595食目 宴は混沌と共に終わりぬ
「うほっ」
「【GORILLA】だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
混沌深まる居酒屋に更なる混沌をもたらした者は、なんと【GORILLA】であった。
もうわけが分からないよ。
「というか、ゴンザレスさんじゃないか。今日はガッサームさんと一緒じゃないのか?」
「うほっ、後で来る、言ってた。これは差し入れ」
ゴリラ獣人のゴンザレスさんはそう言うと、手に抱えていた大量の黄色い果実をテーブルに置いた。その大きな笊の中に納まる果実からは南国の香りが漂ってくる。
「これは【BANANA】じゃないかっ!」
そう、これは彼のソウルフード、【BANANA】。彼に適合するこの果実を戦場にて一口食べようものなら、彼は【荒ぶるGORILLA】として覚醒し、敵対者をチビらせる。
「お祝い、成人おめでとう、うほほっ」
「ありがとうなんだぜ、ゴンザレスさん」
俺は早速【BANANA】の皮を剥いた。するとどうだ、その実は七色に輝いているではないか! なんじゃこりゃぁっ!?
「うほぉぉぉぉぉっ!? 千万本にひとつの【七色BANANA】うほっ!」
「な、なにぃ……これが伝説のっ!」
初耳であるが、取り敢えずは、伝説の、とでも言っておけばいいだろう。それよりも早く食べてしまうことにする。眩しくてかなわん。
はむっ、と七色BANANAを口にする。すると、恐ろしいほどの甘さが口いっぱいに広がってゆくではないか。
確かに恐ろしいほど甘いが、歯が解けてしまうような暴力性はなく、まろやかで優しい味だ。
なるほど、確かにこれは伝説と呼ばれてもおかしくはない。
「ちょっ、エル! なんだその姿はっ!?」
ライオットが俺を指差し、腹を抱えて笑い出した。皆も俺を見て唖然としている。何事かと思い鏡を見て見れば、そこにはとんでもない姿になった俺がいた。
「うほっ、いいGORILLA」
そう、あろうことか、俺は七色に輝くGORILLAと化していたのである。
「うほっ、その姿は伝説の【超GORILLA人】に相違ない、うほっ」
「うほっ、知っているのか、ゴンザレスさんっ!」
「かつて、ゴリラ獣人たちが乱獲されていた時代があったうほ。当時は野生のゴリラとゴリラ獣人の見分けは困難だったらしいうほ。言われなき虐待にゴリラ獣人の悲鳴が木霊したその時、一人のGORILLAが立ち上がり、罪なきゴリラ獣人を護ったと言い伝えがあるうほっ」
「うっほ、それが七色に輝くGORILLAだというのかぁ」
「そう、うほっほ」
「うほっ、つまり、俺はその英雄的GORILLAの能力を得ていると」
「そう、うほ。彼はその肉体だけで地を砕き、海を割った、とされているうほよ」
ゴンザレスさんの話に興味を持った俺はモモガーディアンズの中でもトップクラスの怪力を誇るブルトン相手に腕相撲を挑む。
結果はなんと俺の勝利。でも、ブルトンは酔っぱらっていたし、素面状態の彼と勝負したら結果はまた違っていたのかもしれない。
「うほっ、素晴らしい。この【七色BANANA】が量産の暁には、鬼などあっという間にたいじしてくれるわっ!」
だが、物事はそうそう上手くはできていないものだ。俺の太くて逞しい腕は見る見るうちにほっそりとした物へと変わってゆく。
「ふきゅん、元に戻ってしまったのぜ。というか、白エルフに戻った途端に身体が重く感じる」
主に胸とケツ。余計な脂肪はいらないです。急に大人の身体になったからこそ分かる、この重み。およそ一キログラムはあろうかという脂肪の塊が肩に負担を掛けているのである。このままでは猫背になっちゃ~う!
