57食目 仲間たち
ヤドカリ君との真・身魂融合を果たした俺は皆と共にキャンプ場へと戻ってきた。
そこには得体のしれない化け物たちの死体が散乱していたではないか。
「やはりここにも化け物が現れたようだね」
「あぁ、だがつまらねぇ連中だったぜ。退屈しのぎにもなりゃしない」
クールなガンマンはエドワードにそう告げて銃の手入れに勤しんでいる。
その隣ではフォクベルトの怪我を治療しているグリシーヌの姿があった。どうやら、フォクベルトはこちらに残ってヒュリティアの護衛をおこなっていたようだ。
「ふきゅん、グリシーヌ、代わるよ」
「え? か、代わるって、何をするんだな? だな?」
「こうするのさ。〈ヒール〉」
見る見るうちにフォクベルトの怪我が癒されてゆくさまを見て、グリシーヌは腰を抜かした。そこまで驚くことでもなかろうに。
「エド、もういいよな?」
「うん、ここまでやって隠せるわけないじゃない。いいよ、きみの思うがままに」
一応はエドワードに断りを入れておく。よし、言質は取ったからな?
命を懸けて共に戦った仲間に、隠し事をし続けて付き合うのは重労働以外の何ものでもない。それにもう散々やらかしているので隠しておく理由もない、と判断したのだ。
俺に隠し事は無理だって、それ一番言われてっから!
だから、きちんと俺の事を知ってもらいたい。俺が聖女だのなんだの言っても、きっと、そうなのか、程度の認識でとおしてくれるだろう。
そうだ、その前に、皆疲れて腹が減ってるだろうから何か作ろう。簡単にスープ辺り……いや、豚汁でいこう。夏とはいえ夜はひんやりする。
それに具だくさんな豚汁ならお腹も膨れて幸福感が増し増しだ。
案の定、皆は疲れ果てて焚き火の前でぐったりしながらお腹の虫を鳴らしている。
ある意味で腹の虫の合唱だ。一番大きな鳴き声を出しているのはライオットである。
この焚き火はグリシーヌが皆の帰りを信じて絶やさなかったものだ。この焚き火を利用して豚汁を作る事にする。
なに、材料は既に準備して〈フリースペース〉にぶち込んである。あとは寸胴を取り出して調味料と具材をぶち込んで煮るだけだ。
グリシーヌにはすまないが、鍋を見ていてもらおう。
「すまん、グリシーヌ。鍋を見ておいてくれ」
「ヒュリティアのテントは、あっちなんだな、だな」
どうやら、俺の考えはお見通しだったようだ。ありがとう、と礼を述べてテントへ向かうと、そこには安らかな寝息を立てているヒュリティアの姿があった。
どうやら危険な状態は脱したようだ。心から安堵する。
彼女を起こさないように、そっとテントを出て皆が待つ焚き火の元へと戻る。
「その様子だと、ヤドカリ君の事は聞いたようだな」
「うん、悲しいんだな……だな……」
ぽろぽろと大粒の涙を流す彼女の身体をキュッと抱きしめる。俺にはそれしかできなかった。
気の利いた慰めの言葉なんてポンポン出てはこない。俺は暫く彼女の背中を擦ってやった。
やがて、グリシーヌは落ち着きを取り戻したのか、そっと俺から離れる。
「ご、ごめんなんだな。エ、エルちゃんの方が、ず、ずっと辛いはずなのに」
「優しいな、グリシーヌは。俺は大丈夫さ、きちんとヤドカリ君の想いを受け止めた」
そう、受け止めたはずだ。心の整理はまだ付いていないけど、もう俺は立ち止まることなんてできない。前に、前に進むだけだ。
俺は無理矢理笑顔を作る。
「エ、エル……その笑顔は流石に酷い」
「ふきゅん!? ど、どういうことなんですかねぇ?」
エドワードに指摘された俺の渾身の笑顔は、何故か皆に大不評であった。
はて、俺は笑顔の仕方を忘れてしまった……? そんなバカな。
「笑顔を忘れちまったのか? こうだよこう」
「ひゃめほ、いふぁい、いふぁい」
マフティが無理矢理俺のほっぺを持ち上げる。
無茶は止せ、俺のほっぺがもちもちでなければ、今頃は千切れているという大惨事だったぞ!
