52食目 マフティの記憶
ふっきゅん、ふっきゅんと頭を回転させ過ぎて煙が出始めた頃、後方でビクビクしていたダナンが悲鳴を上げた。
「うわわっ! ゾ、ゾンビだ! それも大量に!」
「今忙しいから帰ってもらってくれ」
「できるか、そんな事っ!」
まったく、このクソ忙しい時に。空気の読めないゾンビは光の彼方に消え去ってどうぞ。
ダナンの必死の攻撃魔法を嘲笑うかのように、俺の〈シャイニングボール〉はゾンビたちを浄化してゆく。
流石に今こいつらに乱入されたら黒犬を対処できなくなる。あれほどの素早さだ、逃げたとしてもすぐに追いつかれることは容易に想像できる。
であるなら、ここで決着を付けない限り、俺たちに明日は無い。
というか、このゾンビどもの来た道って俺たちがここに来た道じゃねぇか。そもそもが退路を塞がれているという罠。
「エルティナさん、眩しいんですが?」
「おめぇ、眩しいのと、くっさいお方にムシャムシャされるのと、どっちがいい?」
「眩しいので」
「あぁ、光が満ちるんじゃあ」
ダナンの苦情は聞くつもりはない、それよりもゾンビどもだ。大量過ぎるだろ。このヤケクソ気味の数はいったいなんなんだ。明らかに人的な悪意を感じざるを得ない。
「そっちのわんこは任せたぞ!」
こうなってしまえば、俺はただの光るオブジェだ。今魔法を中断しようものなら即座にゾンビの腹の中に納まってしまう。よって、強敵の黒犬はアルのおっさんたちに丸投げだ。
「また、変な魔法を使ってるな。絶大な効果なぶん突っ込みにくいが」
アルのおっさん先生は俺の〈シャイニングボール〉を見て感心しているのか呆れているのか分からない表情を見せた。
「おぉ、スゲェな、エル。こっちに来て光ってくれよ」
「目が開けられないから自力での歩行は困難なんだぜ」
ライオットはアルのおっさん先生たちが出てきた入り口から侵入してきているゾンビの相手をしていた。黒犬相手には分が悪いのでいい判断であると言えよう。
これでアルのおっさん先生とヤドカリ君、リンダは黒犬に集中できるが、リンダの体力に不安が残る。
いくら規格外の能力だとしても、しょせんは子供。体力的に敵うはずがないのだ。
「リンダ、そろそろきついか?」
「ふぅふぅ……まだまだっ!」
強がっているがきつい事は明白だ。彼女の呼吸音でそれが分かる。
「よし、その意気だ! 決着を付けるぞ!」
「はい!」
アルのおっさん先生は二人に檄を入れ、魔法の詠唱に入った。決着は近い。
◆◆◆ エドワード ◆◆◆
「ここかい?」
「はい、そのようで」
クラスメイトを率いた僕は、エルティナたちが入り込んだという館に到着した。
時の流れによって朽ちた館はいかにも何かが出そうな感じである。肝試しには打って付けであろう。
現在では、冗談抜きで肝を冷やす存在が徘徊しているらしいが。
「エドワード殿下、入り口はもぬけの殻です。周囲にも反応はありません。突入しますか?」
リザードマンのリックが、単身で玄関内部を偵察して戻ってきた。時間も惜しいこともあり、歩きながら練った作戦通りにいく事を皆に伝えた。
「皆、これより突入する! 各員は手筈通りに動いてくれ!」
「おう!」と気合の入った声が夜の闇に響く。怖気づく者はいなかった。
予めの話で【突入組】と外で待機し状況で動く【待機組】に分かれて行動する。
僕はもちろん突入組だ。後のメンバーはガンズロックにリックといった武闘派になる。
勢い余って館を全壊させないように、しっかりと手綱を握らなくては。
マフティ率いる例の三人組は独自に動くと言い残して館へと先行した。
マフティだけならば心配だが、ゴードンとブルトンが付いているなら大丈夫であろう。
