577食目 ミリタナス神聖国の防衛網を構築しよう
今朝のミーティングは普段の和やかな雰囲気とは打って変わって重々しいものへと変貌を遂げていた。それはミリタナス神聖国の防衛に関する議題が上がったからだ。無論、上げたのは俺である。
「確かに現在の我が国は防衛力と言えるものはございません」
ボウドスさんが苦虫を噛み潰したような表情を見せる。しかし、その表情の下にはちゅっちゅ、ちゅっちゅ、と哺乳瓶のを吸うミレニア様がいて、この緊迫した状況を全てぶち壊していられたのである。マジパネェッス、ミレニア様。
「今は聖光騎兵団や俺とライオットでなんとかなるだろうけど、それこそ数で圧されたら町を護りきれないと思うんだぜ」
「確かに……我が聖光騎兵団も先の戦いで多くの者を失いました。だからといって、民から兵を募るわけにもいかないのが現状です」
聖光騎兵団の正式な団長に就任したミカエルは、やはり難しい顔をした。現在の聖光騎兵団の騎士は総勢百三十八名。その内、戦闘に耐えられるものは百名もいない。それ以外は見習いとして修練中の身であるからだ。
「難しいところですね。冒険者を雇うにも先立つ物が無いに等しいですし」
「ムー王子の言うとおりでございます。聖都から逃れた際に財宝などは根こそぎ盗まれた模様で、隠し宝物庫に僅かな量が残っているだけでございました」
「その盗んだ連中がこの国の貴族というのだから情けない話です」
ムー王子の厳しい指摘にボウドスさんとノイッシュさんは情けなさと怒りが入り混じった厳しい表情を見せる。この国の宝を盗んで逃亡した貴族連中は知己を頼ってミリタナス神聖国から出国したそうだ。とんでもない連中である。
とはいえ、ラングステン王国の貴族たちが異常に正義感が強くて勇猛な連中ばかりであるので、これが普通の貴族取る行動なのかもしれない。国や民など己が肥えるための餌程度にしか思っていなかったのだろう。
「ふきゅん、まぁ無いものは仕方がない。今、この国にあるものでなんとかしよう」
「エル様、この国にあるもの、とはいったい何でございましょうか?」
クリューテルがすまなさそうな顔をしているのは彼女がこの国唯一の貴族であるからだ。
クリューテル・トロン・ババルは俺の聖女就任の少し後に伯爵の位を与えられ、正式にババル家の後を継いだのである。
「そんな顔をする必要はないんだぜ。クー様のパパンは立派に貴族としての務めを果たした。それにクー様自身もミリタナス神聖国とラングステン王国の未来のために戦ったじゃないか。誰がクー様を責めることができるんだよ。胸を張って前を見るんだぁ」
「……はい、エル様」
俺が彼女を諭すと周りの者たちも頷いた。見てのとおり、誰もクリューテルを蔑む者などいやしないのだ。
「それであるものなんだが……」
俺の提案にミーティングに集まった面々は目を丸くしたのであった。
◆◆◆ とある略奪者 ◆◆◆
ここ最近はてんで儲けがねぇ。聖都リトリルタースが陥落した際はたんまりと稼ぎが入ったが、戦争が落ち着く頃にはもう何も奪う物がねぇ有様。このままじゃ俺たちは干上がっちまう。
「ちっ、カサレイムは冒険者が居過ぎて仕事になんねぇし、そこ以外は縄張り争いに首を突っ込まなくちゃならねぇ。美味い話が転がってねぇもんか」
「お頭、聖都リトリルタースに人が戻っているって話でさぁ」
俺があご髭に手を当てジョリジョリした感触を堪能していると子分が耳寄りな情報を持ってきた。なんでもリトリルタースに市民が戻ってきているらしい。こいつは好都合だ。
「いいじゃねぇか、しばらく我慢すりゃ稼ぎが入るってもんだ」
「へっへっへ、これで生活も潤いまさぁ」
復興のためにリトリルタースに戻ってきたのだろう市民にすぐ手を出してしまっては微々たる物しか奪えやしない、暫しの時間を与えて物が充実してきたところを襲うのだ。
復興が軌道に乗ったところを狙えばいいだろう。希望が大きければ大きいほど些細な絶望には目を瞑るはずだ。後は間隔を置きながら略奪を繰り返せばいい。
「奪い過ぎず、を忘れんじゃねぇぞ? 奪うもんが無くなったら、俺たちも共倒れになっちまうんだからな」
俺の言葉に子分たちは大爆笑した。まったくもって天の恵みとしか言いようがねぇ。
聖都リトリルタース復興の情報から約二ヶ月、俺たちは相も変わらずトカゲやらサボテンやらといった粗末な物を食い繋ぎ、なんとか命を長らえてきた。
だが、そんなひもじい思いももう終わりだ。今日、俺たちはリトリルタースを襲撃する。この日のために計画は練りに練った。
襲撃決行は深夜、俺たちは五十名ほどの野盗であり、それなりに腕っぷしが強い、とうぬぼれている。並の冒険者や騎士程度であるなら問題ないはずだ。それに夜間の戦闘ではいまだ負けなし、これでしくじるようなら廃業も辞さない。
俺たちの足となる【ランナー】という大型の鳥にまたがり、五十名はアジトを後にした。この鳥は飛ぶことこそできないが異常に足が速く力強い、そのため人を乗せて走ることも可能だ。それを今日のために五十羽集めてきたのである。
「おう、おめぇら……わかってんな?」
小高い丘から月の光に照らされた聖都リトリルタースの姿が見える。逐一、子分から聖都リトリルタースの情報を得てはいたが実際に見るのとではわけが違った。
「マジかよ……畑があるぜ?」
「お、親分! ありゃなんですかい!?」
「か、川か? 嘘だろおい」
