598食目 恐怖の尋問 後編
◆ 出席番号 32番 ブランナ・クイン・ハーツ ◆
ぶっちゃけ、俺はブランナの本命など知るよしもない。彼女はとにかく俺の役に立ちたいという想いで満たされており、誰かに恋心を抱くという素振りすら皆無だ。
だが、それは俺の前だけであって、俺の知らない所ではきちんと恋を育んでいるかもしれない。かつての彼女の主な活動時間帯は夜だ。それは彼女の種族が吸血鬼である事に起因する。
それに、基本的に俺は夜になったら寝るから、ブランナとは会えず終いなのだ。だから、ひょっとしたらという期待が持てる。さぁさぁ、【かみんぐあうと】するのだぁ。
「本命でございますか?」
「そうだぁ」
「エル様という答えは当てはまりませんわね。困りましたわ、そんなものは一度たりとも考えたことがございませんもの」
予想どおりの答えが返ってきた。そもそも、俺が寝るという事は大抵のクラスメイトたちも寝ているのだから。
「あ、でも、ガイリンクード様はいいなぁ、と思ったことはあります」
「おっ、ブランナはガイと親しいのか?」
ここで意外な名前が挙がった。永遠の中二病患者ガイリンクードの名前が彼女の口から出てきたのである。これはワンチャンあるで。
「いえ、親しいというほどのものでは。私が起きている時間帯に起きているクラスメイトが彼だけだったので、たまにお話をしていただけでございますわ」
「ふきゅん、そういうことだったのか」
「でも、これからは太陽を気にすることなく活動できます。ですので皆様ともっと親しくなれると思いますので、今は保留とさせておいてくださいまし」
本来であるなら「却下だ、さっさとゲロれ、おるるぁん!」となるのだが、彼女は事情が事情だ、それに今日の俺は紳士的だ、命拾いしたなぁ? となるのは必然であろう。
「そっか、じゃ今回は保留とするか」
「はい」
希望に満ち溢れるブランナの表情を見てしまっては、これ以上の尋問はやれない、やりにくい! したがって彼女への尋問はここで終わるだろうな。
うむ、これでいいのだ。
◆ 出席番号 33番 プリエナ・マックスナン ◆
はい、今日の山場、たぬ子の登場でございます。果たして、どんな名前が挙がるのやら。
「本命……ねぇ」
珍しくプリエナの眉間にしわが寄る。思い当たる節を探しているようにも、本命がいることを誤魔化そうとしているようにも見える。
俺がフィリミシアを離れてから色々と変わっていることから、プリエナとてその流れには逆らえないのは明白だ。
それに、彼女は見違えるほど綺麗になった。これを放っておく男などいないだろう。
「う~ん、言っちゃっていいのかなぁ……実はね、私、レイヴィ先輩が気になってるの」
「うおっ、その名が出てきたか。あの、戦闘狂のどこがいいんだぁ?」
ここで、まさかのレイヴィ先輩の名が出てきた。ここはねっとりと馴れ初めを聞き出さなくては。
他のクラスメイトたちも興味津々のようで聞き耳を立てているのが分かる。というか露骨過ぎるだろおまえら。自重しろ。
「レイヴィ先輩って、新型GDのテストで無茶するから、いつも大ケガしてヒーラー協会にはこびこまれるんだよぉ」
「あぁ、レイヴィ先輩って、かなりイカれた挙動をするもんな。無茶苦茶慣性が効いているのに直角に上昇するとか、骨が耐えきれない事を前提でやらかすのは俺もどうかと思う」
「そうそう、それだよぉ。私も昔、足を骨折したでしょう? それ以来、怖くて〈ボーンヒール〉を専攻してきたから、必然的に骨折が多いレイヴィ先輩の担当になったの」
「あぁ、シグルドとやり合った時か。あの時が、たぬ子の唯一の大ケガだったもんな」
「うんうん、チゲちゃんが助けてくれなかったら、今の私はいないよぉ」
ここで一旦しんみりとしてしまう。俺の右手の甲には炎の紋章が刻まれており、それは俺の右腕がチゲの右腕であった名残だ。
それにそっと左手を置く、とチゲの温もりが感じられたような気がして心が落ち着いた。
「それでね、レイヴィ先輩を治療してゆく内に話す機会も多くなって……それで……」
ああっ、プリエナが顔を赤らめてもじもじし始めたっ! これは気になるというか、確定なんじゃないですかねっ!?
