547食目 解ける山
◆◆◆ フウタ ◆◆◆
背より月光蝶の翅を生やし宙を舞うは、モモガーディアンズの象徴たる白エルフの少女エルティナ。彼女から放たれる輝きは、今にも力尽きんとする戦士たちの命を優しく抱きかかえる。
すると、青白い顔で膝を突いていた戦士たちの顔に生気が戻ってきたではないか。
「エルティナ……様!?」
「エルティナ様だっ!」
膝を折り死を待つのみだった戦士たちが次々に立ち上がる。癒されるのは肉体のみではない、遂に彼女は活力までをも癒し始めたのだ。
彼女の頭上に燃え盛るは炎の紋章。その温かき輝きは徐々にではあるが、失われた体力を回復させてゆく。体力が戻れば気力も回復してゆく。今や、地に伏した戦士たちはいない。
「力が……湧き上がってくる……!? これなら、戦えるぞ!」
「エルティナ様、ばんざぁぁぁい!」
戦士たちは再び武器を取り、鬼たちに立ち向かっていった。対して鬼たちは、この輝きを恐れ委縮している。
ここに勝敗は決した、と言っても過言ではないだろう。
「見ろよ、移動要塞の最期だ」
アルフォンスさんに促され俺は移動要塞を確認する。丁度、輝ける矢が動く山に突き刺さり内部にへと侵入する場面だった。
移動要塞はビクリと身体を震わせた後にその歩みを止める。やがて、体の一部から光が漏れ出す。それは時が経つと共に増え、移動要塞は一つの光体と化した。
「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン」
それは断末魔だったのだろうか。それとも、支配される苦痛から解放されたことを喜ぶ声であったのだろうか。
「動く山が……移動要塞が……」
解けてゆく、光の粒へと。ゆるゆると、ほろほろと、移動要塞はその姿を静かに消していった。その中心に、輝く青き竜使いと黄金の竜の姿を確認する。
「眠れ、悲しき同族よ! もう、おまえを苦しめる者はいない!」
黄金の竜は口に咥えていた小さな球体を噛み砕く。それと同時に移動要塞の崩壊は早まり、あっという間に巨大な体を光の粒へと変え、明るくなりつつある天へと昇っていった。
「そ、そんな……デスマッドニングが」
戦士たちを薙ぎ払い駆け付けてきたのは大柄な体を持つ鬼であった。鬼の将である事は間違いないだろう。
「これまでだ、大人しく敗北を受け入れろ」
俺は剣の切っ先を鬼の将に突き付けた。しかし、それにも気が付かないほど、彼はデスマッドニングの崩壊がショックだったようだ。
であるなら、痛みを感じぬよう一撃で葬り去ってやるのが情け、と判断した俺は刀を一閃させた。
確かな手ごたえ。しかし、俺の剣は鬼の右腕を切り落としたに留まる。
「終われねぇ、俺たちの夢はまだ続いているんだ!」
「な、なにをっ!? ぐあっ!」
鬼の左拳が飛んできた。俺は慌てて身をよじって回避を試みるも避け損ない右肩に命中。この感じは肩の骨が砕かれているだろう。
戦士たちはこの行動に即座に反応、鬼の将に次々と剣を突き立てた。溢れ出す鮮血、それでもお構いなく彼は拳を振るう。
「終われねぇ! 終われねぇ! 俺は夢から覚めねぇ! あいつと、アランと目指した夢から! 目覚めたくねぇんだよぉ!」
それは最早、駄々をこねる子供の姿であった。しかし、たとえそうだと思っていたとしても、俺は口に出すことはできなかった。それほどまでに鬼気迫る顔をされては。
戦士たちも同様のようであり、苦渋に満ちた表情で鬼の将に攻撃している。
それでも、俺たちはこの男を倒さねばならない。倒さねば、倒れていった者に合わせる顔が無いのだ。
「べるかちゅ!」
「っ! その声はエルティナか!!」
空より月光蝶の輝きを纏いながら桃使いエルティナが鬼の将に対峙する。その幼い手には彼女の武器たる神桃の枝【輝夜】がしっかりと握られていた。
「もう、おわりだ! りんにぇのわへ、かえりぇ!」
……ちっさ。
いやいや、待て待て! 彼女はこんなに小さくなかっただろうに!?
