519食目 後退
はい、現場の珍獣です。現在、我々はアラン四天王なる変態どもと交戦中なのですが、どうにもこうにも形勢が不利な状況にあります。
特に土と火の四天王が飛び抜けて厄介であり、水はまあまあ厄介、風は論外となっております。
そんなわけで、事実上は三対二というわけですが……。
「ぬおぉぉぉぉぉっ!? だから、指を伸ばしてくんじゃねぇって言ってんだるるぉ!」
「敵の言うことを聞くバカがどこにいる」
土のスカレッチオの攻撃は、自身の十ある指を伸ばして相手の動きを封じ込む、という厄介な攻撃。そして、火のビルガンテは貫通力の高い熱光線とくる。この二人の組み合わせは本当にいやらしい。
「えぇい、攻撃のタイミングが掴みにくいよっ!」
「ふひひ! お姉様、もっと踏んでください!」
「うるさい!」
ぶみっ。
「んほぉぉぉぉぉっ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
水の変態はプルルが押さえてくれている、物理的に。風のバリバリクンは現在、砂遊びに没頭しているので放っておいてもいいだろう。
やはり、人手が足りない。誰かこっちに来てくれないと苦しい戦いになる。
そう、考えていた時期がありました。
「ひゃんひゃん!」「うっきー!」
俺がスカレッチオの伸びる指をギリギリで回避したタイミングで、雪希がX・リベンジャーのランドセルから飛び出した。同時に炎楽もぴょんと跳躍し大地に降り立つ。
「雪希!? 炎楽も!?」
俺は彼女らの行動に驚き、スカレッチオとビルガンテは彼女らを嘲笑う。こんな小さな獣が鬼に立ち向かったところでどうなる、というのが鬼たちの考えだろう。
だが、俺が驚いたのは、彼女らが自分の意思で鬼に立ち向かっていった、という点だ。
「なんだぁ? 俺たちに盾突こうとしているのか?」
「これは傑作だ。ほらほら、掛かって来い」
だが、その挑発は命取りであった。瞬間、雪希と炎楽から桃色のオーラが立ち昇り彼女らを包み込んだではないか。
「っ!? こいつら! ビルガンテ!!」
だが遅い、先に行動したのは雪希と炎楽。それぞれに己の得意とする属性による特殊攻撃を放ったのだ。
「ひゃうぅぅぅぅぅぅぅん!」
雪希は口から大気をも凍て付かせる【氷結吐息】。
「うっきぃぃぃぃぃぃぃっ!」
炎楽はその小さな手に真っ赤な炎を集め【灼熱槍】を形成、思いっきりスカレッチオに目掛けて投擲した。
「ちぃ、鬼仙術〈嘆きの絶壁〉!」
土のスカレッチオが鬼仙術〈嘆きの絶壁〉を発動させた。すると、一瞬にしてヤツの正面に陰の力で構築された赤黒い巨壁が出現したではないか。
それは雪希の氷結吐息を難なく防いだ。しかし、雪希は氷結吐息を防がれたことを知るや否や、氷結吐息の温度を上げて水撃吐息へと切り替える。大量の水が〈嘆きの絶壁〉へと殺到した。
雪希の放っているブレス攻撃は水属性の特殊攻撃であるが、材料となる水分は天からチラホラと、そして大地にわんさか積もっているので弾切れの心配はない。
「無駄無駄、どんなに頑張ろうとも、この鬼仙術〈嘆きの絶壁〉は破れねぇ」
余裕顔のスカレッチオとビルガンテ。だが、その〈嘆きの絶壁〉に炎楽の放った灼熱槍が向かってゆく。
いやな予感、ここは魔法障壁で防ぐしかない。って、今の俺は使えないじゃないですかやだー。
「ちゅん、ちゅん!」
俺の頭の上でうずめが力強く鳴いた。すると、俺の周りに見覚えのある桃色の結界が展開し始めたではないか。これは、ひょっとして……!?
