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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第二章 身魂融合 命を受け継ぐ者
55/800

55食目 白エルフとヤドカリの突撃

 漲る魔力、漲る気力、漲っていないのは体力だけ!


『体力は回復できないのな』

『うむ、桃力も何故か体力には変換できない。それはきっと、桃力の何かが原因なのだろう』


 ガクガクと震える膝を叱咤激励して俺は歩を進める。その先には負傷したクラスメイトたちの姿。

 幾ら規格外の戦闘能力を有しているとはいえ、まだまだ子供だ。体力にだって限界がある。それを裏付けるかのように彼らの動きは鈍くなっていた。


『桃先輩、ところで桃力ってどうやって補充するんだ?』


 俺は治癒魔法を施しながら、桃力の補充方法を問うた。何故か得た知識の中にはそれが含まれていなかったのだ。

 あったのかもしれないが、あの度し難い頭痛で失われてしまった可能性もある。


『む、データの転送に不具合が生じたか。まぁいい、俺が教えよう。失われた桃力、即ち魂の力は他の魂を取り込む事によって補完する。これを【身魂融合】という』

『身魂融合?』

『おまえが分かり易い例えは、そうだな……食事だ』

『要は、もりもり、むっちゃむっちゃ、と食いまくればいいんだな?』

『そういうことだ』


 身魂融合。それは神聖なる儀式であると同時に略奪の邪法でもある。己が生きるために他者から生きる力を奪うのだ。それ即ち、生きるための食事である。

 そして、桃使いはそれをさらに発展させて使用できるというのだ。桃先輩と融合することのできるのも桃使いだからこそだという。


『身魂融合にもさまざまな型がある。それは追々教えるとして、今は食事が魂を補う、とだけ覚えておけ』

『分かったんだぜ』


 と桃先輩とやり取りしていると、今度はエドワードが被弾した。ご丁寧にまたまたまた膝だ。なんで、そこばかり狙うんだよ。


「ごめん、エル。膝に……」

「もう言うな、分かってるから」


 即座に〈ヒール〉で治療する。傷は治せても流れ出た血液までは補充できない。戦闘がおわったら、増血丸を配らないとダメだな。


 しかし、三十秒長いな! どんだけスローリーなんだよ!?


「アルのおっさん先生! 三十秒長くね!?」

「これからロスタイムだ!」

「ふじゅけんな!」

「さ~せん!」


 何かのトラブルが発生したらしい。まさかの延長でクラスの皆も白い目をアルのおっさん先生に向けた。

 教え子の白い目に、彼も白い目で応える。


 先生、痙攣してんよぉ?


「たぶんもう少しだ! 皆、がんばれ!」


 エドワードもヤケクソ気味で皆を鼓舞し始めた。それに対して、疲れた声で気怠そうに返事を返すクラスメイトたち。

 触手も若干だらけ始めて、あろうことかサボっている個体がチラホラとあった。グダグダになってんぞ。


「え、え~っと、上級攻撃魔法〈アークサンダー〉完成しましたぁ……」


 アルのおっさん先生の情けない完成報告が通達された。壊れるなぁ、格好良さ。


 しかし、彼が作り上げた上級攻撃魔法は見事の一言に尽きる。

 彼の足下には巨大な魔法陣が七色の輝きを持ってゆっくりと回転しており、更には両手にも小型の魔法陣が同じく七色に輝きながらゆっくりと回転している。

 そして、空には星の輝きにも負けない超巨大な魔法陣が己の出番を、今か今かと、待ちわびていたのだ。


 その異様な光景にクラスメイトたちは、一様にギョッとした表情を見せ、脱兎のごとくその場から逃走を始めた。本能的に危険であることを察知したのだろう。


「皆、可能な限り離れろ! 早く!」


 エドワードの指示もあってか、次々と異形の存在から離れるクラスメイトとヤドカリ君。

 そんな中にあって、一人だけ逃げ遅れた少女がいた。リンダだ。


「ぜぇ、ぜぇ……ぐ……」


 スタミナの配分を完全に見誤ったのだろう。フラフラの彼女は足を前に出すのも辛そうに見える。

 これは迎えに行かねばなるまい、そう思った瞬間には既に走っていた。そして、豪快に転ぶ。


 そう、俺の膝も生まれたての小鹿のようにぶるぶると震えていたのだ。その間に、あろうことかリンダが触手に捕獲され、あってはならないポーズを強要されていた。


「あ……うう……」


 M字開脚っ! 圧倒的、M字開脚! 幼女にそんなポーズを取らせても、何も恩恵がない!


 いやいや、そうじゃなくて! なんちゅう格好をさせとるんじゃ、おんどれ!


「ふきゅん! 俺の怒りが……MAXで限界をぶち破った!」


 そして、俺は立ち上がった。それだけである。一歩が出ないのだ。悔しくて、鳴きそうです。ふきゅん。

 その時、風が通り過ぎた。同時に俺の身体が持ち上げられる。


 リンダの危機に颯爽と駆け付けた者とは……大きな貝殻を背負い、ご自慢のハサミをチョッキン、チョッキンと鳴り響かせる巨大ヤドカリのヤドカリ君だ。


「ヤドカリ君! そうか、力を貸してくれ!」


 俺を大きな貝殻に載せると彼は力強く駆け出す。砂を巻き上げリンダを捕らえる異形の塊へと勇猛に突撃するのだ。

 異形の塊はヤドカリ君を近付けさせまい、と無数の触手を放ってくる。今までクラスメイトの殆どで捌いていた触手が一斉にヤドカリ君に襲い掛かる。


 チョキン! チョキン!


