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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
536/800

536食目

「無駄ですよぉ、諦めてイナオツちゃんとぉ、気持ち良い事しましょうよぉ?」


 だが断る! そして、おまえは絶対に許さん!


 とは言ったものも、イナオツのぶちまけた痺れ小便による効果によって、俺たちは体の自由を奪われたままだ。

 最悪なことに、痺れ小便はまだまだたっぷりとここら一帯に存在感を示している。これでは身体の自由を取り戻すことなどできやしない。しかも臭い、いい加減にしろ。


 頼みの綱の初代セイヴァー様は、ここぞとばかりにハッスルする全てを喰らう者もどきの対応に追われていて、こちらに応援に来ることができない状態だ。

 最早、誰一人として動けない状態に、流石の俺も焦り始める。


『エルティナ、今ラスト・リベンジャーのコントロールをムセルに変更中だ』


『あと、どれくらい時間がかかりそうなんだ!?』


『十分と言ったところか』


『四十秒でやってくだしあ! 俺の貞操がマッハで危ない!』


 この腐れ変態めは、さっきからハァハァと息を荒げてラスト・リベンジャーの装甲を引っぺがそうとしているのだ。

 装甲を剥がされたら最後、イカれたパオーン様によって俺は打ち貫かれてしまうだろう。まったくもって、冗談は顔だけにしろ。 


「硬い装甲ですねぇ。でも、そろそろ取れそうですよぉ」


「おいバカやめろ! 新品なんだぞ!」


 このままでは、抵抗もできないまま弄られてしまう! なんとかしないと!

 ぬあぁぁぁっ! なんかこう、奇跡っぽいの起きてっ! はやくっ、はやくっ!


「ほぉら、取れま……あうっ!?」


 イナオツが急に悲鳴を上げた。バチンと何かが弾ける音、そして焦げた臭いが漂い始める。

 いったい何事だろうか。出来事は俺の後ろで起こっているため把握することができない。


「いった~い!? いったい何をしたのよぉ!」


「そんなの、こっちが聞きたいんだぜ。俺は身体が痺れて動くこともできないんだから」


「しらばっくれて……優しくしてあげようと思ったけどぉ、痛いのがお望みなんですねぇ? それなら、そうと言ってくださいよぉ」


 イナオツはそう言うと俺の正面に立ち、黒焦げになった右拳を振り上げた。理由は分からないが、彼女の右手はなんらかの原因でダメージを負ってしまったようだ。

 振り上げられた拳が俺に迫る、どうやら顔に狙いを定めているようだ。それが分かっていても、どうにもならないのであるが。

 身体が動けばこの程度、華麗に回避して差し上げるものを。


 バチンっ!


「ぎゃっ!?」


 まただ、またしても弾ける音と焦げ臭いにおいが発生した。今度は俺の目の前でその現象が起こったので、イナオツに何が起こったかを把握することができた。


 イナオツの拳が俺の顔に迫った際、突如として何かが輝いた。それは俺に雷を想起させる。光った後に少し遅れてバチンという音が鳴ったからだ。


「痛ぅ……一度ならず二度までも! 絶対に許さないわよぉ!」


 イナオツの化けの皮は完全に剥がれた。そこには相手を弄ぶ百歩譲って可憐な少女の姿は最早なく、己を傷付けられ怒りに狂う鬼女がいたのである。



 ……断じて許さぬ、……確かに……そう言った。鬼の娘よ……憶えているか?



「……へっ!?」


 それはまるで頭に直接、響くような声だった。それは段々と確かに、しっかりと聞こえてくるようになる。


 イナオツは間の抜けた声を上げた後に顔を青ざめさせ、不安気に周囲をきょろきょろと見渡す。

 俺も見える範囲で声の主を探すがどこにも見当たらない。ザインだったものが視界に入り胸が締め付けられるだけだ。


 ザインはもういない、彼は死んだ。殺されたのだ、目の前の鬼女によって。では、この声はなんだ!? この声は……ザインのものではないか!



