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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
524/800

524食目 陰の覚醒

 ◆◆◆ リンダ ◆◆◆


 うそ……プルルがやられちゃった!? そんな、そんなっ!


 金熊童子と名乗った枯れ木のような鬼が放つ〈腐化爪〉という、ありとあらゆるものを腐らせる魔爪にプルルが貫かれた。それも一ヶ所や二か所ではない、かなりの部分を貫かれてしまっている。


「プルル、プルル! しっかりして!」


「このっ、あっちに行ってください!」


 私とメルシェ委員長は金熊童子に向かって魔導ライフルを連射した。当てることを目的にしたものではなく牽制のためのものだ。滅茶苦茶に連射したため、その内の一発が幸いにも金熊童子の右肩に命中し彼を後ろに弾き飛ばすことに成功した。


「ごほっ! イシヅカよ! 損傷個所を……げほ、げほっ!」


『マイ・ウー!』


 イシヅカが焦るのは珍しい。当然だ、彼の主が魔爪の餌食になってしまったのだから。それでも指示通りにダメージ箇所を正確にパージできるのはたいしたものだ。


「うっ……そ、そんな」


「うそ、プルルさん……息を……!」


 メルシェ委員長も彼女の惨状を見て息を飲む。見てすぐわかるくらいに顔が青ざめていた。

 プルルの左胸がブクブクと泡立ち腐り始めている。彼女は魔爪に貫かれた。つまりはこの部分を、心臓のある左胸を貫かれたということだ。生きていようはずもない。


「なんということだ、あと少しで……肉体が全て【神の肉体】に置き換わるというのに!」


 桃師匠は絞り出すように言った。呼吸が乱れて本当に苦しそうだ。もし。桃師匠の身体が万全であればこんなことには……ううん、そうじゃない、そうじゃないよ。


「私が、私がきちんと戦えなかったから、プルルは死んじゃったんだ」


 目の前が真っ暗になってゆく、あの時と同じだ。ヤドカリ君が死んじゃった時と。私が上手くやれなかたから、大切な人たちが友達が死んじゃった。死んじゃった……。






 あぁ、真っ暗だ何も見えない。ここはどこ? 胸が締め付けられるように痛い。

 いや、そんなことはどうだっていい。どうだっていいじゃない。

 

 ……あの時、心に誓ったのに。もう、同じ過ちはしないと。なんで私は同じ失敗をするの?


 自問自答をする。応えてくれる者などいないのに。しかし、私の問いに応えるものがここにはいた。

 その声は私の声、でも喋り方はまったく違う。


『うふふ、それは貴女がどうしようもなく自分のことが一番大切だからよ』


 そう、もう一人の私の声。私が挫けた時や辛い目に遭っている時に現れる、もう一人の自分だ。


『自分のことが大切だから、貴女は前に出なかった』

 

 だって、まだGDに不慣れだし! 前に出ても邪魔になるだけなんだもん!


『そんな事はないじゃない、やどりんは上手くやってくれていた。あとは貴女が決断するだけだったのよ? うふふ、前に出なかったのは怖かったから。自分が傷付くことがね』


 違う、違うよっ! そんな事はない!


『本当に? 痛いのを我慢できるの? 肌が抉れて、肉が割けて、鮮血がほとばしる。貴女はその痛みに、苦しみに、耐えることができるのかしら? 無理無理、貴女じゃ無理』


 そんな事、貴女に分かるの!?


『うふふ、分かるわ。だって……私はもう一人の貴女なんだもの』


 あ、あぁ……そうだった、そうだったね。貴女はもう一人の私、いつもこの暗闇の中で私を見続けてきた。


『そう、私は貴女を見続けてきた。あの時は失敗しちゃったけど、今回は邪魔者はいないわ。さぁ、もう疲れたでしょう?』


 彼女の囁きは甘美なものに聞こえた。疲労そして虚しさも手伝って頭が痺れたかのように機能しなくなる。既に考えるのが辛い、私一人ががんばったところで、どうにもならないじゃない。もう……疲れた。