いったいこの二ヶ月の間で何が起こっているのであろうか? 荒廃し尽した聖都は、この僅かな期間で驚くべき変貌を遂げていたのである。
驚愕なのは、いつの間に生えたか分からない大樹から隆々と水が溢れ出し、大きな川となっていたことだ。あの大樹が地下から水を引っ張り出しているのだろうか。目の前の光景が信じられない。
「ここ最近、雨が降り出したかと思いきや、まさか川が出来上がっているたぁな」
「もう雨水溜めて売り払うこともできやせんね」
問題はそこじゃない、今まさに目の前で無限に水が湧き出しているという点だ。この国にとって水は金に等しい価値がある。それを独占できれば、もうこんな危ない仕事に手を染める必要性は無くなるのだ。ならば、やるしかない。
「おう、てめぇら。作戦は変更だ」
「うぃっひっひっひ、やっぱり、狙いは大神殿で?」
「あぁ、あの町を俺たちで乗っ取る。これで俺たちも億万長者だぜ」
俺たちは雄叫びを上げながら聖都リトリルタースの大神殿へ殺到した。この国の復興を指示する指導者はきっとあの大神殿にいるはずだ。それを抑えれば俺たちの勝利となろう。
聖都リトリルタースはもう目前、侵入を阻む壁も何もない、どこからでも入り放題だ。
「ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺たちの興奮は頂点に達しようとしていた。本来なら大神殿までは静かに向かうべきであるのだが、もう抑えることはできなかったのだ。
砂煙を上げてランナーを走らせる。少しエサを与えれば従順に従うこいつらは本当に可愛いヤツらだ。この作戦が成功した暁には飼ってやってもいい、そう考えていた時のことであった。
突如として地面が揺れ出したのだ。この忙しい時に地震とは付いていない。だが、ここまで来て作戦は中止できるはずもなく、大神殿を目指すべく慌てふためいているランナーたちを宥めた。
「じ、地震が治まらねぇ! それどころか強くなって……!?」
誰かがそう叫んだ。これでは町の連中が目を覚ましちまうじゃねぇか。焦る俺たちを嘲笑うかのように更に揺れは激しさを増してゆく。そして俺たちは見た。
「ふっきゅんきゅんきゅん、聖都を襲うとか……その浅はかさは愚かしい」
どこからともなく幼い少女の声が聞こえてきた。この地震と相まって誰かが叫んだ、天罰であると。
そんなわけがない、この程度で天罰が下るのであれば聖都が襲われた際に侵略者たちは即座に天罰とやらを受けているのだから。
「誰だっ!?」
俺は姿が見えない声の主に向かって怒鳴りつけた。辺りを見渡すもやはり声の主らしき少女の姿は確認できない。いったいどうなっているんだ?
今日はまだ酒を飲んでいない、だから幻覚や幻聴の類ではないはずなのに。
「俺はここだぁ!」
その声は俺たちの上から聞こえた。まさかと上を見上げれば、そこには虹色に輝く翅を生やした幼女の姿があったではないか。あろうことか、その幼女は空に浮かんでいたのである。
「寝込みを襲うとか反則でしょ? 盗賊汚い、流石、盗賊汚い」
「なんで二回も言った!? 答えろ!」
「大切なことなので」
「このクソガキ!」
くそ生意気なことを言う幼女に目掛けてナイフを投げ付ける。この大事を小さな石ころでふいにしたくはない、速やかに排除して先に進まなければ。
だが、俺の投げたナイフは幼女に届くことなく、地中より出現した山に弾かれてしまった。
「今度はなんだぁ!?」
立て続けに起こる異常な現象に頭が付いてこない、地中から飛び出してきたものは山ではなく生物だったのである。それも、飛び切りにやばいヤツだ。
「ゴゥオォォォォォォォォォォォォォォッ!」
砂の竜【サンドドラゴン】。その身体は砂でできており、生半可な攻撃は一斉通じない砂漠の支配者と呼ばれる凶悪な存在だ。厄介なのは獲物に仕掛けるまで砂漠の砂に成りすまして、その巨大な姿を隠していることだ。こんなのに突然姿を現されたら驚きのあまり武器を構えることなく一飲みにされてしまう。
そんな凶悪なドラゴンがおよそ三十匹もいて、俺たちを完全に取り囲んでいるという事実に絶望を禁じ得ない。どうしてこうなった。
「どうかね、ミリタナス防衛網の威力は? ふっきゅんきゅんきゅん……怖かろう」
闇夜に在って光り輝く幼女は腕を組み俺たちを見下した。完全に勝ち誇っているが、まったくもってそのとおりなので俺たちは呻くことしかできなかった。
「ごぉう?」
「ふきゅん? 食べてもいいかって? う~ん、どうしようかなぁ?」
じりじりと間合いを狭めてくるサンドドラゴン、あろうことか幼女はサンドドラゴンと意思疎通ができるらしい。常識外れにもほどがある。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ! お、親分っ!?」
「く、くそっ! わかった! お縄に付くから助けてくれっ!」
完全に打つ手はない。人間ならともかく、ドラゴンなんぞけし掛けられてはひとたまりもない、したがって完全降伏以外に選択は残されていなかった。
「よろしい、すたっふぅ~!」
幼女の合図に合わせて武装した騎士がわらわらと飛び出してきた。どうやら〈カムフラージュ〉の魔法で姿を隠蔽していたようだ。
だが、この人数を隠す、となると莫大な魔力を要求されることになる。普通の魔力量では無理だ。となると……まさか!?