「まったくもう、無茶しやがって。マフティの豚汁だけ肉抜きだ」
「正直すまんかった、だから勘弁してくれ。肉抜きの豚汁になんの価値があるんだ」
土下座、圧倒的……土下座! なんの迷いもないマフティの土下座に、俺は彼を許さざるを得なかったのだ。
「まったくもう、しょうがないヤツだなぁ。おっと、コトコトいいだしたな」
「いい匂いがし始めたんだな、だな」
どんなに悲しくたっても腹は減る。だから食うんだ、悲しみを乗り越える力を得るために。俺達は食う。命を繋いで明日を歩くために。
これで、いいんだよな……ヤドカリ君。
お玉で豚汁をひと掬いし、ずびび、と味見。うん、バッチリだぁ。
「皆、腹が減っただろう。豚汁ができたぞう、群がれ~」
「「「「「わぁい!」」」」」
大挙して押し寄せる子供たち。人数分のお椀を用意して皆に配る。
「はふはふ……あちち」
「美味しい……」
「おいじぃよう……えぐえぐ」
中には自前の塩分で豚汁をしょっぱくする者もいた。しかし、豚汁を食べない者はいない。黙々と口に運んでゆく。
そうだ、食え、食うんだ。食べることができなくなったヤドカリ君の分まで。いつか彼と再開するその時まで、沢山の美味しいを蓄えよう。
そして報告しようじゃないか。美味しかった思い出を。
さぁ、俺も食べるとしよう。
「いただきます」
普通の豚汁だ。なんの変哲もない豚汁。基本に忠実に作った素朴な味の。
一口、すする。暖かい。再び涙が零れる。
生きてこれを食べることができたのも、全てはヤドカリ君のお陰だ。
でき得ることなら、ヤドカリ君と共に食べたかった、食べたかった!
具は、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、ブッチョラビのバラ肉。シンプルだが十分だった。味噌の甘さが身に染みる。
あぁ……俺は、今生きている。生きているんだ。
「ずず……もきゅもきゅ、ごくん」
美味しい。あぁ、普通の豚汁なのに。なんでこんなに美味しいんだ。
「ごちそうさまでした」
食材たちに対する限りない感謝の言葉。今の俺にとっては、とてつもなく重い言葉となった、ごちそうさま、という言葉。
手を合わせ感謝する。俺の命を繋ぐために命を失った者たちに。
激しい戦闘で余程腹を空かせていたのであろう、かなりの量を作ったつもりでいたが、豚汁は見事に完食となった。
腹を擦って一様に満足した表情を浮かべている皆に、俺は自身の秘密を打ち明けることにする。もう、こいつらに隠し事は無しだ。
「皆に聞いてほしい事がある。俺の事だ」
クラスの皆の視線が一斉に俺に向けられる。無論、ここで一発ギャグなどはおこなわない。そのような気分でも雰囲気でもないからだ、
「まず、謝らせてくれ。すまない」
「どうしたんだよ、エル」
ライオットが首を傾げて俺を心配した様子を見せる。さり気ない気遣いが心に沁みる。
「俺は皆に隠し事をしていたんだ」
俺は語る。俺の本当の姿を知ってもらうがために。アルのおっさん先生も硬く目を閉じて成り行きを見守る腹積もりのようだ。
「俺の名は、エルティナ・ランフォーリ・エティル。エティル家の者だ」
ざわつきが起る。エティル家と言えばフィリミシアでは知らぬ者がいないほど有名である、とアルのおっさん先生が言っていたから間違いはないはずだ。
「そして、俺はラングステンの聖女を任じられている」
「聖女って……魔族戦争の終わり頃に現れたという聖女様? え、嘘っ!? エルちゃんが!?」
リンダが顔を驚愕の色に染める。他の者達も同様だ。俺の言葉を疑う者は殆どいない。
エドワードも俺の言葉に静かに頷き、それを肯定しているからでもあるようだ。
「ごめんな、友達の一人も救えなかった珍獣が、この国の聖女なんだ。がっかりしただろ」
誰も何も答えない。当然だろう、と思った。
「エルが聖女だろうが、珍獣だろうが関係ねぇよ。エルは、エルだろ?」
ライオットが沈黙を破り、しっかりとした口調で自分の意見を述べた。それは、極めて単純な考えであり、反射的に浮かんだような答えだ。
「俺は馬鹿だから難しい事は分かんねぇ。でも、友達が泣いてるときは力になってやれって親父から教わってる。だから、泣くなよ、エル」
ライオットの言葉に、俺はようやく自分が涙を流していることに気が付いた。
泣くつもりなどなかった。俺にはそんな資格などない、と思っていたからだ。
「でも、俺は皆を騙していたんだ。許されることじゃない」
「エル、それは国の方針で……」
「騙していたことに変わりはないだろ」
「……」
エドワードはあくまで国の方針であり、俺の意志ではなかったと弁護してくれたが、最後に決断したのは俺だ。言い訳にもなりはしない。
「それで、エルはぁ、俺たちになんてぇ言ってほしぃんだ?」
ガンズロックの重い一言が言い放たれた。俺は返事を返すことができなかった。
