53食目 脱出
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
珍獣、発光なう。
シャイニングボールは臭い方々に特効であるが、いかんせん目が開けられない致命的な欠点がある。しかも燃費が悪くごりごりと魔力が減っていく始末だ。
おまけに状況はよろしくない。一見、こちらが圧しているように見えるが、疲労が蓄積している分、こちらは既にケツに火が付いているも同じだ。
もし、ここで、ふぁっきゅんゾンビーズが乱入してしまえば、俺たちは一巻の終わりである。よって、なんとしても侵入を阻止しなければならない。
とはいっても疲れてきたので、俺はダナンに声を掛けた。
「おいぃ、ダナン。ここを代わってくれ」
「できるかっ! しっかし眩しいな、それ!」
「なら止めるか?」
「申し訳ございませんでした」
素直でよろしい。そして、ダナンは使えないヤツだぁ。
まったく期待していなかったが、言葉にして聞くとがっかりする。
そんな、ションボリする俺の耳に何やら不穏な音が飛び込んできた。こことは別の場所で大きな音がする。
何事かと思い、大きな耳をピコピコと動かし音を拾い集める。
「沢山の足音……近付いてくる?」
ゾンビとは違いしっかりとした足音を立ている。
間隔が早い、という事は走っている証拠。いったい、何者であろうか。
足音の主は部屋に侵入しようと押し寄せてくるゾンビたちを蹴散らし、俺の下へと到達した。
そして、俺の肩に手を置いて話しかけてきたではないか。
「エル!」
「ふぁっ!? エド!」
なんと、こんな場所にまでやってきたのはエドワードたちであった。クラスメイトの武闘派連中も一緒である。
「うおっ!? エドワード殿下! 何故、このような危険な場所へ!?」
アルのおっさん先生はエドワードの登場に、呆れに近い驚きを見せていた。
そりゃまぁ、驚くわな。最重要護衛対象が乗り込んできたんだから。俺もビックリだ。
「エルぅ! 無事かぁ!」
ガンズロックがツーハンドアックスを振り上げ、黒犬に振り下ろした。
その巨大な斧は障害となる角を意図も容易く粉砕し、黒犬の肉体に突き刺さった。恐るべき威力だ。
「きゃん!」
そして、相変わらずわんこ鳴き声は姿に反比例していた。
「ちょっと、ガンズロック! 私たちにも残しなさいな!」
「うるせぇい! 早いもん勝ちだぁ!」
ここに、武闘派のクラスメイトたちによる黒犬虐待劇が始まった。幼い子供の容赦のない攻撃に黒犬はその原型を失ってゆく。
これは酷い、マジで震えてきやがった。手練れの冒険者でも後れを取るであろう化け物を、数名のクラスメイトたちが笑いながらボコボコにしているのだ。
数分後、黒犬はモザイク加工が必要なほどにぐちゃぐちゃになって動かなくなった。
「うふふ、物足りないわね」
酷いセリフを聞いた気がする。一通りボテ繰り回し、ピクリとも動かなくなった元黒犬に対して、物足りない、である。
苦戦していた俺たちに謝るべき案件であるが、文句を言うとおっかないので、そっと心の奥底へ封印処理することにした。
ふっきゅんきゅんきゅん……珍獣様は賢いお方。
同時にゾンビたちもエドワードの〈シャイニングボール〉によって駆逐され、ここに脅威は消滅したのであった。
これで俺も光らなくて済むというものだ。よかった、よかった。
「ふぅ、助かったぜ」
ゾンビを相手にしていたライオットがこちらに合流した。その身体にはおびただしいくっさいお方の体液やら肉片やらがこびり付いている。
「くっさい!」
「きたねぇ!」
「こっちにくんな!」
クラスメイトたちが一斉に〈フリースペース〉から水やら何やらを取り出し、ライオット目掛けて〈ウォーターボール〉をぶっぱなす。
「がぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ!?」
これは酷い、陸で溺れるヤツなんて初めて見たぞ。
「お、俺が……何をした……げふっ」
哀れ、ゾンビ相手に奮闘していたライオットはおびただしい水の玉を受け力尽きた。一応、綺麗になっているのが哀愁を誘う。
「さて、ライオットも綺麗になったし帰ろうか、エル」
そして、このエドワードである。目の前の惨事など、どうということもない、といった態度に、俺は未来の暴君を、あるいは覇王様を見い出す。
きみの笑顔がとっても恐ろしいです。はい。
一段落したところで、反対側の入り口からゴードンたちが入ってきた。どうやら、彼らも来ていたようだ。
いつものトリオが足りないと思ったら、マフティはブルトンに背負われている。負傷してしまったのだろうか。心配になった俺は彼らに駆け寄った。
「ブルトン! マフティは!?」
「……大事ない、疲労がたまっているだけだ。休めば治るだろう」
