し顔を青くする三人に、トウヤは深いため息を吐いた。どうやら、彼らのゲーム脳をどうにかするところから始めないといけないようだ。
ちなみに、足元に爆弾を投げても普通に耐える連中は、この世界にごろごろいる。だが、この事は伝えない、伝えにくい!
だって、俺も〈多重魔法障壁〉で耐えれるもん。
「エルティナ、おまえも仕事で忙しいだろうが、彼らの面倒を見てやってくれないか。俺は桃アカデミーで彼らの転移原因を調べる」
「分かったんだぜ。そう言うことで、誠司郎たちの身柄は俺が預かる。暫くは不便だろうけど我慢してくれよな」
「は、話は分かりました。それで、僕たちは帰れるんですか?」
「う~ん、トウヤのがんばり次第かな。なんにせよ、ここは異世界カーンテヒルだ。地球からは数億光年離れた場所にある世界なんだぜ」
俺の説明で軽く絶望したのであろう、異世界転移組は押し黙ってしまった。立ち直るには今暫くの時間が必要になると思われる。
取り敢えずは、彼らにこの世界がどのような世界であるか見せるところから始めよう。そして、落ち着いたところで徐々に情報を交換してゆけばいい。
俺は彼らを伴い、今日の公務を開始するのであった。