594食目 ハイエルフ
「うおっ、まぶしっ!」
居酒屋は俺の放った閃光に包まれ騒然とした。だが、その閃光も一瞬の出来事。眩い輝きが収まった後には、新たなる段階へと進化した俺の姿があったのだ。
「ふぅぅぅぅぅ、これが俺の新たなる姿だ」
「前に戻っただけじゃねぇか」
ガンズロックの鋭い指摘に俺は「ふきゅん」と鳴いて崩れ落ちた。
そう、あろうことか、俺はまたしても幼女に逆戻りしてしまったのである。もうわけが分からないよ。
「いえいえ、それは違います。ご覧なさい、プラチナに輝くエルティナの髪を」
騒めく居酒屋に現れたのは白エルフの賢者たちだ。デュリーゼさんは俺の髪を持ち上げ、その眼を細めた。他の三人もとても真剣な眼差しをしている。
「どうじゃ?」
「えぇ、間違いありません。カーンテヒル神のものに相違ありませんね」
白エルフの賢者たちから、「おぉ」というため息が漏れ出した。そして、変化はさらに続く。首にかけていた始祖竜の証が輝き出し、やがて粉々に砕け散ってしまったではないか。
続けて、首飾りに収まっていた八つの宝石は光の弾となり、順々に俺の魂へと入ってゆく。それは、全ての光の玉が俺に収まるまで続いたのだ。
「これは、いったい?」
「貴女様が遂にカーンテヒル神の御身足にまで到達した証でございます」
デュリーゼさんが俺に対して跪き、恭しく頭を垂れた。他の賢者たちもそれに倣う。
「左様、エルティナ様は遂にカーンテヒル様のお力を継承するに相応しき器に至ったのでございますじゃ」
バッハ爺さんが目に涙を湛えて説明をしてくれた。今まで、枝たちを制御できたのは、全て始祖竜の証のお陰であったというのだ。
だが、その始祖竜の証は目の前で粉々に砕け散った。それはすなわち、俺が始祖竜の証に頼らなくても枝たちを制御できるようになった証拠であるとのこと。
「話は分かった。でも、せめて覚醒は居酒屋じゃなくて、きちんとした場所が良かったんだぜ」
俺の困った表情と発言は皆の爆笑を誘ったのであった。
「また、視界が低くなって不便なんだぜ」
「まぁまぁ、そのお姿は一時的なものです。普段は通常の白エルフ状態へと戻りますので」
「ふきゅん、そうなのか?」
「えぇ、枝を使役する場合は今の状態になることでしょう。いずれは、その状態を維持することが目標になるでしょうが……貴女の場合は自然に【ハイエルフ】状態を維持できるようになるでしょうね」
白エルフの賢者たちも加わり、宴は益々賑やかになってゆく。そこに新たなる訪問者が現れたではないか! ヤツはいったい、何者なんだぁ!?
「闇夜に誘われ、さっそうと登場! 愛の使者、マスク・ド・エド、参上!」
「遅かったな、エドワード」
「きみは少し空気を呼んだ方がいいと思うよ、ライオット」
ここでエドワードが城の監視を掻い潜って宴に参戦した。一応、ここでの彼はマスク・ド・エドである。決してエドワードと呼んではいけない。いいね?
「あはは! エドワード、きたった! さけっけ! けっけっけ! あははは!」
知ってた。アルアには教えても無理だって、それ一番言われてっから! 純真無垢過ぎんよ~!
「もう、アルアには敵わないな」
アルアに甘酒を執拗に勧められたエドワードは苦笑いをしつつも、きちんと甘酒を飲み干した。駆け付け一杯というヤツだ。
ちなみに、アルアは甘酒を本物の酒であると勘違いしており、彼女が甘酒を飲むと酔っぱらう現象が発生するそうだ。
もちろん、雰囲気に酔っているだけなので飲み過ぎても二日酔いにはならない。安上がりぃ!
一息吐いたエドワードはテーブルに就き、ホカホカと湯気を出す上げ餃子を指で摘まみ、ひょいと口に放り込んだ。
城にいない彼は意外と無作法を好む。よく言えば【ワイルド】といったところだ。
「うん、美味しい」
少し熱かったのか、彼はすぐさまグラスに入ったワインを見つけ飲み干した。ちなみにそれは、女になってしまったルーフェイの飲みかけワインである。間接キッスかな?
ああっ、ランフェイが物凄い形相でエドワードを見つめているっ! 乙女がそんな顔をしてはいけないっ!
「ふきゅん、王様はこの事を知っているのか?」
しかし、俺は変態が苦手なので華麗にスルーする。見事なファインプレイだと自画自賛したい。
こうして、自然な形で話題をエドワードのお城脱出作戦へともってゆくのだ。
「たぶんね。かなり城の警備も厳重だったから、これで抜け出されたら諦める方針だったんじゃないかな」
「へぇ、ところで、どんくらい厳重だったんだ?」
エドワードは幼女になった俺を持ち上げ自分の膝の上に載せた。それをごく自然にやってのけるのが彼の恐ろしいところだ。
現在の俺は三歳から五歳程度の大きさしかない。つまり、相当に体重が軽いのだ。
「グロリア叔母様とフウタ男爵、それにクウヤ、ハマー率いるGD隊が二百かな」
「それ、良く突破出来たな」
「まともにやり合ったら勝てないさ。だから、見つからないように抜け出してきた」
わけもない、といった風だが、フウタ相手にそれをやってのけるエドワードは明らかに異常だ。
こいつは表面上はあまり強くない王子様を演じているが、その実、ユウユウ閣下に匹敵するくらいの実力を秘めている。つまり、弱い弱い詐欺である。
進化した今の俺には分かる。エドワードの秘めたる力に、俺の大きなお耳が敏感に反応しているのだから。びくんびくん。
「きみとの間に子供ができたら、こんな感じなんだろうね、可愛いはぁはぁ」
「そっちか」
どうやら、俺のお耳はエドワードの邪悪な欲望に反応していただけであったようだ。
と、ここで違和感。身体がぷるぷると痙攣し始め、ぼむっ、という音を立て、元の大人の姿へと戻ってしまったではないか。
どうやら、今の俺では【ハイエルフ】状態を維持できる時間は、およそ十五分程度といったところであるようだ。意外と短いな。
「わわっ!?」
「ふきゅん、元に戻ってしまったんだぜ。重いだろ、すぐに退ける……」
がしっ。
「ふきゅん!? エ、エド?」
「分かった、すぐに子供が欲しいんだね? 大丈夫、この体勢なら【バレない】」
彼は俺の無駄にデカいケツをがっちりとホールドし……ヤヴァイ、ヤヴァイ! 本気だ!