「彼って、ぶっきらぼうだけど、実は細やかな心遣いができるの。それでね……」
おいぃ……話さなくてもいい情報がふっきゅん、ふっきゅん飛び出してきて皆のテンションはエクスプロージョン! これこそが本命暴露大会の醍醐味っ!
「でもね、ライバルがいるんだよぉ」
「なん……だと……」
きたっ! 第三者っ、きたっ! これで更に話はエキサイティングになるっ!
「あ、それって、スティちゃんか?」
「そう、その子だよぉ! いっつも私とレイヴィ先輩の間に入って邪魔してくるの!」
スティちゃんこと、スティライーザ・フロム・キサラギはラングステンの貴族令嬢だ。
彼女はホビーゴーレムを始めたばかりの俺とムセルの初めての対戦相手であり、その記憶は鮮明に残っている。
俺とムセルとの試合後は、グランドゴーレムマスターズでの再戦を散々口にしていたが、その願いは叶わず、シアの率いるチームに敗れ悔し涙を流していた。
そんな彼女のチームメイトが何を隠そうレイヴィ先輩と、ララァのお姉さんのカスミさんだ。恐らくは、この頃からスティちゃんはレイヴィ先輩を想っていた可能性が高い。
だからこそ、執拗にプリエナをインターセプトしてくるのであろう。
「スティちゃんか……確か今はGTのテストパイロットをやっているんだったな」
「うん、GDの評価試験とは別の区域というのが救いだよぉ」
GTとは、いうなれば【GT計画】で作られたバカでかいGDだ。
ホビーゴーレムをコアとし、そのホビーゴーレムの容姿と性能をそのまま強化、巨大化させる、というコンセプトである。
GT計画は当初、極めて難航した。しかし、プルルの桃力の特性【集】とドクター・モモのイカれた頭脳、ドゥカンさんのゴーレム知識が集結した結果、遂にGTは完成を見た。
これが、ラングステン英雄戦争に間に合わなかったのが残念である。
全高25メートル、全長64メートルを誇る巨大な【GTファンタデュ】のテストパイロットは、ファンタデュのゴーレムマスターであるスティちゃんである。
彼女がテストパイロットに選ばれるのは必然だ。何故なら、ホビーゴーレムとそのマスターは一心同体なのだから。
「GTか……トウヤの案が現実の物になりつつあるんだな」
「うふふ、エルちゃんは桃先輩が大好きだものね。好きな人のお願いが叶ったら、私も心が温かくなるよぉ」
「……そうだな」
俺とプリエナでは認識に差があるようだが、今はそれでいいことにしよう。
◆ 出席番号 34番 プルル・デュランダ ◆
「で、プルルの本命は誰だぁ?」
ぷるぷると震えるプルルを、俺たちはによによしながら見守る。やがて観念した彼女はふっくらとしてエロい唇を開いた。
「ラ、ライオットだよ。もういいだろう? 勘弁しておくれよ」
「知ってた。やっぱりあれか? GGMの時にか?」
「食いしん坊も人が悪いねぇ。そうさ」
あの頃からプルルはライオットに好意を抱いていたことが窺えた。寧ろ、その想いを今に至るまで育んできたことに畏敬の念が絶えない。あのおバカにゃんこにはもったいないくらいだ。
「まぁ、プルルの場合は露骨だし、プリエナの後じゃ面白みに欠けるわよね」
「うぐぐ、それは既婚者の余裕かい、アマンダ」
「もっちろん。悔しかったら、ライオットを押し倒してきなさいよ。やり方を教えてあげるわよ?」
きたない、アマンダ。流石、きたない。これがフォクベルトを陥落させた色気というものか。もふもふなのに圧倒的な色気はいかがいたしたものか。
「……詳しく」
やるきだっ!?
