580食目 カオスな姉弟
エルティナのためにもマイアス教団の暗部は徹底的に叩いておきたい。次の日、俺は手の空いている八司祭にベードル村近郊に潜む暗部の連中の根城を捜索するように命じた。
しかし、手が空いているのが獄炎のモーベンと閃光のバルドルだけだという不具合。確かに戦闘能力だけならばバルドルは八司祭最強であるが……彼はアホの子であった。
どうして神の欠片を取って来いと言ったのに【人の欠片】を持ってくるんだ。しかも頭部なんぞ持ってきやがって。流石にアレにはぷぴっと鼻水が出てしまったぞ。
しかも、あまりの笑顔に怒るに怒れなくなってしまった。両親は息子にどんな教育を施しているんだ。あのバカップルめ。
「致し方あるまい。閃光のバルドルよ、汝にベードル村近郊に潜伏するマイアス教団暗部の捜索及び殲滅を命ずる」
「ははっ! お任せください、御子様!」
返事はいい、返事はいいんだがなぁ。
「必ずやベードル村の連中を皆殺しにしてみせます!」
うん! 今日も良い笑顔!!
「モーベン! モーベン! 助けて、モーベン!」
HAHAHA! ダメだ、こりゃ。一人で行かせたら大惨事待ったなしだ。
結局はモーベンをお目付け役とし、八司祭を二人を暗部捜索へ当てることになった。ただでさえ人手が少ないのに堪ったものではない。信徒を使う手もあるが、派手に動けば粛清の対象にされてしまう可能性もあるから、なるべくは使いたくない。
「ううむ、モーベンが付いているとはいえ、少しばかり心配だな」
教団本部にポツンと残った俺は暇を持て余していた。前世のように漫画もなければパソコンもない。私室にあるのはウィルザームが気を利かせて持ってきた【けん玉】やら【おはじき】やらが数点あるのみである。
流石にやり尽してしまい、けん玉に至っては【宇宙遊泳山びこ返し】なる大技も習得していた。つまり、もうやることがないのである。
「しかし……暇だな。次元の壁を食って読者と戯れることもできないし」
ウィルザームに釘を刺されてしまったのは痛い。俺の数少ない楽しみを封印されてしまったのだ。このままではストレスで禿げて死ぬ。
「仕方がない、禁断の遊び【一人耳ぴこぴこ】をおこなおう」
一人耳ピコピコとは俺の無駄に大きい耳を使った旗上げゲームである。ルールは簡単、指示に従って耳を上げ下げするだけだ。それでは、レッツ、スタート。
「右上げて、右下げないで、左上げる」
ぴこぴこぴこぴこぴこ……ふっ、虚しい。
「こっそりエルティナの様子を見てこようかな」
「いけませんよ、トウキチロウ」
「うおっ、ビックリした。フレイベクス姉上、驚かせないでいただきたい」
「それはこっちのセリフです」
俺の私室に静かに入ってきた憎魔竜フレイベクスは呆れた表情を見せた。彼女はカオス神が生み出した四神竜の一柱であり、火を守護する立場にある。
火とはすなわち活力であり、彼女は無限に再生する肉体を分け与えることにより、人々に活力を生み出させていた。
だが、それも過去の話。邪神マイアスにそそのかされたカーンテヒル兄上によって、父なるカオス神は砕かれ力を失った。それと同時に四神竜も邪悪なる者に堕とされ、本来の姿を失い人々に恐れられる存在へとなり果てることになる。
「まったく……声を掛けても返事はないし、心配して中に入ったら、うわの空で耳をぴこぴこと動かし続けているだけ。いったい何があったのですか?」
「……ミライヲウレイテオリマシタ」
どこから見られていたかはわからないが、ちょっとばかり気まずいことになった。なんとか話題を変えることにしよう、そうしよう。
「時に姉上は俺に何用でしょうか」
「少し弟の顔を見たくなった。それが理由ではいけないですか?」
うほっ、良い笑顔。フレイベクス姉上は初対面の時のような刺々しさは鳴りを潜め、ここ最近は穏やかな毎日を過ごしている。彼女は元々、このように穏やかな性格の淑女だったのだ。
くそう、これで姉弟じゃなかったら、押し倒して俺のものにしてやるところだったのに。スタイルも、ぼん、きゅ、ぼん、で最高だぞ?