 ……つかれた。


『えぇ、貴女は十分がんばったわ。だから、私が表に出てあげる。貴女はこの優しい暗闇の中でゆっくりと眠りに就くといいわ』


 ……うん。


『良い子ね、闇は全てを受け入れる。ここなら痛みも苦しみも、辛いことも悲しいこともないの。あるのは、ただただ、静かな眠りだけ』


 ……うん。


『あとは私に任せなさい。大丈夫、悪いようにはならないから』


 ……うん。






 ◆◆◆ もう一人のリンダ ◆◆◆


 良い感じ、もうひと押しでようやく表へ出ることができる。あの時はヤドカリ君とかいうモンスターに邪魔されちゃったけど、今回はもう邪魔する者はいない。

 唯一、懸念された桃じじいはご覧の有様。メルシェ委員長はおたおたしているだけ。フォルテ副委員長がいなければ、お尻の大きいだけの小娘だ。不安要素は何もない。


『さぁ、こっちよ』


『……うん』


 既にもう一人の私の目に生気はない。絶望で染め上げられ光を失っている。ここまでくるのに、どれだけ待たされたことか。


 暗闇の中、もう一人の私の手を引き、私がねぐらに使っていた場所まで誘導する。真っ暗な中に白い布団が浮かび上がってきた。私がここで寝る時に使用していた物だ。

 もちろん、これはただのイメージ。実際は布団などというものはない。


『ここよ、このふかふかの布団でゆっくりおやすみなさい』


『……うん』


 この子は完全に堕ちた、糸の切れた操り人形だ。

 私は彼女の背を軽く押してあげた。すると頼りない足取りで布団へと向かってゆく。


 そうそう、その調子で進みなさい。そして、二度と覚めることのない眠りに就くがいいわ。

 心配することなんてないんだから、この体は私が大切に使ってあげる。


『ふふふ、この体であれば二度と黒歴史を繰り返すこともない』


 あとは、もう一人から魂を奪えば私は完全に復活できる。幸いにも星熊と金熊が来ていることだし、あの件のことを償わせる形にすれば星熊も素直に動いてくれることでしょう。


 木花桃吉郎に退治されて百数年、バラバラに砕け散った魂をコツコツ集めながらなんとか形にして転生した。

 だが、それで無事に私が復活することはなかった。あろうことか、私は大きく三つに分かれてこの世に転生してしまったのだ。


 魂の一つはユウユウ・カサラに。こちらは砕けた魂の接着が上手く行ってなかったことにより誕生してしまった。うっかりミスとは言えないほどの失敗だ、どうしてこうなった。


 そして、二つ目と三つめがリンダと私。こちらは双子として生まれる予定だったのに、何故か私の身体は作られる事はなかった。まさに事故の連続、全ては木花桃吉郎が悪いということにした。じゃないとやってられない。


 ここで更なるアクシデントが私を襲う。一つの肉体に私とリンダの魂は宿った、そこまではいい。

 なんと、主人格が私ではなくリンダになってしまったのだ。これはもう、母親に苦情を申し立てるレベルである。


 しかしながら、私はリンダの裏の人格なので自由に表に出ることはできない。したがって、リンダがなんらかの精神的なショックで自我が弱まっている時のみ表に出ることが許されるのだ。

 つまり、今が表と裏を完全に入れ替えることができる絶好の機会というわけ。


 いよいよ、本物の【茨木童子】が復活する時が来たのよ。うふふふふふ!


 私が勝利を確信しクスクスと笑みをこぼした時のことだ。もう一人の私、リンダがその動きをピタリと止めたではないか。いったい、どうしたというのだ?


『……あ』


 リンダから声が漏れた。それは驚きとも悲しみとも取れる声だ。


 何事かと彼女を注視する。だが、注視するべき個所はそこではなかった。

 なんと、誰もいないはずの白い布団がもぞもぞと動いていたのだ。ひぃ、きもいっ!


『……ヤド……カリ……君』


 その白い布団から姿を見せたのは、またしてもあのモンスターではないか! 何故、こんな場所にこいつがいるのよ!?


