543食目 因縁に決着を
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
いよいよアランと決着を付ける時が来た。残された時間は僅か二十分、それ以上は時間を掛けることが許されない。
最愛の息子、ムセルの命が掛かっているのだ。一撃で決めてやる。
『時間が無い、皆、俺にアランを救う力を!』
俺の呼び掛けに莫大な力が集まってくるのを感じ取る。雪希、炎楽、うずめ、そして……桃先輩トウヤの温かい桃力を感じ取った。
それを俺の想いに応え輝ける刃を形成する輝夜に惜しむことなく注ぎ込む。その輝きはまさに月光。今も尚、月にあるであろう月夜見の大樹は輝夜に桃力を送っていた。
ふと、その力の中にヒュリティアの気配を感じ取る。やはり、彼女は月にいるようだ。
「ヒーちゃんの想いは絶対に無駄にはしない。いつか、必ず迎えに行く。だからっ!」
俺の全力を、この一撃にっ!
『そう、その迷う事無き心が、鬼を救う』
懐かしい声。だが、その声は今にも消えてしまいそうな儚さがあった。
『木花さん!?』
『どうやら……間に合ったようだ。ようやく……おまえに【大切なもの】を託せる』
俺の心の中に現れた【先代桃太郎】木花桃吉郎が輝ける光体を俺に手渡してきた。それを俺は慎重に受け取る。
その様子を見て、木花さんは全てを成し遂げたかのように己の身を光の粒へと解してゆく。彼との別れの時が来たことを俺は悟った。
『木花さん!』
『迷わず進め……おまえには……トウヤが憑いている……』
崩壊してゆく木花さんは、これ以上ないほどの笑顔であった。挫けそうな時、ピンチに陥った時、俺に手を差し伸べてきた彼との永遠の別れの時が来たのである。
そう……大恩ある、彼との。
『がんばれよ……百代目……!』
別れの言葉は短い。かくして最強の桃太郎と謳われた先代桃太郎、木花桃吉郎は逝った、俺に数多くの大切なものを託して。
託されたものは形には無いもの。想い、信念、願い、そして数々の【戦いの記憶】だ。俺はこの託されたものを次代に受け継がせる責任を知る。
俺も彼のように、立派に桃太郎を務めることができるのだろうか? ……いや、そうじゃないだろう? 務めるんだ、絶対に!
『兄貴! しっかりしてくれ! アラン兄貴!』
スピーカーからマジェクトの声が聞こえている。どうやらアランがただ事ではない事に気が付き、彼を励ましているようだ。
「マ、マジェクト……俺は、負けねぇ! 負けられねぇんだ!」
マジェクトの励ましによって立ち直ったアラン。たとえ俺の能力を失っても、いささか闘志は衰えを見せない。
ヤツの脅威はその諦めない心、俺はそれをねじ伏せて行かねばならないのだ。
だから……一撃で決める。
「神気『発生』!」
『エルティナっ!? 神気をどうするつもりだ!』
俺は今まで神気を真剣に考えたことはない。どうやって使えばいいのか分からなかったこともあるが、自分一人でなんとかできると思っていなかったので後回しにしよう、と結論したことが最大の原因だ。
だが、俺は気付かされた、先代桃太郎によって。
実は俺は最初から神気を使って生きてきたのだ。この大いなる能力を知らずに、俺は成長してきたのである。
困難に対峙した際に、俺がでたらめな能力を発揮できたのも、全ては神気に支えられた産物であったのだ。
そう、俺は無意識的に神気を利用し発動させ続けていた。この神気を理解できるのは極々一部。それこそ神々か、真に俺と運命を共にする者だけだろう。
白く輝く俺の神気は、桃色に輝く桃力に交わり更に輝きを増してゆく。増大する力は行き場を求めて猛り荒ぶる。
【無限】に湧き出るかのような力に驚いたトウヤは、しきりにキーボードをカタカタと打ち続けている。なんとも懐かしいやり取りだ。
「まだ、そんな能力を隠してやがったのか!? だが、おまえから奪った能力には、そんなものはなかったはず! どういうことだ!」
アランは声を荒げ問い質してきた。ならば、答えてやるのが世の情け。
「これは魂の力、純然たる俺の能力。俺そのもの」
俺の答えにヤツは顔を歪めた。最早、俺の力は部屋に溢れかえり、アランを蝕み始めているのだ。
「この特性は俺が望んで効果を発揮することはできない」
この神気の特性はあまりにも危険過ぎた。それこそ、世界の法則すら容易に破壊することができるだろう。だから、俺は任意でこの特性を使えない。
「だから、俺は祈るのさ。己のためにではなく、他者のために力を与えたまえと」
祈りは力、他者への想いは愛。他者を救うための想いが神気に認められた時、神気は大いなる力を俺に与える。
俺は己の神気を認識し理解した。そのことにより、神気は遂にその真の能力を解禁する。
括目せよ、神々すら恐れ羨む禁断の能力を!
