592食目 珍獣、戦場に立つ
俺も皆と同じように修羅道に進むべきか否か。そのように頭を悩ませていると非常事態が発生したのである。それは、とても受け入れがたい事態であった。
「立った! にゃんこが立った!」
「復活! ライオット、復活!!」
そこには、大量のワサビを口に放り込んで死亡した、と思われたおバカにゃんこライオットが雄々しく立ち上がっている姿があったではないか。
おい、そこの半裸の双子どもぉ。そのおバカをはやしたてるんじゃねぇ。というか、なんで半裸なんだ? 目を離した隙に何をやっていたんだよ、おめぇら。
「食いてぇ……超食いてぇ……」
ライオットは涎を垂らしながらギラギラした眼で獲物を求めた。
「おまたせしました~。羊肉のオレンジソース掛けです~」
拙い、今のヤツは腹ぺこビーストだ! 既に運ばれてくる料理にロックオンしてやがる!
「こ、このままでは酒のつまみが死ぬ! なんとかしなくてはぁ!」
だが、時すでに遅し。無駄に向上した身体能力によって運ばれてきた料理はテーブルに置かれることなく皿だけを残して忽然と消えてしまったのだ。そう、ヤツの胃袋の中へと。
「せめてテーブルに置かれてから食えっ!」
ぷにょん……どぐしゃっ。
「ばぶぶっ!?」
俺の【怒りのケツ爆弾】を喰らい、おバカにゃんこは沈黙した。デカくなった分、威力も増している。現在、俺の持つ最強の物理攻撃だ。
この半裸の聖女の服があってこそ、ジャンピングひっぷボンバーに必要な跳躍力を確保できるのである。
俺が持つ【裸族】のスキルは、貧弱な白エルフにとって、まさに神スキル。無論、全裸になれば、幼少期のライオット並みに動けるようになる!
ただし、町中で全裸になると逮捕されるので全裸になれない、なりにくい! だから俺はミリタナス神聖国の聖女の服を着るだろうな。
「まったく……仕方がない。ここは俺も厨房に立たざるを得ないじゃないか」
「もが~!? もごごごごごごごっ!」
ううむ、何を作ろうか。酒のつまみといえば、やはり唐揚げなどといった手軽に食べれる物だが、それは既に出てきたので面白みに欠ける。
ふむ、ブッチョラビのホルモンを唐揚げにした物でも少量作って、皆の反応を見るのもいいかもしれない。
あとは定番のポテトフライが出てきていないな。ドブロさんに作る予定があるかどうか聞いておこう。
もにゅん、ぷにぷにぷに。ぷにゅにゅん。
ええい、さっきからケツを掴んでいるのは誰だぁ。こっちは酒のおつまみの構想に忙しいんだから、そっとしておいてくれ。
「食いしん坊! そのままじゃ、ライオットがおまえのケツの下で死ぬぞ!」
「なんという、柔らかさっ! あまりの柔らかさに掴むことはできても、退けるまでには至らないとはっ! まさにもち肌! いや、もち尻さね!」
む、ロフトとアカネが妙にエキサイティングしてるな。アカネがちょっかいを掛けてきてないとなると、さっきから俺のケツをホールドしているのは……あ。
「ふきゅん、すまんすまん。考え事をしていて退けるのを忘れてたんだぜ」
「ぷはっ! はぁはぁ……こ、これがエルの尻力っ! 恐ろしい威力だ! あまりに柔らかすぎて、息をする隙間すらなかった!」
「なんじゃそりゃ。そんな事よりも、俺はおつまみの構想で忙しいんだ。お尻が良いならプルルかメルシェのおヒップでも掴んどけ」
「お? そうだな。試してみっか」
……ん? いや、まてまて。素直に実行するな。
むにょん、むにむにむに。
いったぁぁぁぁぁぁっ! 一切の躊躇をしなかったぞ、あのエロにゃんこ!
「きゃぁぁぁぁぁっ!?」
「何しているんだい、酔っぱらってんのかい!? さ、触るなら、メルシェじゃなくて、ぼ、ぼぼ、僕のを……」
そんなやり取りを暗黒の眼差しで見守る邪悪な三人がいた! 言うまでもなく変態トリオである!
「何故、ライオットだけが優遇されるのだ! 我々は断固抗議する!」
「しかり! 我もロフトに続くものなり! いざ、理想郷へ!」
「食いしん坊のケツ……新たなる可能性……うっ! はぁはぁ」
ぎゃー、ぎゃー。もにゅ。いやぁん。ばちーん。ぱた。
これは酷い。うん、見なかったことにしよう。フォルテも微笑みながら沈黙を保っているし、プルルも酒に酔って積極的になっている。
よし、彼女たちが混沌を作り上げている内におつまみを制作するのだ。
俺は立ち上がり厨房へ向かおうとした。だが、その時、俺にタックルを仕掛け厨房へ向かうのを阻止する者が現れたではないかっ!
