563食目 怪事件
というわけでセイヴァーの位返還から三日後、向かうはミリタナス神聖国。聖都リトリルタースのテレポーター施設は現在封印中であるので、俺たちは船に乗ってどんぶらこ、と一路ゼグラクトを目指す。
「ふきゅん、潮風が気持ちいいんだぜ」
「えぇ、本当に気持ちがいいですね」
甲板にて澄み渡る空を眺めつつ、お日様の温かみに包まれる俺に声を掛けてきたのは、南西の諸島連合国家ブレバム統一王国の第一王子、ムー・ラー・ブレバムだ。ふわふわの白い癖っ毛が綿飴のようで美味しそうである。
彼は羊獣人の少年であるが同年齢の少年と比べて発育が良く、身体もひと回りもふた回りも大きい。少しその大きさを俺に分けてはくれまいかと思う。
「しかし、よかったのですか?」
「よかったとは?」
「このミリタナス神聖国復興に付いていらしたことです」
そう、彼にとってまったく得がないと思われる復興従事に、何故か付いてきてしまったのだ。こればかりは俺も予想外であったので「ふきゅん」と鳴くほかになかった。
「以前にも答えましたが、これは国の利益に繋がることだからですよ」
「国の利益? とても繋がるようには思えませんが」
「ふふ、貴女には回りくどいことを言っても無駄のようですね」
そう言ってムー王子は顔を正面に据えて語りかけてくる。その真剣な表情に俺は思わず気圧されてしまった。
「率直に言いましょう、私は貴女がほしいのですよ」
「えっ?」
なんということだ、彼はまだ諦めていなかったのだ。だが、今の俺はなんの身分もない一般珍獣である。
一応はモモガーディアンズのリーダーであるが、現在はデュリーゼさんに全権を預けているので、俺はただの象徴的な存在であるのだ。
「もう、貴女に身分や権力などを求めるのは無意味です。近くから、そして遠くから貴女を見つめ続けて、それを悟りました」
そうして俺から視線を外し、空に浮かぶ雲を見つめる。彼の黄金の瞳には真っ白な雲が映っていた。
「あの雲のように貴女は自由であるべきなのです。ですが、私は貴女を私の下に縛り付けたいと思っている。愚かな考え、願望、そう思っていても、もう止めることはできません。自分ではもうどうしようもないのです」
「……」
これは鈍感な俺でも容易に理解できた。間違いなくプロポーズを炸裂させる気が満々であるようだ。
というか俺より少し年上なだけなのに、なんという成熟した精神の持ち主であろうか。こんな大器を見せ付けられたら、何も知らない少女ならばコロッといってしまうに違いない。
「だが断る」
今、答えたのは俺ではない。この入り辛い雰囲気に容赦なく介入してきた人物がいたのだ。
ミカンが詰められている樽を内側からぶっこわし登場した真っ赤な軍服の少年、その名もエドワード・ラ・ラングステン。ラングステン王国の第一王子にして俺のクラスメイト、そして戦友である。
というか、どこから登場してんだ、きみは。
いやいや、その前にどうやって樽の中に入ったのか白状しろぉ! チェックした時はミカンで満杯だったんだぞぉ!?
「おやおや、何故、エドワード殿下が?」
「ふっ……エルあるところにエドあり、だからさ」
お日様に照らされてキラキラと輝く金色の髪と白い歯。その筋の女性が目撃しようものなら卒倒するかお持ち帰りに走る光景である。頭にちょこんと乗ったミカンさえなければであるが。
しかも、彼は着ている衣服が男物でなければ圧倒的に少女と見られる方が多い。つまりは美少女詐欺常習犯であるのだ。
その対比となる男臭さ爆発のムー王子と並ぶと、エドワードは悲しいほど美少女に映ってしまう。それは彼が同年代の少年たちよりも小柄で華奢であるからだ。
更にムー王子は男臭さの中にも爽やかさが混在している、というか抑え込んでいるので男臭いというよりは【男前】と言った方がいいのかもしれない。
これにより、エドワードは浮気するボーイフレンドに突っかかるガールフレンドというわけの分からない構図を作り出すことに成功する。
自分で言っておいてなんだが、もうわけが分からないよ。
「というか、エド。なんでこの船に乗っているんだ? 王様は知っているんですかねぇ?」
「いや、知らないよ」
自分の身分をぽいっちょしている恥知らずな第一王子が密航していた! どうすんのこれ!?
