525食目 陽の転生
◆◆◆ プルル ◆◆◆
ここは、どこだろうか? 暗くてよく分からない。何も聞こえない。
僕は誰だっけ? よく分からない。
僕は何をしていたんだっけ? 思い出せない、思い出せない。
ここは不思議な場所だ。真っ暗で何も見えないのに酷く安心する。もうここで、寝てしまいたいくらいだ。
でも、何も見えない闇の向こう側で、誰かが僕を待っている。何も聞こえないこの場所で、誰かが僕を呼んでいる。
確かめなくちゃ、そんな使命感に突き動かされて、僕は道のない道をひたすらに歩く。
どれほど歩いても、僕は疲れることがなかった。まぁ、当然だろうね。
なんていったって、僕には身体が無いんだから。でも、手足を動かしている感覚はあるのだから不思議なもんだ。
更に歩くこと一時間、あれ? 二時間だったかな? よくわからないや。ここでは時間がどれだけ過ぎても真っ暗なままなんだ。どれだけ時間が過ぎているだなんて見当もつかない。しかも疲れ知らずであるなら尚更さ。
それでも僕は歩き続けた。こっちで合っているはずなんだ、声のする方角は。
あれ? あの子は見覚えがあるぞ。誰だっけなぁ?
ピンク色の髪の毛の小さな女の子が泣いている。可愛そうに、慰めてあげよう。
僕はその子の頭を撫でてあげようとして、自分には身体が無い事に気が付いた。
あちゃ~、これはうっかりだ。
仕方がないので声を掛けたけど、どうやら僕の声は届かないらしく、女の子はしくしくと泣き続ける。そんな彼女を僕は眺めていることしかできなかった。
これは困ったぞ、なんとかしてあげたいけど方法がないじゃないか。
僕がうんうんと無い知恵を絞りだして解決策を模索していると、ふと頭に過る金髪碧眼の少女の顔。
誰だったかな? でも今はそんな事どうでもいいんだ、重要じゃない。重要なのは、この金髪碧眼少女の顔を思い出したことによって素敵な方法を考え付いたことだ。
僕は女の子のために【祈った】。うん、そうなんだ。手も足も出ない僕には、この方法しかない。
【祈り】は力、きっと僕の祈りは彼女に伝わるはず。それが微々たるものでもいいんだ、彼女が少しでも元気になってくれれば。
やがて、一人の老人がやってきて、女の子を宥めて連れて行ってしまった。でも女の子は笑顔を取り戻していた。よかったよかった。
僕は再び歩き出す。やや? 少しばかり辺りが明かる気なった気がするぞ。
また暫く歩くと、今度は魔物に襲われている女の子を発見した。少し大きくなっているけど、さっきのピンク髪の女の子に間違いない。
このままでは女の子が魔物の餌食になってしまう、なんとかしなくちゃ。
でも、どうすれば? 祈っている暇なんかない、そんな事をしているのであれば、行動しなくては! 一歩を、一歩を踏み出せ!
僕は女の子を救おうと無我夢中で一歩を踏み出した。すると、武装した騎士が駆け付けて魔物を退治してくれたではないか。
結局は僕の行動は意味のないものだったけど、女の子が助かって何よりだ。
女の子が騎士に抱きかかえられて去って行くのを見送り、僕は再び歩き出した。
あぁ、またあの子だ。今度は十歳くらいだろうか? 彼女は何やら奇妙な鎧の前で佇んでいる。そして、少し悩んだ末に彼女はピンク色の奇妙な鎧を身に纏って戦闘訓練を開始した。そんな彼女を僕は見守ることにしたのさ。
あぁ、そこはそうじゃない。そのタイミングは回避で。あちゃ~、絶好の攻撃チャンスじゃないか。そうそう、落ち着いて、じっくりと隙を窺うんだ。
彼女の練習相手は獅子の獣人の少年だった。彼を見ると酷く胸が痛む、理由は分からない。それに彼の顔は靄が掛かったかのようにぼやけて確認することができなかった。
やがて、女の子は尻もちを突いて降参した。いい所まで行ったのに詰めが甘かった。
そこは何度も気を付けろ、と言われたじゃないか。どうして【僕】は同じ失敗を繰り返すんだ。
……あれ? 僕はなんで、注意されたことを知っているのだろうか? ここでは何も聞こえないはず。よくよく考えたら、なんで僕はこの子たちが見えているんだろうか。それに、あの子は僕じゃない……あ。
違う、いや、違わない。この子は……僕だ。じゃあ、この僕はいったいなんだ?