 しかし、彼の大きなハサミの前では無力だった。そのことごとくを易々と切断され、触手の殆どを一気に失ってしまったのだ。

 その姿はまるでハゲ散らかした中年サラリーマンだ。哀れとしか言いようがない。


 だが、情けは無用だっ! じゃけん、リンダは返してもらいましょうね~?


 しかし、異形の塊は即座に触手を再生させて、再び攻撃をおこなってきた。


『まさか……ア〇ラ〇ス!? 増毛だというのか!』

『そんなわけないだろう』


 桃先輩のツッコミに耐えながら俺はヤドカリ君に〈ヒール〉を施す。接近すればするほど、負うダメージは多くなる。しかし、彼は歩みを止める事はなかった。


「つぅ!?」


 内、一本の触手が俺の頬を掠めた。だが、問題はない。かすり傷だ。


『大丈夫か?』

『大丈夫だ、問題ない』

『……ネタか?』

『ネタじゃないもん』


 桃先輩の本気かどうかわからないボケに、俺は戸惑いつつも遂にヤドカリ君はリンダの下へと到達。彼女に絡みつく触手を切断し救出に成功した。


「リンダ、しっかりするんだ!」

「あ……う……エル、ちゃん?」


 どうやら毒が回り始めているらしい。意識が混濁している彼女はうわ言でごめん、ごめん、と呟いている。早急に治療する必要がありそうだ。


 取り敢えず〈クリアランス〉っと。ほい、治療完了。


 ぶんっ。


 そんなリンダが宙に舞った。空中をくるくると回りながら向かった先は緑髪のクラスメイトの下。

 ヤドカリ君がリンダを持ち上げて放り投げたのだ。


「こんなことしかできないだなんて……情けない話ね」


 しっかりとリンダを受け止めた深緑の髪のクラスメイトは苦い表情を見せた。

 続いて、俺もヤドカリ君に持ち上げられる。いったいどうしたというんだ。一緒に離脱すればいいじゃないか。


 俺はヤドカリ君の顔を見た。彼のつぶらな瞳に俺の姿が映る。その下、彼の無数の足には大量の触手が絡み付いていたのだ。

 それは既に彼全体を覆い尽くさんとしていた。だからこそ、リンダを強引に投げたのだ。


「止せ! ヤドカリ君! 俺らなら、きっと、皆の下へ帰れる! だから……」

「……」


 だが、俺の願いは受け入れられることはなかった。宙に舞う俺の身体。

 無力、あまりに俺は無力だった。治癒魔法にできることは癒すことのみ。誰かを護る事などできやしないのだ。


「エルっ!」


 投げ飛ばされた俺はライオットの手によって受け止められた。

 解放された俺は慌ててヤドカリ君の下に向かおうとして、再びライオットに束縛された。


「止めるな! ライ!」

「バカ野郎! おまえが行って、何ができる!?」

「ちくしょう! ちくしょう! なんで……なんでだよ!? ヤドカリ君っ!!」


 一緒にご飯を食べた仲じゃないか! また一緒に食べようと、また来年会おうって……なのに、なのにっ!


 ヤドカリ君は、アルのおっさんを見た。アルのおっさんも、ヤドカリ君を見た。

 そして、ヤドカリ君はハサミを天に上げ……振り落した。その空には巨大な魔法陣が獲物を求めて不気味に輝いている。


 今は不気味に見えて仕方がなかったのだ。きっと、それは嫌な予感がそうさせている。


 瞬間、アルのおっさん先生の顔が引き攣った。迷っている、撃つべきか、撃たぬべきかを。

 だが、彼は決断した。そうだった、彼は魔法使い。どんな残酷な決断も下さなければならない、そんな立場を任され続けてきた男なのだ。


 だから俺はアルのおっさん先生の下へと急ぐ。まだ、別の手段があるはずだ。


『止せ、後輩。彼の覚悟を、それを受け取った男の覚悟を否定するのか?』

『諦めたら……そこで全部、終わっちまうだろうが!』


 もう、桃先輩の抑止の言葉も耳に入らない。俺は駆けた。そして、こけた。


「ぐあっ!」

「もう無理だ、エル! 分かってるんだろ!」

「いやだ! そんなの嫌だ!」


 ライオットに抱き起される。もう自分で立ち上がる力すらないというのか。


「やめてくれっ! ヤドカリ君はっ! まだ……かっ……は……!」


 そして、遂に声は枯れ果て、微かな音しか出せなくなる。万事休す、だ。


「すまん、ヤドカリ君。許してくれ、とは言えねぇ。だが……」


 アルのおっさん先生が魔法陣に最後の魔力を流し込み始めた。膨大な魔力が共鳴を起こし、耳鳴りのような不快な音を奏でる。

 それは、破壊の申し子が顕現?する予兆。最期の時が訪れるという宣告。


 やめてくれ! お願いだ! やめてくれよ!


 俺の声なき声は届くことなく、風に攫われて消えていった。


「おまえさんの事は決して忘れねぇよ。雷属性上級攻撃魔法〈アークサンダー〉起動!」


 瞬間、世界は閃光で白く染まった。音を置き去りにして着弾する雷の鉄槌。遅れて轟音が到着し、そこから発生した衝撃波が俺たちを分け隔てなく吹き飛ばす。


 異形の存在に、天空の宮からの審判は下された。ヤドカリ君をも巻き込んで。

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