549食目 戦い終わって
戦い終わって一夜。被害状況を確認したが、目を覆いたくなるような惨状だ。それでもフィリミシアの人々の表情に陰りはない。
壊れたなら直せばいい、無いなら作ればいい、という精神で町の復興に臨んでいるのだ。
フィリミシアの会議室にて、俺と王様は町の被害状況に苦虫を潰したような表情で話し合っていた。
しかし、その原因は町の被害の大きさだけ、というわけではないのだ。
「未曽有の危機は回避されたか。じゃが……」
「うん、でも……」
戦いは確かに俺たちの勝利で終わった。しかし、それが始まりである事を嫌というほど思い知らされたのである。
アランの背後にいる強大過ぎる存在が遂に俺たちの前に姿を晒したのだ。
その恐怖の存在を思い出し、俺は「ふきゅん」とため息を吐く。相手は答えの無い無理難題のような存在であったからだ。
俺たちが勝利に酔いしれるのも一瞬のことであった。突如として戦い終わった戦場に襲来する圧倒的な重圧。しかし、姿は確認できない。だが、その場にいた戦士たちは、その重圧がなんであるかを頭ではなく魂で理解した。
ほう、アランを退けるとは。なかなかに見事である。
瞬間、魂が引き抜かれるような寒気を感じる。勘違いや錯覚なんてものじゃない、圧倒的な現実が見えてしまう。
その重圧には力があったのだ。空に見えるは鬼の姿。
黒よりも黒い瞳に光りはない。代わりに金色の髪はギラギラと輝きを放つ。大柄の引き締まった褐色の身体はそれだけで強者であることを認識させる。
精悍な顔には斜めに走る切り傷。なによりも雄弁に顔の傷は語る。これは戦いの記憶であると。
「あ……あれは、いったいなんだい!?」
そこにプルルたちが俺たちと合流、重圧たる存在を認識し顔が蒼白へと変化した。
というか、この感じ……もしかしなくても、プルルって【桃使い】になった?
『そのとおりだ。プルル・デュランダはこの戦いの最中、桃使いとして覚醒した』
『初耳なんだぜ』
『ま、我々は我々で余裕が無かったからな。事が済み次第に報告しようと思っていた』
そうなのか、と納得する。ちなみに彼女の桃先輩はあのトウミ少尉だそうだ。大丈夫かなと若干、ほんの少しばかり、思いっきり心配になる。
「ただ事ではない力……何者だ!?」
黄金の竜シグルドが咆えた。俺には分かる、そうしなければ心が折れてしまうからだ。
俺たちはこの戦いを通して強くなった、それは間違いない。だが、それをもってしても届かぬほどの力の差を思い知らされている。それが今の状況なのである。
我が名はタイガーベアー。いや……鬼の四天王【虎熊童子】と呼ぶがいい。
瞬間、おぞましいほどの殺気が襲いかかってきた。それは生きとし生ける者にとって有害以外の何ものでもない。
草木が生きるのを諦め枯れ果ててゆく。このままでは人体にも影響が及ぶであろう。
「ふっきゅぅぅぅぅぅぅぅぅん!」
俺は咄嗟に桃仙術〈桃結界陣〉を発動、虎熊童子からの殺気をシャッタアウトする。
だが、焼け石に水というありさまに、俺はショックを通り越して憤慨に至る。
ふ……なんとも健気な。だが、無意味だ。
「ふきゅん!?」
意図も容易く破られる俺の〈桃結界陣〉。虎熊童子の出鱈目すぎる力に、俺は確定で白目痙攣状態となる。
これが、俺たちが倒さなくてはならない存在なのか!? あまりにもデカすぎる!
