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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十五章 成人
588/800

588食目 卒業

 卒業式は厳かに開始された。卒業生一同は用意された椅子に腰を下ろし、校長先生の話を行儀よく聞いている。だが、俺は珍獣であるので、常に周囲を警戒しなくてはならない義務があるのだ。きょろきょろ。


 来賓席には見知った顔、見慣れた顔がズラリと並ぶ。ヒーラー協会からはスラストさんとビビッド兄が来てくれている。銀色の角刈りがお日様に照らされてまぶちぃぜ。


 あ、ミランダさんもいるぞ。相変わらず綺麗でデカい。彼女の隣に座っている男の子は……そう言うことか。あの子がアルのおっさん先生との間に生まれたゼファー君だな。


 父親に似ているのは髪の色だけか、良かったな! ゼファー君!


 それに露店街の面々の姿もあるぞ。あれはオオクマさんか、スーツ姿がクッソ似合わねぇな。

 

 おぉ、珍しい。背広姿のドゥカンさんだ。当然、ドクター・モモもセットだろう。それに、フォウロさんとザッキーさんも出席してくれているのか。ありがたいなぁ。


 その隣はルドルフさん一家だ。相変わらず、どっちが嫁か分からないな、あの夫婦。

 ふきゅん、リルフちゃんも大きくなったなぁ。って、雪希。お姉ちゃんが妹に抱っこされたらダメだろうが。


 むむ、あそこには桃師匠と、桃先輩の果実状態のトウヤとトウミ少尉がいるな。


『このバカ弟子が。少しは落ち着かんか』


『さーせん』


 なんてこったい、卒業式の日までお説教を喰らってしまった。

 だが、この珍獣は媚びぬ、退かぬ、顧みぬ! 警戒を続行だ!


 きょろ、きょろ。


 お、あそこは貴賓席か……王様やミレニア様とボウドスさんもいるな。フウタとクウヤもいるぞ。ややっ、ムー王子までいる。リマス王の姿もあるぞ。


 あの貧弱少年だったリマス王も今では大きくなって……感慨深いな。


 リマス少年の立派な成長に感激していた俺は、その隣で見てはならないものを見てしまった。まさにそこはカオス。カオス教団の信者ではないのに、カオスを極めていた。


「エルティナァァァァァァァァァァァァァッ! パパが付いているぞっ!」


「うおぉぉぉぉぉっ! エ・ル・ティ・ナッ!」


「おまえの全てを写真に収めるまで、私はシャッターを切り続けるっ!」


 パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、パシャ!


 そこには、まさかのエティル家が勢ぞろいし、訳の分からない応援を俺に送っているではないか。しかも名指し。

 我が身を顧みない家族の無謀な行為に、流石の俺も大きな耳で顔を隠し「ふきゅん」と鳴いた。


「静粛に願います」


 そして、校長先生に怒られる始末。どうしてくれるのこれ?


「大人気だね、エル」


「穴に埋まって冬眠したい」


「残念、もう春だよ」


「ふきゅん」


 エドワードにくすくすと笑われた俺は、ぷくっ、と頬を膨らませた後に不貞腐れて椅子の上で丸くなった。






 滞り無く卒業式は進み、やがて卒業生の別れの挨拶となった。卒業生を代表し特設ステージの上で挨拶をおこなうのはエドワードと俺だ。

 まずは男子代表のエドワードが立派に挨拶を終わらせる。そして次に俺の出番となった。


 ネオ・モモガーディアンズ結成の演説をおこなった俺にとって、卒業の挨拶なんてチョロいもん。まぁ、見てなって。


 ざわっ……ざわっ……ざわっ……ざわっ……。


 俺の登場で場が騒めき出した。ふっきゅんきゅんきゅん、どうやら、俺の凛々しい姿を見て感動しているようだ。ならば、更なる感動を与えてやるのが世の情け。


 一世一代の卒業の挨拶を聞くがいい! ユクゾッ!




「ふっきゅん! きゅんきゅん! きゅきゅ~ん! きゅんきゅんきゅん、きゅっ、きゅんきゅ~~~~ん。きゅきゅんきゅん。ふきゅん、ふきゅんきゅんきゅん。きゅ、きゅきゅきゅきゅん! きゅんきゅ~ん! ふっきゅんきゅんきゅん、ふきゅん!」




 す、素晴らしい挨拶だ、自分で自分を褒めたいぜ。見ろぉ、あまりの感動で全員言葉を失っているぞぉ!


「エル、卒業の挨拶は人の言葉でしようね?」


「なん……だと……?」


 なんということであろうか、極度の緊張状態であったため、言葉ではなく鳴き声へと変わってしまっていたのだ!

 これでは内容が分からない、分かりにくい! だから俺はもう一度卒業の挨拶をするだろうな。


「はい、ありがとうございました」


「打ち切られたっ!?」


 なんてこった、一世一代の大恥を晒してしまった。これには王様たちも苦笑いである。いわずもがな、卒業生や来客たちも大爆笑であった。どうしてこうなった? 誰か教えてぷりーず。


「あはは、エルらしい挨拶だったよ」


「解せぬ……」


 俺は不完全燃焼のようなモヤモヤを抱えたままステージを去ろうとした。だが、その時、不思議なことが起こったのである。


 ピコピコっと効果音が体育館に鳴り響き、続いて、でっで、でっで、でっで……というどこかで聞いたことがあるBGMが聞こえ始めてきたではないか。これはまさかっ!?


