599食目 ミリタナス神聖国の問題
恐怖の尋問が終わって三日が過ぎた。現在、俺はミリタナス神聖国へ戻り、聖女としての仕事をバリバリと片付けている最中である。
この時期のミリタナス神聖国の気温は比較的に穏やかだ。かつてのからからに乾いた風は鳴りを潜め、爽やかな風を運ぶに至っている。
溢れる緑は俺たちの努力の結晶。見る度に過去の苦労に想いを馳せ、結果に表情が緩む。
「あとはミレニア様だけなんだよなぁ」
ミレニア様は相変わらず幼女形体を保っていた。神気や桃力を注いでも残念がらこれ以上は大きくならないのだ。ここいらが限界ということなのだろう。
ロッド・オブ・ミリタナスを手に取り、俺は杖に神気を巡らせる。意識は神気に乗り杖の中を駆け巡る。
中は巨大な迷宮のようだ。そこは大理石と思われる鉱物で作られており、命の欠片も存在しない。あまりに無機質な迷路に辟易しつつも探索を続行する。
俺がミリタナス神聖国で仕事の合間にすることといえば、ロッド・オブ・ミリタナスの中に囚われているミレニア様の魂の捜索だ。これが、なかなかに難航している。
杖の中に入れるのは俺のみ、ということも捜索が難航している理由だ。加えて杖内の迷宮が広いこと広いこと。隅々まで捜索した末に、地下へと下る階段を発見した時の絶望感よ。壊れるなぁ、俺の精神。
そんな事もあったが、俺はめげずに捜索を続けているのである。
こうもしてまでミレニア様の魂を求めるのは彼女にミリタナス神聖国の教皇として復帰してもらいたいからだ。ボウドスさんの負担も減るし、何よりも俺が自由に行動できるという点が大きい。
「むはぁ、こりゃ敵わん。今日はここまでだぁ」
杖の中に入り込むのは簡単、出るのも簡単だが、一向に目的地にたどり着けない。難易度は最上級。しかも3D視点のダンジョンと来るから困難は極め付きだ。
迷子になるには定評のある俺であるがゆえに、下手な鬼よりも強敵である。
「エルティナ様! 鬼の部隊が接近! 数は三十!」
ボウドスさんが息を切らせて教皇の間へと飛び込んできた。
ここ最近は随分と鬼たちもミリタナス神聖国へちょっかいを掛けるようになってきている。兵力に余裕が出来てきた証明であろうか。
「聖光騎兵団は出れるのか?」
「既に準備のほどは整っております。ルドルフ殿の指示で新兵を二十ほど」
「分かった、これより出陣する!」
「ははっ!」
ボウドスさんに国を任せ、俺はルドルフさん、雪希、炎楽、うずめを従えて出陣した。
鬼相手ではサンドドラゴンも分が悪い。やっぱり、ミリタナス神聖国もGDを導入しないとダメかな。
「日本一の……」
「以下略! 成敗っ!」
ざしゅっ!「ぎゃおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「……せめて、名乗りを上げてから退治してやれ」
トウヤの見事なツッコミが俺に突き刺さる。
侵攻してきた鬼の部隊との戦いは速やかに決着が付いた。やはり、桃太郎となった俺の能力には魔導装甲を身に纏った鬼でも太刀打ちできないようだ。
「名乗りを上げている最中に攻撃を仕掛けてくるんだから仕方がないじゃないか」
「それは鬼が悪いでしょうね」
ドスンと巨大なモンキーレンチを大地に降ろすルドルフさん。今回の鬼を一番退治したのは彼……もとい彼女だ。
巨大なモンキーレンチに装着された両肩のブースターが異彩を放つ。この加速力を利用してとんでもない戦法を取ってくるルドルフさんに対応できないまま、鬼たちは蹂躙されていったのだ。
まさか、巨大モンキーレンチにまたがって突撃してくる騎士なんぞ、誰が想像するというのだ。
そして、その清々しいまでの軽装状態よ。ビキニ姿という動き易さに特化した潔い姿は感動すら覚える。
実は巨大モンキーレンチには、ルドルフさんの鎧のほぼ全てを装着させて使用するギミックが搭載されている。
大幅な防御力低下というデメリットはあるが、それを補って有り余る攻撃力の増加と、攻撃手段の増加という恩恵があるのだ。