「こ、こいつっ!」
俺の〈桃結界陣〉が破られる場面を目撃したにもかかわらず、プルルは〈桃結界陣〉を発動し、虎熊童子の殺気から皆を護ろうとした。
当然、先輩桃使いとして後れを取るわけにはいかない。再び〈桃結界陣〉を発動し結界を強固なものとした。どうやら今度は破られないようだ。
新たな桃使いか……良い傾向だ。だが、熟すには今暫くの時間がいるようだな。
「ふきゅん、きゅ~ん!?」
「きゃあっ!?」
虎熊童子は俺たちを嘲笑うかのように〈桃結界陣〉を再び破壊する。殺気だけでこれほどだ。直に対面して殺気を放たれたら、本当に死ぬのではないのだろうか。
ふふふ、それでは存分に力を振るえまい。迷いのある内はな。
虎熊童子の言葉にギクリとしたのは俺だけではない。黄金の竜シグルドもまた、その言葉に反応を示したのである。
俺は未熟な果実を食すほど悪食ではないのでな。おまえらが力を付けるまで待ってやることにしよう。
ふむ……そうだな、白エルフの桃使いよ。おまえが十八になった時、俺はドロバンスの地にて【大鬼穴】を開く。
『なんだと!? 貴様、鬼ヶ島本島をここに呼び寄せるつもりか!?』
その声は【音無し】か、久しいな。そのとおりだ、その時こそが宴の時。貴様が知っているいないに関わらず、既に我々は定められたレールの上を走っているのだよ。
『虎熊童子、貴様ぁ!!』
感情を剥き出しにするトウヤを見て俺は驚きを隠せなかった。普段から沈着冷静な彼が、ここまで心を乱すとは思いもよらなかった。
因縁浅からぬ相手ということもあるが、ここまで感情を剥き出しにするのは余程のことがあった証拠だ。
ふふふ、強くなるがいい、桃使いたちよ。宴で会おうぞ。
そう言い残すと虎熊童子の重圧は嘘のように消え去った。バタバタと倒れる戦士たち。
歴戦の兵であっても虎熊童子の重圧には耐えられなかったようだ。
「あれが……敵。僕らが倒さなくちゃならない……敵」
プルルは二の腕を抱え震える声で呟く。ガタガタと震える身体を抑え込むように。
「……」
シグルドは虎熊童子の重圧から解放されたにもかかわらず、身動き一つせずに虎熊童子の重圧があった場所を睨み付けていた。
明らかにショックを隠しきれていない。隠せるわけもないが。
「……あれがタイガーベアー。いや、虎熊童子か」
重圧に押しつぶされ倒れる者が続出する中、流石は王様といったところだ。少し青ざめてはいるが、しっかりとした足取りでこちらに向かってきた。
「……エルティナよ、険しき道になりそうじゃの」
「ふきゅん」
俺と王様は平穏を取り戻し穏やかになった青空を見て、深いため息を吐くのであった。
「時に、何故そなたは、また赤子になっておるのじゃ」
ぷにぷにぷにぷにぷに!
「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん!」
この後、元に戻るまで王様に執拗に【ぷに】られた。鳴きたい。
戦いが終わり、仮初めの平穏が戻ってきた。虎熊童子との決戦は本人からの申し出で八年後へと延期。その理由が俺たちがまだ弱い、というものだ。
誠にもって遺憾であると言わざるを得ない。ぷじゃけんな!
だが、俺たちが弱い、というのは事実だろう。そして、迷いを抱えている、というのもだ。
俺にはずっと心に引っかかっていることが、たったひとつだけある。それは……。
「国王陛下、エルティナ様、今回の被害状況の報告書が到着しました。ご覧になられますか?」
分厚い資料の束を持ったモンティスト財務大臣が、渋い顔を俺たちに見せながら問答無用で資料を王様に手渡す。
「最初から答えを聞く気が無いじゃろ、お主?」
「社交辞令というヤツですよ、陛下」
モンティスト財務大臣から手渡された分厚い資料、きっとそれよりも重い内容が資料には記載されているに違いなかった。
王様は最初の一ページを読み終えた瞬間に、眉間にゴツイ指をやり揉み解す仕草を取ったのである。
「はぁ……酷いものだな。わしはあと何回、眉間を解せばいいのじゃ?」
「私にも皆目見当が付きませぬ」
今度は二人揃って深いため息。だが、俺たちはやり遂げなくてはならない。
そして、復興しなくてはならない国が、ここラングステン以外にもあるのだ。
「だう~」
「失礼いたします、ウォルガング国王陛下」
フィリミシア城の会議室に入ってきたのは、赤ちゃんになったミレニア様と、彼女を抱きかかえるミリタナス神聖国大神官長のボウドスさんだ。
「おぉ、ミレニアにボウドス殿。息災であるか?」
「数々の御厚意により」
彼らが訪れたのは、やはりミリタナス神聖国へと帰還する意思を伝えるためであった。
長い長い時間を不安と共に過ごしてきたミリタナスの民を安心させるべく、行動に移る決心を固めたことが王様とボウドスさんとのやり取りで窺える。
「お互いに険しき道となろう」
「はい、ですが希望はあります」
彼らの出発は、明日行われる国を挙げた祝勝会から数日後となるようだ。このようにボロボロの状態の国がやるべきではない、という声も当然あった。だが、だからこそやるのだ。
希望を見いだすために、俺たちはまだまだやれる、ということを認識するために。何よりも、はるばる異国から駆け付けてくれた戦士たちを労うのは当然の事ではないか。
彼らが来てくれなければ今の俺たちはなかった。国を滅ぼされ最悪の結果となっていたのだろうから。
だからこそ、やらねばならないのだ。
……あっはい、自分がやりたいというのが九割くらいあります。お許しください!
「ふっきゅん、ふっきゅん」
明日に希望を見いだすため、俺たちはせっせと自分の仕事に没頭するのであったとさ。




