562食目 珍獣の決意
モーニングバードたちの「ちゅちゅ」という鳴き声に誘われ、俺の意識は覚醒した。
目覚めるとそこは実家のベッドの上、そのベッドにもたれ掛かるようにして寝息を立てていたのはディアナママンだ。
どうやら、ぶっ倒れた俺をクラスの皆が回収して実家に運んでくれたようだ。俺を心配し介抱してくれたのだろう彼女は疲れ果て、そのまま眠ってしまったようだ。
なんとも言えない罪悪感に俺は「ふきゅん」と鳴いた。説明しなければならない事があり過ぎて、頭痛がペインをこれ以上ないほどアッピルしてやがる。じーざす。
このまま、プリエナ寝入りを炸裂させようかと思ったが、それは俺のぽんぽんから発せられる空腹音によってまんまと阻止される結果となった。自分に正直な腹の虫が恨めしいところである。
「ん……エルティナ? 目が覚めたのね?」
「うん、おはよう、ディアナママン」
「よかった、よかった! もう目を覚まさないかと心配したのよ!」
彼女は目覚めたばかりの俺を胸に抱きしめた。嗅ぎ慣れた彼女の香り、そして心音に安堵する。
特に拒む理由はない、そう考えた俺は彼女が満足するまでされるがままになっていた。
ディアナママンの話によると、シグルドとの激闘から丸一日が経過。俺は真・身魂融合を果たした後にぶっ倒れてしまったらしい。まぁ、自分のことながら無理もない話だと思う。
限界を超える限界、というわけの分からない状況になっていたので、張っていた気を緩めた途端に意識を持って行かれたに違いなかった。
やがて、落ち着きを取り戻したディアナママンに連れられて居間へと赴く。そこにはエティル一家が勢ぞろいしていたのである。
愛すべき家族たちが、デーモンが手招きしているように見えてしまっているのは何故であろうか? きっと疲れているに違いない。うん、もう一度寝るとしよう。
「逃がさんぞぉ!」
「ふきゅ~ん! ふきゅ~ん!」
そして案の定、家族総出で尋問されつつ、もみくちゃにされるという事態に発展する。今回ばかりはメイドさんたちにも撫で繰り回される形となった。おごごごご……。
まぁ、多大な心配を掛けたので甘んじて受け入れるしかない。今回の決闘は完璧に俺の我儘であったからだ。
なんとか事情を説明し終え朝食を囲んだ後に、俺は晴れて釈放の身となった。
「娑婆の空気がうめぇぜ」
気分はまるで刑期を終えた囚人である。的確なツッコミを入れてくれる桃先輩トウヤは今回の件を桃アカデミー上層部へ報告するため、ソウルリンクを切断し報告書を纏めている最中だ。あとで彼にも謝罪と感謝の意を示さなくてはなるまい。
頭にうずめ、首にさぬき、右肩に炎楽、足元に雪希を配置して行動開始だ。実家を後にし、俺は一路フィリミシア城を目指す。もうエドワードによって、シグルドとの一騎打ちの件は伝わっているだろう。その釈明の件とは別件で用があるのだ。
トントン、カンカン、と建物を修理する音があちこちで響くフィリミシアの町。町人の顔には絶望感はない、再び立ち上がってやるさという気迫に満ち溢れた良い表情ばかりだ。
これならば、フィリミシアは大丈夫だろう。
「ふきゅん、はい、すとっぴ。おまえらは、ここで解散だぁ」
道を歩いていると、そこいらを縄張りとしている野良ビースト共が、いつの間にか俺に付いてきていたのだ。決して散歩をしているわけではないので、彼らをこのまま城内に入れるわけにはいかない。名残惜しい……わけでもないが、ここで臨時おさんぽPTは解散である。
「久しぶりの光景ですね」
「あぁ、本当にな」
顔馴染みの衛兵に軽く挨拶をして城内に入り込む。もちろん、俺は顔パスだ。
城内に入るや否や、メイドさんやら兵士たちに取り囲まれ、激しい尋問を受けるハメになった。まただよ、壊れるなぁ……予定。
それでも何とか事情をふっきゅんふっきゅん説明して拘束を免れることに成功する。目指すは謁見の間、そこには王様を始めとする主だった面々がいるはずだ。
「エルティナ・ランフォーリ・エティル様がいらっしゃいました」
