521食目 手紙
神聖歴千六百三年十二月二十五日、午前四時四十分。いもいもベースはフィリミシアへと帰還、その途中で、俺たちの母校ラングステン学校を横切った。
こんなに朝早く、しかも日が昇る前だというのに校舎には明かりが灯っていた。そして、学校の周りには武装した生徒たちの姿がある。
学校の生徒たちも国家存亡の危機に向き合い自主的に剣を取った、と聞き及んでいたが本当のことだったようだ。
確かにGDスクール隊という学園の生徒で結成されたGD隊の存在があるが、まさかここまで大勢の生徒が起ち上がってくれていたとは思ってもみなかった。
「……ありがたいと思う反面、彼らに戦ってほしくない、と思う俺はどうなんだろうな」
「きゅ~ん」
どうやら、俺は酷く情けない顔をしていたらしい。とんぺーが俺の頬をペロペロして『大丈夫か?』と心配してきたのだ。
彼だけではない、俺の個室に集まったビーストたちも心配そうな顔を向けているではないか。
「ありがとな、俺は大丈夫だよ」
「そうでなくては困りますな」
突如、いもいもベース内の俺の部屋に男の声。この部屋には俺とビーストしかいなかったはず。だが、俺はこの怪奇現象に微塵も驚きはしなかった。何故なら、その男の声は俺がよく知る者の声であったからだ。
「女の部屋に入る時はノックくらいはするもんだぜ、モーベンのおっさん」
「これは失礼、次からは気を付けます」
声の主はカオス教団八司祭、獄炎のモーベンであった。彼は俺の注文に対して仰々しく畏まると憎めない笑みを返してきた。まったく、こんな顔をされたら敵であると認識できないではないか。
いや……彼を敵として認識することなど、土台からして無理な話か。
「よくもまぁ、動くいもいもベースに転移できたもんだな」
「移動速度が落ちてきたので転移できたんですよ。流石に最高速度のこれには転移できません」
まぁ、そうだろう。いもいもベースの最高速度はマッハにまで至る。そんな速度で移動する乗り物に、座標指定して転移するだなんて自殺行為に等しい。
そんな事をすれば高確率で ※ いしのなかにいる ※ になるのだから。
「さて、私がここに来た理由は、貴女に直接お渡しするべき物があるからです」
「あぁ、そうだろうな」
モーベンのおっさんは懐から一枚の手紙を取り出し俺に手渡した。それは何の変哲もない紙に書かれた手紙だった。だが……手にした瞬間、俺の中に何か懐かしい感覚が駆け巡る。これは……!?
「その手紙は我が主からです。そこに全てが記されております」
モーベンのおっさんはそれだけを言い残すと穏やかに微笑み、儚い炎と共に部屋から消えていった。どうやら、本当に手紙を手渡すためだけに来たようだ。
俺は折り畳まれていた手紙を開き内容を読む。それは酷く簡素な内容であった。
「信じろ……か」
手紙にはそれだけしか記されていない。何を、どう、信じろ、とは記されていないのだ。
だが、俺には確信に至る何かを感じ取った。この手紙からは思念のようなものを感じ取ることができるのだ。それは友情よりも濃いもの、それは愛よりも濃いもの。圧倒的な繋がり、切っても切れない【運命】のようなもの。
「カオス教団が動くというのか」
フィリミシアに帰還した後の出撃は最後の戦いとなろう。恐らくは、その戦いにカオス教団が介入してくると見て間違いない。
吉と出るか凶と出るかは分からないが、俺にできる事はただ一つ。
信じる、ただそれだけ。この手紙から感じる、温かい想いを。
午前六時半、日も昇り始めてきた頃。ゴーレムギルドの整備工場にいた俺に、王宮にいるデュリーゼさんから緊急連絡が入ってきた。身支度も終えて、こちらから出向こうとしていた矢先のことだ。
『デュリーゼです。エルティナ、北と南の守りが鬼に破られました』
『なんだって!?』
事態は急変した。北と南をそれぞれで請け負っていたアルのおっさん先生とフウタが移動要塞の足止めに回ってしまったため、一瞬のスキを突かれて防衛網を突破されてしまったとのことだ。
