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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
526/800

526食目 奇跡は芽吹いた

 ◆◆◆ 女神マイアス ◆◆◆


「なんということ! フィリミシアが……!」


 フィリミシアの町が炎に包まれ夜の世界を赤く染め上げる。迫り来る絶望は容赦なく人々を飲み込み、全てを無に還さんとする。

 失われてゆく命、それは私の可愛い【約束の子】とて例外ではなかった。


「そんな……プルルがやられてしまいました! それに、ユウユウも危ないです!」


 天使ミレットが映像を見て目を白黒させている。愛しい子供たちが危ないのは分かっているが、今の私ではどうすることもできない。できる事と言えば祈ることだけ。

 だから私は祈った、この世に生きる全ての善なる者の為に。


 しかし、私の祈りを嘲笑うかのように悪児たちは人々の命を奪い去って行く。一人、また一人と。私はなんと無力なのか。悔しさと無力感で涙が溢れ、私の頬を濡らした。


 それでも……私にできる事は祈ることだけ。


『ひっひっひ、桃ジジイ、どうやらここまでのようだな』


『お、おのれっ……げほっ! げほっ!』


 頼りの桃師匠は咳き込み戦うことができない、ユウユウも劣勢を強いられている。鬼化による能力の底上げも、そろそろ制限時間が迫っているようだ。

 リンダはプルルが死んでしまったことによって戦意を喪失……自我を手放し俯いたまま。

 メルシェは死んでしまったプルルに無駄と知りながらも健気に語りかけている。


 正直、もう見るのが辛い。何故、カーンテヒルが、神々にも楽園と称された私の世界がこんなことになってしまったの?


『ぐぅっ!?』


 ユウユウが星熊童子の強烈な拳を顔に受けてふっ飛ばされた。転がっていった先は桃師匠たちのいる場所だ。

 桃師匠は咳で辛いにも関わらず、ふっ飛ばされてきたユウユウを体を張って受け止める。


 その様子を見ていた二人の悪児の四天王は、極めて残酷な笑みを浮かべた。


『楽しめたけど、そろそろ終わりにしようかえ?』


『うむ、この後は勝利を祝して宴会が控えておるしのう』


 勝利を確信した星熊童子と金熊童子はじりじりと距離を詰めてゆく。この二人に対してユウユウは震える足で強引に立ち上がる。いまだ闘志は一片の陰りを見せていない。


 しかし、彼女の純白のドレスは、自身の流した血で赤く染まっていた。ここまで痛めつけられたユウユウ・カサラを見たのは初めてのこと。


 なんという強さだ、これが四天王星熊童子の実力……これが現身だというのなら、本体はどれほどの恐怖を身に纏っているのか。


『まだ勝ち誇るには早過ぎるわ。私はまだ生きているのだから』


 彼らに対してユウユウは淑女の微笑みを悪児たちに送る。もう彼女が限界なのは火を見るよりも明らか。しかし、ユウユウは断じて退かず。己を最後まで貫く姿勢を見せた。


『天晴じゃ、流石はかつての御大将の右腕よ』


 その姿勢に星熊童子は惜しみない賛辞を贈る。同様に金熊童子も彼女に敬意を払った。


『しかし、その身体では不便じゃろうて。今殺してやるから、鬼ヶ島へ帰るがいい』


 金熊童子が構えた。〈腐化爪〉を繰り出すつもりだろう。今のユウユウにそれを防ぐことはできない。もう彼女は満身創痍なのだ。

 その両腕は既に骨折していて使い物にならない。ひびが入っていない箇所を言った方が早いのではないだろうかというほど全身が傷付いている。


 桃師匠は咳が酷くてまともに動けない、リンダもメルシェも……! 

 ダメ、ダメよ! ここのままじゃ、皆が死んでしまう! 誰か! 誰かこれないの!?


『では、向こうで会おうぞ。茨木よ』


『……く』


 私の願いもむなしく、金熊童子の魔爪がユウユウに向かってゆく。狙う箇所は心臓、これを受ければ彼女とてただでは済まない。濃厚なる死がユウユウに迫った。


「だめっ! 止めてっ!! ……え?」


 だが、それは彼女に届くことはなかった。彼女の手前にいた抜け殻状態のリンダの手によって掴まれ、魔爪は意図も容易く握り潰されてしまたのだ。

 しかも、彼女は後ろを向いていた。そのような状態で、正確に魔爪を掴み握り潰した、という事実に私は驚きを隠せない。


『な、なんと!? 金剛石をも切断するわしの魔爪がっ!』


 これには金熊童子も驚きを隠せなかった。己の誇る魔爪が完膚なきに破壊されてしまったのだから。


 しかし、いったいリンダの身に何がおこっているのだろうか。その答えはすぐに判明することになった。


『……破壊する』


 あろうことか、リンダからとてつもない量の陰の力が放たれていたのだ。何が起こっているのか理解できない。何故なら、あの子は私の【約束の子】。悪児の能力なんて与えた覚えはない。