「それでは突入する。各自は己の身の安全を最優先とし、決して無茶な行動は取らないように気を付けてくれ! では、突入!」
僕たちは武器を構え、薄気味悪い館へと足を踏み入れるのであった。
◆◆◆ マフティ ◆◆◆
「くそっ、大した憂さ晴らしにもなりゃしねぇか」
館内は至る場所に戦闘があった名残が見て取れた。そのせいか、襲いかかってくる化け物はゾンビ、それも数が少ないときた。
中にはやたらと俊敏なタイプもいたが、それでも緩慢な動きに違いなかった。俺にとってみれば、それは止まって見えてしまう。その程度の相手であった。
「ケケケ、そう腐るなよ。腐るのはゾンビだけでいいぜ? なぁ、ブルトン」
「……そうだな」
ゴードンは家との付き合いがあったせいか、物心が付く前からの付き合いだ。こいつは見かけによらずお節介焼きで、よく俺の面倒を見てくれている。兄貴気取りでもしたいのだろう。
ブルトンに出会ったのは三つか、四つの頃だったはず。割と出会いの事は憶えていない。いつの間にか俺たちは三人で行動するようになっていたからな。
「ん~? マフティよぉ、ここいら周辺にゃあ、獲物はいねぇみたいだぜ」
「みてぇだな。移動すっか」
退屈だ。俺の日々は退屈で埋め尽くされている。そんな退屈を紛らわせてくれていたのが【食いしん坊】ことエルティナだ。
アイツは本当におかしなヤツだ。結果が分かっているであろうことも実践に移して結局のところ「ふきゅん」と鳴いてションボリする。
その姿が面白くて、だから俺は愉快な気持ちになるのだ。
「あいつがいねぇと目覚めが悪くなる」
「ケケケ、おまえさんはあのチビがお気に入りだもんな」
「……まぁな」
俺は歩きながら物音がする場所を探す。俺の長い耳は非常に高性能だ。僅かな音でさえ拾うことができる。
だが、そうして辿り着く場所には大抵ゾンビしかいない。暴れるにしては手応えがなさ過ぎるのが難点だ。
「物足りねぇな」
欲求不満が俺の胸をチクチクと責め立てる。ガシガシと頭を掻くと、ねとっとした物が手にこびり付いた。ゾンビの腐肉だ。
「うえぇ……きったねぇ」
「そりゃまぁ、あれだけナイフでゾンビ切ってりゃあな」
ゴードンが水を取り出し、俺の髪に付いた腐肉を洗い流してくれた。しかし、臭いまでは取れることがなかった。
「くせぇ」
「仕方がねぇじゃねぇか。我慢しろ」
俺はため息を吐き歩き始めた。この分だとナイフもしっかりと手入れしなくては臭いが取れないかもしれない。
その面倒な作業を想うと辟易してきた。
歩くこと十数分。時間は適当だ、いちいち把握しちゃいない。下る階段を見つけては行き当たりばったりに下りてゆく。
そんな事を繰り返している内に、どうやら最下層と思われる場所に出た。今までとは、まるで雰囲気が違う。漂う空気も異質だ。
「なんだここは?」
「ケケケ、肌がピリピリするな。なんかあるぜ、ここはよ」
「……」
俺達三人は警戒を深めつつも通路を進んでゆく。天井も床も金属製という奇妙な通路だ。誰がいったいこんな妙な物を作ったのやら。
だが、この光景に俺は見覚えがあるように感じた。俺は生まれてこのかた、こんな通路を歩いたことはない。では何故、俺は見覚えがあると感じたのか。
疑問を感じつつも、それを頭の隅に追いやる。考えても分からないのだ、ならば考えるのを止めてしまおう。どうせ大したことじゃない。
俺たちはやがて、一つのドアを発見した。妙なことに、そのドアには取っ手も何も付いていない。
詳しく調べようと前に進んだところで、いきなりドアが開き、つんのめって転んでしまう。
