550食目 兄貴
結局、各国は軍を派遣する事はなかった。しかし、それに匹敵するであろう最大戦力の戦士を派遣してくれたのである。
【斧王】ギリンス。彼は地底に存在するドワーフの国の狂戦士として畏怖されている。
その規格外の筋力は自身の身長を遥かに凌駕する身の丈五メートルの巨斧を軽々と扱いこなし、迫り来る敵を薙ぎ払う。
その斧の前にして立っている者は皆無と聞く。
彼と会って感じた印象は、酒好きの陽気な赤髪のおっさん、といったところだ。
だが、話を進めていると、とんでもない事実が発覚した。なんと彼はガンズロックの叔父だというのだ。世界は広いようで狭いものである。
【魔導王】ガングリデン。彼はドロバンス帝国の西に位置する魔導国家イザリベスが誇る大魔法使いだ。一説によるとデュリーゼさんの愛弟子とされているが定かではない。
だが、そのことを裏付かせるかのような圧倒的な魔法を行使することは事実であるようだ。
事実、彼の放った範囲攻撃魔法によって、あの魔導装甲兵の一個大隊が丸まる消滅したとの報告が上がっている。とんでもない人物がいるものだ。
俺が彼に会って感じた印象、それは優しそうな中年紳士といったところで、灰色の髪をオールバックできっちりと整えタキシードに身を包んでいる。
大魔法使いと聞いて、よれよれのローブを着込んだしょぼくれた爺さんを想像していた俺は、彼に会って思わず「ふきゅん」と鳴いてしまった。
その身形が示すように、彼は魔導国家イザリベスの第一王女の最も身近で仕えている身であると聞く。そんな彼を派遣してくれたのは第一王女の独断だと彼から聞かされた。
俺がガングリデンさんに礼を述べると、彼は優しく微笑み返す。
「私は我が主、ディアナイラ様の指示に従っただけでございます。蒙昧なる下男の私には世界の危機など理解できておりませんでした。礼を述べられるなら、我が主に」
その瀟洒な姿勢に俺は思わず唸る。まさにパーフェクト執事。
【殲滅王】ギーヴァラル。彼女はドロバンス帝国の南に位置するビリタルス共和国が誇る戦士……というよりは科学者である。
彼女の攻撃は至ってシンプルだ。お手製の爆弾をポイポイと投げ付けるだけの簡単なお仕事である。だが、その爆弾の威力が酷かった。
ドクター・モモの話によれば、その小さな爆弾ひとつでラスト・リベンジャーが木端微塵になるというのだ。何それ怖い。
彼女に会って感じた印象、それは……痴女である。
科学者であると聞き及び、ドクター・モモのような白衣を着た知的な女性をイメージしていたのだが、いざ会ってみると、彼女は癖っ毛のある長い黒髪をもつ妖艶な美女であった。そこまではいい。
だが何故、下着姿なのだ。白衣さえ着ていれば、あとはどうでもいいというのか? 真っ新な白衣に赤いブラジャーとおパンツが映える。だがエロスだ、子供には見せられない。
彼女との会話は至って普通。だが、どうしても、その熟れた肉体に目が行く。知的なのに痴的なのはどういうことか。うごごごご……!
【黒い魔光】マリッサ。彼女は俺が力技で〈テレパス〉をおこなった際にたまたま繋がったことによって縁を築いた友人である。
彼女が暮らす地はラングステン王国の裏側に位置するというトッチリ王国だ。常夏の国だそうでラングステン王国は寒いと愚痴をこぼしていた。
それもそのはず、季節は十二月。雪がチラつく季節であるのだから。南国にいた時同様にほぼ全裸で来てしまったら寒いに決まっている。
「んぽぽ、ままりっさ、らめらめらう」
「ふっきゅん、きゅんきゅん、きゅきゅ~ん」
彼女は俺より二歳年上のお姉さんだ。マリッサちゃんは一人っ子のようで、俺を妹のように可愛がってくれた。妹ができたみたいで嬉しい、と言ってくれたのだ。
マリッサちゃんはドでかい黒い鍔付きのとんがり帽子と、黒いコートを身に纏う金髪碧眼の少女だ。褐色の健康的な肌が眩ちぃ。
彼女が【黒い魔光】と呼ばれる所以は、その姿と攻撃魔法にある。光属性の攻撃魔法を得意とし一撃必殺の極太レーザー〈スターブラスター〉を得意としていることから名付けられた二つ名だ。
そして、彼女は黒い色が好みのようで常に黒い衣服を身に纏っている。この事から自然に【黒い魔光】と呼ばれるに至ったそうだ。
そしてイズルヒから駆け付けてくれた勇猛なる侍大将、徳川秀康。秀康さんはまさかの女性であった。もう俺の前世の知識は通用しないらしい。
秀康さんは王様と行動を共にし鬼たちを退治しまくってくれたそうだ。その鬼神のごとき活躍は王様に目に焼き付き離れないと聞かされている。
彼女と会った印象、それは物静かで淑やかな大和撫子といったものであった。光沢を放つ艶やかな長い黒髪はそれだけで男を魅了する。僅かに香るのは椿の匂いか。