「神気、特性【無】。俺の魂の力は、【無限】の可能性を俺に与える!」
「な、なんだとっ!?」
瞬間、部屋の景色は変貌を遂げた。機械的部品で埋め尽くされた部屋は一面が星の輝きで覆い尽くされたものになっていたのである。
それだけではない、床すらも消滅し俺たちは宙に浮いた状態になった。
それは、まさに夜空の中にいるかのごとく。輝ける星々はそこにあり、俺とアランを分け隔てなく優しき光で包み込む。
ここは正しく宇宙空間。だが、俺たちが一般的に知る宇宙ではない。ここには太陽に照らされて輝く隕石もデブリもない。光り輝くものが、ゆっくりとどこかへ向かっているだけだ。
「な、なんだここはっ!?」
その輝けるものが足元にある惑星へと落ちていった、その姿は流れ星。だが、大気圏の摩擦熱に崩壊することはない。そのまま、静かに星へと落ちてゆく。
俺は特殊魔法〈ウォッチャー〉を発動し、惑星にに落ちた流れ星を追跡、映像として映し出す。
やがて、流れ星は一軒の民家へと落下し、その輝きは失せた。その直後のことだ。
『おぎゃあ、おぎゃあ』
産声、そして喜びの声が民家より聞こえ出した。見る見るうちにアランの顔は青を通り越して白くなる。
「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
遂には悲鳴を上げ、彼は頭を抱え恐怖の表情を晒した。どうやら、ここがどのような場所であるか、本能的に感じ取ったようだ。
そうだ、ここは決して生者が来てはならぬ場所。【旅人】の出発点であり、そして還る場所。
「見えるかアラン。この星々の輝きが。今まで、おまえを優しく照らしていた天の輝き、それは全て【魂】の輝きだ!」
異質と言える俺たちの下に集まってくる魂たち。それは殆どが興味本位の【旅人】たちだ。だが、中には確固たる意志をもって近付いてくるものもいる。
「う、嘘だっ!? こんなことって、こんなことって!」
アランを見つめる魂たち。そのひとつは、ハーインの姿を取っていた。それだけではない、彼を慕い最期まで戦い抜いたアラン四天王の姿もある。
これは幻想であろうか? それとも妄想が見えてしまっているのか?