「何が起こっているの……私の知らない所で、私の子供たちが変わってゆく」


 彼女はすっくと立ちあがり金熊童子に振り返る。その表情は恐ろしいものだった。無表情なのだが、そこには憤怒、憎しみ、悲哀が入り混じっていたのだ。

 その顔はとても人ができるような表情ではない、全ての苦しみと悲しみ、そして憎しみを知っている者の顔。


『破壊する、破壊する……私の大切なものを奪う者は……私が破壊する』


 メリメリと音を立てリンダの左頭部から黄金の角が生えてきたではないか。そして、リンダの虚ろな瞳にに生気が戻りその表情に熱が籠った。それは怒り、全てを燃やし尽くさんとする業火の表情だ。


『私は……鬼だ! 私たちが……鬼だ!』

 

 リンダはあらん限りの気迫を籠めてそう宣言した。そんな彼女の気迫に気圧され二人の悪児の四天王は固まった。


『なんじゃと!? 茨木が二人!?』


『そんな事があるわけが……!?』

 

 まさか、彼女は本当に悪児として覚醒してしまったのだろうか。憎しみの末に、人としての生を捨ててしまったというのだろうか。信じられない、信じたくない。


『やっときたわね! 半身!』


 そんなリンダに呼応するようにユウユウの身体から陰の力が放たれ出す。ここまで強い陰の力を出せるだなんて私は知らなかった。


 そう、ユウユウも陰の力を秘めていた。でも、彼女はオーガと人間のハーフだ。オーガ種はどちらかと言うと殺戮を好む種族であるから多少は陰の力を備えていてもおかしくはない。

 でも、ここまで陰の力を扱える個体など存在していなかった。ここまでの量の陰の力を持つのは悪児のみだ。つまり、彼女もまた……。


『ユウユウ!』


 ユウユウが左手をリンダに差し出した。それをリンダが右手で掴む。二人の陰の力が混ざり合い、それは完璧に調和したではないか。


『私がっ!』


『私たちがっ!』


 二人の陰の力が混ざり合い新たなる力へと生まれ変わる。いや……これは、もともと同じ力、分かれていた力が一つに還っただけ!? あぁ、なんてこと! こんな力……私は知らない!


『茨木童子よっ!』


 二人で一人の悪児、ユウユウ・カサラとリンダ・ヒルツは己の、【茨木童子】の誕生を宣言した。そこにいるのは果たして本当に悪児なのか。

 荒れ狂う陰の力に寄り添うようにして優しく輝きを放つのは桃色に輝く陽の力。これは決して悪児が持ってはいけない輝きだ。


『な、なんじゃ……その力は!?』


『陰と陽の力が同じ場所から発生するじゃと!? 茨木……そなたはいったい!?』


 星熊童子と金熊童子の言うとおり、彼女たちが纏う力はあってはならない力であった。

 相反する力が対消滅ではなく融合しているのだ。しかも、あろうことか相乗効果で無限に高まってゆく。これでは彼女たちの身体が持たないのではないだろうか。


『ユウユウ、大丈夫?』


『あら、この程度どうということはないわ』


『なら……!』


『えぇ、よくってよ!』


 リンダが左手を突き出す。ユウユウは右手を突き出した。その二人の手の間に強力な力が発生し凝縮されてゆく。この力は……まさか!?


『鬼力特性【破】! 私の鬼力は全てを破壊する!』


『鬼力特性【重】! 私の鬼力は重力を自在に操る!』


 そう二人の間に発生したのは、重力の歪【ブラックホール】だ! なんというものを作り上げたの、この子たちは!


『いかん! 星熊!』


『分かっておる! やられる前にやってやるぞえ!』


 星熊童子がリンダを潰そうと襲いかかってきた。右拳に陰の力が凝縮し赤黒く輝く。


『鬼戦技!〈魔愚南無マグナム〉! わらわの拳は全てを貫く!』


 そう、この鬼戦技でユウユウの防御を貫きダメージを与えてきたのだ。狙いはユウユウよりもか弱いリンダ、まともに喰らえば命の保証はできない。


『破壊する』


 ぞっとするようなリンダの声、全てが凍て付くかのような眼差し。直後にボンという音がして星熊童子の丸太のような右腕が爆ぜた。なんと、彼女は睨み付けただけで、悪児の頑強な肉体を破壊してしまったのだ。


『なっ!?』


 己の腕が爆ぜ攻撃が不可能になったことを悟った星熊童子は、勢いを失い彼女たちの目前に降り立った。そこは丁度、ブラックホールの真正面だ。


『言ったでしょ? 私の鬼力は全てを破壊するって』


『クスクス……脳筋は嫌ねぇ。じゃ、そろそろお別れしましょっか』


 リンダとユウユウは狙いを星熊童子に定めた。ギチギチと奇怪な鳴き声を上げる巨大な黒球が、眼前の獲物を貪り尽さんと舌なめずりをする。


『受けなさい、星熊! 茨木童子が必殺の鬼仙術!〈重破砲グラビトンキャノン〉!』


『ぶっつぶれろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』


 ごっ! メチメチメチっ!!


『ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?』


 巨大なブラックホールに飲み込まれた星熊童子は重力の歪に体を砕かれながら、黒い球体と共に遥か上空まで飛んでゆき、暫らくした後に轟音と共に消し飛んだ。


『クスクス……久しぶりに見たけど汚い花火ねぇ。これは改良が必要かしら?』


『綺麗じゃないことは確かだね、ユウユウ』


 これが復活した茨木童子の能力……! なんと強大で恐ろしいの!? 現身とはいえ、星熊童子はこの世界の中でトップクラスの実力を誇っていた。そんな彼女が手も足も出ないでやられてしまうとは!


『星熊っ!? やってくれるのう……茨木よぉ!』


 星熊童子がやられたことで金熊童子は本気を出したようだ。全身から魔爪を伸ばし無差別攻撃を敢行してきたのだ。


『っ! 数が多いよ!』


『やれやれだわ』


 どうやらリンダの鬼力は多数には向かないようだ。迫り来る三本ほどの魔爪は破壊できたものの、残りはユウユウが拳でもって弾いている。

 骨折していたはずの彼女の腕はいつの間にか完治しているようだ。これが悪児の治癒能力なのか。


『ちぃぃぃぃぃぃぃぃっ! 茨木! 何故、おぬしは御大将に歯向かう真似を!』


『クスクス……そっちの方が面白いじゃない』


『っ!? ひっひっひ! その考えはなかったわい! なら、わしもお主をそのつもりで扱う! 護れるものなら護ってみせい!』


 だが、金熊童子の標的はリンダとユウユウだけではなかった。その傍にいる桃師匠やメルシェも標的に定まっていたのである。金熊童子は更に魔爪の量を増やし攻撃を激化させてきた。


『こいつっ!? リンダっ!』


『ダメっ! 数が多過ぎる!』


 膨大な量の魔爪が身動きの取れない桃師匠に迫る。それに立ち向かうのはGDモモチャージャーを身に纏うメルシェ。だが、あまりにも無謀であった。

 魔導ライフルを連射するも全て魔爪に切り裂かれ霧散してしまう。このままでは華奢な体を無残にも切り裂かれ絶命してしまうことは明らかであった。


『このっ! このっ!』


『メルシェ!』


『きゃっ! も、桃師匠!?』


 桃師匠が覆いかぶさるようにして魔爪からメルシェを庇う。この大量の爪を捌き切るなど今の彼には無理な話だ。彼は桃力を身に纏い魔爪に抵抗を試みる。しかし、その桃力の輝きはあまりにもか細かった。


『……それじゃあ無理だよ。桃師匠』


 ボッ!


 それは一瞬の出来事。世界が光りに覆われたのでは、と錯覚するほどの眩さが発生した。その後にはボロボロと崩れ去るおびただしい数の魔爪の姿。


『な、ななななな!?』


 あまりの事に驚愕を隠せない金熊童子。そして、桃師匠は思わず笑みを見せる。それは己の愛弟子が成し遂げた瞬間だったからだ。


『間に合ったのか……げほ! げほっ! バカ弟子よ、おまえが成したことは無駄ではなかったぞ!』


 何もかもが信じられなかった。私の世界で何が起こっているというのだ。


「あ、あぁ……! マイアス様、マイアス様ぁ!」


「えぇ、えぇ……奇跡は起こる。奇跡は起こるのです!」


 彼女は立ち上がった、その身に桃色の輝きを纏って。その瞳に強き輝きを宿し、圧倒的存在感を誇示していた。

 腐り果てた肉は新たなる肉によって押し出され、最早、傷の痕跡すらない。白い素肌からは止めどもなく桃色の光が放たれている。


 そう、彼女は確かに死んでいた。プルル・デュランダは間違いなく死んでいた。


『おいでませ! 桃先輩!』


 プルルの手に未熟な果実が光と共に現れた。これが意味するところ、それは……!


『身・魂・融・合っ!』


 未熟な果実を握り潰し光の粒子となったそれを全身で受け入れる。そう、彼女は一度死に、この世界に生まれ変わった。それはすなわち……転生。


 彼女はプルル・デュランダは桃使いとして、カーンテヒルに再び生を受けたのだ。これを奇跡と呼ばずして、なんといえようか。


「あぁ……この世界に奇跡の光が満ちる」


 どこまでも暗い闇の中、輝ける奇跡は力強く芽吹いた。私はそれを確かに感じ取ったのだ。

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