「おいぃ……今頃、フィリミシア城は【とんらん】祭りになっているぞぉ」
「いつものことで片付けられているさ」
なんという楽観的な思考であろうか、俺の知っている思慮深いエドワードは死んだ、もういない!
だが、よく考えれば、いつものエドワードである事に気付く。なんだ、平常運転じゃないか。
「それよりも、僕はエルに虫が付かないように護ることが最も優先される使命である、と思っているんだ」
悪びれることなくムー王子に視線を向ける。まるで視線で彼を殺さんと言わんばかりに鋭い。というか、何か出ているような感じがする。
対してムー王子も目つきが鋭くなった。その視線が交差する場所にてバチバチと何かが弾けているような気がしてならない。たぶん錯覚だと思う、思いたい。
『がぁぁぁ、や、やられた~』『えいせいへい~』『えいせいへい~』
まてまて、チユーズ。その視線が交差する地点で【被弾した兵士ごっこ】をするんじゃない。思わず吹き出しそうになったじゃないか。
「エル~、腹減った! って、なんでエドがいるんだよ?」
「にゃ~ん!」
一触即発の緊迫した状況にもかかわらず、ボリボリと腹を掻きながら寝癖で酷くなっている髪を整えもせずに登場したのは我らがおバカにゃんこ、ライオット・デイルと彼のホビーゴーレム、ツツオウである。
ツツオウは彼の頭の上に乗り、ご満悦の様子であった。
「ちょ、流石にその格好はどうかと思うよ、ライオット」
「ん~? 寝起きだしなぁ……ふあ~」
その圧倒的なだらしなさに、二人の王子は戦意を喪失、第三次珍獣争奪戦争は呆気なく幕を閉じた。できれば、もう起らないでほしいところだ。
「エルティナ様、ムー王子、朝食の支度が整いまし……って、エドワード様!?」
「やぁ、クリューテル。僕の分も追加で頼むよ」
銀色のドリル……もとい、縦ロールを輝かせながら朝食の支度が終わったことを告げに来たクリューテルが、いるはずのないエドワードを目撃して目を丸くする。
「い、いつの間に船に!? 確認した時は確かにいなかったはず!」
「ふっふっふ、僕のエルに対する愛は不可能を可能にするのさ」
と聞こえはいいが、実際に彼がやっていることはただのストーキングである。だが、彼が馬鹿正直に俺に付いて行くと言っても許可されるわけもないので仕方のないことなのだが。
いや、そうじゃない。大人しく待っていてほしい。ストーキングをする王子ってなんなんだ。
「はぁ……ウォルガング国王陛下、きっと怒っておりますわよ?」
「だろうね。でも、僕の情熱と愛は何者も抑えることなどできないのさ!」
左手を胸に当て、右腕を空に掲げるポーズを決めたエドワードは、恥ずかし気もなく歯が浮くような台詞を言ってのけた。その台詞を称賛するのは「みゃ~」と鳴きながら空を飛ぶ【うみねこ】たちだけであった。
尚、カーンテヒルでの【うみねこ】は、その名のとおり猫が背中から生えている翼を使用して空を飛んでいる不思議生物だ。時折、船の甲板に降りてきて丸くなって寝る姿が見られる。可愛い。
性格は大人しく人懐っこい。主食はお魚であり、漁師が釣った雑魚をもらったり、自分で海に潜ったりして獲得しているようだ。
「もう、仕方のない方ですわね。少し多めに作りましたので、すぐに支度をいたしますわ」
「クー様、俺も手伝うんだぜ」
もう追求するのもつかれた、といった表情で船内に戻るクリューテルを追いかける。この場を離れる良い口実ができたからだ。いつまでも、あの場にいたらストレスで禿げる。
船内の食堂では調理スタッフが忙しそうに働いていた。今日の朝食は【ホットドッグ】である。否応無しにヒュリティアを思い出して思わずしんみりしてしまう。
厨房にはムセルもいて、せっせとパンに切れ込みを入れる作業を手伝っていた。働き者の息子を持ってお母さんは幸せ者だぞ。
「おはようございます、エルティナ」
「おはよう、ルドルフさん」
食堂には割烹着姿のルドルフさんがホットドッグ作りに精を出しており、しかも手際がいいとくる。男のくせに妙に色気があるのは気のせいではないはずだ。
彼は獣人化している時はエロさが際立つが、男性でいる場合は色気が際立つ、というなんとも愉快な、そして彼にとっては困った状態になる。
くるるぁ! 野郎ども、ルドルフさんに見とれてないでしっかり働くのだぁ!