いずれも否である。強い想いを残し旅立った者たちは己の姿を残しているのだ。その想いを無念を綺麗に洗い流し、次なる旅立ちに備える場所こそがここ……。
「ここは全ての【旅人】の還る場所。即ち、【輪廻の輪】!」
そう、俺は極限まで桃力と神気を高め【輪廻の輪】を召喚したのだ。桃力の可能性と神気の【無】の特性を融合し、俺は無限の力を手に入れ【輪廻の輪】の召喚を可能性としたのである。
これも永遠の責め苦を味わう哀れな鬼を救うため。全てはアランを救うために。俺は限界を超越する。
「アラン・ズラクティ! おまえも輪廻の輪に還る時が来たのだ!」
俺に応えてくれるのは仲間だけではない、漂う魂たちがアランを救うために力を貸してくれている。無限ともいえる魂たちが俺の中に入ってくるのだ。
普通であれば、このような乱暴なことをされれば、魂がパンクして自滅してしまうだろう。だが、俺の魂、すなわち神気は【無】の特性を持つ。それはすなわち、【無限】の容量。
『じ、尋常ではない! これが、おまえの本当の力なのか!?』
『あぁ、でも俺の能力だけじゃない。歴代の桃太郎が受け継ぎ託したものがあってこそ、初めて実現した能力なのだから』
全ては鬼を、宿敵を救うために、脈々と受け継がれてきた優しさ。それが、この能力を完成へと導いた。
今こそ見せよう、桃太郎が最終奥義。
「皆、行くぞ!」
俺は神桃剣月光輝夜を構えてアランに突撃した。ふわりと身体が宙に浮く。
『いもっ!』
「いもいも坊や、ありがとう! 月光蝶!!」
背中には月光蝶の翅、輝ける軌跡を残しながら俺は輪廻の輪を飛ぶ。その間も次々と俺の魂に入ってくる大いなる輝き。俺はその全てを受け入れた。
「まだだ! まだ、俺はっ! 俺はっ!」
だが、アランはまだ諦めてはいなかった。大量の赤黒い槍を形成し投げ付けてくるではないか。生への執着心は半狂乱となったアランを突き動かす。
彼は足掻く、最期の最期まで。だが、見苦しいとは思わない。それが、生きるということなのだから。
『御屋形様っ! いきますぞっ!』
「ザインっ!」
ザインの紫電が俺の全身を駆け巡る。その電流は俺の反応速度を驚異的に高めた。その動きは一秒前の俺の姿を置き去りにするほどに。
だが、圧倒的な絶望を前にアランは尚も抗った。回避する隙間も与えないほどの攻撃を放ってきたのだ。
『……』
『エルちゃんは、僕たちが護る』
俺の両肩から巨大な青い甲羅のヤドカリバサミ、そして巨大な炎の腕が伸び赤黒い槍を弾き、あるいは握り潰した。
「ヤドカリ君! チゲっ!」
『いって、エルちゃん!』
俺は輪廻の輪を飛ぶ。魂の仲間たちと共に。
「うおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
アランの攻撃は激化する。それは命の輝き、そこには陰も陽もない。ただ、生きて帰るという本能にも似た執念に突き動かされる男が放つ輝きがあったのだ。
だが、その表情は険しく苦しそうで……何よりも辛そうだった。
「捌ききれない!? 当たる……!」
膨大な量の陰の槍、後先考えない捨て身の攻撃は枝たちの防御をも貫かんとしていたのだ。その内の数本が俺に迫る。
これほどの想いが籠った陰の槍、当たればただでは済まない。だが、その槍は俺に届く事はなかった。
俺の胸から飛び出してきた光の枝【初代エルティナ】が、その身で全て受け止めてしまったのである。
人の形を取っているとはいえ、彼女はもう人間ではない。全てを喰らう者【光の枝】であるのだ。彼女が受けた陰の槍は速やかに消滅……いや、光の枝に食われてしまった。
「アラン……もう、これ以上苦しむ事はないのです」
「エ、エルティナ……!?」
初代のその目には涙、アランを案じてのものだった。
「何故だ、何故だっ! 俺は、おまえを自分の物にするために殺したんだぞ!」
「もう、過ぎたこと。貴方の愛は受け入れることはできなかったけど、好きだと言ってくれたことは本当に嬉しかった。だから……もう、これ以上、苦しまないで」
