537食目 雷の殉ずる者
「オォォォォォォォ……ぉぉん」
その咆哮と共に雷龍ヴォルガーザインは姿を消してしまった。あれほどまでに大きかった龍が一瞬にして消え去ってしまったのだ。
あとに残るのは戦いによってズタズタにされた決闘場のみ。戦士たちを照らしていた照明も、戦いの余波にひとつ、また一つと砕かれ、今では生き残った数個の照明によってか細い輝きを送るに留まっている。
俺は堪らず彼の名を叫んだ。
「ザイン! どこだっ、どこにいる!? 行かないでくれっ!」
しかし、俺の声は広い決闘場の闇の中に吸い込まれ消えてしまった。それは、まるでザインが姿を消してしまったかのように。
「ザイン……ん?」
だが、よく耳を澄ますと何やら聞こえるではないか。それは足元からだ。俺は痺れて動かない首を強引に動かして声のする足元を見る。
うごごご! がんばれ、俺の首! いけるいける、もうちょい、もうちょい!
「みゅ~ん」
そこにいたのは、とても小さな紫色の龍の子供だった。プルプルと身体を震わせており、その様子から子犬のダックスフントを思い浮かばせる。
尻尾を振りつつも、つぶらな瞳でこちらを見上げる仕草など、まさにそれだ。
時折、パチパチと放電していることから、ひょっとすると、この小さな、小さな子龍がザインなのであろうか。と俺が判断に迷っていると、子龍は口を開き人の言葉を発したのである。
「おやかたさま、ごぶじでござるか?」
「やっぱりザインか! てか、ちっちゃ!? おまえ、随分と縮んだな!?」
やはり、この子龍はザインであった。あの勇ましかった姿とは大違いだ。
俺が彼のこうなってしまった理由を問うと、やはり想像したとおり、雷龍の力を使い過ぎてしまったがため、であるという。
「いまのせっしゃは、からだのすべてが、いかずちのため、ちからをつかえば、つかうほど、ちぢんでしまうのでござるよ」
「そうだったのか……ところで、人にはいつ戻るんだ? 腰にある薬をとってほしいんだが」
俺がザインに訊ねると彼は悲しそうな顔をして答えた。俺はその表情をもって答えであることを薄々感じ取る。
だが、俺は敢えてザインの口から答えを聞くことにした。それは彼の主としての責任からくるものだ。
「せっしゃのなかのひとは、しんだでござるよ。もう、ひとにもどることは、ないでござる」
覚悟はしていたものの、ザインの告白に俺たちはショックを隠せなかった。彼は確かに生きてはいる。しかし、それは俺たちがよく知る彼の姿はもうない、という事に他ならないからだ。
「おやかたさま、かなしまないでくだされ。むしろ、せっしゃは、うれしゅうござる」
「ザイン……俺はっ!」
いつの間にか俺は涙をこぼしていた。事の重大さを認識し、取り返しのつかないところまで到達してしまった事を悔いた。
そんな俺に対してザインはあくまで静かに穏やかに語る。
「せっしゃは、いかずちのじゅんずるもの。まことなるやくそくのこに、じゅんずるがしめい。それを、はたせもうした。これほど、よろこばしいことはないでござるよ」
「でもっ!」
言葉が続かない、喉の奥で詰まってしまっているかのようだ。後から後から彼と過ごした記憶が蘇り鼻の奥がツンとなる。そして、決壊したダムのごとく涙が溢れるのだ。
もう止まらない、止められない……。
「おやかたさま、せっしゃは、しあわせものでござるよ。こんなにも、かしんである、せっしゃをおもってくださるとは」
「もう、どうにもならないのか?」
「むずかしゅうございます。このからだを、いじするのも、やっとのみ。ましてや、ひとのすがたになるなど、ゆめのまたゆめ」
小さな小さな雷の龍は少しだけ俯いた後に、凛として前を見据えた。その表情は家臣としての顔。彼は俺に告げた。
「それに、いまは、このたたかいをおわらせることが、なによりも、ゆうせんされるべきでござる。いまなお、せんしたちは、おやかたさまをしんじて、たたかっているゆえに」
「……そっか、そうだな。わかったよ、ザイン」