『北にはグロリア将軍が兵を率いて出撃しました。南はヤッシュ伯爵が向かっています。しかし、迎撃するにはあまりにも兵が少な過ぎるのです』
『だろうな。でも、いもいもベース隊も人員が……いや、弱気になったらダメだな』
俺はデュリーゼさんにいもいもベース隊から人員を送ることを告げる。人選はエドワードに一任。彼なら上手く配分してくれることだろう。
『デュリーゼさん、これで俺たちは奇襲による一点突破しか選択肢はなくなった』
『えぇ、正念場です。ですが、貴女ならやってくれると信じていますよ』
根拠などないだろう彼の言葉に、俺はこれ以上ないほど闘志が湧きおこってきた。そう、ここで俺たちがやらなくては誰がやるというのだ。
護るんだ、俺たちの町を。護るんだ、掛け替えのない大切な人々を。
「伝令! 移動要塞が最終防衛ラインを突破! 真っ直ぐこちらに向かっております!」
血相を変えて伝令兵がゴーレムギルドへと駆けこんできた。いよいよ、アランとの最後の激突が迫ってきた。
「来たか……了解した。これより出撃する」
「はっ!」
俺が伝令を了解すると、伝令兵は休む事もなく次の任に向かう。彼も立派に戦っているのだ。
彼ら伝令兵が正確に情報を伝えてくれるお陰で、俺たちはしっかり鬼たちと戦えるのだから。
『デュリーゼさん、どうやらアランが来たようだ。俺はもう行くよ』
『えぇ、ご武運を』
デュリーゼさんとの〈テレパス〉を終えた俺は、後ろの気配に気付き振り向いた。そこには、いもいもベース隊のクルーが全員揃っていたではないか。
どうやら俺の雰囲気を見て、ただ事ではないことが起きたことを察したようだ。
「エル、いよいよ決戦だ」
エドワードご自慢の赤い軍服も至る所が解れてしまい痛々しい姿となっている。それだけ激戦を戦い抜いてきた証だ。既に彼は王族としてではなく、一人の戦士として戦いに参じている節がある。
それが良いのか悪いのかは判断に困るところだ。
あぁ、うん。悪いんだろうなぁ。でも、エドワードに引っ込まれたら、いっちもさっちも行かなくなるのは確かだし……ふきゅん、考えるのをやめよう。
どうせ、そんなことを言っても「きみも同じようなものじゃないか」と言われて堂々巡りになる。
「あぁ、これが最後の出撃となるだろうな」
俺はエドワードに鬼が防衛網を突破し北と南からフィリミシアに迫っていることを告げた。話を聞いた彼は特に慌てた様子もなく淡々と人員を配分、理想的とも言える三つの部隊に編成したではないか。
「数が少ないのは仕方がないか。エル、僕は人数的にきみに付いていくことはできない。でも、僕の心は常に君とある……忘れないでくれ」
「あぁ、分かった。皆のことを頼む」
北のへと向かう部隊はフォクベルトを隊長とし、南に向かう部隊はエドワードが隊長を務める。
俺は西から迫る移動要塞に向かうのだが、こちらの人数は極めて少ない構成だ。それはアルのおっさん先生とフウタと合流できることを見越してだ。
俺たちは最後の装備確認をおこなう。会話する者はいない、異様な静けさがゴーレムギルドの整備工場を支配していた。
がんがんがん! ばりばりばり! どりゅりゅりゅりゅ! うい~ん……がしょんっ!
あ、違った、クッソうるさかった。いもいもベースの修理をおこなってるから作業音が半端ない。
「おごごごご……耳が、耳が~!」
お耳の性能が良い俺は騒音によって無駄にダメージを負い、ぷるぷると身体を震わせる結果となった。
そして、俺が白目痙攣をおこなっている間に、皆の最後の装備確認はつつがなく終了したのである。がっでむ。
「みんな、聞いてくれ。最初で最後の【命令】だ」
気を取り直して表情を引き締めた俺は、いもいもベースで共に戦った仲間たちに向けて、たった一つの命令を下した。
「必ず生きて帰れ! それ以外は認めない!」
「「「「おうっ!」」」」」
いもいもベース隊は三部隊に分かれ最後の出撃をおこなった。
泣いても笑ってもこれが最後だ。なんとしてでもフィリミシアは護ってみせる。




