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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十二章 真なる約束の子
560/800

560食目 炎

 ◆◆◆ エルティナ ◆◆◆


 出せるものは全て出し尽くした、もう俺に残っている手札はゼロだ。にもかかわらず、シグルドが最後の大技を発動している件について。


 トウヤの解析によれば、全身を攻撃性の光の粒子へと変換し、霧散するであろう粒子を桃力の特性で固定しているとのことだ。

 体のどの部分に触れてもアウト、という非常にイカれた必殺技を目撃し、俺は何度目かになる白目痙攣を決める。


『超絶大ピンチなんですが?』


『あぁ、まずいな』


『いもぉ!』


 脳内で緊急会議をおこなうも、今日の夕飯は【餡かけチャーハン】、というわけの分からない結論に至ってしまっている。こんなんじゃ勝負にならないよ。


 というか、今じゃなくてもいいだろ、この答え! 早く妙案が浮かばないとマジで死ぬるぅ!


 とはいえ、手札がゼロではどうしようもない。もう俺には逃げるという選択肢はないので、この局面を乗り切らなければ、待っているのは確実なる死である。さぁ、どうしたものか。


『エルティナ、カードがないなら作り出すしかない。今、この場で』


『ふきゅん、トウヤが無茶な注文を出してきた。鳴きたい』


『やらねばやられるだけだ。時間はない、やらないで後悔するよりも、やって後悔しろ』


『うおぉ……無茶苦茶な理屈だが嫌いではない。やってやるぜ!』


 そうだ、やらないで死んじまったら、それこそ後悔しかない。結果がどうなろうとも、俺は最後まで諦めることをしてはいけないんだ。


 俺に残っている武器は何かを確認する。魔力は十分ある、神気も大丈夫。サイドポーチの道具は……全て使った。魔法技は全て見破られている。枝も闇、光、水と恐慌状態だ。

 輝夜は度重なる戦いの負荷に耐えられなくなり、現在は〈フリースペース〉に退避させている。これが一番痛い。


『残っているのは雷と火の枝、魔力と神気』


『どれもこれも手に入れて日の浅いものばかりだな。だが、だからこそ可能性がある』


 だが、悠長に考えている時間はない。既にシグルドは大技の発動間近、こちらも行動に出なければ競り負ける。それは火を見るよりも明らかであった。


 理論や過程を吟味するのはやめだ、直感に本能に全てを委ねる、俺の選択はまさにそれ。野生の勘に俺の全チップを賭け、勇気ある一歩を踏み出せ!


『ザイン、勝負に出るぞ! おまえの全てを俺に!』


『その言葉、一日千秋の想いでお待ちしておりました。このザインの力をお役立てくだされ!』


 俺は雷の枝を天に向かって解き放つ。曇天の空に巨大な雷龍が出現し、轟音と稲光を発生させた。


「何をするつもりだ!?」


「ブラザー、考えている時間はない! 準備は完了、いつでも行けるZE!」


「ならば行こう。受けよ、エルティナ! 我が必殺の〈輝ける咆哮〉!」


 シグルドが自らの肉体を光の矢と化して突撃してきた。もう時間はない、ザインを信じ彼に全てを託す。

 やがて、曇天の主と化した雷龍から巨大な雷が爆音と共に落とされた。だが、対象はシグルドではない。この俺にだ。


「まさか……自殺かYO!?」


「そんなわけはあるまい、気を抜くな!」


 この血迷った行為に迷うことなく突き進む黄金の竜。俺は彼らを、彼らに負けないほどの輝きの中で見ていた。

 シグルドという名の輝ける矢の動きが異常に遅く感じる。それは俺が死に面しているからではない。別の理由でそう感じているという確信があった。


 輝ける矢が俺に触れる位置にまで到達している。だが、まだ動かない。まだ、その時ではない。


「覚悟っ!」


 シグルドの声に反応し、ピクリと身体が動く。一瞬にして雷が収束し俺の体内に取り込まれる。そして、頭で考え行動する、というプロセスをすっ飛ばし、俺は行動を終えていた。