「ふっきゅ~ん」


 て~て~て~、ててて、てってて~! おめでとう! エルティナは成人に進化した!


 眩い輝きに包まれた俺は一瞬にして成人へと進化してしまったのである。

 

 すらりと長い手足、視界はかなり高い位置にある。それはすなわち獣から人へと進化、というか元に戻ったことを意味する。


 そして、とにかく胸が重い。急に重心が片寄って姿勢を取りにくい。胸から下が見えないって不便過ぎるだろう。包丁を持つ手が見えないって、それ一番危ないって言われてるから!


「……これが大人というものか」


 そして会場は一瞬にして沈黙に包まれた。何故なら、大人に進化した俺は全裸だったからだ。


「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


「ぽきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「ぴぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 暫しの間を置いて、体育館はかつてないほどの盛り上がりを見せた。主に熱くなっているのは野郎共であるが。

 体育館に響く雄叫び、奇声、絶叫。卒業式は完全に混沌に支配されてしまったのだ。


 ……あ、あんなところに、兄貴とモーベンのおっさんがこっそり参列してる。そうか、犯人はおまえらだったのかっ! 見に来てくれてありがとう!


「ふきゅん、エド、俺は大人になったのぜ。どやぁ」

 

「ちょ、少しは恥じらおうよ」


 全裸にもかかわらずまったく恥じらいを見せない俺に対して、エドワードは自分の上着を俺に羽織らせた。元裸族である俺には、かえってこっちの方が恥ずかしい。もじもじ。


 それにしても、視界が一気に高くなって爽快、爽快。もう、おチビだなんて言わせないぜ。


「はい、ごちそうさま。じゃなくて、静粛に」


 本音がだだ漏れの校長の言葉で一応は落ち着きを取り戻す卒業生たち。まったくもって大ハプニングであるが、俺の意思でおこなったものではないので勘弁願いたい。


「うむむ、やはり恐れていたとおり、ぱいぱいが重いんだぜ」


「……うん、大きいね」


 エドワードは大きい方が好みなのか、露骨に俺の反乱を起こしたぱいぱいをガン見している。チラチラ見るよりかは堂々としていて好感が持てる。だが、すけべぇだ。


 席に戻る前に一応服を着ておく。着るのはミリタナスの聖女が身に纏う例の布面積が残念な服という何かだ。断じて服ではないが、法律で服と定められているので服というしかない。ふぁっきゅん。


「うっ、裸よりも、そっちの方が……」


「おまえら、俺みたいな珍獣を見て前屈みになるな。エロいのならユウユウ閣下やプルルがいるだろうが」


「ユウユウはエロい視線を送った瞬間、踏まれる。あそこを」


 ロフトは血の涙を流し、たまたまを押さえた。忌まわしき記憶が蘇ったのであろう。だが、スラックは分かるが、なんでアカネまで股間を抑えているんだ? ま、まさか?


「クスクスクス……男女差別はしないわよ?」


 そう言って中指を立てた彼女は物凄い笑顔でございました。それはそれは、もう。


「ふ、ふきゅん」


 震えてきやがった。何もされていないのに、お股がふきゅんふきゅん言ってやがる。こいつは危険だ、迂闊にこの話題に触れるのは死と同じと判断した方がいいだろう。


「はい、グダグダになってきたので、これにて卒業式を終了いたします」


 こうして、半ば強引に前代未聞のカオスな卒業式は終了した。校長の判断は正しかったのだ。






 卒業式が終わり教室に戻る。俺にとっては最初で最後の教室になるだろう。というか、あまり学校で勉強した記憶がない。なんだかなぁ。


「おう、無事に卒業式を終えたな。これで俺の肩の荷も下りるってもんだ」


「一時的だがなぁ」


「それを言うな、エルティナ」


 アルのおっさん先生が経壇に立つ姿を見るのもこれで最後になる。最後の最後までスーツ姿が似合わないと感じた。早く皮鎧を着てどうぞ。


「さて、学校を卒業してからが本番だぞ。といっても、おまえらの場合は鬼と戦う以外の選択肢はないがな」


「夢も希望もない話だぜ」


 だが、これが現実である。後三年もすれば鬼との決戦が控えているのだ。将来を決めるのは、この戦いに勝ってからでも遅くはない。


「ここからが正念場ということだ、おまえたちの一層の努力を期待して最後のホームルームを終了する。今度、皆が集まるのはフィリミシア城だ」


「起立、礼、お世話になりました!」


「「「「お世話になりました!」」」」


 メルシェ委員長の号令で最後の挨拶をおこなう。飄々としているアルのおっさん先生の目には光るものがあったが、誰もそのことには触れなかった。たぶん、それが正しい答えだったのだろう。


 思い起こせば、このクラスに来たことで俺の運命は大きく変わったような気がする。

 多くの仲間に恵まれたからこそ、俺は正しき道を見失うことがなかった、と自信をもって言える。


 だから、これからもよろしくだ。


 この日、俺達は沢山の仲間と思い出を作った母校を後にした。

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