年配のメイドさんに先導されて俺は謁見の間に進む。そこには王様、エドワード、聖女ゼアナとマイアス教団の面々、そして赤ちゃんとなったミレニア様がボウドスさんに抱っこされて待っていたのだ。
更にはラペッタ皇子、ムー王子もこの場にて俺を待っていたようである。
「よくぞ帰ってきたの、エルティナ」
「……ごめんなさい、なんだぜ」
王様は俺の顔を見るなり表情を緩めた。彼は俺とシグルドとの関係を知る者だ。一騎打ちには賛成しない立場であったが、いつかこのような日が来ることを予感していたのであろう、俺に労いの言葉を一言送っただけで、それ以上の追求はしてこなかった。
「エルティナ様、よくぞご無事で。話を聞いた時には血の気が引きましたわ」
「黙って行ったのは謝るんだぜ、ごめんな」
聖女ゼアナは俺の言葉に胸を撫で下ろす仕草を取る。今ではすっかりこの国の聖女として国民に受け入れられている彼女。今では紛い物などと蔑む者はほぼいない。
そして、その治癒魔法の技術力の高さ、そして理解力。魔力こそ俺には劣るものの、理解力は相当なもので、俺がコツコツ書き記した人体白書、医療魔法大全、きみにもできる治癒の精霊のしつけ方、を読破し意実践しているというのだ。
尚、医療魔法大全以外は同人誌並みに薄い。書く時間がなかったこともあるが。
この分なら、ゼアナがこの国の聖女として活躍することに異議を唱える者もいまい。
「王様、今日来たのはセイヴァーの位を返還するためなんだ」
「……うむ、そうではないかと思っておった。よかろう、許可する」
意外にもあっさり了承してくれたことに驚きを隠せない。ひと悶着あるかと思っていたのだが。
と、ここでデルケット爺さんが親指を立てていることに気が付く。どうやら、彼が事前に説得してくれたようである。流石にできる最高司祭は格が違った。
尚、救世の剣は初代セイヴァー様が直接王様に返還してくれている。今頃、彼は大役を終えた充実感を胸に、安らかな眠りに就いていることであろう。
「これで心置きなく行動できるってもんだぁ」
「ふむ、そなたは何をなそうとしておるんじゃ?」
王様が怪訝な顔を見せる。俺が見せる珍行動の中でも、今回は特大のものだ、どうかショック死しないでほしい。
「ふきゅん、王様、俺はこれよりミリタナス神聖国へ赴き、復興の手伝いをするんだぜ」
俺の宣言に王様は、やはりな、という表情を作る。そして、ボウドスさんと、彼に抱かれているミレニア様の魂がにょきっと抜け出ていた。こちらの方が深刻であるようだ。当然、こちらは想定外である。
「ミリタナス神聖国は尋常ならない被害を被っている。その現場をこの目で見ているからこそ、普通のやり方では復興は叶わないと俺は思ったんだ」
そう、今のミリタナス神聖国は国の支えがない状態だ。その支えとなっていたミレニア様がご覧の有様。国民に「ばぶー!」ではどうにもならない、なりにくい!
そこで、俺がミリタナス神聖国に直接赴き、国民の生活が安定するまでひと肌脱ごうという寸法だ。たぶん、これが一番早いと思います!
「そうか、決意は固いのだな?」
「うん、フィリミシアも大変だろうけど、聖女ゼアナもいるし、何よりも町の皆に活力がある。でも、長い時間待たされたミリタナスの民にはそれがないんだよ」
そもそもが、食料の問題があるため、俺が行かないと話にならない。復興するにも人手がいるのは不可避なわけで、彼らが安心して働ける環境を提供しなければ、いつまでたってもミリタナス神聖国は復興が終わらないのである。そのための俺、そのための神級食材だ。
「ふむ、既に聖女、そして救世の位を辞しているそなたを止める術をわしは持たぬ。エルティナの思うがままやってみるがいい」
「うん、ありがとうなんだぜ」
こうして、俺はミリタナス神聖国の復興の手伝いをすることになった。問題は山積みであるが、こればかりは必ずやり遂げなくてはなるまい。
国が滅茶苦茶になってようが、そこに生きる者は日々生活しなくてはならないのだから。




