573食目 畑を耕そう
「よっしゃ、元に戻った!」
日もまたいで次の日、ようやく俺の身体は完全に戻った。もどった?
しかし、身体に確かな違和感。慣れている身体だからこそ分かる小さな変化。
「なんですかねぇ……この膨らみはぁ」
遂に恐れていた出来事が勃発したのである。俺の大平原に突如として二つの丘が出来上がっていたのだ。
「ふぁっきゅん! 遂に【ぱいぱい】が反乱を起こしやがったぁ!」
まさかとは思うが、縮んだり大きくなったりを繰り返している内に体の方に変化が起こってしまったのであろうか? これは忌々しき出来事である。
取り敢えずは現実逃避するために、さらしでも巻いておこう。きっと目立たないはずだ。
「ダメだ! さらしの方が目立つ!」
なんということだ、圧倒的な布不足の聖衣であるため、さらしを巻くと、さらしが丸見えになってしまうではないか。どうすればいいんだ!?
「失礼いたします、聖女様」
「おはようございます、聖女様……?」
「……」
じ~ざす、なんというタイミングで入ってくるんだ。俺付きの巫女たちは俺がさらし作戦を失敗し、それ取り外し終わったタイミングで入室してきたのである。みちゃいやぁん!
「あらあら、まぁまぁ!」
「ご立派な成長でございます」
二人の巫女は親指を立て、それはそれは清々しいまでの笑顔を見せた。ふぁっきゅん。
大神殿も目途が付いたこともあり、今度は民家を建ててゆく運びとなった。それと同時に田畑を耕す計画がもちあがる。この田畑を耕す計画を提案したのは他ならぬ俺であった。
それは、ミリタナス神聖国の再建が【地産地消】を以って完成、と掲げているからだ。
以前のミリタナス神聖国は食の殆どを狩猟と輸入で賄っていた。これでは安定した食を供給できないので、どうしても自給できる環境作りが必要になってくる。
しかし国の役八割が砂漠地帯であり、雨など数十年間一滴も降っていないらしい。そこに畑を耕し実らせよう、というのだから一筋縄ではいかない。
誰しもが、失敗すると予想し、夢物語であると嘆くことだろう。
だが、俺はそれをやってのけなくてはならない。かなりの困難が付き纏うであろうが、俺にはそれを成し遂げる自信があった。
「それでは、こちらの方はエルティナ様にお任せいたします」
「あぁ、任せてくれ、ボウドスさん。必ず成功させてみせるさ」
町の復興はボウドスさんと神官たちに一任し、俺は畑の制作に専念することにした。その際に俺はラングステン王国より、スペシャルアドバイザーを召喚したのである。
「お待たせ~、元気だった? エルちゃん!」
「クスクス、なかなか刺激的な格好ね、エルティナ」
わざわざ来てもらったのは農家の娘リンダと、家庭菜園を趣味にしているユウユウ閣下だ。
ぶっちゃけ、ユウユウ閣下はおまけであるが、二人は【いばらきーず】であるので、一人を呼ぶと高確率でもう一人がついてくる仕様である。
「ふきゅん、わざわざすまないんだぜ。畑を作る際にアドバイスがほしくてなぁ」
畑とする土地は聖都リトリルタースの東部に作ることにした。これで町を盾にしてドロバンス帝国から護ることができる。
まぁ、当分の間はちょっかいを掛けてくるとは思えないが、念のためにこのような仕様にした。
「それは構わないけど……ここに畑はかなり厳しいと思うよ?」
リンダは地面の土をつまみ指ですり潰す。土はさらさらとこぼれ落ち、風に吹かれてどこぞへと飛んでいってしまったではないか。
「ほぼ砂だね。それに栄養も枯渇している。これじゃ、種を埋めても芽吹かないよ」
「そうね……まさに不毛の大地といったところかしら」
ピンク色の日傘を差したユウユウ閣下は、つまらなそうな表情で干からびた大地を見渡している。白いドレスが風に煽られてひらひらと踊り、雪のように白い彼女の太ももを露わにした。
よし、大根を育てよう。
「……今、失礼なことを考えなかったかしら?」
「メッソウモゴザイマセン」
ユウユウ閣下の恐るべき勘に戦慄しつつも農作業は開始された。リンダの指示に従い土を起こすところから始める。
もちろん、農民の伝統的な装備、麦わら帽子と首にタオルを巻くことを忘れない。
「エルちゃん、その服装だと麦わら帽子とタオルが浮いて見えちゃうね」
「むむ、やはりラングステンの聖女服は万能だったか。でも、この服もまだ見慣れてないからだと思うぞ」
あの服は地味になんでも合うからなぁ。流石は伝統の衣装といったところかな。
今ではもう袖を通せない服に想いを馳せる。だが、今は農作業に集中しなければ。いずれ、この面積の少ない聖女の服もいずれ見慣れてくれるだろう。
「う~ん、やっぱり、掘っても掘っても砂ばかりだよ。これじゃあ、作物が育たない」
「ふきゅん、浅い部分は軒並みダメっぽいな」
これはもう人の手ではどうにもならない。よろしい、では、神頼みだ!