「なっ!?」


 流石のシグルドもこの現象には動揺を隠せないでいるようだ。それもそのはず、俺は風よりも、音よりも早く移動したのだから。

 この博打は俺の勝ち、だが……まだ完全勝利にはほど遠い。


雷枝らいえの武装【武御雷たけみかずち】にてそうろう!」


 バチバチと音を立てる紫色の武者鎧。雷龍ヴォルガーザインがその身を俺に食わせた結果、俺は雷龍の能力を取り込んだのである。

 それにより、今俺の身体は雷そのものと化しているのだ。生身のまま光の速さで行動した場合、負荷に耐えきれずミンチになってしまうからな。


 もっと簡単に言えば、「俺が、俺たちがガン……げふんげふん、雷龍だ!」状態みたいな?


 さぁ、もう鈍重な白エルフとは言わせないぞ。


「御屋形様! 拙者が動きを制御しますゆえ、攻撃に専念を!」


「分かった! 来たれ、火の枝!」


 俺の魂から炎の腕が飛び出してくる。それを確認したシグルドは火の枝、そして雷の枝たるザインに対して一喝した。闇の枝たちにおこなった【真なる約束の子】による命令である。


「我が主はそなたに非ず! 我が主はエルティナ・ランフォーリ・エティルただ一人!」


 ザインはこの一喝を受け入れを拒否。逆に一喝し返すという気概をまざまざと見せつけた。

 そして、火の枝もこの一喝を受けても尚、竦むことなく存在を維持している。この結果を受け入れたシグルドは次なる手を打ってきた。彼が取り込んだ枝たちを一斉に解き放ってきたのである。


「グオォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


「オォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!」


 輝ける矢から伸びてくる、巨大な茶色の木の根のような大蛇と、緑色の風の刃がでたらめに集まってできた巨大な蛇が俺目掛けて襲いかかってきたのだ。


 ここが勝負どころだ。もう出し惜しみなどしている場合ではない。俺は火の枝に神気を注ぎ込み炎の腕を更に巨大化させる。


「火の枝、〈メガトンパンチ〉!」


 巨大な炎の腕が木の根の大蛇を思いっきりぶん殴る。バキバキと音を立て木屑を撒き散らしながら土の枝は砕け散った。

 続く風の枝の体当りは、武御雷を身に纏う俺に通用しない。瞬時に安全地帯へと退避する。


「つぅ!」


「っ!? 大丈夫か、ザイン!」


「少し食われただけでござる! それよりも油断なされぬよう!」


 余裕をもって回避したはずなのに、武御雷の肩鎧の部分が消滅していたではないか。恐るべきは風の枝の攻撃範囲だ。目で認識している範囲よりも更に広いと思われる。


 もっと厄介なのは土の枝の再生能力だ。バラバラに砕いたというのにもう再生しているのだ。そして、その恩恵は本体であるシグルドにも及んでいる。


 ヤドカリ君に砕かれた右肩が再生を遂げているのだ。いわゆる、オートヒーリングというヤツであろう。ぷじゃけんな! 俺にも寄越せ!


『エルティナ、決着を付けるには一撃で仕留めるしかないぞ』


『分かってるんだけど……実は決め手がないんですわ、これが』


 そう、俺は防御のレパートリーは豊富であるが攻撃手段が本当に少ないのだ。GDを着ていた時は豊富な武装に助けられたが、今はこの身ひとつで戦っている。それゆえに、攻撃方法は劇的に少なくなっていた。