「うおぉぉぉぉぉぉっ! これこそ、神級の尻さねっ! 見事に実った、実ってくれたさね!」
ばふっ、ぐりぐりぐりぐり。
犯人はアカネであった。酒に酔っぱらってロフトに積極的に迫っても、しょせんは変態であったか。
うん、やられて初めて分かる、この不快感。いくら同性でも、これはないわ。じゃけん、排除しましょうねぇ~。
ぷぃ。
……どさっ。
「あまり俺を怒らせない方がいい。今の【おぷぅ】は手加減した【おぷぅ】だ。次はないと思え」
「うぐぐぐ……食いしん坊には、これがあるのを忘れてた……さ……ね……」
がくっ。
悪は滅びた。俺の正義の【おぷぅ】が巨悪を成敗したのである。
俺の【おぷぅ】は邪悪な者に対しては容赦なく臭いが、正しき者に対しては無臭になる。これも桃力の応用だ。
まったく、手こずらせてくれる。次やったら全裸にしてロフトに放り投げてくれるわ。ぷんぷん。
再び厨房なう。
そこはまさに戦場、おバカにゃんこがやらかしたせいで、次の調理が間に合っていないのだ。
俺はドブロさんに協力を申し出て割烹着を装着。運動性は下がるものの守備力は増す。これで油跳ねも怖くない。
まずは簡単に作れる物からだ。ポテトフライを揚げてゆく。揚げたてのポテトフライは皆に喜ばれるであろう。トマトケチャップもマスタードも準備万端だ。
ポテトフライを揚げつつ、フレイベクス肉のローストも作る。まずはお肉を取り出してと。
びくん、びくん。
むむ、またか。どうも最近は魔力を流すとお肉が痙攣するんだよなぁ。このままでは調理しにくいので大人しくさせなくてはならない。よって、こうする。
ばちん! ばちん!
こうやって、お肉を適度な力で平手打ちしてやるのだ。そうすると大人しくなる。
時折「あひぃ」などといった悲鳴とも嬌声とも取れる声が聞こえるが気のせいであろう。
「ふきゅん、今日は随分と強情だな。仕方がない」
ずにゅう。
俺は指に魔力を籠めフレイベクス肉に突き刺した。こうすると高確率で大人しくなる。
ふっきゅんきゅんきゅん……何本目で死ぬかなぁ?
北斗七星を描きながら、ぶすぶすと肉に指をゆっくり突き入れてゆく。でも、時間がないから省略だ。そぅれ。ぶすぶすぶす。
んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! というエロい女性の声が聞こえた気がする。
うん、よしよし。最後に同時に三本指を突き入れたら、お肉は見事に沈黙した。ミッションコンプリートである。出来上がった北斗七星が美しい。
「よし、んじゃローストするか。来たれ炎の枝」
俺の魂から炎の腕が飛び出しフレイベクス肉を優しく握る。このまま三分待てば外はこんがり、中はジューシーなレア状態になるのだ。後は肉を休ませれば美味しくなるだろう。
「そろそろいいかな」
休んでいる間、ぼ~っとしているのも時間の無駄なので、ささっと塩キャベツを作って女性スタッフに運んでもらった。女子たちに好評であったようだ。
休ませたフレイベクス肉を五ミリ厚にスライスし、レタスを盛った大皿に綺麗に並べてゆく。この際は手早く丁寧におこなうように。あとはフォンドボーをベースに作った特製ソースを添えて完成だ。
おっと、思ったよりも時間が掛かってしまったようだ。フライドポテトが揚がってしまっている。急いで油から引き揚げてキッチンペーパーを敷いた大皿の上に盛る。
キッチンペーパーが無いと下の方が滲み出る油でふやけてしまうから注意。
「料理、上がったぞぅ!」
「は~い!」
女性スタッフに出来上がった料理を運んでもらう。暫くすると皆の喜ぶ声が聞こえてきた。だが、ライオットが覚醒している今、これではまだまだ足りないだろう。
「おいぃ、バリバリクン。このメモの書かれている物を露店街から調達してくるんだぁ」
「おにぃ!」
立っている者は小鬼でも使う、今の俺には情けも容赦もない!
バリバリクンに渡したメモは、露店街に店を構える料理店の場所を書き記したメモだ。同時に調理依頼書であるので、店主に渡せば即座に調理してくれることであろう。
特にラウさんはボリュームのある料理を頼んである。無論、対ライオット用の料理だ。
「エルの嬢ちゃんがいてくれる内に盛り返せっ!」
「おうっ!」
ドブロさんの叱咤激励で三名の調理スタッフが勢いに乗る。これは俺も負けていられない。次なる料理を作って差し上げろ!
厨房という名の戦場は、炎に挑む戦士達の熱気で赤く染まるのであった。
うん、こりゃあ、酒飲めねぇわ。しょぼんぬ。