「ふきゅん、ならいいんだけど」
見た感じ、マフティに外傷はない。ならば、ブルトンの言うとおり疲労で倒れてしまったのだろう。
戦闘能力が高いといっても彼はまだ幼い子供だ。体力の管理など、しっかりできやしないのだ。
「ケケケ、そう心配すんな、少し休めばケロッとした顔を見せるだろうぜ」
「そうだな……分かった。それじゃあ、帰ろうか」
長かった騒動にケリが付いたことを悟り、俺たちは踵を返して立ち去ろうとした。だが、その時のことだ。
あろうことか、ミンチになったはずの黒犬が突如として動き始めたではないか。
「なんだと!? あの状態でまだ生きているというのか!」
アルのおっさん先生のいうとおり、普通の生物ではあり得ない現象だ。
あまりの事に呆然としていると黒犬に更なる変化が起こる。ぐちゃぐちゃになった肉体が膨張を開始したのである。
それは周囲にあるゾンビの肉片をも取り込み、どんどん大きくなってゆく。まるでそれは食事でもしているかのようだ。
しかも、黒犬にとっては食えればなんでもいいらしい。見境なく吸収してゆく物の中には瓦礫や銅像も混じっている。これは非常に危険だ。
「こ、こいつ!? みんな! 攻撃魔法で応戦を!」
いち早く立ち直ったエドワードが号令を出した。その声で我に返ったクラスメイトたちが攻撃魔法を黒犬……今や蠢く肉の塊となった存在に叩き込んだ。
肉の塊は腐肉を撒き散らしながらも、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。表面は焦げ嫌な臭いを漂わせているにもかかわらず、その速度はまったく衰える事はなかった。
そればかりか、飛び散った己の肉片をも喰らい、再び己の肉として再生させてしまったのだ。なんというタフネスであろうか。
「ダメだ、ここにいたら全滅する! エドワード殿下、撤退を!」
「分かった! みんな、撤退だ!」
状況が不利だ、と悟ったアルのおっさん先生は即座にエドワードに撤退を要求する。それを彼は容認し、みんなに撤退命令を出す。
攻撃魔法の使えるクラスメイトたちは殿を務める。攻撃魔法を撃ちつつ、少しでも進行速度を落そうという算段だ。
だが、あまり効果はないようで一向に肉の塊の速度は落ちない。そればかりか、手あたり次第に物を取り込んでいったせいか、おぞましいほど大きな口が生れ出てきた。
それはもう滅茶苦茶だ。生えている牙も配置はてんでバラバラ、これでは咀嚼などできやしない。
「ええぃ、魔法じゃダメだ。リック、手伝ってくれぃ」
「いいぜ、何か考えがあるのか?」
リザードマンのリックに協力を要請する。俺は地面に手を付き魔法を発動させる。そして、額も地面に付けて追加の魔法を発動させた。
「え? 土下座?」
「あんな知性の欠片もない化け物に感心しないね」
リックとエドワードは呆れているようだが、端からそんなものに期待などしていない。これは俺の必殺技に必要な行為なのだ。
さぁ、準備は完了だ。俺の秘策を見て驚くがいい。
ずぼっ。ずももも……。
「ふっきゅんきゅんきゅん……迂闊なヤツめ! 改良型落し穴『蟻地獄』で、ゆっくりしていってね!」
これが進化を遂げた俺の魔法技『蟻地獄』である。
従来の落とし穴は時間がかかる上に設置個所が丸分かり、という情けない事この上ないものであったが、改良を重ねた結果、時間短縮と設置個所の隠蔽に成功した。
だが、それをおこなうには両手と額を大地に接触する必要が生じたのだ。それは地面の内部を薄皮一枚残して〈アースブレイク〉で砕く必要が生じるからだ。
額を地面に付ける行為は、それによって地面の内部をある程度把握できる……気がするからだ。
額を付けた場合と、付けない場合では成功率が露骨に違うので現段階では付けざるを得ない。非常に情けない格好なので改善の余地は大いにあるだろう。
そして、穴の下は蟻地獄の巣を参考にした脱出困難な構造を取り入れている。もがけばもがくほどに深みにハマるという恐ろしいものだ。
自分で落ちてみてその恐怖は体験済みだ、ふははは、怖かったぞう。
「ふきゅん、流石にデカ過ぎるな。完全にハマりやしねぇ」
「うおっ、落とし穴かよ!」
肉の塊は体の半分程度しか落とし穴に落ちなかった。あれではすぐに抜け出してしまうだろう。だが、これで少しは時間が稼げるはず。
「リック、頼むんだぜ!」
「あいよ!」
リックは素早く俺を担ぎ上げて走り出した。足の遅い俺では、最悪、肉の塊に追い付かれてしまう可能性があった。そこでリックの出番である。
彼はリザードマンという種族特性から常に軽装であり身体能力が高い。それゆえに、体重の軽い俺程度を担いで走っても、それほど速度が落ちないのだ。
「今のうちにっ!」
きゃーきゃー、と出さなくてもいい悲鳴やら雄叫びやらを上げながら、脱兎のごとく退散するクラスメイトたち。