思考が混乱する、見えていたものが突如として見えなくなる。やがて僕の意識は遠のいていった。
次に目が覚めると、僕は白い階段の上で倒れていたんだ。周りを見渡しても階段しかない。一面が階段という、わけのわからない場所に僕はいた。
考えても答えが出てこないことは薄々感じていたので、僕は白い階段を一段一段踏みしめて登ってゆくことを選んだ。下ってゆくのは、なんだか負けた気がして嫌だったのさ。
長い、どこまで続いているんだろうか。いい加減に飽きてきたよ。
それでも僕は諦めずに階段を昇っていった。そして……僕は遂に終着点に辿り着いた。
そこはなんと雲の上、ふかふかの白い雲が地面になっていたんだ。もし、天国ってヤツがここなら、なんて素晴らしい場所なんだろうか。
澄み渡る青い雲、穢れなき空気、これで天使が空を飛んでいたら間違いなく天国だよ。
『ここが天国と考える、その浅はかさは愚かしい』
え?
なんか奇妙な生物が僕の前を通り過ぎていった。金色のお饅頭に巨大な耳が生えていると言えばいいのかな? しかも、その耳で飛んでいるし……もうわけが分からないよ。
『おいぃ……早く俺についてくるべき、そうするべき』
あ、う、うん。
その珍妙な生物に導かれて、僕は恐る恐る雲の上に乗った。どうやら、落っこちる心配はないようだ。
『そこは体重制限が六十六キログラムだからよ、怠けた女神は地上に落ちて豚のような悲鳴をあげる。一度見ているから確定的あきらか』
あ、そ、そうなんだ。僕も太り過ぎには気を付けよう。
流調に人の言葉を話す珍獣について行くと、簡素な台座の上に立つ一人の大きな男の人に出会った。どうやら、この珍獣はこの人に僕に合わせたかったようだ。
「よく来たね、愛と勇気と努力を備えし少女よ。私はキララ九十七世、親しみを込めてキララさんと呼んでくれたまえ」
彼は青い仮面を身に付けて素顔は見えない。でも、その素顔はとても素敵だと容易に想像できる笑顔を見せた。
特徴的なのはその肉体だ。筋肉隆々の大男、そして彼の両肩には、何故かお星さまがくっ付いていたんだ。でも……なんでパンツとマントだけなんだろうか? 触れてはいけない部分のような気がして、僕はこの件を心の奥にそっとしまうことにした。
「さて、もうきみは自分がどうなってしまっているのか気付いているはずだ」
キララさんは僕を見据えてそう言った。たぶん、それが引き金。僕は自分がどうなったかを思い出した。
そうだ、僕は桃師匠を庇って〈腐化爪〉に貫かれたんだ。きっと、僕は死んでしまったんだろう。
「そのとおり、きみは死んだ」
あぁ……やっぱり。結局、僕のしたことって全て無駄だったんだ。
『話はきちんと聞けって教わらなかったのかよ。せっかちなヤツはひっそりとこの世を去る。しっかりと話を聞くのが大人の醍醐味だべ?』
あぁもう、この子は流調に人の言葉を喋るけど、聞いていると頭がおかしくなる話し方だよ。しかも微妙にエルティナの喋り方に似てるし。この奇妙な動物はいったい、なんなのだろうか?
「ま、この子は気にしなくてもいいよ」
『俺は寛大だからな、ガンジス川より心が広くて鬼になる』
は、はぁ……分かったよ。気にしない事にする。
「話を戻そうか。確かにきみは死んだ、しかしだ……それは人としてのきみが死んだに過ぎない」
え? でも、僕は人間だ。人間の僕が死んだら、それは死んだことになるんじゃ?
「きみは忘れたのかい? きみの身体がどのようなことになっているのかを。きみはずっと耐え忍んできたはずだ。欲望を、渇望を、友の期待に応えるために抑え込んできたはずじゃないか」
あ……神級食材。僕の身体は神級食材によって作り変えられていたんだ。全ては僕の病気【魔力過多症】を治療するために。
「そのとおり、全ての準備を整え終えた後に、きみは死んだ。そして、きみは死後、見事に【試練】を乗り越えた」
試練? そんな事をした覚えはないけど。
『すごいなーあこがれちゃうなー』
「きみがここにたどり着くまでに経験したこと、それは愛、勇気、努力、そして諦めない心を試す試練だったのさ。その全てに、きみは合格した」
試練……あれが試練だったんだ。
「さて、試練を乗り越え神の肉体を手に入れたきみを【神の見習い】として認定しよう。といっても本物になるためには、人々から信仰を得なくてはならない、よって見習いだ」
僕は神様になるつもりなんてないよ、皆を護る力さえあればいい。
「ふふ、神になるかどうかは、きみが決めるものじゃない、周りが決めることさ。きみのおこない、その結果がきみを神にするか、それとも……ただの神もどきにするかを決める」
そして、キララさんは少し悪戯っぽく笑いこう続けた。
「その前に、【彼女】はきみをヘッドハンティングするみたいだけどね?」
え、彼女? あぁっ、この力は……!?
「さぁ、これで儀式は終了だ。きみは成すべきことを成しに行くがいい」
『黄金の神の塊はエゴいからよ、おまえ……自信持って良いぞ』
僕はキララさんと、酷く尊大な珍獣に見送られて、僕のいるべき場所へと向かう。
なんだか体が軽いや。帰ろう、僕のいるべき場所へ。仲間たちがいるフィリミシアへ!