 でも、なんとかしなくてはならない。神気も意識して使用してしまったので、俺に残された時間は少ないのだ。

 とはいっても俺に残されている攻撃手段は火の枝のみである。であるなら、極限まで神気を火の枝に注ぎ込むしかない。だが……それで上手くいくのだろうか。


「迷っている時間はないか」


 俺は覚悟を決めて神気を火の枝に注ぎ込み始めた。するとどうだ、頭の中に何者かの声が聞こえ始めたではないか。「力が欲しいか?」と。


 俺の答えなど、とうの昔に決まっていた。だから、その声に告げる。なんでもいいから早く寄越せと。

 声は少々呆れ声になってはいたが素直に力を授けてくれた。


『まったく……一番盛り上がるところだというのに』


 重々しい男性の声、しかし、その声にはどこか無邪気さが混在している。


『こっちは時間がないんだ!』


 俺は声の主に声を荒げる。それは彼の纏う神気があまりに強大過ぎたからだ。その神気に飲み込まれないよう気を張ったがゆえの言葉使いであった。


『忙しないことよ。まぁよい、おまえが死ぬとあやつが怒るゆえにな』


『あやつ?』


『なに、こちらの話よ』


 その謎の声が消えると同時に俺の右腕に激痛が走る。ただの痛みかと思いきや、実際に右腕が燃え上がっているではないか。

 少しでも気を抜くと悲鳴を上げてしまいそうなほどに痛い。この感じは神経に作用しているものではない、魂が直接感じている痛みだ。〈ペインブロック〉を使用しても無駄だろう。


 やがて、炎は右腕に吸い込まれるように消え去り、俺の右腕に炎のような文様が浮かぶ。これが力だというのだろうか。


『なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?』


『松田○作か。ほんに惜しい俳優じゃった』


『ネタに時間を使うな!』


 トウヤからツッコミが入るが、これは本当に驚いた結果であることを伝えたかった。でも今は彼の言うとおり時間がない。俺の身体は縮みたくてビクンビクン言っているのだから。


 よし、やろう。やり方は分かっている。毎度おなじみの脳みそに強制ダウンロードというやつだ。頭がズキズキして不快感を訴えるも、全部後回しだ。苦情も同じく後で聞いてやる。


 だから、今は……大人しく協力しろ。


 俺は火の枝を引っ込める。この行為にシグルドは怪訝な表情を見せた。しかし、決して油断はしていない。


「何かの策か?」


「かもしれねぇが、嬢ちゃんのパラメーターがめっちゃくちゃだ。枝を維持できなくなった可能性も捨てきれないZE」


「だとしても……我がやることはただ一つ! 行くぞ、エルティナ!」


 シグルドが決着を付けようと突撃を仕掛けてきた。正真正銘の全力全開だということが嫌というほどに伝わってくる。

 対してこちらは新しい力を取り入れたりなんやりして、もう魂はしっちゃかめっちゃかだ。どうしてくれるのこれ?


『御屋形様、武御雷が持ちませぬ。拙者の最後の力を使い時間を稼ぎますれば!』


『やっぱりか……慣れてないとはいえ、五分も持たないとはな』


 ゴリゴリと削られてゆく神気と魔力。膨大な魔力を誇る俺ですら、武御雷を維持できるのは僅か五分であった。まぁ、チート能力であるから仕方がない。


「いざっ!」


「応! 頼む!」


 シグルドの攻撃を紙一重で交わし続ける。かつてないほどの猛攻、熾烈を極める特殊攻撃、光の速さで回避している、というのにどうして被弾するのか。これが分からない。


『エルティナ、土の枝に治癒魔法が奪われた!』


『ぶはぁっ、か、構うもんか! ザイン、なんとしてでも距離を取るんだ!』


『ぜぇぜぇ……ぎょ、御意!』


 その身を崩壊させてゆく武御雷、それはもう残された時間がないことを意味していた。それでも、僅かな隙を狙い辛抱強く回避し続ける。

 ここでシグルドが堪えきれなくなったのか、一度上空に飛翔する。これを待っていた。  


 バチンという音を置き去りにし俺はシグルドと十分に距離を取る。そして崩壊してゆく紫色の武者鎧。


「大役ご苦労、ザイン!」


「御屋形様、ご武運を!」


 大役を果たしザインが魂に帰還したことを確認、俺は最後の賭けに出る。これが不発に終われば俺は死ぬだろう。


 あぁ、なんか俺って毎回、最後には博打だよなぁ。たまにはスマートに勝ちたいもんだ。

 そうそう、あの時も無茶をしたもんだぁ……って、走馬灯を見るのはまだ早い! 散れっ散れっ!