「朝食の準備は整っていますよ」
「うん、ありがとう」
彼に促され、俺は指示されたテーブルへと向かう。しかし、そこにはあってはならない光景が俺たちを待ち構えていたのだ!
「あら……エル様のホットドッグが見当たらないですわ?」
「なん……だと……?」
あろうことか、俺のホットドッグだけが相棒たる皿を残し行方不明となっていたのである。この摩訶不思議な怪事件に俺は不退転の決意で臨む。
「犯人はこの中にいる!」
すい~っと奇妙なポーズを取りメジャーな決め台詞を言い放った俺は、空になった皿の上になんの変哲もない紙が置かれていることに気が付いた。それを慎重に手に取り書かれていた文章を読み上げる。
「ごちそうさま」
……どこからどう見てもヒュリティアの文字であった。あんにゃろう。
「やられた、犯人は怪盗ヒーちゃんだ!」
ホットドッグあるところに怪盗ヒーちゃん在り。なんということだ、知っていたのに失念してしまっていたとは! この珍獣、一生の不覚!
というか、月から戻って来れるんじゃねぇか! ふぁっきゅん!
「えぇっ!? ヒュリティアさんが!? でも彼女は月にいるのでは?」
「考えが甘いぞぉ、クー様。ヒーちゃんはホットドッグのためなら時空をも超える非常識な存在!」
ちくせう、今日は完敗だ。しかし、次は必ず逮捕してみせる。迷探偵エルティナの名に懸けて!
取り敢えず、なくなってしまった俺の朝食を作らないといけない。まぁ、ホットドッグはお手軽簡単料理だ、材料もあるし短時間でできるだろう……こだわらなければ。
はい、さーせん。こだわっちゃいました。
材料は主役たるぶっといソーセージ、それに加えてスライスしたトマト、ピクルス、そしてレタスを追加。更には水に晒し辛みを抜いた玉ねぎを細かく刻んでトッピング。
ケチャップは自家製を使用、なめらかで舌触りが良く奥行きのあるコクが特徴的だ。
そして、マスタードはスパイスの実から作り出した神級食材。そんじょそこいらのマスタードとはわけが違うぜ。辛みを感じた瞬間、いつまでも舌に残らない不思議な辛みなのだ。こいつは癖になる。
おおっと、折角だから俺はゆで卵のスライスも挟めるぞ。挟める物は多いほど幸せになるのだから。
それらを【ふぁいなるふゅ~じょんっ!】すれば、素敵なホットドッグの完成である。ね? 簡単でしょう?
「さて、付け合わせのコンソメスープを……」
ここで俺は違和感を感じた、あるべきものがないのである。そう……今しがた作ったばかりのホットドッグが綺麗さっぱりと姿をくらましているのだ。
「ふぁっきゅん! ホットドックが【いくえふめい】になってやがる!」
「えぇっ!? で、でも、ここを通り過ぎたのはミカエル様だけでしたわ!」
「ばっかも~ん! そいつが怪盗ヒーちゃんだ! おえ~!」
「え? えぇ~!? そんな馬鹿なですわ!?」
怪盗ヒーちゃんは変装の達人、人にはできないことも平気でやってのける。ホットドッグが絡む場合に限るが。
俺とクリューテルは怪盗ヒーちゃんを追いかけ食堂を飛び出すのであった。
だが、結局は俺たちの必死の捜索の甲斐もなく、【ホットドッグ誘拐事件】は迷宮入りになってしまった。じ~ざす。
「おにぎりが一番だと思った」
「まさか、エドワード様のホットドッグで材料が尽きてしまうとは思いませんでしたわ」
結局、俺とクリューテルはおにぎりと味噌汁で朝食を終えるハメになったとさ。
少しばかり塩が効いたおにぎりではあるが、中の具がさっぱりとした味わいのピクルスであったため、いい塩梅となっていた。
ちなみに、作ってくれたのはザインちゃんである。彼女はきっと良い嫁になることであろう。
おにぎりを握ってくれている時の後姿は、幼いにもかかわらず妙な色気が爆裂していたのだから。
「い……今、寒気のようなもの感じたでござる」
気のせいです、はい。