彼女が鬼神のごとき戦いぶりをするとは到底思えない。どこかの姫様ではないか。
「これで拙者も、父上に堂々と顔見せできるでござる。しからば、御免」
だが、彼女との会話でその益荒男ぶりが垣間見ることができた。たとえ身体が女であろうとも、やはり魂は漢であったのだ。この俺のように。
彼らだけではない、この国に留まり騎士たちを率いて戦ってくれたムー王子、そして、レジスタンスを率いて救援に駆け付けてくれたラペッタ皇子。
エルタニア領からはクウヤも部隊を引き連れて参戦していたようである。
そして、魔族の武力介入。何よりも……カオス教団。
彼らが何故、この戦争に関わってきたのかは分からない。だが、彼らのお陰でこの難局を乗り越えることができたのは事実だ。
俺は一人、会議室を退室した。暗い廊下を進む先にいたのは一人の少年。黒いローブに身を包み異様な雰囲気を隠すことなく解き放っている。
「久しぶりだな……桃姫。いや、エルティナといった方がいいのか」
「……あんたは」
初めて会ったはずなのに、初めてではない感覚。何よりも、俺は彼の放つものの正体を知っている。
少年がフードを取り払うと、そこには見慣れたものがあった。俺同様に大きな耳が付いていたのだ。そして眠たそうな目も。
だが、俺と似ているのはその二つだけ。俺は金髪碧眼に対して彼は黒髪に黒い瞳だ。そして、肌の至る所に走る傷跡。寧ろ似ているのは俺ではなく……。
「遂に桃太郎に至ったようだな」
「何故それを? それにあんたは?」
俺は彼の正体に関して、確信めいた予感を抱いている。だが、それでも、彼の正体を彼自身の口で知りたかったのだ。
俺の要望に対し彼は微笑む。どうやら意図を察してくれたようだ。
「俺はカオス教団の首領、カオス神の御子にして真なる約束の子」
分かっていた、それでも衝撃は隠すことはできなかった。
「我が名は木花桃吉郎。おまえの片割れにして兄だ」
そう、彼は確かに木花さんに瓜二つ。いや、同一人物であると思わせるほどそっくりな顔つきであった。幼少期の彼の姿であると説明されれば納得してしまうだろう。
そして片割れという言葉、それは俺と彼とが兄妹、そして双子であるという事に他ならない。
「やっぱり、そういうことか」
「あぁ」
正しくは双子ではない。俺は元々は一人の存在だった。桃吉郎と……兄と共にいることで欠損した記憶が蘇ってくる。
いや、それは正しくはない。記憶が一時的にリンクしているので、蘇ったと錯覚しているのだろう。
そのお陰で、彼こそが先代桃太郎【木花桃吉郎】本人であることも理解できた。
「俺の記憶の残照はしっかりと仕事を完遂したようだな」
「兄貴が意図的に俺に残してくれたのか?」
俺の問いに対して兄は首を振る。
「あれは【先代桃太郎の意思】。おまえが桃太郎に至る素質を持っていたがために、おまえの魂に残りカスが付着したのだろう。はっきり言って想定外だったよ」
兄は苦笑いをした後に表情を引き締めて告げてきた。
「何も残すつもりはなかった。俺の記憶が残っているとろくな目に遭わないと踏んでいたからな」
目をつぶり天を仰ぎつつ兄は言葉を続ける。最後には絞り出すような言葉でこう告げた。
「おまえには、穏やかに健やかに過ごしてほしかった」
その兄の言葉に俺の胸はきゅっと痛んだ。しかし、俺は自分の意思でここまで至ったのだ。
何もなかった俺に、多くのものを与えてくれた掛け替えのない仲間たち。そんな仲間たちのためにがんばった結果が、今の俺であるのだ。
確かに兄の優しさ心遣いは嬉しい。でも、それでも……!
「兄貴……」
「わかっている」
そういった後に兄は盛大なため息を吐く。そして、恨めしそうに俺を見つめてきたではないか。
「そして、何よりも……再会した時に【お兄ちゃん】と呼んでほしかったのだ」
「それはご愁傷さまなんだぜ」
俺がそう言うと、兄は顔を手で覆ってシクシクと嘘泣きをする仕草を取った。そんな事をしても【お兄ちゃん】などとは呼ばないぞ。
「くそぅ、これも全部カーンテヒルってヤツが悪い」
「おいぃ、カーンテヒル様をディスるとか世界大戦になるぞ、すぐ謝るべき、そうするべき」
俺が責任をカーンテヒル様に擦り付けた兄を戒めると、兄は申し訳なさそうに謝罪をした。
「すいあせんでした」
「許す」
「もう許された! 流石、真なる約束の子は格が違った!」
「それほどでもない」
「すごいな~あこがれちゃうな~」
阿吽の呼吸でネタが繰り広げられてゆく。この充実感はいったいなんだ! やはり、これが兄妹というものなのか!? でも、【お兄ちゃん】は簡便な!