またしても予想外の変化を遂げていた我らのエルティナ様。果たして、彼女はこの哀れな鬼に引導を渡すことができるのだろうか。
「ゆくじょ!」
エルティナ様が輝夜を構え輝ける刃を形成する。その長さは剣というよりは短刀であった。これではリーチが不利だし、光剣が鬼の内部にまで届かないではないか。
彼女はやる気満々であるが、ここは止めた方がいいだろう。俺たちがやるしかない。
「フウタ、ここは俺たちがやるぞ!」
「分かっています!」
一方、黄金の竜は地上に降り、彼に群がってくる鬼を退治している。恐らくだが、地上に降りたのではなく、空を飛ぶ体力がもうないのだろう。
あれほどの大技だ、ノーリスクで放てるはずがない。それでも戦えるのは驚異的であるが。
「あ、まずい! エルティナがっ!?」
てぃうん! てぃうん! てぃうん!
俺たちの予想の斜め45度をいつも行く彼女は、鬼を目の前にして謎の効果音と共に幼女から赤子の姿へと変貌を遂げてしまったのである。
どうしてこうなった!? あぁもう、最後の最後でぐだぐだだ!
「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん!」
それでも月光蝶の翅を出して飛んでいられるのは大きな成長であろうか。というか、空飛ぶ赤ん坊は迷惑な事この上ない。
「だぁぁぁぁぁぁっ!? この位置じゃあ、間に合わねぇ!」
「くそっ! つぅ!?」
アルフォンスさんの位置はエルティナ様から離れ過ぎている、ここは俺がやるしかない。
だが、いざ一歩を踏み出すと強烈な痛みが俺に襲い掛かってきた。そう、俺は右肩を砕かれていたのだった。とんでもない展開の連続で感覚が麻痺していたのだろう。
どうせなら、そのまま麻痺してくれていればいいものを!
「くたばれぇ! エルティナぁ!」
ベルカスと呼ばれた鬼の拳が赤子となったエルティナ様に迫る。このタイミングではもう手遅れだ。こんなところで、俺たちは希望の象徴を失ってしまうのか!?
衝撃音、そして大地が砕かれた。この威力では、まず助かる見込みはないだろう。
「そ、そんな……え?」
それは、幻であろうか? それとも自分の都合のいい幻覚か?
「遅くなって申し訳ありません。聖女様」
「ふきゅん!?」
エルティナ様の危機を救ったのは赤い鎧を身に付けた【青髪の少年】であった。まるで炎のように逆立つ青い髪は印象的。だが、どこかで見たような記憶が脳裏を過ぎる。
「ふきゅん、ふきゅん、ふきゅん!!」
エルティナ様は鳴いた。いや、泣いている。彼を一目見て、誰かを理解したのだろう。
そして、俺も思い出した。彼が……誰なのか。
帰ってきたのだ、暗闇の世界から。光り差すこの世に。
そして、日が昇る。また、日は昇るのだ。彼はまさに、その象徴と言えた。
「誰だ、おまえは!?」
ベルカスは日の光を背に受けエルティナ様を抱きかかえる赤き戦士に問うた。
赤き戦士は答えた。
「【ゴーレノイド】クラーク・アクト」
「て、てめぇは!?」
ベルカスは蘇った少年を目の当たりにして、これ以上ないほど驚愕していた。そして、同時に怒りの感情も持つに至っている。
「おまえは俺が殺したはずだろう!? 何故、生きている!」
「確かに俺は死んだ。おまえに殺された」
次々と集まってくる元祖モモガーディアンズの面々。彼らはクラーク・アクトの姿を見て酷く驚いていた。中には祈りだす者まで。
「ク、クラーク?」
「久しぶり、リック」
そう言うとリザードマンの少年リックにエルティナ様を託す。リックは人目をはばからず涙を流している。
「伝えることは沢山ある。けど、今は……」
クラークはベルカスへ向き直ると構えた。それを確認したベルカスは怒りの形相でクラークを睨み付けたのである。
「自分の仇を取りに来た」
「なら、もう一度、地獄へ叩き込んでやる」
両者は激突した。ベルカスは勝っても負けても死を覚悟しているだろう。この戦いに意味などあるのだろうか。それでも両者は命の輝きをぶつけ合う。
ここに、この戦争の最後の戦いが始まった。