俺は異様にやる気を出しているプルルをなんとか説得し思いとどまらせた。この時期に、できちゃいました、てへぺろ、だなんて許されざるよっ! 勘弁してください。
◆ 出席番号 35番 メルシェ・アス・ドゥーフル ◆
はいっ、メルシェも時短で! もうフォルテと同棲しているしな!
「んで、同棲の方はどうなんだぁ?」
「順調ですよ。もともとフォルテはなんでもできますから。私はもっぱらご飯を作ったり、お部屋を掃除したりする毎日ですよ。あ、もちろん、モモガーディアンズとしても活動していますからね」
「完全に主婦じゃねぇか。もう結婚しちまえよ」
「そうしたいのはやまやまなんですが……戦いが終わるまでは、とフォルテが」
「ふきゅん、あいつはお堅いからなぁ」
恐らくはフォルテは自身が戦死する可能性を案じてのことだと思われる。未亡人という肩書をメルシェに残したくないのだろう。
まったく、彼らしいというかなんというか……本当に大切なら結婚して、なんとしても生き残るという気概を見せてほしいものだ。それだけの実力を持っているのだから。
話によれば、フォルテはユウユウのパパン、ユウゼンさんの師事を受けているとかなんとか。元々の資質に【ニンジツ】が合わさり最凶に見える。
ふきゅん、震えてきやがった。
◆ 出席番号 36番 モルティーナ・ルルセック ◆
「おあ~、本命っすか~?」
「ふきゅん、モルティーナにはいるのかぁ」
最早、予想不可能なモグラ獣人の少女モルティーナ。仕事が恋人と言い張りそうな勢いだ。
「ブルトンっすね~」
ざわ、ざわ……。
どよめき、そして高まるテンション。これは略奪愛の予感っ! グリシーヌを除く女子たちの好奇心は留まることを知らない!
「ま、まさかの名前が出てきたんだぜ」
「ブ、ブルトンは、わ、渡さないんだな! だな!」
痩せた分、巨大に見えるおっぱいをぶるんぶるん揺らしながらグリシーヌはモルティーナに迫った。しかし、モルティーナこれを華麗に受け流す。
「ふふん、こればかりは譲れないっす。彼は必ず、我が社が引き抜くっすよ!」
「そっちか」
モルティーナは労働力としてのブルトンが本命であるらしい。
詳しく問うと、恋なんぞ脳が見せる幻覚であり、夫に必要なものは優秀な労働力である、とまで言い切った。
つまり、彼女の本命とは、バリバリ働く男なら誰でも、ということになる。これは酷い。
いや、ある意味で究極のリアリストであろうか? 解せぬ……。
◆ 出席番号 37番 ユウユウ・カサラ ◆
「ユウユウ閣下はどうなんだ? シグルドはもう……」
がしっ。
「うふふ、そう、それよ」
彼女は俺の両肩をがっちりとホールドし詰め寄った。彼女の息遣いが分かるほどの距離。もう少し距離を縮めれば唇が重なり合うほどだ。
「ど、どうしたんだぜ?」
「分かっているくせに。早く、ダーリンを出しなさいな」
やっぱりそれか。実のところ、ガルンドラゴンのシグルド以外は実体化に成功している。
俺が幼女になった際はとんぺーに出てきてもらい、彼の背中に乗って行動していた。
グレオノーム様には土の枝の扱い方の指導をおこなってもらっている。やはり、実体を用いての身振り手振りがあるのとでは理解の進行が段違いなのだ。
とはいえ、実体化にはそれ相応の神気と桃力を消費するので、おいそれと実体化することはできない。それに、シグルドほどの巨体の持ち主を実体化させるには途方もないエネルギーを消費してしまう。