「ちっ」
「舌打ちされた!?」
とネタが一段落したところで、兄はこれまでに経緯に付いて話せる範囲で教えるように要求してきた。
どこまで記憶が残っているか確認したいらしい。
え~っと……まずは俺たちがまだ一つだった時からだな。
確か俺はあの時、理由はよく分からないが、母に桃の中にぶち込まれて豪快に大気圏を離脱させられた。
「だいたいあっているが、母上は桃を持ち上げて宇宙にぶん投げてはいないぞ」
「あるぇ?」
そして俺は宇宙を長い時間を掛けて漂いながら惑星カーンテヒルに墜落した。
「いや、せめて落ちた、と言おうな? 墜落って……」
「ふきゅん、兄貴は細か過ぎるんだぜ」
これが俺たちが地球から惑星カーンテヒルにやってきた経緯。問題はその途中で俺と兄が分かれてしまった事だ。
俺たちはそれぞれに【声】を聞いていた。それがカオス神とカーンテヒル様だったのだろう。
先にナンパしてきたのは、確かカオス神だ。きっとロリコンだったに違いない。
「いやいや、カオス神はロリコンじゃないぞ!?」
「マジで!?」
「あぁ、寧ろ【むっちむち】の【ボインボイン】が好みのようだ」
この時、兄は俺を案じて、ほぼ全ての記憶と能力を持ちだし単身カオス神の下へと向かう。お陰で俺はクソザコナメクジと化したわけだ。
「これは訴訟問題に至る! 法廷で会おう!」
「まてまて、今はその時ではない。落ち着きたまえ」
「落ち着いた。凄く落ち着いた」
まぁ、この問題は後回しでもいいだろう。問題はその後だ。
兄の算段では、俺はそのままラングステン王国フィリミシアの近くに落下し、農家の誰かに拾われて平穏な生活を送るはずだった。
これが後の【お兄ちゃんと呼んで計画】の始まりであったという。
「否定はしない」
「しないんだ」
だが、この中身がすっからかんな俺をゲッツした者がいたのだ。それが、この世界の創造神たるカーンテヒル様である。
「彼のお陰で俺の計画が随分と狂った」
「ふきゅん、カーンテヒル様も必死だったんだぜ」
彼の目的は【真なる約束の子】の誕生であり、素質はあるが中身が無い俺の育成から着手することにしたらしい。俺が最初に目覚めた、あの森こそが育成場だったわけだ。
「最初っからクライマックスだった」
「うはぁ……なんか、すまん」
記憶がリンクしているせいか、兄は俺の記憶を断片的であるが見ることができるようだ。あの草や土や謎の物体を口に運んだ日々を思い出す。
あれこそが毒物に対する圧倒的な抵抗力を身に付けるための試練だったのだ。今では何を食べても腹を壊すことはない。
「だからって地面に落ちているものを、そのまま口に運ぶんじゃありません」
「兄貴が【おかん】になった。鳴けるぜ、ふきゅん」
兄は兄で大変だったみたいだが、俺ほど無茶苦茶ではないようだ。と、ここで記憶のリンクが途絶する。
「ここまでだ。ここから先は有料になります」
「兄妹なのに金を取るとか、カオス神の御子か」
「いかにも」
兄は悪戯っぽい顔をしてぽむぽむと俺の頭を叩く。そして、表情を引き締めた。
「エルティナ、虎熊童子は強いぞ。俺とやり合った時代よりも更にな」
俺とやり合った、という事は前世のことだろう。最強と謳われた木花桃吉郎をもってしても退治することが叶わなかった漢……それが虎熊童子なのだ。
「それでも、俺たちはヤツを退治しなくてはならない」
「そのとおりだ。そして、ヤツは必ず【大鬼穴】を開く。ラングステンでの戦争はそのためのものなのだ」
俺たちは分かれていても本は一つの存在。鬼を退治するという使命感を忘れることができようはずもない。
「俺は力を付ける。この世界を鬼にくれてやるものか」
「そうだ、その意気だ。【真なる約束の日】が訪れるまでは、俺も影よりおまえを支えよう」
兄はそう言い残し闇と共に姿を消していった。あとに残るのは俺ただ一人。
「真なる約束の日……」
その言葉が俺に重く圧し掛かる。決して避けることができない運命のようなものだ。
「でも……それまでは、兄貴と呼んでもいいのだろう?」
返事はない。でも、伝わったはずだ。
俺たちは……兄妹なのだから。