「よし、神様に手伝ってもらおう」
「えっ?」
俺の発言にリンダはキョトンとした顔になる。無理もないだろう、いきなり神頼り宣言をかましてきたのだから。
「いやいや、いくらなんでも無理でしょ」
「ところができるんだよなぁ」
では、お見せしよう。この時のために彼はいた、といっても過言ではないのだから。
「さぬき、うずめ! ユクゾッ!」
「ちろちろ」
「ちゅん、ちゅん!」
「【神・獣信合体】! ケツァルコアトル!」
二匹の獣と融合し、俺は一匹の巨大な蛇と化した。彼こそはトルテカ族が信奉する神の主神であり、農業と文化、そして風と水を司る神である。
もはや、畑を耕すために存在している【農業神】といっても過言ではないだろう。
よぉし、ケツァルコアトル様、やっちゃってください!
久々の出番ということもあり、蛇神様は大ハッスルしてくださった。その超怪力を以って大地を耕し始めたのである。
とにかく豪快でスケールがデカすぎた。地面に勢いよく突撃し地中奥深くまで潜り込んだかと思いきや、一気に急上昇し大地を巻き上げる。それをとんでもない速度で何度も繰り返すのだ。これが神による【ダイナミック土起こし】である。
「うそ……もう土ができつつあるよ!?」
「なるほどねぇ……砂の下には生きている土が眠っていた、ということね」
ユウユウ閣下のいうとおり、砂のはるか下には畑に適した栄養たっぷりの土が「ぐ~すかぴ~」と眠っていたのである。これを上の砂と混ぜ混ぜすれば、たちまちの内に農業に適した土の完成というわけだ。
それをすかさず見抜くケツァルコアトル様は、やはり農業神だった!
『それほどでもない』
『謙虚だな~、憧れちゃうな~』
ケツァルコアトル様の圧倒的な謙虚さに感動する俺は、彼に惜しみなく桃力を捧げ続ける。俺の支援を受けて蛇神様はどんどん畑の範囲を広げていった。
あぁ、いまだかつて、これほど輝いている彼を見たことがあろうか? いや、ないであろう。
「エルちゃ~ん! あまり広げ過ぎても管理できなくなっちゃうよ!」
そこにリンダからの指摘が入った。彼女の言うとおり、広げ過ぎても上手くいかないであろう。
『ふむ、あの少女の言うとおりであるな』
『ふきゅん、人でも不足しているし、今はこれくらいでいいのかも』
気が付けば辺り一面が焦げ茶色の大地と化していた。と、その大地をよく見てみると蠢く生き物の姿が確認できたではないか。あれはいったい……!?