疲労の激しいリンダとダナン、陸で溺れたライオットはヤドカリ君に乗せてスピードアップを図っている。
「ヤドカリ君、早~い!」
リンダはヤドカリ君の上ではしゃいでいる。どうやら、ご満悦のようだ。
「エドワード様! ゾンビたちは片付きましたわ!」
「ご苦労様、クリューテル。さぁ、ここから急いで脱出だ。事情説明は走りながらおこなうよ」
途中の通路で銀ドリルことクリューテルと合流する。どうやら、ほぼ全てのクラスメイトたちが館に乗り込んでいるらしい。
そして、俺たちは無事に館の脱出に成功する。館の外には数名のクラスメイトが待機していた。どうやら、無計画に突入していたわけではないようで安心した。
「えるちゃん! おかえりっ!」
狸の獣人プリエナが俺の姿を見て駆け寄ってきた。事情を察してくれたリックが俺を下ろしてくれる。
そこにプリエナが突撃抱き付きを敢行。
「げふっ!?」
俺は顎に頭突きを受け、114514ポイントのダメージを受けた。
「た、ただいま、プリエナ」
俺は白目痙攣しつつもプリエナの頭を撫でてやった。癖っ気のある髪の触り心地がいい。
頭を撫でてやると、彼女は目を細めて喜んだ。
「みんな、聞け! もうすぐ、ここに凶悪な化け物が姿を現す! 俺の上級攻撃魔法が完成しないまま化け物が現れたら、応戦してくれ!」
アルのおっさん先生がクラスメイトたちにそう告げた。事情を知っている俺たちは彼の言葉に従い迎撃準備を整える。
だが、外で待っていたクラスメイトたちは困惑している。当然であろう。
「攻撃魔法の用意! 合図と共に館の入り口に向かって放つんだ!」
エドワードの高い声は良く響いた。その声を聞いて戸惑っていたクラスメイトたちも攻撃魔法の準備に入る。
『後輩、おまえは間違っても攻撃魔法を使用するなよ』
『わ、分かっているんだぜ』
館の入り口で爆発してやろうかとも考えたが、それは桃先輩に見破られていたようだ。俺は震え声で彼に返事を返す。
アルのおっさん先生が上級魔法の構築を開始した。上級魔法は練度が上がっても面倒な魔法構築を必要とするらしい。
威力を重視すれば正確に術式を組み立て詠唱の後に発動する。スピード重視なら術式をある程度簡略化して発動。当然の事だが威力は格段に落ちる。
アルのおっさん先生は前者を選択。魔法発動まで最大で五分かかるそうだ。
「先生の魔法が完成するまで、来るんじゃねぇぞ……」
ダナンが特大級のフラグをおっ立てた。その期待に応えるかのように現れる肉の塊。
時間にしてまだ二分程度だ。来るのが早過ぎる。
バキバキと玄関を破壊し、その破壊した破片すら飲み込んで更に肥大化している。
最早、生物とは思えない存在へとなり果てたソレにクラスメイトたちは息をのんだ。
「攻撃開始っ!」
エドワードが声を張り上げた。あらん限りの勇気を振り絞って声を上げたのだろう。
萎縮していたクラスメイトたちが我に返り攻撃魔法を肉の塊に放つ。
だが、肉の塊はその歩みを止めることはしない。ゆっくりだが着実に近付いている。
やがて、巨大な肉の塊の所々が蠢き盛り上がった。それは気味の悪い触手だ。肉の塊は触手を生やして俺たちを直接攻撃してきたのである。
「魔法が苦手な者は触手の迎撃を! アルフォンス先生に近付けるな!」
エドワードの的確な指示が飛ぶ。相手は一体にもかかわらず、乱戦の様相を呈してきた。
『後輩、〈ヒール〉の用意。特に足をやられた者を優先』
『了解なんだぜ』
脳内で桃先輩に指示される。言われなくても分かっていることなのだが、指示してくれればそれだけで安心感が違った。
攻撃魔法が苦手な者が武器を手に取り襲い掛かる触手を迎撃する。触手の速度は想像よりも遥かに速い。油断すればたちまちの内にやられてしまうだろう。
「けぇっ! こんなもんが怖くてよぉ、戦えるかってんだぁ!」
ここで、体の小さいガンズロックが触手を掻い潜って肉の塊の本体に一撃を喰らわす。
すると、一時的だが触手の勢いが衰えた。どうやら、倒すまではいかないものの、きちんとダメージは与えていたらしい。
それを確認した近接戦闘が得意なクラスメイトたちは挙って肉の塊の本体へと攻撃に移る。
とはいえ、攻撃魔法を放つ者を触手から護る者も必要なので数は少ない。
「ちょっと! 何よこいつ! ぶよぶよしてるじゃないの!」
どうやら、格闘を専門にしている者では相性が悪いらしい。ライオットも攻撃を跳ね返されて四苦八苦している。というか、いつの間に復活したんだぁ?
「先生! 魔法はま~だ、時間が掛かりそうですかねぇ? ヒール!」
「あと二分弱くれっ!」
どうやら、あと二分少々で上級魔法が完成するらしい。流石は一流の魔法使いだ。
上級魔法発動まで、あと二分。果たして、俺たちは犠牲者を出さぬまま耐えきることができるのであろうか。