「どうやら、ゴリラ獣人以外では効果は薄いみたいうほっ。ゴンザレスなら、三日は七色状態を維持できる、うほ」
「やはり、GORILLAは格が違った!」
すぐに元に戻ってしまったが、この七色BANANAは有用だ。残った身をドクター・モモに渡して研究してもらおう。量産の暁にはゴリラ獣人たちに提供し決戦に臨むのだ。
きっと、七色に輝くGORILLAたちが鬼を蹂躙する光景が見られることだろう。
「おやおや、盛り上がってますねぇ。良い絵をお願いしますよ?」
「おっ、ルラックさん。いらっしゃい、一番いい絵を頼む」
ルラックさんは早速【光画機】でパシャパシャと写真を収めていった。彼には記念すべきこの日を写真に収めてもらうべく個人的に仕事を依頼したのだ。
ルーカス兄も光画機と写真の腕前は良いのだが、確実に内容が俺ばかりになってしまうので断念した。
しかし、ルラックさんであるなら報酬を支払えば確実に仕事をしてくれるプロ中のプロだ。安心して酒が飲めるというものである。
「いやぁ、最近の子は発育が良いねぇ。俺の時代はなんていうか……精々、小高い丘が最高レベルだったよ」
「それだけ、食べ物が豊かになった証だろう。だが、あまりいかがわしい写真は撮るな。後で確認するからな」
「うへぇ、藪蛇でございました」
ルラックさんの独り言は地獄耳のスラストさんにバッチリ届いていたようだ。ぴしゃりと釘を刺された彼は真面目に仕事を開始する。
流石はスラストさんだ、酔っていてもその堅物ぶりは健在である。
「ふっきゅんしゅ」
ここで、ようやく俺はどっしりと腰を据えて酒宴を堪能することができるようになった。
次々と運ばれてくる料理たち。しかし、その半分はライオット用である。
「おまちどうさまぁ、モツの煮込みです」
「あっ」
この料理の透き通った香りと、思わず溢れ出てくる涎に、製作者が誰であるか一瞬にして理解してしまった。
「どうやら、モーさんもお祝いしてくれたようだね」
「だろうな」
エドワードは城で散々食べているので、すぐに気が付いたようだ。何しろ、モーベンのおっさんが作った【モツの煮込み】は王様の好物だからな。
「皆が俺たちの成人を祝ってくれる。こんなに嬉しい事はない」
「そうだね。よくもまぁ、ここまで来れたって感じだよ」
俺はエドワードの注いでくれた赤ワインを手に取りカチンと乾杯の祝音を鳴らした。
赤ワインの渋みが心地よい。やはり、ワインはフルボディに限る。俺はどっしりとしたワインが好みであるのだ。
これに合わせるのはクラッカーに載せたカマンベールチーズか、インパクトのあるブルーチーズが良いだろう。
ブルーチーズといえば匂いが独特なので好みが分かれる。しかし、俺は以前、同じく匂いが独特なラム肉とブルーチーズを合わせて食したことがある。
不思議な物で匂いが独特なこの二つを炒めて合わせると、気にならない香りへと変化したのだ。
これは恐らく肉とチーズの分量が奇跡的に丁度良かったのだろう。黒コショウも効かせていたことも要因かもしれない。
「それにしても、エルティナ様はお酒がお強いですね」
「そうなんだよ。結構飲んでいるんだけど、一向に酔わないんだ」
白ワインを嗜んでいるムー王子が、俺の変わらない顔色に興味を持ったようである。
宴会開始から一時間ほど経過しており、その間、俺は付き合いでさまざまな酒を飲んでいたが、一向に酔うことがなかった。
あの酔っぱらった際に感じる【ふわふわ感】を堪能したいのだが、それが一向に来ないのだ。
神桃酒きびつを原液で飲んでみたが、喉が焼け付いただけで酔いはしない。いよいよもって俺は酔えないのではないかと心配になってきている。
「それじゃあ、酔った勢いでベッドインできないじゃないか」
「おいぃ……なんでエドはしもに走るんですかねぇ?」
どうやら、エドワードは酔うと下ネタに走る傾向にあるようだ。まぁ、ここにいる皆は彼の本来の性格を理解しているので気にしていないようだが。
「ふむ……確かに。有用な手段の一つですからね」
そして、エドワードの発言に納得するムー王子。反発し合っていても二人の根底は同じという。これもうわっかんねぇな?
結局、俺は一切酔えないまま、混沌の酒宴を終えることになってしまった。しょぼん。