564食目 ヤツとの遭遇
日が暮れる頃、無事にゼグラクトに到着した俺たちは部隊を編成し、本格的に聖都リトリルタースへと向かうことになった。
今回は聖都リトリルタースのテレポーターを再起動するのが目的であるので少人数での旅となる、とは言え、聖光騎兵団三十名とムー王子、ルドルフさん、ライオットにクリューテル、そしておまけが一名と結構な人数だったりするのだが。
「ゼグラクトもかなり荒れているな。聖都リトリルタースと同時進行で復興させないと」
「はい、かつてのゼグラクトは活気に満ち溢れた良い港町でした。ラングステン王国との交易の窓口となっておりますので復興は急務かと」
今のゼグラクトの惨状に、聖光騎兵団の若き団長ミカエルは、その形の整った眉を顰めた。他の団員たちも同じく憂鬱な表情を見せている。特に町の中枢たる町役場の惨状と来たら……。
「これは酷い」
「センスを疑うね」
アランがやらかしたバリバリの魔改造のお陰で、この建物だけが異様に浮いているのである。意味のない突起を付け過ぎだ、自重しろ。
まぁ、このヤンキーハウスは後々リフォームするとして、今は聖都リトリルタースへ向かうのが先決である。
とはいえ日も暮れてしまったので安全を取り、ゼグラクトを出発するのは明日の朝にすることにした。
今のミリタナス神聖国は国の中枢が機能していないのでそこいら辺に野盗がヒャッハーしている可能性が多分にあるからだ。というか確実にいるであろう。
「アリだー!」
だが、出てきたのは蟻であった。なんでやねん。
「かちかちかち」
俺たちの前に姿を現したのは人の大きさもある巨大な黒い蟻たちであった。きょろきょろと周りを見渡しながら、周囲をちょこまかと移動し続けている。
その中の一匹がこちらに気付き接近してきた。聖光騎兵団の騎士たちは武器を手に取り応戦の構えを見せるも、俺はそんな彼らを制し蟻の前に出る。
「ふっきゅんきゅん、きゅきゅん?」
「かちかちかち」
そう、俺は蟻たちとの対話を試みたのだ。なんでも武力で解決してはいけない。武力行使は最後の手段だってそれ一番言われてっから!
「きゅきゅきゅ~ん。きゅんきゅん」
「かちかっち? かちかちち」
蟻たちはなかなかに物分かりが良いヤツらだった。彼女ら話によれば、いつの間にか人がいなくなったこの町を不審に思い、女王蟻の命を受け様子を窺いにやってきたそうだ。
ミリタナス神聖国は常夏の国なので虫たちも冬ごもりなどはしない。したがって、このように一月であっても元気に活動をおこなっているわけだ。
「えぇ……蟻と会話している?」
「流石はエルティナ様でいらっしゃる」
聖光騎兵団の騎士たちは俺のおこないに半信半疑の者と、完全に信じ切っている者と二分した。ミカエルたちなどは完全に信じている側だ。
普通に判断するのであれば、俺は完全に頭のイカれた珍獣以外の何ものでもないはずである。だが、実際に意思疎通できるのだから仕方がない。
「ふっきゅんきゅんきゅん、きゅきゅきゅ~ん。きゅんきゅん」
「かちかち、かちち、かちかち」
俺は働き蟻のアリアンに現在世界で起こっている危機を詳細に話し、俺たちがやってきた目的を正直に伝えると彼女は俺たちの行動に理解を示し、女王蟻に事の次第を伝えることを約束し仲間を引き連れてゼグラクトの町を後にした。
「ふきゅん、彼女たちの話によれば、やはり武装した人間がここいら一帯を荒らし回っているそうだ」
俺の伝えた情報に目を丸くしてるのは銀の角刈りが眩しいメルトだ。どことなくスラストさんを思い浮かばせる顔立ちに成長してきて、彼を見る度に「ふきゅん」と鳴きそうになる。
「そ、そんな詳細な情報まで理解できるのですか?」
「あぁ、桃使いだからな。とはいえ、蟻たちの話だから、鬼であっても人間であっても一緒にして考えている可能性が高いんだぜ」
と俺は騎士たちに伝えたが、仮に襲ってきたとしてもやることはただ一つ。問答無用でボコる、それだけである。この珍獣、一切の容赦はせぬぅ!