ただし、それを扱うには人間では無理がある。そこで獣化だ。彼女は怪力を誇る牝牛の獣人であるからして、【ハイパー・タクティカル・モンキーレンチ】を扱う資質は十分なのである。
「少しでしゃばり過ぎましたか。新兵の訓練にもなりませんでしたね」
彼女は必要以上に主張する乳房を揺らしながら、新兵の点呼を開始した。その殆どが少年たちであり、例外なく俯いて返事をしている。
その理由はルドルフさんのパイパイであることは言うまでもないだろう。
「よし、誰一人欠けていないな。それでは帰還する」
「「「はっ!」」」
「……エ、エロ過ぎる」「ばかっ、聞かれたらどうするんだ」
二十人の新米騎士はルドルフさんに付き従い行進を開始した。そのいずれもが彼女の大きなおヒップに見とれている。彼らには色香に惑わされない訓練をする必要があるようだ。
まだ若いから仕方がないとはいえ、少しばかり不安になってしまうな。
この点、ロフトに代表される変態は格が違うと思い知らされることになる。
アイツらは真剣に変態行為に及ぶから隙が無いのだ。しかも、やられるという覚悟があるからタフさが生半可ではない。即死級の一撃を何度も耐えた時は流石に呆れた。
そこまで至れとは言わないが、せめて戦場では油断しないように、と教育しなければなるまい。課題は山積みだな。
大神殿へと戻った俺は主だった面子を集めて会議を開いた。内容はここ最近頻発する鬼の部隊の侵攻についてだ。
「やはり、頻度が狭まっているようにも思われます」
ボウドスさんの見立ては正しいだろう。集まったミカエル、メルト、サンフォ、クリューテル、ノイッシュさんは頷いた。
「今は数が少ないですが、大部隊による侵攻も否定できません。そこで私は聖光騎兵団団長として軍備の増強を要請いたします」
ミカエルの意見はもっともだ。しかし、騎士団に回せる費用は驚くほどない。復興は順調に進んでいるが、いまだに財政はかつかつなのだ。
もう少し交易が軌道に乗れば余裕も生まれるのだろうが、今は厳しいのが現状である。
「ミカエルの話は分かるが、それをおこなうと民への施しが追いつかなくなる」
ここで俺の心情を察したメルトが彼を諭してくれた。彼もミカエルの意見に賛成の立場にいるだろうが、一歩引いてストッパー役に徹してくれているのはありがたい。
「しかし、鬼が攻めてきて国を護れなければ本末転倒でございます」
ミカエルの正論に応えたのは、大神官補佐に昇格したノイッシュさんだ。
「確かにな……私もあのような惨めな経験をするのは、それを民に再び味合わせるのはご免こうむりたいところだ」
自身が経験しているだけあって、ノイッシュさんはミカエルの意見を完全に否定する事はない。寧ろ賛成したいであろうが彼の立場がそれを許さなかった。
完全に民との板挟みになっているのだろう、彼の表情がそれを物語っている。
「しかし、今ようやく民たちの生活が安定してきているのは大神殿の施しがあってこそ。ここで急に施しの質を落としては大神殿の信頼を失墜させかねません」
クリューテルの意見はもっともである。民が自立するには今暫くの時間が必要だ。それまでは、なんとしてでも大神殿が彼らを支える必要があるのである。
「国を安定させるのがこうも難しいとは……王様たちには頭が下がる思いだ」
混迷極まるラングステン王国を、その手腕で立ち直らせたウォルガング国王に畏敬の念を送る。果たして、俺であればそこにまで辿り着けたであろうか。
「そのお若い身でありながら、ここまでミリタナス神聖国を蘇らせたのです。エルティナ様はもっと自信をお持ちになってよろしいかと」
「ありがとうなんだぜ、ボウドスさん」
彼のどっしりと構える態度に安心感を覚える。なるほど、ミレニア様が彼を頼るわけだ。
現在のミリタナス神聖国は人材が足りない、という極めて重大な問題も抱えていた。
中核を担う者たちの大半が経験が不足しているであろう二十歳にも満たない者ばかりなのである。
「問題は山積みだなぁ」
やはり、ミレニア様の完全復活を早めなくてはなるまい。
結局、その日の内に結論は出ぬまま、会議は終了してしまったのだった。