すぐ後ろにいたゴードンが俺につまずいて同じ末路をたどった。俺がクッションになっている分、彼のダメージは少ない。ちくしょう。
「……大丈夫か?」
「あぁ。ったく、なんなんだよ、このドアは?」
ブルトンに手を貸してもらい起き上がる。既にゴードンは起き上がり、奇妙なドアを調べている最中であった。
こいつは、こういった魔導器具に目がない。
「ケケケ、こりゃあ、驚いた。館はボロでも、地下は最新技術の塊だぜ?」
「分かるのか、ゴードン」
「全部じゃねぇがな。こいつは接近した人の魔力を感じ取って開く自動ドアさ」
「へぇ……便利じゃねぇか」
だが、そう考えると、ここはおかしい。何故、地下だけ立派な設備を? ということになる。嫌な予感しかしないが、俺たちにできる事は前に進むだけだ。
「うげ、なんだこりゃ?」
さっきから部屋が臭うと思いきや、奥には継ぎ接ぎだらけになった死体が山のように積まれていたのだ。よくもまぁ、ここまでと呆れてしまう。
その死体たちは体の所々が欠損していた。腐って失われたわけではないようだ。
「酷いな……」
死体の山を見たゴードンがポツリと呟く。俺も酷いなと頷こうとしたところでズキリと鈍痛を感じる。決して頭を殴られたわけではない。
「つぅ……」
くらくらする意識をなんとか繋ぎ止める。そんな俺の頭にひとつのイメージが浮かび上がった。
「いったい……なんだっていうんだ?」
浮かび上がったイメージは正しくここだ。違う点は死んでいたはずの存在が動き出してこちらに襲い掛かってきていること。そして誰かの声。
『うわわっ!? 起き上がってきた!』
『あはは、ヘタレ。すぐに銃を構えて撃たないとやられちゃうわよぉ?』
『あ~やられちゃった。セーブしてねぇよ』
『おっと、もうこんな時間。テレビゲームを止めて晩ご飯にしましょ』
なんだ、いったい誰だ? なんなんだ、テレビゲームって!?
頭を振ってイメージを振り払う。こちらの死体は動き出しそうになかった。
今のイメージはいったいなんだったのだろうか?
「大丈夫か、マフティ? 具合が悪いなら……」
ゴードンが俺を心配して顔を覗き込んできた。その後ろで死体がもぞもぞ動き出したのを俺は見てしまう。
「ゴードン! ブルトン!」
俺は叫んだ、それで十分だったのだ。二人はすぐさま臨戦態勢に移り、起き上がってきた死体たちを撃破してゆく。俺も痛む頭を堪えてナイフを振るった。
やがて、山積みになっていた死体は、その全てが物言わぬものへとなり果てる。再び彼らが動き出すことはないだろう。
安堵した俺は、その場に座り込んでしまった。さっきから鈍痛が酷くなってきている。
「大丈夫かよ? どこかやられたのか?」
ゴードンの問い掛けに俺は首を振って答える。痛い、もう声を出すのが辛い。
「……マフティ、これを飲め。少しは楽になる」
鈍痛に苦しむ俺にブルトンが差しだしてきたものは水筒だった。栓を開けて飲むと中身はミント水であった。スッとする風味が心を落ち着かせる。
座って休んだことも幸いしたのだろう、頭の鈍痛が少しは収まったように感じる。
「……助かった」
「……そうか」
喋る分には問題がなさそうだ。大粒の汗が頬を伝い、顎に溜まって滴となって落ちる。
「……皆と合流した方がいい」
「みてぇだな。歩けるか?」
正直、歩くのはきつい。だが、無様な姿は見せたくはない。意地を張って立ち上がろうとしたところで、俺はブルトンに背負われた。
「無理をするな」
「わりぃ……」
大きな背中から伝わる温もりに安心感を覚える。昔、こんなことがあったような。でも、相手は誰だっけ? 思い出せない。
俺は薄れゆく思考を繋ぎ止めようと努力したが、結局のところは無駄であった。