次々に捕縛されてゆく仲間たち、俺も例外ではない。身体の自由を奪われ手錠を掛けられる。これで俺たちもお終いだ。
「賊の捕縛が完了いたしました、エルティナ様」
「ふきゅん、よろしい。では、そいつらを地獄の矯正施設へ案内して差し上げろぉ」
やはり、あの少女はかつて聖女であったエルティナのようだ。しかし、彼女は魔力を奪われ、極々普通の子共へ成り下がったと聞いていたが……所詮は噂でしかなかったということか。
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
「まったくもって見事でございました。ご冗談かと思っておりましたが、まさか本当に町の護りを竜にやらせるとは」
「俺は本気だったんですがねぇ?」
真なる約束の子として覚醒した俺は、始祖竜カーンテヒルの子として竜の頂点に立つ存在となっていたのだ。
そもそも、この世界の全ての竜はカーンテヒルの眷属であるので、今の俺には逆らえない、逆らい難い! そんなわけで俺は砂漠で暇そうにしていたサンドドラゴンに町の警護をお願いしたのである。
もちろん、報酬を与える約束をしてある。サンドドラゴンの好物はズバリ魔力であるので、俺の魔力をムシャムシャさせるだけで強力な衛兵の出来上がりというわけだ。
それに、こいつらは食い溜めができるので、一ヶ月に一回ほど魔力をたらふく食わせてやれば文句を言わずに町の外でたむろしてくれるお利口さんだ。これで、ドロバンス帝国の鬼ども以外であれば、向かうところ敵無しであろう。もちろん専守防衛を義務付けてある。
「よしよし、お利口さんだ」
このサンドドラゴンは、いかつい外見に似合わず甘えん坊であった。腹を見せて褒めて褒めてと甘えてくるのである。リクエストに応えて腹を撫でて揚げると尻尾を振って喜んだ。
「なぁんだ、また出番なしかよ」
「わたくしたちの出番がない、という事はいいことですわよ、ライオット」
この結果に不満そうにしているのは、ここ最近まったく戦闘をおこなっていない獅子の獣人ライオットであった。とはいえ、彼の戦闘能力は衰えるどころか益々上昇している。
「ふん、戦り損ねたな悪魔」
「けぇっ、砂トカゲにビビってるんじゃ食っても美味くはねぇな」
丁度、ライオットの相手をしにラングステン王国から来ていた悪魔使いガイリンクードも、この光景にご立腹のもようであった。
このように、クラスメイトの武闘派連中が手伝いと称してライオットにちょっかいを掛けに来ているのだ。
話によれば、そろそろライオットが退屈し始める頃だろう、と話し合った結果であるという。
その予想は見事に的中しており、彼は退屈のあまりパンツ一丁で砂漠を爆走する、という奇行を見せていた。こんな姿見せられないよっ!
「ふぁ……ま、これで当面は復興に集中できることが分かったな。眠いから解散だぁ。ボウドスさんとミカエルは事後処理をよろしく頼むんだぜ」
「はい、お任せください」
「さぁ、歩け!」
ションボリ項垂れる賊たちが引っ立てられ地獄の矯正施設へと連行されるさまを見て、俺は彼らの健闘を祈った。
ふっきゅんきゅんきゅん、いつまで耐えられるかなぁ? 今、あそこの獄長をユウユウ閣下に担当してもらっているのだぁ。
これは、いわゆる試験運用というヤツである。矯正施設は後々に必要になるからな。
何、あまりに残酷だとぉ? 聞こえんなぁ……ふ~っきゅんきゅんきゅん!
取り敢えずは寝る。そして明日、矯正施設へ様子を見に行こう。こうして、ミリタナス神聖国防衛網は完成を見たのであった。