 御屋形様を恥ずかしるような真似は断じて許さぬ、拙者はそう言ったはずだ。



 今度こそ、ハッキリと聞こえた。彼だ、ザインの声で間違いない!


「ザイン! どこだ!? 無事なのか!?」


 俺は声を張り上げた。声が震えて情けないものになっているが構ってはいられない。ザインが生きている可能性が少なからずあるのだから。


 俺の声が切っ掛けかどうかは分からない。ザインだったものの周辺にバチバチと輝くものが確認できるようになってきた。

 やがて、その輝くものは増え始め眩さを増してゆくではないか。


「な、なによぉ!? 何が起こっているの!? あんたは、イナオツちゃんが殺したでしょうに!」



 確かに拙者は殺された。だが、おまえは拙者の中にある【人】を殺したに過ぎぬ。



「だったらぁ、死んでなさいよぉ!」



 我、異形と人との間に生まれ落ちし忌み子。



「ザ、ザイン……?」



 我、真なる約束の子に、永遠の忠誠を誓いし【雷の殉ずる者】。



 その瞬間、目が眩むほどの光、そして轟音が決闘場を支配した。光が収まった後、ザインだったものは炭となって崩れてゆき、その中心に雷に包まれた小さな荒ぶる球体が姿を現す。


 それは不自然なほど静かにたたずんでおり、荒ぶる球体のその形から、俺はそれが【雷の卵】のようにも思えた。


「あ……う、ううっ!」


 その球体を見て、あからさまにイナオツは狼狽した。それは間違いなく、彼女の天敵だったのだ。



 おまえは拙者の逆鱗に触れたのだ。我が主を辱めた所業、断じて許さぬ。我が怒りは轟雷のごとし、全てを焼き尽くす無慈悲な刃。我が名は雷龍……!






 536食目     『雷龍ヴォルガーザイン!』






 荒ぶる球体が割れ、その中から一匹の巨大な紫色の龍が飛び出してきた。その身体は雷で構築されているのか常に光り輝きバチバチと放電している。

 その龍は古き伝承のごとく宙に漂いとぐろを巻き、己が敵を睨み付けて咆えた。


「イナオツ! 最早、拙者に哀れみの心は残っておらぬぞ!」


 瞬間、機械で埋め尽くされた壁がショートし次々に爆発を起こす。怒れる龍から凄まじいばかりの電撃が撒き散らされたのである。

 その光景は、まさにこの世の終わり、とも取れる恐ろしく壮絶なものだった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 雷属性に耐性が無い水のイナオツであれば、恐怖はさらに増すことであろう。この世の終わりなど生温いほどの恐怖に支配されているはずだ。


「オォォォォォォォォォォォォォッ!」


 ザインが咆哮を上げ光を放ち、その直後に轟音が響く。バチバチと音を立てて痙攣するイナオツの後ろに雷の龍ヴォルガーザインはいた。

 あの優に五十メートルは越える巨体が一瞬にしてイナオツの後ろを取っていたのだ。


『後ろを取ったのではない、イナオツを貫いたのだ』


『え?』


 桃先輩に指摘され改めてイナオツを見ると、彼女のどてっぱらが黒焦げになっており、ぶすぶすと煙を上げているではないか。

 ガクガクと痙攣しているものの、それでも倒れないのは、流石は鬼、と言ったところか。


「が、あががががが! いだいぃぃぃぃぃ! じ、じぬ! じんじゃう!」


「無駄だ」


 イナオツはおぼつかない足取りでその場から逃げようとする。だが、それは叶わなかった。

 ヴォルガーザインは彼女が撒き散らした尿を利用して電流を流し、彼女を感電させたのである。


 通常なら、それをおこなえば被害は俺たちにまで来るのだが、どうやらザインは完璧に雷を操れるのか、俺たちに被害は出ていない。


「あばばばばばばばばっ!?」


「あ、すまぬ。加減を間違えたでござるよ」


 なんということだ、ウルジェが犠牲になってしまったではないか! やはり、ザインはザインだった!