「まさか、こんな顔でよければなんなりと」
「ありがとう、お茶でも入れましょうか」
「はい」
彼女は形の良いケツをふりふりさせながら魔導コンロの火を入れた。最初に魔導コンロの使い方を教えた時には大層驚いた表情を見せたものだ。何せ魔法で直接火を起こしていた時代の方だったからな。
そんな彼女も今では魔導器具にも慣れ、すっかり順応している。最近の彼女の趣味は料理だ。特に焼き菓子を作るのが好きで、それに合わせてのお茶選びも彼女の楽しみとなっていた。
「さぁ、どうぞ。チョコクッキーと、ラングステン産の紅茶よ」
「ありがとうございます。姉上」
フレイベクス姉上は、とても幸せそうな笑みを浮かべた。護らなくては、この笑顔。
俺はチョコクッキーをひと齧りし味を堪能する。口に広がる甘みと僅かな苦み、この苦みがクッキーのほのかな甘みを増幅させるのは言うまでもない。
冗談抜きで【歯が解けるほどのくそ甘いクッキー】を作った人物とは思えない出来だ。
ちなみに、そのクッキーでウィルザームは総入れ歯になった。可愛そうに。
「美味い」
「うふふ、上達したでしょう? 紅茶もどうぞ、ユウギブランドの【アールエックスセブンエイト】という希少な葉をモーベンが貰ってきてくれたのよ」
「ほう、中々市場に出回らない高級茶葉ではありませんか。どおりで透き通った香りがするわけだ」
流石はモーベンだ、エルティナの周りを警護する過程でフウタ・エルタニア・ユウギとの関係を結んでいたのであろう。カオス教団を名乗る者の中でも、堂々と友好関係を結べるあの性格は最早武器に等しい。頼りになる男だ。
俺はチョコクッキーの余韻を残しつつ紅茶を口に含む。高貴な香りが鼻を抜け、眠っていた喜びを呼び覚ます。流石はユウギブランドの紅茶だ、飲み込んだ後の余韻が半端ではない。いつまでたっても終わらない幸福感、それこそがこの紅茶の真価であるのだ。
「ん、んん! あ、ああ、あはぁん!」
「ぶぼっ!?」
ここで急にフレイベクス姉上がもじもじし始めた、と思ったらいきなり悶え始めて嬌声を上げ始めたではないか。いきなりのことだったので俺は紅茶を吹き出してしまった。もったいない。
「げほっ、げほっ、あ、姉上、いかがなされましたか?」
「ご、ごめんなさい。あの子がまた……あひっ!」
あの子とはエルティナの事であろう。そして、フレイベクス姉上がビクンビクンしている理由とは、フレイベクス肉に魔力を注ぎこむことによって起こる、快感神経への刺激である。実はそれこそがフレイベクス姉上の肉体再生開始のシグナルなのだ。
「ちょ、ちょっと、席を外すわ……はぁあん!」
「分かりました」
ぷるぷると震えながらフレイベクス姉上は席を立ち部屋を後にした。彼女が座っていた椅子はびしょびしょになっている。こりゃ後始末しないと疑われてしまうな。
「……」
「呼んでいないのだが?」
そこにはすでに待機状態の全てを喰らう者がいた。だが、八匹全てが出てくるとか、おまえらそんなに食いたいのか? 変態どもめ。
「皆で仲良く食べるように」
お預けなどしようものならストライキを起こされかねない。全てを喰らう者はお預けを解除された子犬のごとく椅子をペロペロし始めたではないか。
いやいや、逆にびしょびしょにしてどうするんだよ? おまえらはもう……。
「これがあるから姉上も気軽に外に行けないんだよなぁ」
少しして、フレイベクス姉上の果てる声が聞こえてきた。今日は一段と大声だ。エルティナのヤツ……いったいどんだけ肉を使ったんだ? 気になる。
俺は椅子を一心不乱でペロペロするペロリストを眺めながらチョコクッキーと紅茶を堪能したのであった。うん、おいちぃ!