『む、桃仙術〈桃結界陣〉か! プルル!』
「うん、分かったよ、桃先輩! 邪魔、どいて!」
げしっ。
「あざーっす!」
桃先輩の呼び掛けに応え、水の変態少女を蹴り飛ばして俺に合流するプルル。彼女がサディストに目覚めかけていそうで、俺は戦々恐々である。
お願いだから、優しいままの君でいておくれ。
プルルが〈桃結界陣〉に入ったタイミングで大爆発が起こった。超高温の灼熱槍と、水撃吐息による大量の水が接触し【水蒸気爆発】がおこったのである。
「ふきゅぅぅぅぅぅぅん!? む、無茶し過ぎぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「ちゅん、ちゅん、ちゅん!」
そのあまりの威力に〈桃結界陣〉と子雀のうずめが悲鳴を上げる。このままでは桃結界陣が破れてしまいそうだ。
しかし、寸でのところで俺たちの目の前に巨大な岩が落ちてきて、強烈な爆風の盾となってくれたではないか。
「爆発の際に空に巻き上げられた岩か? しかし、運がよかった」
「ちろちろ」
「はっ!? まさか、さぬきの幸運が岩を呼び寄せた……!?」
あながち、そうではないと言いきれない。さぬきは幸運を呼び寄せる白い蛇なのだ。この能力のお陰で、幸運の白蛇を巡って戦争まで起こった、という逸話すらある。
もしかすると、今まで俺が生き延びて来れたのも、さぬきの幸運に護られていたからかもしれない。ありがたや、ありがたや。
「ひゃんひゃん!」「うっきー」
どうだと言わん顔で俺たちの下へ帰ってくる二匹。どうやって、あの爆風を凌いだかは謎である。あとで問い質しておくか。ねっとりとなぁ。
「おのれ、やってくれたな!?」
あの爆発であっても、土のスカレッチオと火のビルガンテは健在であった。
「んぎもじぃぃぃぃぃぃぃっ! も、もう一回!」
そして水の変態も健在であった。風は……見当たらない、砂遊びに飽きてどこかへ行ってしまったようだ。
「ふきゅん!? ぶははははははははははははっ!」
なんと、この場に残っていた三人の鬼のいずれもが、爆発によって髪がちりちりになり、見事なアフロヘアーになっていたのである。これは酷い。
「よ、よく似合っているぞぉ」
「うわ、これはまた……」
俺とプルルにドン引きされ、土のスカレッチオは激昂した。
だって、しょうがないだろ。どこぞのコントと同じオチなんだから。
「うるせぇ、ちくしょう! 絶対に許さんぞ!」
「何を怒っているのだ、土のスカレッチオ。こんなに見事なアフロになったというのに」
「元々、アフロのおまえは気にならんだろうな!」
「うひひ! あ、あ、アフロぉぉぉぉぉぉぉっ!」
そこに、どこへ出かけていた風のバリバリクンが戻ってきた。この三人の惨状を見て何かを悟ったらしく、背負っていたリュックサックから何かを取り出して頭に被った。
「おにぃ」
それは金髪アフロのカツラであった。なんて気配りのできる子なんでしょうか。
「クソがぁっ! おまえらやるぞ!」
「よかろう、アフロの力を見せてやる」
「アフロプレイ? 未知のプレイに身体が火照るぅぅぅぅっ!」
「おにぃ」
アフロ四天王が襲いかかってきた。しかし……アフロの力とはいったい?