「あぁ、なんという蠱惑的な感触っ! 手が離れない!」
「へ、へるぷみ~!」
俺の危機に颯爽と登場したのは、やはりみょうちくりんなマスクを被ったムー王子であった。王族が場末の居酒屋に二人もいるとか……これもうわっかんねぇな?
「清らかなる乙女に邪悪な欲望をぶつけるとは……天が許しても、この【マスク・ラ・ムー】が許さんっ! とうっ」
ぺちっ。
「あ痛っ。もう、冗談じゃないか、ムー王子」
「目が笑っていないようですが?」
バチバチと視線が交差する場所に火花が散っている。どうやら俺の錯覚ではないようで、その火花で煙草に火をつける悪魔レヴィアタンが非常にシュールである。
「ふきゅん、取り敢えず助かったよ、もうダメかと思った」
「礼には呼びません」
「謙虚だな~、憧れちゃうな~」
なんという紳士的な態度であろうか。これこそ王子のあるべき姿。男の娘の野獣王子は見習ってどうぞ。
「これで勝ったと思うなよ」
「もう勝負は付いておりますので」
そして、この有様である。エドワードとムー王子、二人はどこまで行っても犬猿の仲であるようだ。
「あ~っ!? また出遅れたっ!」
そして、ラペッタ皇子が遅れて登場。しかも着ている服が何故か女性物。彼もまた男の娘であったというのか。あまりに似合い過ぎて笑ってしまう。
サラサラとした青いショートカットの髪に、淡い緑色のドレスが良く調和する。童顔がまた可愛らしさを強調して、まるでお姫様みたいだ。
ただし、彼は確実に【おてんば姫】として扱われるだろう。
「おいぃ、ラペッタ皇子は、なんでそんな恰好をしているんだ?」
「いやぁ、フィリミシア城の警備が誰かさんのお陰で厳重過ぎたので、仕方なく変装して出てきたんですよ。とんだとばっちりです」
ジトっとエドワードを恨めしそうに睨むラペッタ皇子は、現在ラングステン王国の庇護下にあった。祖国奪還は三年後、鬼たちとの決戦いかんとなるため、この地にて力を蓄えているのである。
そんな彼も成長し、今や立派な男の娘に……ん?
「ラペッタ皇子、その見事なパイパイはどうしたんだ?」
「あぁ、これですか? 変装のために身体を【女体化】させました」
ガシャァァァァァン! シュタッ。
「ドロバンス帝国のぉぉぉぉっ! 魔導技術はぁぁぁぁぁっ! 世界ぃぃぃぃ、いちぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「うるせぇぞ、シュトルー少佐。というか、窓を割って中に入ってくるな、バカたれ」
闖入者を速やかに沈黙させた俺は、ラペッタ皇子に女体化のプロセスを問い質した。
「ドロバンス帝国の継承者は皆こうですよ。皇族は、男、女、どちらも伴侶にできるように処置を施されているんです。改造手術というヤツですね」
「恐ろしい魔導技術もあったものだ」
がたっ。
座ってろ、ランフェイ。おまえには間違っても使わせん。今のおまえなら、下半身だけ改造して大魔王パオーン様を降臨させかねないからな。なんとしてもルーフェイの純潔は守ってやらなければ。
「まぁ、そんな経緯もあって、完全に性別を制御できるので問題なく城を抜け出ることができたというわけです。あ、もちろん処女ですよ? エ、エルティナ様がどうしてもというなら、私の初めてを捧げますがっ! 寧ろ、奪ってください! 種ください! はぁはぁ」
「落ち着きたまえ」
ぷにっ。
「はぅん」
ラペッタちゃんのほっぺをぷにり、大人しくさせる。どうも彼、もとい彼女は情緒不安定気味のようだ。女に子種を求めてどうする。それでは、女版エドワードだぞ。
「エドが種をやればいいんじゃないのかぁ? ラペッタちゃん、可愛いぞ?」
「僕のはエル専用です。あげません」
言い切りやがった、徹底しているなぁ。チラリとムー王子を見るも、やはり彼もそっぽを向いた。
「顔は若干好みでありますが、中身が伴わなければ抱くことはできません」
散々な言われようだが、ムー王子は僅かに脈があるように見受けられる。でも、中身かぁ……ちらっ。
「そわそわそわ、ちらっ。はぁはぁ」
ラペッタちゃんは確かに可愛いのだが、中身は相当にクレイジーであることは間違いない。なんとかならないものか。
そうだ、ザマスさんに相談しよう。彼女ならラペッタちゃんの中身を【改造】出来るはずだぁ。ふっきゅんきゅんきゅん、俺って賢い。
こうして、三人? の王子が勢ぞろいし、宴は更なる盛り上がりを見せてゆく。そんな中、遂にあの男が姿を現したのであった。