596食目 恐怖の尋問 前編
「チュ、チュ、チュ、ちゅん!」
暫く聞いていなかった、もっちゅトリオとうずめのコーラスで目を覚ます。ここはヒーラー協会の自室だ。
フィリミシアに来るのも久しぶりとあって、実家とこちらのどちらを選ぶか迷ったが、結局こちらにすることにした。
実家には何回か家族に顔を見せに帰ったついでに泊まっていったからだ。
「ふぁ……おはよう、もっちゅトリオ、うずめ」
久しぶりに寝るベッドはきちんと整えられており、最高に気持ちよく寝ることができた。だが、目覚めも最高の気分……というわけにはいかなかった。
下半身に感じる違和感。そして、股間に感じる湿っぽさ。これは赤ちゃん状態で何度も経験したお漏らしである。おう、じ~ざす。
「やっちまったか」
赤ちゃんならともかく、大人でこれをやらかしてしまっては恥ずかしい、というものではない。早急に証拠隠滅しなくては。原因は昨日飲み過ぎた酒であろうか。
俺は掛け布団を跳ね除けお漏らしの被害状況を確認する。そして……。
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺は悲鳴を上げた。
「まさか、まだ【初潮】を経験していなかったとはねぇ」
俺の悲鳴を聞き付けてやってきたのはエミール姉であった。相変わらず余計なお肉が付いており、とても太間しい。
彼女は手早く真っ赤に染まった掛け布団やシーツを籠に入れてゆく。なんとも手慣れたものだ。
「大人の身体になったのは昨日なんだぜ。それまでは赤ちゃんと獣の姿だったんだよ」
「相も変わらず極端過ぎるわね、エルティナちゃんは」
俺はいまだに違和感を感じる下腹部に困惑しながらも、遂にこの時が来てしまったことを認識した。
ここ最近は常に赤ちゃん状態と珍獣を維持していたので、自分が女性である事をすっかり忘れていたのだ。そして、大人の身体になったのは昨日という有様。
そこに畳みかけるかのように初潮だ、悲鳴を上げてしまうのも無理はないというものだろう。
「ええっと、確かナプキンの在庫があったはず。怪我や病気じゃないから治癒魔法で治せないのが面倒よねぇ」
「そうなのかぁ」
どうりで、さっきからチユーズが反応しないわけだ。連中は基本的にお節介焼きなので、放っておいても俺の怪我を治療しようとする。
しかし、彼女らがアクションを起こさない、ということは、治さなくてもいい状態だ、ということなのだろう。
つまり、俺は必ず月に一度、この不快感を経験するハメになるわけだ。
女って大変だぁ。やっぱり、俺は男の方が良かった、ふぁっきゅん。
その時、俺に電流走る。圧倒的な閃きが脳裏に浮かび上がったのである。これなら、下腹部の違和感に煩わなくても済むのではないだろうか。
「逆転の発想っ! 常に幼女か珍獣でいればいいのではっ?」
「お勧めしないわよぉ? 今の内に慣れておきなさいな」
苦笑いするエミール姉にそう諭された俺は、ふきゅんと鳴くしかなかった。
所変わり、ここはフィリミシア城のモモガーディアンズ本部。
今日から本格的な活動を始めるわけであるが、俺はミリタナス神聖国の聖女を兼ねているので頻繁に顔を出すことができない状況にある。
それでも、顔を出せるときは積極的にここで活動しようと思っていた。
モモガーディアンズ本部にはドクター・モモが開発した用途不明な機器がびっしりと運び込まれている。それらを管理するのはダナンとララァだ。この二人はすっかり、モモガーディアンズの情報処理や管理を担当することになってしまった。
本人たちも適性があることを理解しているため進んで機器の説明を受けている。
話は変わるが、今日は男性陣が桃師匠の指導を受けているので本部には女性陣しかいなかった。
そこで、相談というほどでもないが、今朝体験したことを彼女たちに話してみようと思う。どのような反応を示すであろうか。
初潮を経験しパニックに陥ったことをモモガーディアンズの女性陣に話すと彼女たちは大爆笑した。
「あはは、まさか、エルちゃんが初潮を迎えてなかったなんてね」
「おいぃ、俺は昨日、大人になったばっかりなんですわ。それなのに、いきなり血の海を作るだなんて卑怯でしょ? 初潮、きたない。流石、初潮きたない」
お子様体形のリンダに大笑いされた俺は、必至の弁解を試みた。股間部がふっきゅん、ふっきゅんするので、流石にミリタナス神聖国の聖女の服は着ていない。
身体能力はガタ落ちするが、今は白と金の装飾が施された【ハイエルフの衣】を身に纏っている。
これはデュリーゼさんに渡された物で、白エルフの国が滅ぼされた際に唯一持ち出すことができた国宝であるという。
代々、白エルフの王が身に纏ったとされる衣はなんとも着心地が良いが、やはり身体能力が落ちてしまう、という点がいただけない。
何故なら、鬼は一撃必殺の攻撃を遠慮なくぶっ放してくる、ふぁっきゅんクレイジーなヤツだ。防御力よりも回避能力を強化した方が生存確率は格段に上がるのである。
「でもまぁ、これでエルティナさんも、赤ちゃんを作れるようになったのよねぇ」
もふもふの狼獣人アマンダはにやにやと俺の腹を見て笑った。なんかもう、嫌な予感しかしない。しかも、ここに集まっているのは女性ばかりだ。
そして、彼女の余裕の態度。これは、あの話が来るに違いない。
「で、エルティナさんの【本命】は? やっぱり、エドワード殿下?」
やっぱり来たか。コイバナならぬド直球な会話が。
恋愛をすっ飛ばすとか早過ぎるよ、アマンダさん! 恋愛は臆病なくらいで丁度良いのよねっ!