「裏切り者だの、詐欺師だのと言ってほしぃのか? えぇ?」
「言いたいのであれば、甘んじて……」
「バカ野郎ぉ! 俺たちゃあ、そんなこと望んじゃいねぇ!」
今までに見たこともないガンズロックの剣幕に、俺は気圧された。その表情はとても真剣で悲しいものだったのだ。
「俺ぁよぉ、おめぇが可愛くて仕方がねぇ。何をやってもドジばかりだ。でもよぉ、エルは努力家で、絶対に諦めなかっただろうが。なぁ、そうだろ?」
「ガンちゃん……」
ガンズロックは立ち上がり、皆に是非を問うた。
「おめぇらは、エルに何を望むんだぁ? 謝罪かぁ? 償いかぁ!?」
帰ってきた返事はただ一つ【何も望まない】だ。
「聞いたろぉ? 俺たちぁ、何も望まねぇ。エルが何を隠そうが、んなこたぁどうでもいいんだ。人なんだ、秘密の一つや二つはあらぁな。そうだろ、フォク」
「えぇ、僕だって言えない秘密が沢山ありますよ」
それから、ガンズロックは、にかっと笑みを見せて言った。
「だからよぉ、気にすんなぁ。ライが言ったようによぉ、エルは、エルなんだぁ。俺たちの大切な友達だぁ。それ以上は【望まねぇ】よぉ」
皆はガンズロックの言葉に静かに頷いた。俺のぽろぽろと溢れ出いていた涙は、ダムが決壊したかのように溢れ出て止まることがない。
「ありがとう、皆っ……!」
嗚咽を堪えつつ、なんとか絞り出した言葉。皆は「それでいいんだ」と言ってくれた。
あぁ、俺はなんて幸せ者なんだ。こんなにも気の良い友人に巡り合う事ができていただなんて。
「話は付いたようだな……後は俺が話そう」
話が一段落した頃合いを見計らって、桃先輩が口を開いた。彼の低く落ち着きのある声に、クラスの皆の関心が集まる。
どうやら、彼の存在が気になっていたらしい。というか、気にしない方がおかしいのだが。
「俺は桃先輩、エルティナの指導役と言ったところだ」
桃先輩はクラスメイトたちに、桃使いの使命と真・身魂融合の説明をおこなった。ただし、魂を消費して力を行使する【桃力】の説明はしない方針のようだ。
桃先輩の説明に、それ以前に彼の存在に驚愕する一同。いきなり、全ての命の天敵と戦うために選ばれた戦士だの、異世界からの使者だの、と説明されても混乱するのは明白であった。
それは桃先輩も織り込み済みであるらしく、質問を返す暇も与えず説明しきり、以後は沈黙を保った。
「エル、君がそんな使命をも負わされていただなんて……!」
エドワードは悲し気な表情を浮かべ、俺を見つめてきた。彼自身も重い使命を背負って生まれてきた身だ。人一倍、重い使命に敏感なのだろう。
「エド、これも俺が自分で選んだんだ。同情はしなくてもいいんだぜ」
「でも、あまりにも過酷過ぎる! 残酷過ぎるよ!」
「誰かがやらないといけないし、誰しもがなれるわけでもないんだ」
「あぁ……なんということだ」
エドワードは俺の両肩を掴んで、互いに見つめ合う形に持ってゆく。彼は涙を流していた。何故、どうして、という疑問が頭の中を埋め尽くす。
「きみは自分を犠牲にし過ぎている。そのままじゃ、いつか、使命に押し潰されるよ」
「その時は、その時さ」
エドワードは、ぶんぶんと首を振る。俺の返事を全力で否定したのだ。
「それじゃあ、ダメだ。きみはもう、一人じゃないんだ。そうだろ?」
「エド……」
「皆がいる、僕がいる。何よりも、きみの中にはヤドカリ君がいるじゃないか」
「あ……」
そうだった、俺はもう、簡単には死ねなかったのだ。真・身魂融合とは責任でもあったのだ。俺の魂で眠るヤドカリ君に誓って、俺は生き抜かなくてはならないのだ。
「そうだった、俺は……一人じゃないんだ」
「そうだよ、なんでも一人で抱え込まなくていいんだ。僕たちは友達なのだから、ね?」
エドワードの言葉に皆は頷き、笑顔を見せてくれた。それにつられて、俺もようやく微笑む事ができた。
「それでいいんだ、エルに泣き顔は似合わないよ。笑顔が一番さ」
「エドは、おませさんなんだぜ」
「よく言われるよ」
皆に俺の秘密を打ち明けてよかった。本当によかった。
俺に足りないものが、なんだったのか理解できたし、皆の理解も得る事ができた。
『よかったな、エルティナ。掛け替えのない仲間だ、大切にな』
『あぁ、勿論だとも。桃先輩も、これからもよろしくな』
『無論だ。これからは厳しく指導してゆくぞ』
「ありがとうなんだぜ、皆……!」
この日、俺は掛け替えのない友を失った。だが、同時に最高の仲間たちに恵まれていたことも理解できた。最悪にして最高の一日となったのだ。
だが、俺は同時に覚悟もしなくてはならなかった。それは種族による寿命。俺には、寿命がないのだ。老いることもない。
それは、喜ばしいことだろう。だが、それは悲しいことでもあった。何故なら、俺は永遠に友人たちを見送る側に立たされているのだから。
それでも、俺は決して忘れないだろう。この日の事と、最高のクラスメイトたちとの絆を。
永遠に……。