「もぐ~、もっもっも!」
「また、きみたちか」
地中でエサ取りをしていたのだろう、もぐもぐたちが土起こしの際に巻き込まれて地上に引きずり出されたようであった。
それでもミミズを咥えて離さないのはなかなかの根性である。というかタフだな、きみたち。
「うんうん、ミミズ……いや、これは【アースロープ】だね。育てば人の食料になるし、なかなか良い畑になりそうだよ。でも……」
そう言ってリンダはミミズによく似たアースロープという生物を手の中でうねうねさせながら真っ青な空を見上げた。彼女につられて手の中のアースロープの幼体も空を見上げる。
そこにはドヤ顔のお日様がギラギラと熱光線を大地に降り注がせていたではないか。これでは折角しっとりしている土がすぐに乾いてしまう。
『問題はやはり雨であるな』
「ふきゅん、これを解決させないと厳しいかな」
土壌の方はどうにかなったが、雨を降らせない限り問題は解決しないであろう。こればかりはケツァルコアトル様でも難しいとのことだ。
そもそもが、ここは彼のホームグランドの地球ではなく異世界カーンテヒルである。よって、神話になりえるほどの能力を発揮するのは現実味に欠けるのだ。
「んじゃ、ちょっくら枝たちにがんばってもらうか」
やはり困った時は枝に限る。凶悪な力も使いようだ、使う者の心の持ちようによって、神にも悪魔にもなるって、古代から言われ続けているのだから。
「来たれ、風の枝。水の枝」
俺は風の枝と水の枝を呼び出し、雨雲を呼び寄せるように指示をした。具体的には水の枝に雨雲を探させて、見つけた雨雲を風の枝に運んでもらうという寸法だ。
風の枝は雷の枝とは違い単独行動ができない。その代り活動範囲がとてつもなく広いのである。その活動範囲、実に百三十万キロメートル、ほぼ単独行動ができるといってもいいのではないだろうか。
『ぎぎぎ……悔しいでござる。悔しいでござる』
『嫉妬するなぁ、ザイン』
これには自分のアイデンティティを奪われかねないとザインが嫉妬の炎を燃やした。しかし、その炎はすかさずチゲに没収されてしまい、ザインはしょんぼりと魂内で体育座りをするハメになる。
水の枝はハサミの部分を分離させ、風の枝に載せて運搬してもらっている。その際に神気をたっぷりと補充してやる。これならば、消滅せずに活動することができるであろう。
しかしまぁ、ビジュアル的に超シュールである。
水の枝の分身体と風の枝を送りだして数分後、どうやら雨雲を発見したようだ。水の枝の分身体の嬉しいという感情が伝わってきたからである。
そこで俺は水の枝の視界に俺の視界をリンクさせ、その雨雲を見ることにした。なかなかに立派な雨雲だ、これならばミリタナスの大地を潤わせることも可能であろう。
「うんうん、水の枝が雨雲を見つけたな……って、まてまて、食べちゃダメだ!」
ここでアクシデント、雨雲を発見した水の枝が「ズゴゴゴッ!」とつまみ食いをしてしまったのである。これも全てを喰らう者の宿命か。
結局、立派な雨雲は水の枝が全部食べてしまいましたとさ。しょぼん。
「ふきゅん、折角の雨雲が……」
しょんぼりと項垂れてしまった水の枝の本体を励まし、再び雨雲を探させる。今度は食べてしまわないように、ヤドカリ君にも気を付けてもらう。彼の制御力が頼りだ。
捜索から二十分が過ぎた頃、再び手頃な雨雲を発見した水の枝と風の枝は、うんしょ、うんしょ、と雨雲を引っ張ってきた。やはりシュールな映像が視界に飛び込んでくる。
「うわぁ……何あれ? お父さんが見たら爆笑しちゃうよ」
「爆笑で済む辺り、流石はラングステン王国の農民といったところだな」
普通は腰を抜かすか、気を失うレベルの天変地異現象なのだが……流石はラングステン最強職である。肝の座り方が尋常ではない。
『うむ、なかなか良い雨雲だ。この距離であれば我でも干渉できよう。どれ……』
程よい雨雲を確認したケツァルコアトル様は能力を発動。雨雲にコンタクトを取った。
『初めまして、私はこういうものです』
『これはご丁寧に、私は雨雲のロレンツオと申します。ケツァルコアトル様ですね?』
まさかの交渉であった。というか、雨雲に名前があるんかい。てか、蛇神様、その名刺をどこから出した?
その後、お茶を交えて三十分ほど交渉が続いた。ちなみに、お茶を出しているのは俺である。どうしてこうなった? 尚、俺の作った神気入りのお茶は大変に好評であった。
『なるほど……ケツァルコアトル様の熱意には頭が下がる思いです』
『では……』
『はい、我ら一族がお力沿いいたしましょう』
どうやら交渉は成立したようである。ケツァルコアトル様の見事なネゴシエイター振りに俺は白目痙攣状態を禁じ得ない。
というか、雨雲の一族ってなんぞ?
交渉から数分後の事、ぽつりぽつりと雨粒が落ち始めたではないか。これでミリタナス神聖国の【雨降らねぇんですわ伝説】も幕が下りたということになる。
『これで定期的に雨が降ることであろう。その代わりとして、エルティナよ、定期的に雨雲に神気を捧げるのだ』
『神気を?』
『そうだ、四~五年ほど捧げれば雨雲たちの道も安定しよう。そうすればこの乾いた大地も緑溢れる大地となろうぞ』
『マジで!?』
『マジで』
流石は農業神は格が違った。俺はこれほどまでに神という存在をありがたく思った事はない。ありがとう神様!
こうして、長きに渡って雨が降ることがなかった乾ききった国に恵みの雨が降ることになる。そして、その光景を見て俺は思った。
まだ、種も蒔いてねぇや、と。