初代エルティナの想い、ここにアランは戦意を失ってしまった。恋い焦がれ、自分のものにならない事を悟ったアランは凶行に至る。
忘れはしない。初代と行為に及んでいた最中であっても、ヤツは涙を流していた事を。大切なものを自ら壊すことに耐えられず、己も気が付かずに流す涙。それを初代様は死ぬ間際まで見続けていたのだ。
「汝らは旅人……この世に生まれ、生き、死す定め。汝らは旅人……この世で喜びを、悲しみを、希望を、絶望を知る」
俺は【魂の歌】を詠う。疲れ果てたアランに届くように。
「汝らは無垢なる魂……たとえ穢れようとも輪廻にて穢れは落ちる定め。汝らは無垢なる魂……疲れ果て倒れても輪廻にて癒されるが定め」
神桃剣【月光輝夜】が大いなる輝きを放ち始める。八尺瓊勾玉が輝きに呼応し、より一層に桃力の刃が研ぎ澄まされ、遂には実体化した。
その桃色の刃はまごう事無き救済の刃。
「されど傷付き、疲れ果て、悲しみの闇に沈むのなら、我らは汝等を優しく抱きしめよう、悲しみが癒されるまで。我らは汝等を労わろう、その疲れが癒えるまで。我らは汝らを治そう、その傷が癒えるように」
奪い殺す、救い解放する、矛盾を抱えし輝ける刃を振りかぶった。
「我らは歌う、魂の歌を! 汝らの魂に届くように! いつまでも……いつまでも!!」
振り下ろされる魂の剣。それは全てを悟ったアランを、憎悪を、妄執を、渇きを、断ち斬る。
「桃戦技が最終奥義!〈輪廻転生斬〉!」
これこそが、歴代の桃太郎が望んだ最終奥義。鬼を真に救う慈悲の刃。
「アラン・ズラクティ。汝に罪無し、希望と共に逝け」
気休めではあるが、桃太郎の伝統とも言える決め台詞を言い放つ。生き地獄から解放された鬼に送る言葉だ。
使い始めたのは十三代目桃太郎らしい。それ以来、脈々と受け継がれてきた決め台詞である。
「エルティナ……俺は……。エリス……マジェクト……すまん……」
アランの肉体は光となって消え行き、後には純白の魂が静かに輝きを放っていた。とても小さな小さな魂だ。
その魂に寄り添う五つの魂。ハーインとアラン四天王の魂であろう。やがて、彼らはゆっくりと移動を開始した。魂に刻まれた傷を癒すために、輪廻の輪の中を長い時間を掛けて旅するのだ。
「さらばだ、アラン・ズラクティ。俺は、おまえを決して忘れはしない」
おまえがもがき苦しみ、鬼に堕ちてまで手に入れようとしたものを、俺は絶対に護り続けて見せる。だから、そこで見守っているがいい。
抗う者アラン・ズラクティ、幾多の悲しみを知る漢よ。
アランを救ったことにより、俺の中に入り力を貸してくれていた魂たちは再び旅の途に就いた。大量の魂が輝きながら、俺の中から出てゆくさまは、なかなかに壮観だ。
『終わったな……エルティナ』
「あぁ、終わった。終わったんだ」
長きに渡る因縁に決着を付けた俺は、知らず知らずのうちに涙を流していた。
それは因縁に決着を付けた安堵によるものでもあるが、この戦いで散っていた者の魂が輪廻転生斬を放つ時に力を貸してくれていたことを理解したからだ。
死しても尚、彼らは俺に力を貸してくれたのである。
「忘れない、忘れるものか。貴方たちの輝きを、決して……決して!」
……マスター……私は……お役に立てましたか……?
初めて聞く声。だが、初めてではない感覚。当然だ、俺とここに至るまで濃密な日々を共に過ごしてきた戦友の気配なのだから。
「もちろんだ、もちろんだとも! ラスト・リベンジャー! おまえがいてくれたからこそ、俺は、俺はっ!」
……それは何よりです……ありがとう……そして……さようなら……。
小さな小さな魂はゆっくりと俺から離れてゆき、大小さまざまな旅人の一団と合流した。俺は歪む視界の中、その光景を目に焼き付ける。
あぁ……ラスト・リベンジャーと戦士たちの魂が逝く。輪廻の輪をゆっくりと、ゆっくりと。
それは宇宙に輝く川。俺たちが見る天の川とは、魂の輝きが作り出す川のことだったのだろう。
やがて輪廻の輪はあるべき場所へと還っていった。数知れない多くの旅人とともに。その輝きを抱きしめながら。