「ミカエル、取り敢えずは休める場所を確保するんだぜ」
「そうですね、町の中で野宿するのは愚かなことです」
「取り敢えずは町役場でいいんじゃない?」
サンフォの指差すトッキントッキンの建物を見て俺たちはげんなりするものの、そこ以外によさそうな建物は軒並み壊れてしまっているので我慢して使用することにした。
内部に入ると意外なことにそれほど荒らされている様子はなかった。壁が壊れて隣の部屋と繋がっている箇所があったが耐久性に問題はないようである。
だが、大丈夫だと思っていたのは最奥の部屋に入り込むまでであった。最奥のドアには髑髏の飾りやら、骨やら、虎の毛皮やらがゴテゴテと飾り付けられていたのである。
「アランぇ」
あらん限りの勇気を振り絞り内部へと突入する。誰もいないと思われていた部屋に蠢く影ひとつ。長年の戦闘経験により、ただ者ならぬ存在であると断定、即座に戦闘態勢へと移行する。
「誰かっ!?」
俺は声を張り上げ不審人物に名を問うた。怪しい影は答えた。
「おにぃ」
窓から差し込む月の光に照らされ謎の影の正体が判明する。それは意外、行方知れずだった元アラン四天王バリバリクンの姿であったのだ!
ふきゅん? バリバリーナ? 誰それ、美味しいの?
「皆、気を付けろ! アラン四天王の風のバリバリクンだ!」
「おにぃ」
謎の威圧感をふんだんに振り撒く小鬼に俺たちは一斉に武器を構えた。それを見たバリバリクンは不敵に微笑み……驚くべき行動に移ったのだ。
すい~っと奇妙なポージングを決めると眩い光を放ってきたのである。
「うおっ、まぶし!」
「なんの光!?」
なんということであろうか、俺たちはその奇妙なポージングに気を取られ彼の放つ閃光の直撃を受けてしまったのである!
めがぁ~、めがぁ~、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
「おにぃ」
「あっ!? 逃げたぞ!」
そして、バリバリクンは脇目もふらずに逃走したのである。
なんという状況判断力と決断力であろうか、戦況が不利だと悟った途端に撤退を迷わず選択するとは!
「バリバリクンは賢いお方……」
「エルティナ様、褒めている場合ではありません! 早く追いましょう!」
あまりに清々しい逃げっぷりであったため、俺のつるっつるの脳みそはフリーズを起こしてしまっていた。ミカエルの声によって再稼働するも後のカーニバル、まんまとバリバリクンは姿をくらましてしまったのであった。
「敵ながら天晴な逃げっぷりよ」
「格好付けて誤魔化しても結果は変わりませんわ、エルティナ様」
クリューテルに鋭いツッコミをいただいた俺は「ふきゅん」と鳴いた。しかし、こんな場所にバリバリクンがいたとは予想外であった。まるで隠しボスのようなヤツだ。今度出会ったら速やかに退治してあげなくては。
いつまでも鬼のままでいさせるわけにはいかないからな。きちんと輪廻の輪に還させて、新しい人生を歩んでもらわないと。
バリバリクン逃走後、隅々まで建物の内部を調べたが彼以外には鬼の存在を確認できなかった。残党兵くらいはいるかと思ったが、どうやらバリバリクンは単独で行動しているもようである。
「異常はないようです。やはり、あの小鬼は単独で行動しているみたいです」
ルドルフさんが数名の若い騎士を引き連れて調査から戻ってきた。その若い騎士たちが彼の後ろでもじもじしているのは何故であろうか。
「ふきゅん、ご苦労様。あ、香水を代えたのか」
「えぇ、ルリに勧められて。割と気に入っています」
桃色の騎士からは、ほのかにバラの香りが漂ってくる。それはきつすぎもせず絶妙な匂い加減であった。なるほど、若い騎士は、ルドルフさんのこの香りとフェロモンにやられてしまたのだろう。
あれ? でもフェロモンって異性にしか効かないんじゃ……?
