584食目 珍獣の帰還
◆◆◆ エドワード ◆◆◆
あれから時は流れ、僕たちは十五歳になった。今日は長年通い続けたラングステン王国学校の卒業式の日。慣れ親しんだ校舎ともこれでお別れだ。
「遂に学校ともお別れなのか。寂しい気がするなぁ」
「ライオットはただで食事が摂れなくなることを悲しんでいるだけじゃないか」
逞しく成長した僕らの姿は以前とは比べ物にならないほど大きくなっていた。特に獣人や亜人といった種族は成長が早い。
僕はいまだに成長の途中であるが……願わくばもう少し身長が伸びてほしい。そして、筋肉が付いてほしい。顔も男らしくならないものか。
「何ため息吐きまくってるんだよ、エド」
「いや、きみの成長を見て、己の成長過程を憂いていたんだ」
特にライオットの肉体の成長具合は反則だ。既に身長は百八十センチメートルは越えている。そして、そのはち切れんばかりの筋肉。ウォルガングお祖父様にもひけを取らないほどの筋肉量に、僕は思わず己の二の腕を見やる。
その腕は力を籠めても力こぶは発生しない。でも、重い物も軽々と持てるし、破壊力も十分ある。ないのは大迫力のビジュアルだ。
「エドワード殿下も以前に比べれば、だいぶ大きくなっていると思うんだがねぇ」
そう言って僕を気遣うのは同じく成長したプルルだ。彼女もまた女性としての魅力が急速に高まりつつある。そりゃあ、僕も男だ。ついつい、失礼だとは思うが女性らしい部分を見てしまう。
うん、大きい。どことは言わないが。
そして、プルルは今やラングステン王国にいなくてはならない存在でもある。王国に単独で侵入してくる鬼を退治する桃使いとして日々活躍しているのだ。
「エドワード殿下、こちらにいらしたのですか? そろそろ、卒業式がおこなわれます」
「フォクベルト、でもエルがまだ到着しないんだ」
フォクベルトも皆同様に成長が著しい。何故、僕だけが華奢で身長が低いのか。
尚、ミリタナス神聖国復興を手伝っていたムー王子は流石に長く国を空けることができなかったのか、渋々国に帰った。それでも二年もエルと共に暮らしていたのだから羨ましい。
そんなムー王子も、もちろん肉体的に成長していた。彼は帰国の際に世話になったお祖父さまに挨拶をするため、フィリミシア城に立ち寄ったのだが、彼の成長具合と言ったら……。
くそっ、今日から牛乳をもう一本追加してやる。
「エルティナはまだ到着していないのですか……やはり、宿題を手伝うべきでしたね」
「彼女は変なところで意地を張るから」
彼女は宿題の追い込みで到着が大幅に遅れていた。先に帰ってきたのはライオットとクリューテルだ。ギリギリまで待っていたらしいが、エルに先に行って待っていてくれ、と言われてしまったので、渋々ながら先にラングステン王国へと帰ってきていた。
尚、ライオットは宿題の完遂を既に諦めている。卒業式に参加できたのは裏で取引されたのではないかともっぱらの噂であるが真相は定かではない。
僕の予想では、色々と面倒になったので卒業させてしまえ、というのが有力だ。
「ん、なんだ……?」
「馬車が猛スピードで走ってきますね。中の客は大丈夫なんでしょうか?」
と、ここで一台の馬車が物凄い速度で走ってきたではないか。嫌な予感がし道を開ける、とかなり乱暴な止り方をして、車の中から複数の獣たちが飛び出してきた。恐らくは急ブレーキの衝撃ではじき出されてしまったのだろう。
「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」
「もぐ~」「もぐ~」「ふきゅん」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」
「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」「もぐ~」
その獣は大量のモグラであった。しかし、その中に金色の見慣れない小さな獣が一匹紛れ込んでいたのである。
ふさふさの黄金の毛並みに眠そうな青い瞳、大きく垂れている耳は短い四肢のせいで地面に付きそうである。そして、その鳴き声だ。こんな独特の鳴き声をする獣なんて一人……いや一匹しかいない。
「ふきゅん!」