 ここはリンダの魂の中、生まれた時から彼女と一緒の私ならともかく、後から出会ったヤドカリ風情が入り込めるわけがないのに! どういうことよ!?


『……』


 サッカーボールサイズのヤドカリはリンダを見上げ、彼女の足の甲にぽんっと優しくハサミを置いた。


 何それ? ひょっとして励ましているとか? ばっかじゃないの。もう、その子は深淵の虜になっているの。もう貴方の声なんて届かない……って、ヤドカリだから喋れないか。ごめんなさいね。うふふふふふ!


 私は今度こそ勝利を確信した。もう、奇跡など起こりはしない、と。


『……ヤドカリ君、私は憎いよ』


 ……え、自我を取り戻した? なんで!? ありえない!


『憎い、憎い、憎い!』


 ちょっと!? 何よ、その強力な陰の力は!?


 大変なことが起こった。完全に抜け殻状態のリンダから、とんでもなく強力な陰の力がほとばしっているのだ。これほど強力な陰の力は記憶にない。


『憎い、力のない私が! 憎い、私の大切な人たちを奪うヤツが!』


 闇が……闇が陰の力に捕食されている!? バカな、何が起こっているの!?


『壊してやる、何もかも! 鬼だか何だか知らないけど……私の大切なものを奪うヤツは、この私が破壊する!』


 このままでは、またリンダが主人格になってしまう。こうなったら、とっておきの映像で彼女の精神を壊しちゃおう。

 本当はやりたくなかったけど仕方がない。このままじゃ、またしても彼女が表に出ちゃうからね。


『もう一人の私、これをご覧なさいな』


 封印された【記憶】、その映像を彼女に見せる。それは逃げ惑う盗賊を素手で殴り殺す記憶だ。十数人いた盗賊共が成す術もなく幼い【私】に惨殺されてゆく。だが、本命はここからだ。


【私】を止めようと学者風の男が立ちはだかる。【私】はその男を殴り殺した。この男は【私】の父親。そうだ、リンダの両親を殺めたのは、他ならぬ【私】なのだ。

 本来であれば、ここで私とリンダは入れ替わっていたはず。それを、あのドワーフの小僧が邪魔をした。本来であれば即座に殺しておくべきだったのだが……殺せなかった。


 だって……好みだったんだもん。


『……やっぱり、そうだったんだ。薄々、そうじゃないかなって感じていた』


『……随分と冷静ね。貴女の両親を殺したのは自分なのよ?』


『そうだね、でも今の私、酷く落ち着いている。心が壊れちゃったのかな。おかしいよね?』


 鬼の私がゾッとするくらい悲しい笑顔。だが、その笑顔は決意の表れ。全てを受け入れ前へ進もうとする者のみが許される笑顔。

 そして、それは私の計画の失敗を意味していた。


 彼女が人間として生きようとするんであれば、私は再び闇の中で機会を窺うだろう。


『私は沢山の大切なものを失った』


 しかし、彼女はここに【鬼】として生きることを選択した。全ては己の理想を掴み取るため。


『私は沢山の大切なものを奪った』


 そう、鬼ならば与えられるのを待つのではなく、奪い取れ。


 私はリンダの手を取る、もう一人の私の手を。そこから感じる陰の力、彼女は紛れもなく鬼……いや【悪児】だ。

 しかし、確かな違和感。そう、彼女からは陰の力と同時に、陽の力を感じることができる。


 厳しくも温かい、どこまでも冷徹で、どこまでも優しい。相反する感情、そして力が混ざりあってゆく。


『私は……鬼だ』


『私も……鬼よ』


 計画は変更せざるを得ない。もう私が【茨木童子】として復活することはないだろう。


『破壊する、私たちから大切なものを奪う者を』


『破壊しましょう、私たちから大切なものを奪うヤツを』


 足物にいた小さなヤドカリが桃色の粒子に砕けた。そして私も、この身を赤黒い粒子に砕く。痛みなどない、あるのは喜び、あるのは希望。


 さぁ、与えよう。敵対者に恐怖と絶望を。私たちの手で。


『もう、私たちは傷付くことなんて……恐れない!』


 そして、私たちは【ひとつ】になった。

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