気にしたら負けだと思った俺は、夕食の支度をする、と言ってその場を後にした。まさに逃げるが勝ちである。
本日の夕食は【天丼】だ。天丼と言っても揚げる具材は肉中心となる。それは若い騎士たちが大半を占めるからだ。俺としてはお野菜を中心としたいところであるが、若い騎士たちは、どうやらお野菜が苦手なようである。まったく、けしからん。ぷんすこ。
散らかっていた部屋の一室を闇の枝を呼び出し【物理的】にお片付けしたら、簡易調理セットを取り出し調理開始だ。
まずは仕込み。フレイベクス肉を五ミリ前後にスライス、そして鶏のささみ肉も食べ易いように半分にカットする。重要なことは衣を付けて揚げた時の完成形をイメージすることだ。いくら美味しくても食べにくいのでは感動も半減してしまう。
流石に肉だけでは色取が寂しくなるのでお野菜も揚げることにする。やはり大葉は外せないだろう。
更には変わり種として以前、学校の授業の際にこっそりと採取した野草も揚げることにする。ほのかな苦みが舌をリセットして、再び新鮮な気持ちで天丼を食べ進めることができるだろう。
彩りがまだまだ不足している、よってパプリカの赤色を追加しよう。ミョウガの桃色も捨てがたいが、ミョウガは癖のある食材であるため、若い騎士が多い現状では控えた方が良いであろう。別に揚げておき、食べたい人だけ持ってゆかせる方式にするのがベストかと思われる。
さて、それでは揚げてゆこう。まずは中華鍋に油をなみなみと注ぎ適温になるまで熱する。脂が適温になったら順次食材を投下だ。
フレイベクス肉は真っ直ぐに揚げたいので端っこをつまみ垂直に油の中へと入れる。衣がある程度揚がるまで離してはいけない、そんな事をすればフレイベクス肉がへそを曲げてぐにゃりと曲がってしまうからな。
鶏ささみは割と適当に投下。一口サイズだから多少曲がっても気にしない気にしない。
大葉は片面だけ天ぷら粉を付けて揚げる。全体に付けてしまうと折角の緑色が映えないし見た目が汚らしく見えてしまう。
パプリカは全体を絡めるが衣は薄目で揚げる。元の色が赤なので衣の色に負けてしまわないからそこまで気にする必要はない。ミョウガも同様でいいだろう。
「ふきゅん、流石は神級食材の油だぁ。全然汚れないぜ」
プリエナが発見してきた神級食材【たぬ子油】はどんなに食材を揚げても決して汚れることがなかった。軽く網で破片を掬ってやれば、何度でも使用可能というチート油であるのだ。
よくもまぁ、こんなチート食材を見つけてきたものである。
この料理人垂涎の油で揚げた食材は、そのグレードを意図も容易く上げてゆく。この油自体が最高の調味料でもあるからだ。もうコクが半端ではない、この油をご飯にかけて食べたいと思うほどに。
さて、ここからは丼に盛り付ける時間だ。お米は当然、キララさんのお米を使用する。当然だなぁ?
キラキラと輝く白米の上に天つゆをサッとかける。この天つゆはイズルヒに赴いた際に購入した鰹節をこれでもかと投入して作り上げた自信作だ。制作に四十八時間も費やした渾身の天つゆに酔いしれるがいい。
続けて揚げたての天ぷらを手際よく設置してゆく。配置にも細やかな気配りをしつつ、配色にも気を付ける。その際に中央をあけておく、これで九割完成だ。
「ふっきゅんきゅんきゅん、こいつをドッキングさせれば完璧だぁ」
天丼の中央を開けていた理由、それはこいつだ。【半熟ゆで卵の天ぷら】、これを中央に鎮座させるための布石であったのだ。
想像してみたまえ、この半熟のゆで卵から、とろりと溢れ出る黄金の黄身が天丼を征服する様を。あぁ、堪らないんじゃぁ!
んでもって、最後に天つゆを回し掛ければ肉々しい天丼の完成である。
ジュ、ジュジュッ!
天つゆを掛けた際のジュッという音が堪らない。作りたてでしか味わけない音なのだ。
「んん~、良い匂いだぁ」
天丼が完成したので〈テレパス〉で夕食を受け取りに来るように伝える。ここからは時間との戦いだ、ガンガン天ぷらを揚げてゆくことにしよう。
情報を聞き付けた若い騎士たちが調理場に押し寄せてきた。皆が皆、調理場に漂う香りと音とで腹の虫を覚醒させている。その中の一人、聖光騎兵団最年少の騎士にまずは天丼を渡す。誰も異議を唱える者はいなかった。
「いただきます!」
若干十二歳の若き少年騎士は天丼を割き割れスプーンにていただく。この先割れスプーンは俺がガンズロックに頼んで作ってもらった逸品だ。箸を使えない者も少なくないので、この先割れスプーンは大変に好評であった。
彼がフレイベクス肉の天ぷらを齧るとサクッという小気味良い音がした。続けて口から溢れ出る肉汁、その肉を咀嚼する彼の笑顔に騎士たちは自分のことのように幸せな笑みを浮かべる。
「美味しいです! 聖女様!」
「そうかそうか、たんとお上がり」
騎士たちは相変わらず俺の事を【聖女】と呼んだ。現在の俺は無職であるから、その呼び方は正しくないのだが、誰も気にすることがないようであり、替えるつもりもまったくない様子から俺も好きに呼ばせることにしていた。面倒になったということも多分にある。
「ふっきゅん、ふっきゅん! いっそげ、いっそげ!」
まさに、ここが俺の戦場。ようやく納得できる戦場に俺は帰ってきたのである。
たぬ子油が奏でるハーモニーに酔いしれながら、お腹を空かせてピィピィと鳴く若き騎士たちに天丼を振る舞う俺であった。