「ま、まさか……エルなのかい?」
「久しぶりだな、エド」
なんということであろうか、黄金の獣はエルティナであった。遂に彼女は人の姿を捨ててしまったのだ。成長した彼女の姿を期待していたのに、こんな仕打ちはあんまりではないか。
「もふもふだね」
「ふっきゅんきゅんきゅん、特別に抱っこしてもよいぞ」
でも、彼女は抗いがたいほど、もふもふだった。抱き上げるとシルクのような感触が手に伝わってくる。そして体のモチモチ感は反則レベル。いつまでも抱き続けたい衝動に駆られるではないか。
まずい、中毒になりそうな感触だ。あぁ、でも人型のエルを抱きたい。
で、でも……こ、これは、これで……好きかも。
「エル、またその姿かよ」
「あぁ、遂に赤ちゃんを通り越して珍獣と化した俺に隙はなかった」
ライオットの話によれば、エルは限界に限界を超えた瞬間、この姿になるらしい。桃力、そして神気を絶えず使用し続けた彼女は十歳から一切成長をしていないそうだ。相当に厳しい訓練と課題を、ミリタナス神聖国復興をおこないつつ、こなしていたらしい。
「さぁ、皆、卒業式にユクゾッ! もぐもぐたちも、来賓席で見守って差し上げろぉ」
「もっぐ~!」
僕の腕から軽快に飛び降りたエルは、モグラたちを従えて体育館へと走って行った。久しぶりに見る彼女は相変わらず元気の塊であり、ホッとした気持ちになる。
「いこっか、皆」
僕は皆と共に体育館へと向かった。既にエル以外の皆は集まっている。彼女との久しぶりの再会に喜ぶことであろう。その前に、驚くだろうけど。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
いやぁ、たまげたなぁ。皆の成長具合に俺のハートがふっきゅん、ふっきゅんしているぜ。
卒業式の服装は自由だということもあり、煌びやかな衣装を身に纏った生徒が多い。特に女子生徒は派手なドレスを身に付けているので華やかな印象だ。もちろん、最後まで制服を着用している生徒もいる。
「てか、なんで食いしん坊は人を辞めてんだよ?」
俺の背に乗っているのはフェアリーのケイオックだった。相変わらず女顔である。にもかかわらず髪を伸ばしたので、余計に女らしくなっている不具合。
というか、男のおまえが何故、女性物のドレスを着ているんだぁ。
「極限まで己を追い込んだ結果、人を超えて獣に至った。見よ、この圧倒的な機動性を」
ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこ……。
「おっそ!」
「赤ちゃんよりは早いんだぜ」
ベビーはそもそも移動できないからな。この形態は正直な話、助かる。赤ちゃんは歯がないから「ばぶー」としか言えないのが難点だが、この形態は歯があるので会話ができるという点が大きい。
「暫く見なかったら、どんな姿になってるか分かったものじゃないね」
「クスクス、お互いにね」
よちよち歩きの俺を捕獲したのは黒いドレスを着込んだリンダであった。彼女は確かに綺麗になったが絶望的に幼児体形であった。その対比となる白いドレスを纏ったユウユウ閣下の我が儘ボディといったら……凄まじいでござんすよぉ!
「久しぶりに会ったと思ったら、とんでもない姿だな」
「どこで、どうやったら、そんな姿になるんだよ」
次々に集まるクラスメイトたち。皆、逞しく、そして美しく成長を果たしている物ばかりだ。そんな中にあって、驚愕の事実。
「あはは! エルろれろ? うけっけ! あはははは!」
アルア、まったく成長しておらず! まるで彼女だけ時が止まっているかのようだ!
「おいぃ、なんでアルアだけ成長が仕事していないんですかねぇ?」
「食いしん坊は別の意味で仕事をし過ぎていると思うさね」
変態トリオもやはり大きく成長していた。ロフトは一般的な成長をしているがスラックの身体がまたデカい。恐らく身長は二メートルに近いと思われる。
そして、アカネだが……なんか色っぽくなっている。だが、その視線の先にはメルシェ委員長のBIGヒップ! こっちは、まったく成長していない!
驚愕に驚愕を重ねる俺であったが、それらを上回る衝撃の光景が俺の目に飛び込んできたのだった。