 俺は脳内に無断でポップしてきた走馬灯を追い払い、右腕に意識を集中させる。そして、この戦いの勝利の鍵である存在に語りかけたのである。


「チゲ!」


 やがて、俺の右腕は夕日よりも赤く燃え上がり始めた。


『汝に力を……受け取るがいい、原初の火を』


 何者かの声が頭に響く。それが何者であるか俺には薄々ではあるが気付き始めていた。

 だから、俺は委ねる。この声に今の俺の全てを。


 燃え盛る俺の右腕に赤い腕が重なる。それはこの世で最も優しい炎。チゲの腕だ。


『二つの【純粋なる火】は重なり、立ち塞がる全てを焼き尽くそう。汝の名は【炎】なり』


 俺の右腕は灼熱を放ち白く発光する。モウシンクの丘に積もる雪は一瞬にして溶け消え、木々は放たれる熱により次々と発火してゆく。

 俺たちが放つ炎はあまりに純粋過ぎた。善も悪も関係ない。ただただ、燃え盛り燃やし尽くすのだ。


「チゲの右腕っ!!」


 俺の右腕はチゲの真っ赤な右腕へと変化。更にその腕より姿を現したのは、獄炎の迷宮で発見した見事な赤い剣であった。

 そう、あの時より俺たちは【彼】に魅入られていたのだろう。


『我が名を求めよ』


 莫大な熱量が俺の魂への来訪を希望する。よって、俺は受け入れ態勢を整える。桃力を全て使いこむ覚悟で彼との道を作り上げた。


「桃仙術〈神降し〉!」


 荒ぶる炎が俺に魂へと入り込む。全てを焼き尽くさんとする純粋なる火を拒むことなく受け入れるのだ。生半可な覚悟では成し遂げることなどできやしないだろう。


 キャパシティを大幅に超える神気と熱に耐えきれず身体が悲鳴を上げ、至る箇所から出血し始めた。それでも耐え続けると今度は身体が発火しだす。

 もうどうやっても止る事はない。やがて、俺は炎に包まれ炭と化した。


「ワッツ!? 自滅か!?」


「最早、関係ない! この一撃で終わらせる!」


 シグルドはこんな状態の俺であってもお構いなしだ。ヤツらしい判断である。だからこそ、俺も遠慮などしなくてもいいというものだ。見せてやる、おまえに原初の火を。


「火之迦具土、降臨!!」


 その叫びと共に身体を覆っていた炭は弾け飛ぶ。その中より出でしは純粋なる炎と化した白エルフ。髪は燃え盛る炎、肉体は赤銅のごとき輝きを纏う。チゲの右腕に握るは原初の火が形になりし神剣【火之加具土】。これをもって俺は荒ぶる火の神となった。

 そう、桃仙術〈神降し〉によって、俺は一時的に火之迦具土と融合したのだ。


 神剣【火之加具土】を中段にて構える。ほんの僅か動かすだけで大気が焼き付き世界を赤く染め上げた。これが原初の火、全てを焼き尽くす純粋なる炎の能力か。


 この火に善も悪もない、ただただ立ち塞がる者を焼き尽くすのみ。だからこそ、こんなにも頼もしく、そして……恐ろしい。


 俺は大地を蹴り決着への一歩を踏み込む。俺の放つ熱に耐えきれず地面が解けた。それでもお構いなしに駆け続ける。向かうは上空より飛来する輝ける怒竜シグルドだ。


 跳躍、反動で爆発が起き速度は加速する。もう何も考える必要はない、剣を振り上げ振り下ろす、それだけだ。


「エルティナァァァァァァァァァァァァァッ!」


「シグルドォォォォォォォォォォォォォォッ!」


 俺は灼熱の剣をシグルド目掛けて振り下ろす。対してシグルドは捨て身の突撃。

 もう技術や駆け引き云々ではない、互いの全てを掛けた一撃、これで全てが決する。


 光と炎が交差し、その結果、モウシンクの丘はかつての姿を失った。

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