60食目 裏の空き地
目的地には僅か三分、快適なアクセスに俺は満足を示す。裏の空き地だから当然なのだが。
こまけぇこたぁいいんだよ、とセルフツッコミでなんとなく迫っていたであろう不幸を回避した俺は、空き地に転がっている謎のトレーニンググッズに目を向けた。
そいつらをトレーニンググッズと呼んでいいものか困るのだが、別に構へんやろ、という謎の根拠でこれをカバー、大事には至らなかった、という事にする。
「ふきゅん、木の棒で華麗な剣技を習得」
できるわけがねぇ、できたら苦労はしねぇんだよ、おるるぁん!
「ボロボロの物干し竿で槍の練習」
えぇ、窓ガラスを割って、スラストさんに、しこたま怒られましたとも。ぷじゃけんなぁ!
「凹んで使い物にならなくなったフライパンで斧の練習」
できると思ったのかぁ? 愚か者めぇ。
「酒の空き瓶で鈍器の修練」
はっはっは、どこへ行くというのかね? お願いだから戻ってきて! そっちに行ったら窓ガラスがっ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
「うん、嫌な事件だったな……」
そして、極め付けが、くたびれたロープ。某一族を真似てヴァンパイアハンターを目指した結果、究極進化を果たして芋虫になったという。
羽化は、いつするんですかねぇ?
「何もかもが懐かしい……」
遠い眼差しをするが、海水浴の前日の出来事である。要は素人が真似をするな、と言う事だ。
他にも石ころや凹んだ鍋やらを拾ってきては、何かに使えないかと工夫しているが、今のところ役に立っている物は皆無である。
現実は非情である、と言ったところであるが、俺の身体能力はそれすらも上回る悲しさで溢れ返っているので、ここいらでなんとかしないといけない。
じゃないと、マジで死ねる。それを海水浴で思い知ったのだから。
「おごごごごごごご……」
と嘆くのは過去の話、今の俺は、かつてのクソザコナメクジ珍獣ではなく、ウルトラ・マックス・ニュージェネレーション・ビーストなのだ。それを確認するために、ここまで一人でやってきたのだよ。
ではでは、桃先輩を呼び出しちゃったりしましょうかねぇ。
「おいでませ! 桃先輩!」
俺の小さな手に、桃色の輝きが収束し果実を形取る。やがて、それは未熟な桃へと変化を果たした。桃使いの導き手【桃先輩】の果実だ。
彼は身魂融合に対して深い知識を持っている。そこで、真・身魂融合を果たした俺を詳しく調べてもらおうという算段だ。
ぶっちゃけ、俺が自分で調べても、正しい情報が得られるとは到底思えない。あぁ、自分で言っておいてなんだが、クッソ悲しくなってきた。
「エルティナ、何か用か?」
「ふきゅん、今、大丈夫?」
「そういうのは、呼び出す前に確認するものだ」
いきなり怒られた。鳴けるぜ、ふきゅん。
「まぁ、それは置いといて」
「その台詞は俺のセリフだ……まぁいい。どうせ、能力を調べろ、と呼び出したのだろう」
「流石、桃先輩は格が違った! お願いするんだぜ」
「まったく……」
桃先輩は、俺が覚悟の真・身魂融合を果たした後、名前で呼んでくれるようになった。
彼的には一皮剥けたから、という理由らしいが、俺は一皮むけたかどうかは判別できない、でき難い。
でも、彼がそう言うのなら、一皮剥けたのであろうと信じる。これで、ええねん。
「では、エルティナ、身魂融合だ」
「応! 身魂融合! がつがつがつ……」
桃先輩の果実は、相も変わらず青春の味がした。すっぺぇ!
「よし、ソウル・リンクシステム・オールグリーン。そこの石を割ってみるか」
「あれを? おぉ、俺は、そこまで肉体が強化されていたのか!」
桃先輩が標的に定めた物は、ヒーラー協会でミランダさんが使用していた大きな漬物石である。しかし、使用するには大きくて重すぎたため、新しい石に替えた際に譲ってもらったのだ。
譲ってもらった当初は、使い道がある、と確信していたのだが、いざ使用しようとしたところ、まったく使い道がない事が判明。
今では裏の空き地の重鎮として、その存在感を示しつつ、にゃんこたちのお昼寝の場所として活躍している。
「ふっきゅんきゅんきゅん……今の俺なら楽勝だな」
「うむ、真・身魂融合は取り込む者の能力をそのまま引き継ぐ。元の能力に加算されるわけだから、ヤドカリ君ができることは、おまえもできるはずだ」
そんな話を聞かされては大人しくできるわけがない、俺はふっきゅん、ふっきゅん、と漬物石に接近。暫くの間、デカい面をしていた彼に制裁を加える。
「おまえの時代はこれで終わりだぁ! お祈りは済ませたかぁ? がたがたと奥歯を鳴らす準備はできたかぁ?」
「石に奥歯は無いがな」
「ふきゅん、桃先輩は黙ってて!」
「うむ……なんか、すまん」
折角のテンション向上が台無しになったところで、再度気分を高揚させる。
よく分からない動作を繰り返し、これまたよく分からない闘気を溢れさせ、絶対にパチモンの小宇宙を感じ取る。
機は熟した、さぁ、試し割りの時間だ!
「きぃゆえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
俺は、気合を入れた! 気合い度が上がった気がした!
「ちょあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
更に気合っ! たぶん、気合いが上がった感!
「ほぅおあちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気合いはこれ以上、上がらないと表示された気分!