俺の返事を聞き、ザインは微笑んだ気がした。彼と会話している間にも、雷の子龍はどんどんと縮んでいるように窺える。どういうことだろうか。
「おやかたさま。せっしゃ、いろいろと、つたえもうさねばならぬことがありもうす。しかしながら、ちからをつかいすぎ、このままでは、きえうせてしまうでござる」
やはりそうか、今のザインは自力で生きるための力を生み出せない存在なのだろう。だから力を使いこんなにも縮んでしまったのだ。
「どうすればいい?」
「はっ、しばし、おやかたさまのおちからを、おかりしとうございまする」
ザインはそういうと、『にゅぽっ』という音と共に、俺の腹の中に入ってしまったではないか。なんか腹の中がビリビリしているような気がしてくすぐったい。
『おやかたさまのなか、あたたかいなりぃ……』
おいばかやめろ。それいじょうはいけない。
『これで、しばらく、おやかたさまから、おちからをいただけば、ふたたび、わがちからをふるえるでござるよ』
『そっか、取り敢えずは大丈夫というわけだな?』
『さようにてござる。さぁ、おやかたさま、おにをうちにいきましょうぞ』
ザインがそう言い終わると、俺の全身に電気が走ったかのような感覚に襲われた。どうやらザインが俺の中で放電したらしい。
だが、それが終わると身体の痺れが治まり、自由に動けるようになっていたではないか。
『ザイン、おまえはやはり……』
『いかにも、せっしゃは、【いかずちのえだ】にてそうろう』
やっぱりそうだ、この感覚は全てを喰らう者の【枝】に相違ない。彼は電気を通して毒だけを食ってしまったのだ。
『ごめんな、今の俺じゃ【真・身魂融合】ができない』
『なんの、つながりがなくとも、こうしていれば、おやくにたてもうす。せっしゃは、おやかたに、えいえんのちゅうせいを、ちかいしもの。おやかたさまの、やいばでござる』
『ありがとう、ザイン。俺は幸せ者だよ』
俺は落ちていたザインの家宝である刀を拾い上げ、ラスト・リベンジャーの腰に装着した。他の部分はゴテゴテしていて装着できない不具合があったからだ。
「みんな、大丈夫か?」
「あ、あぁ……なんとかな。でも、身体が痺れて動かねぇ」
どうやら、動けるのは俺と初代セイヴァー様だけのようだ。腰にある薬も即効性は無いため、飲ませても回復するまで誰かが皆を護らなくてはならない。
取り敢えずは考えていても仕方がないので、さっさと薬を飲ませてしまうことにした。
「ほれ、薬だ。噛むなよ?」
「うげっ! にげぇ!?」
「リック、噛むなって言っただろが」
あまりの苦さにビクンビクンしているリックを見た皆は、しっかりと薬を噛まずに飲み込んだようだ。
人の言うことは、しっかりと聞くべきである。そう、彼は犠牲になったのだ。
「さて、護衛は……一人しかいないよな。初代セイヴァー様、お願いするんだぜ」
俺の願いを聞き入れ、初代セイヴァー様は、いまだ痺れが治らない皆を独りずつ抱き上げて一ヶ所に集めた。これで護り易くなるはずだ。
「じゃ、ちょっくらケリを付けに行ってくる」
「エル様っ!」
大きな目に涙をたっぷりと湛えたブランナが俺の名を呼ぶ。だが俺は立ち止まらない。
「ブランナ、心配すんな。必ず帰ってくるからよ」
そして、俺は振り返ることなく歩を進めた。その先は壁しかない。だが、この先から強大な陰の力が漂ってきている。
陰の力の感知能力が弱まっている俺ですら認識できる力だ。間違いなく、ヤツはこの向こう側にいる。
俺が迷うことなく歩を進めると、壁が音を立て割れるように開いた。その先には一本の道。間違いなくアラン・ズラクティへ通ずる道だ。
『来い、エルティナ。おまえとの因縁に決着を付けてやる』
どういう仕組みかはわからないが壁から直接アランの声がした。至る所にスピーカーを設置しているとするなら笑える話だ。
「上等だ、首を洗って待っていやがれ」
俺は戦いの決着を付けるべく暗い通路を進む。長かった因縁に終止符を打たんがために。




