581食目 ベードル村殲滅作戦
報告があったのは二週間後のことだ。モーベンの〈テレパス〉にてベードル村の地下倉庫にて暗部の拠点があるとの知らせを受けた。
連中め、やはり村の中に潜伏していたか。まったく……厄介なヤツらだ。
現在は俺とモーベンとで、どう拠点を攻略するか検討中である。場所はカオス教団内部の俺の私室、頼りない蝋燭の明かりの中、ベードル村の地図をテーブルに広げ論議を交わしていた。
テーブルの上にあるのは蝋燭や地図だけではない、フレイベクス姉上が気を利かせて持ってきてくれたワッフルと紅茶も存在感を示している。
俺はフレイベクス姉上に感謝を捧げ、芳ばしい香りを放つワッフルを口に運び、ため息を吐いた。
「しょっぺぇ」
「塩と砂糖を間違えたみたいですね」
姉のドジっ子ぶりを堪能した俺は、話題を暗部の拠点攻略へと戻す。尚、塩ワッフルはスタッフが美味しくいただきました。
あ? 拒否権なんてねぇんだよ! 食え、おらぁん!
「連中め、また面倒臭い場所に拠点を設けたものだ」
「御子様、いかがいたしましょうか?」
全てを喰らう者を哀れむモーベンの顔は疲労の色が濃かった。相当に骨を折ってくれたのだろう。であるなら、彼の苦労に報いなければなるまい。
ふっふっふ、今日の夕食にデザートをもう一品追加してあげることにしよう。きっと喜ぶはずだ。
「ふむ……拠点がある倉庫は村の外れだったな?」
「はい。いやそうではなく……そうなんですが」
ここでモーベンが困ったような顔をした。何かヘマでもやらかしたのだろうか。彼に限って、そのようなことはないとは思うのだが。
「発言が不明瞭だな。遠慮はいらん、申してみよ」
「はい、バルドルがもう限界です」
彼の発言に、一瞬だが時が止まった。聞きたくなかったよ、その言葉。
「うわぁ……そっちか」
「えぇ……そっちです」
報告には受けていたが、何か事あるごとにバルドルは「破壊しましょう」だの「殺害しましょう」だのと笑顔で進言してきたそうだ。これには流石のモーベンもストレスで禿げそうだと言っている。
「あの子は負の感情を出さない代わりに言葉に出ますから」
「それを実行しちゃうんだろ? 誰だよ、狂人に才能を与えたヤツは」
俺たちは揃って頭を抱えた。バルドルは最強ゆえ本当に性質が悪い。しかも、忠義心も半端ではない。
俺の命令は絶対であり一応は言うことを聞くが、俺の見ぬ場所では相当にイカレた行動をおこなうそうだ。敵対者の皆殺しなんて、まだ優しい方だ、ということを伝えておく。
「ですが、バルドルは我が教団に必要不可欠でございます。大人になれば落ち着いてくれることを全力で祈りましょう」
「やっぱ最後は祈ることしかできねぇよな」
二人揃って深いため息を吐いたのはこれで何度目であろうか? あぁ、俺の幸せが「ふきゅん、ふきゅん」鳴きながら飛んでゆく。
「もう、いっそのこと発散させた方がいいのかもしれんな」
「あの子のですか? 村が地図から消えますよ? 冗談抜きで」
「少し骨が折れるが、バルドルの流れ弾は俺が食ってしまえばいい。問題は村人どもだ」
そう、連中に俺たちを目撃されては不都合なのだ。俺たちがカオス教団であると知れば、すぐさまリトリルタースで復興をおこなっているエルティナに救いを求めるだろう。あのクソザコナメクジどもめ。
自分たちは何もしないのに、こういう時ばかり国民の権利を主張する狡い連中だ。滅びてしまえ、ふぁっく。
それでも、エルティナは彼らを救ってしまうことが予想される。だからこそ、秘密裏に行わなければならないのだ。兄として、妹の負担はなるべく減らしてやりたい。そして。ペロペロしたい。
「いや、待てよ。モーベン、確かエルティナは【人手が足りない】とボヤいていたよな?」
「はい、妹様は復興作業が軌道に乗りつつある今、勢いを付けるためにも人手がほしいと……って、まさか?」
「そのまさかだ。モーベン、村を焼き払え」
これこそ発想の逆転。見られたくなければ、村人どもを追い払ってしまえばいい。ついでにリトリルタースの復興を手伝うがいいさ。んん~、これは一石二鳥の名案だ。やっぱり、俺は天才だな。
「ふむ、少々手荒いですが、リトリルタースは目と鼻の先。辿りつけない者はいないでしょう」
「決まりだな。問題は、暗部の連中を火事のどさくさに紛れて逃げれないようにする、にはどうするかだ」
「それについては策がございます。連中は週に一度、決まった時間に祈りを捧げる習慣がございます。そこを狙いましょう」
流石はモーベン、痒い所に手が届くヤツだ。纏め役のウィルザームは結構、間が抜けているので当てにはできないからなぁ。しかも、最近はボケてきているし……。
「ほう、時刻は?」
「深夜の一時」
「よろしい、では三日後に決行する。それまでに作戦を十分練るとしよう」
三日後の深夜、作戦は決行された。作戦はこうだ。
まず、モーベンが村に火を放つ。異変に気が付いた村人たちは悲鳴を上げながら逃げ出すだろう。尚、逃げ遅れた者は上手に焼けていただく。慈悲はない。
村人が逃げ惑う際に発せられる悲鳴は、俺が風の枝を使役して喰らう。ただし、暗部の連中が潜む倉庫に届く悲鳴のみだ。ここは調整が難しいがなんとかなるだろう。
無事に村人全員を追っ払ったら暗部の連中を狩る。まず負ける事はないだろう。
「完璧じゃないか」
「御子様あっての作戦ですね。ですが、作戦時間は短い事を留意してください」
「分かっている」
この作戦は時間が短いのが欠点だ。村人たちがリトリルタースへ辿り着き救いを求め、エルティナが作戦中にベードル村に辿り着いてしまったらアウト、作戦失敗だ。よって、速やかな任務遂行が要求される。難易度的にエクストラハードといったところか。
「バルドル、おまえの魔法を頼らせてもらうぞ」
「はい、お任せください!」
声がでけぇ、こいつは作戦を理解しているのか。
村に火を放ち村人どもが逃げ出した後はベードル村を〈カムフラージュ〉で覆い隠す。バルドルの魔力量なら可能であろう。これで少しくらいは時間稼ぎができるはずだ。
「よし、作戦開始だ。暗部の連中を一人たりとも生かしておくな」
「「はっ!」」
こうしてベードル村での作戦は決行された。果たして、俺たちは無事に作戦を終えることができるのであろうか?