「えぇっ? ライオットじゃないの」
「だよねぇ、子供の頃から超親密だし」
「でもでもっ、ほら、あのミリタナスのイケメン団長の線もあるよ!?」
「あぁ~、彼ね。確かに捨てがたいわよねぇ」
「案外、ムー王子かもしれないさね」
「それって、超大穴じゃないの」
俺は蚊帳の外にポイっちょされ、女子たちは俺の本命談話に夢中になり始めた。この隙に俺は魔窟からの脱出を試みる。
「あら、どこへ行こうというのかしら?」
が、ダメっ! ユウユウ閣下にくそデカいケツをわし掴みにされ身動きができなくなるっ!
恨めしい、この身体っ! どうして、こんなにも成長してしまたのか! リンダの身体が羨ましい!
「クスクス、で……本命は誰なのかしら?」
囲まれたっ! 絶体絶命の大ピンチとはこの状況を指すのだろう! どうする? 適当に答えるか!? だが、絶対にこの答えは後に響くことになる! 考えろ! 差し当たりのない答えを!
仮にエドワードと答えよう、この噂が広がれば、俺は可及的速やかにヤツの手によってベッドに連れ込まれ【妊娠END】を迎えてしまうだろう。
ヤツは男の娘の皮を被った野獣だ、決して油断してはいけない。
うん、こりゃダメだ。鬼との決戦が終わっていないのにベビーが爆誕しては戦えない、戦い難い。だから、エドワードは取り敢えず除外だ。
では、ライオットはどうか。あいつはそっちの話には疎いと思うが、最近はどうも女に関心を持ち始めている。
そもそもが、あいつは野獣そのもの。理性よりも本能に従う傾向にある。
これは追及から逃れるための一時的な処置である、と説明しても理解せずに合体プロセスに移行する可能性が大だ。よって、これも却下。
う~ん、ミカエルはなぁ。色々とお互いに立ち場があるから、噂ひとつでも立つと面倒になる。よって、これも却下。
ムー王子も同様の理由で却下だ。最悪、国際問題になりかねん。
拙い、本格的に答えが無くなった。なんで、鬼との決着が付いていないのに、こんな話題を振ってくるんだ。そういうのは、全てにケリがついてからだるるぉ!?
「さぁさぁ、白状なさいな」
「うぐぐ……」
皆に詰め寄られ後がなくなった俺は苦し紛れに彼の名を出した。
「と、トウヤ」
すまん、トウヤ。俺のために生贄になってくれ。
「……あ!」
その名に皆は目を丸くして驚いていた。そして、互いの顔を見合わせ、妙に納得している様子を窺わせたのである。
「すっかり大本命を忘れていたわね」
「なまじ、姿がないから意識の外に押しのけていたのね」
「そりゃそうよねぇ。なんて言ったって、【魂のパートナー】なんだから」
どうやら、女性陣は俺の答えに納得してくれたようである。トウヤは大人なので事情を説明すれば理解してくれるであろう。持つべきは、できるパートナーだ。
「でも、彼だとすれば赤ちゃんは絶望的よねぇ」
「そうそう、ここから気が遠くなるほど離れた場所にいるんでしょ?」
「地球という星にいるんだよ。僕の桃先輩のトウミさんに聞いたんだ」
何故か安堵しているプルルは、トウヤたちがいる地球について説明をし出した。かなり、間違った認識であるが、恐らく俺たちが行く事はないのでいいとしよう。
尚、今時【ちょんまげ】に【べんぱつ】なんぞしているヤツは地球にいないはずだ。それに核戦争で荒廃もしていないぞ。トウミ少尉はプルルに何を教えたんだぁ。
まさか、世紀末救世主レジェンドでも読んでいたのか? まったくもう。
だが、これで俺は恐るべき尋問を退けた。ここからは反撃の時間だ。おまいらの嬉し恥ずかしの本命を白状させてやるから覚悟しろぉ。
ここに、恐怖のカミングアウト大会が始まったのであった。