「ひぃ……ひい……!」


 最早、イナオツは虫の息だ。這いずってでも逃げようとする根性は、たいしたものだと褒めてやろう。だが、無意味だ。

 既にザインは彼女をロックオンしている。彼によって退治されるのは時間の問題だろう。


 だが、ここで全てを喰らう者もどきがイナオツの救援に駆け付けたではないか。やはり、三匹相手だと、いくら初代セイヴァー様でも倒しきれない。


 というか、全てを喰らう者もどき三匹相手に対等に戦える初代セイヴァー様、マジ半端ねぇっす。


「しょせんは紛い物。生まれたてではあるものの、【枝】の力を見くびってもらっては困る」


 ゴゥン!


 それはザインの咆哮であろうか。雷の龍は光の速さで赤黒い大蛇を蹂躙し、意図も容易く無に還してしまった。

 最早、人の目では認識できないレベル。ここにいる者は、ほぼザインが何をおこなったかを理解している者はいないだろう。


 だが、俺は直感ではあるが、彼が赤黒い大蛇に何をおこなったかを感じ取ることができた。


 悲鳴、俺は確かに全てを喰らう者もどきの悲鳴を聞いた。


『な、なんだと……!? 俺の全てを喰らう者が【食われた】!?』


 そう、食われた。アランの全てを喰らう者もどきは雷龍に食われてしまったのだ。

 赤黒い大蛇の悲鳴は、自分が終わってしまうことを理解してしまったため。それは絶対的な捕食者から被捕食者に転落してしまった事に対する絶望とも言えた。


『出てこい! 出てこい! なんで出てこねぇんだ!』


 出てくるはずがない、殺されたのではなく【食われた】のだ。既に全てを喰らう者もどきはザインの腹の中、消化されて彼の一部となる。


 ザイン……おまえは、やはりそうなのか?


「まずい、やはり食うなら蕎麦に限る」


 そう言って、ザインは這いつくばって無様に逃げるイナオツに標的を定めた。その眼差しは、かつての彼のものではない。

 人としての優しさ甘さが一切ない。まさに獲物を狩る捕食者の目だ。


「ひぃぃぃぃぃぃっ! やめてっ! 助けてっ!」


 彼女の行く手を遮るように立ちはだかる雷龍ヴォルガーザイン。彼は最早、イナオツの言葉を聞くつもりなど毛頭ないようだ。ゆっくりと、じわじわと弄るように彼女を長い身体を使って追い詰めてゆく。


「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁっ! 助けて、アラン様! 死にたくないよぉ!」


 だが、二体となってしまった全てを喰らう者もどきは、ことごとく初代セイヴァー様に駆逐されてしまっていた。必死にイナオツを救援しようとしていることは分かるが、それを許すほど、骸骨騎士様は甘くないようだ。


「お、お願い……謝るから……もう、悪い事しないから……許して……」


「【人】であった、ザイン・ヴォルガーは、おまえによって殺された。今の拙者は人に非ず、慈悲などない。我が名は……雷龍ヴォルガーザイン! 雷の枝なり!!」


 悲鳴はない、それはバチバチという音が代理を務めていた。イナオツは目が眩むほどの電撃を纏う雷龍に抱擁され小刻みに痙攣しながら焼けてゆき、最後には炭となって砕け散ってしまったのだ。


 俺たちを散々苦しめ、ザインをも手に掛けたイナオツの最期は、こちらが哀れみの眼差しを投げかけるほど無様なものであった。

 もちろん、同情はしない。輪廻の輪に還って、真っ新になってくるがいい。


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」


 雷龍ヴォルガーザインが咆えた。それは人を捨てし者が発する悲しき声か、それとも……。

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