「早くやれ」
「申し訳ございません」
そして、桃先輩に怒られて全ては水泡に帰す。壊れるなぁ、気合い。
仕方がないので思いっきり拳を石に叩き付けた。この勢い、いけるんじゃね?
「破っ!」
ぐきっ!
「ひぎぃ!?」
なんということでしょう、俺のおててが奇妙な方向に曲がってしまったではありませんか。誰か助けてっ!
そんな痛みにのたうち回る俺に対し、桃先輩は告げる。
「ん? おかしいな。エルティナ、もう一度だ」
「サーセン、勘弁してくだちゃい」
涙目で【ヒール】を炸裂させている俺に対し、桃先輩は無慈悲にも程がある言葉を投げ掛けたのである。
鬼畜レベルMAXな桃先輩に、戦慄を覚えた瞬間であった。
「ふむ、ヤドカリ君なら、この程度の石を砕く事など容易いと思ったのだが」
「ふきゅん、どういうことなんだ? 能力を加算するんじゃなかったのか?」
「通常はそうなるのだが……おまえの能力を数値化してみるか」
そう告げた桃先輩は、空中に灰色の半透明のプレートを出現させた。そこには俺の名が刻まれている。現段階ではそれだけで、他は空白になっていた。
「では、現段階の能力を数値化する」
俺の頭上に輝ける輪が出現し、それがゆっくりと降りてきた。俺をスキャンしているかのようであり、実際その考えは正しかったもよう。
「よし、スキャン完了。どれどれ……」
「わくわく」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
◇ ◇
◇ ◆ エルティナ・ランフォーリ・エティル ◆ ◇
◇ ◇
◇ ◇
◇ ※ きさま、みているなっ!? ※ ◇
◇ ◇
◇ ◇
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
「……」
「「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっ!?」」
俺と桃先輩の驚愕の声が重なった記念すべき瞬間である。割と、どうでもいい。
しかし、これはいったいなんであろうか。
数字どころか文章が記載されているだけとか、明らかにバグが生じているとしか思えない。こんなんじゃ、勝負にならないよ~!
「桃先輩、このステータス画面、バグってるよ!」
「バカを言うな、この画面は正常だ」
「また仕様だというのか! おのれ、開発メーカーめ!」
「開発メーカーに文句を言うな。しかし、これは想定外の出来事だ」
桃先輩は、またしてもカタカタとタイピングを始めたようだ。この音にも慣れ始めてきた。そして、深いため息が聞こえる。
「ダメだな、高度なプロテクトが掛かっていて突破できん」
「プロテスト?」
「プロテクトだ。何故、そこでボケた? 言え」
「よかれと思って」
「バカ者」
しかし参った、これで俺は自分のどこが強化されたか分からないまま、となってしまったのだ。こんなの、許されざるよ!
「何度やってもダメか……すまんな」
「ふきゅん、ダメなものは仕方がないんだぜ」
「しかし、エルティナの真・身魂融合はなんだというのだ。こんなケースは初めてのことで困惑することしかできん」
「そんな事言われても困るんだぜ」
「まぁ、そうなるな。仕方がない、桃アカデミーの資料を調べるとしよう」
俺は桃先輩の言葉に衝撃を覚えた。桃アカデミー……即ち、桃先輩は学生だった可能性があるということだ。うん、想像できねぇ!
「では、何かあったら呼び出すといい」
「ふきゅん、分かったんだぜ」
そう言い残し、彼は俺の中からいなくなった。少し寂しくなってしまったが仕方のないことだ。桃先輩も暇ではないようだし。
しかし、謎は謎を呼ぶばかりである。つまり、俺は謎の存在。その内、世界七不思議に認定されるかもしれないということだ。
マジで震えてきやがった。とふざけてばかりもいられないのが実情である。
何せ実際問題、俺は謎だらけの珍獣なのだ。
どうしてあの森に一人でいたのか、何故に治癒魔法だけがずば抜けているのか、前世と思われる記憶がどうして残っているのか。
挙げればきりがないほどの謎が俺に内包されている。謎解きは得意じゃないのに、これほどの謎を詰め込むとか邪悪極まりない。
犯人はケツの穴に、極太のホースラディッシュを挿入してどうぞ。
「ふきゅん」
空を見上げる。そこには目が痛いほどの蒼。綿飴のような白い雲が、もこもことその威容を誇示していた。少し食って大人しくさせてやろうか。
そんな事を考えていると、ごぎゅるる、ぷっぴぷ、とわけの分からない腹の音が鳴る。
誰だぁ!? できの悪い腹の虫を雇ったヤツはぁ!
なんとなく、空の器を地面に叩き付けたくなる衝動を抑える。そもそもが空の器なんぞ持っていない。というか、俺の腹の中は、どうなっているのだろうか。心配だ。
「飯でも食べるか」
腹が空いている、という事だけは判明しているので、素直に欲求に従う。目的地は既に決まっていた。
露店街のとある店だ。そこの店主の顔付を見て、ビビッと来るものがあったので、今度はその店で食べると決めていたのである。
そもそも露店街は、腕のいい料理人が何故か大量に流れ着き定着する、という、わけの分からない混沌地帯だ。その日はナンバーワンでも、次の日にはナンバーツーという恐ろしさである。
「さてさて、今日の俺は攻めるぜぇ!」
ここで懐から財布を取り出す。うさちゃんの絵柄が微笑ましい、がま口財布である。
ただし、中身は大金貨ばかり、という可愛さの欠片もない内容だ。金の使い道は食しかないので溜まる一方だったりする。金欠の日々が懐かしい。
「うし、軍資金も大丈夫だぁ。それでは……ユクゾッ」
俺は新しい出会いを求めて露店街を目指す。出会いと言っても料理なんだがな。