下手をしたら一ヶ月くらいは赤ちゃんを強いられるかもしれないのだ。
「まだ無理なんだぜ。そもそも、シグルドのヤツが目覚めない」
「そう……残念ね」
心底がっかりしたユウユウは俺の両肩から手を離しかくりと頭を垂れた。よくもまぁ、俺の両肩が砕けなかったものだ。
「やっぱり、ユウユウはガルンドラゴンをいまだに想っているんだ」
「当然よ。彼以外に、私の夫は考えられないわ」
プルルの問い掛けにユウユウはきっぱりと断言した。彼女にこれだけ想われるとか、男冥利に尽きるな、シグルド。
◆ 出席番号 38番 ララァ・クレスト ◆
「聞くのもおこがましいな」
「……ききき……把握……」
ララァとダナンが付き合っているというのは今更感が半端ない。そこで趣旨を変えてみる。
「ダナンとはどこまでいった?」
俺の問い掛けに彼女はこぶしを握り、人差し指と中指の間に親指をずにゅうと突き入れた。それの示すところは……。
「我慢できなかったか……ダナン」
「……ききき……ダナン……凄かった……」
ナニが凄かったとは敢えて聞くまい。
俺はダナンに黙祷を捧げた。男だから仕方がないよな? きちんと責任とれよ。
◆ 出席番号 39番 ランフェイ・ロン ◆
「ひほほほほほほ! お兄様以外にいるはずがないでしょう?」
「いやいや、ルーフェイはもう女だろうが」
狂気に支配された天才剣士の少女は相も変わらずブレることがなかった。邪心の封印は効果がなかった模様。壊れるなぁ、封印。
「私は知っているのよ。性別なんて、お兄様の個人スキルで反転させればいいだけ、ということを」
「その手があったかぁ……そう言うところには目聡いな」
そう、ルーフェイの個人スキルは【反転】。ありとあらゆるものを反転させることができる。つまりそれを自分の性別に使えば男に戻る事など容易いのだ。
彼が女なってしまっても落ち着いていたのは、このスキルがあったからだろう。
「というか、兄に欲情している時点でアウトだるるぉ?」
「愛はタブーをも超える! んん~? これは名言ね、メモしておきましょう。ひほっ」
これはダメだ。色々な意味で危険過ぎる。桃使いとして彼女を正しき道に導かなくてはならないだろうが、生憎と俺は恋愛をしたことがない。
よって、愛は語れても恋愛は語れない、語りにくい! これはどうしたもんか、と頭を悩ませるのであった。
◆ 出席番号 40番 リンダ・ヒルツ ◆
「んふふ~、ガンちゃんだよ!」
「おお、迷うことなく言ったな」
リンダはニコニコしながらそう言い切った。前から分かっていた事ではあったが。
「俺たちと出会う前から二人は一緒だったんだっけか?」
「うん、ほんと、物心付く前から一緒だったんだぁ」
彼女のキラキラと輝く瞳がまぶちぃ。ガンズロックの話になると、途端に彼女は饒舌になることから、最早ガンズロック以外の男には興味がないのだろう。
「ガンズロックのどこが好きになったんだ?」
「う~ん、頼りがいがあるところかなぁ。あとはお髭」
「髭かい」
「そう、あのジョリジョリって感じが好きなの。変わってるでしょ」
リンダは何かしらのコンプレックスでもあるのだろうか? まぁ、踏み入って聞く気はないが。
これで、ほぼ全員の話が聞けたわけだ。こうして見ると、結構なカップリングが出来上がっているように思える。
「ふきゅん、良い傾向だな。愛を知らぬ者は強くはなれない、なりにくい」
こうして、恐怖かどうかは分からない尋問は幕を閉じたのであった。なんか、聞いていたこっちが疲れたのは内緒だ。