『エルティナ、戦況が思わしくありません。一旦退いてください』
と、ここでデュリーゼさんから〈テレパス〉にて連絡が入った。どうやら戦況が思わしくないらしい。
どうやら出撃の際に着地した場所が悪かったらしく、既に大部分の味方がいもいもベースへと帰艦しているとのことだ。
『デュリーゼさん……分かった、仕切り直しだな』
俺は軍師であるデュリーゼさんの指示に従い、プルルと共にいもいもベースへと帰艦することにした。尚、アフロ四天王は完全に無視だ。構ってられるか。
「あ、俺たち帰るから、じゃあな。これは、おまえらに奢ってやろう、喜べ」
「……え? ぶっ!? げほっ、げほっ……なんじゃこりゃぁ!?」
土のスカレッチオの悲鳴が聞こえた。どうやら喜んでいただけたようだ。俺が彼らにご馳走したのは煙幕弾だ。こんなこともあろうかとドゥカンさんに頼んで作ってもらっておいたのだ。
「おまえら変態どもに構ってられるか。煙幕弾を全部バラ撒いて、すたこらさっさだぜ」
俺たちは、もくもくと立ち昇る煙に紛れて戦場を後にするのであった。
「いや~まいった、まいった」
いもいもベースに帰艦し、思わず気が緩んだ俺はついつい愚痴をこぼしてしまう。それに反応してくれたのは、俺と共に帰艦したピンク髪の少女プルルだ。
「確かに疲れたねぇ。ああいうタイプの鬼は初めてだよ」
「それもあるけど、皆と少し離れた位置に着地したのがまずかったよなぁ」
そう、それが一番の敗因だ。ユウユウ閣下を敵が密集している場所に投下するため、皆とは少し離れてしまっていたのだ。それによってザインとルドルフさんが俺と合流する前に撤退と相成ってしまった。
「ふきゅん、次からは気を付けよう」
「結局はユウユウの乗り物も完成しなかったしね」
プルルはため息をひとつ吐いて目を閉じた。少しでも睡眠を取る算段なのだろう。しかし、その隣で俺は白目痙攣状態になっていた。
実はユウユウ・カサラ専用の乗り物は完成していた。その名も【ユウユウ・ロケットブースター】。ドクター・モモとドゥカンさんの技術の粋を詰め込んだ画期的な輸送型GDである。
このGDはホビーゴーレムを必要とせず、ドクター・モモが開発したプログラムでさまざまな制御をおこなうお利口さんなGDだ。もちろん、【手動】での操作も可能である。
基本的にユウユウを目的地まで輸送、投下するのが役目なので一切の武装を搭載していない。その代りに大出力のロケットブースターを四基も搭載している。
内、二機は目標地点に行くまでようであり、残りは自動帰還用に使用するのだ。
が、ユウユウはこのユウユウ・ロケットブースターを僅か三分で大破させてしまった。
オートプログラムに任せればいいものを、彼女はマニュアル操作でいいところを見せようとしたため、超高速で地面に激突してしまったのである。
『わ、わしらの最高傑作が……』
『これでは、ただのロケットですな』
『流石はユウユウ閣下、俺たちにできないことを平然とやってのける』
この事により、ユウユウは運転が超ド下手だということが露見した。デュリーゼさんが作り出した初心者用の馬型ゴーレムをも見事に壁に激突させる彼女は、まさに天性の不器用さんだ。
ちなみに、初心者用の馬型ゴーレムは普通であれば壁に激突することはない。
「うん、わすれようそうしようおれはなにもみていない」
俺とプルルはハンガーデッキにて次の出撃を待つ。その間にも続々と仲間たちが戻ってくる。どうやら負傷者こそいれども戦死者はいないようだ。
「はぁ~、ありゃひでぇや。近付けたもんじゃねぇ」
愚痴をこぼしながら帰還してきたのは、ガッサームさん率いる冒険者部隊だ。彼らは移動要塞までの道を切り開く役目を引き受けていた。非常に危険度が高い任務であるが文句を言う者は誰一人いない。
「アホみたいにいる魔導装甲兵も厄介ですが……時折、姿を見せる鬼の武将も侮れませんね」
「あぁ、ヴァンが引き付けてくれなかったら危なかったかもな」
彼らは床にドカリと腰を下ろし、装備の点検、整備を開始する。彼らは基本的になんでも自分でこなすのが特徴だ。とはいっても、全てが全て自分でおこなえるか、と言えばそうではない。時には自分よりも腕の良い職人に託すこともある。
「痛んだ武器はねぇかぁ!? 遠慮なく言ってくれぇ!」
「おぉい、頼むっ! 俺じゃあ、もうどうにもできねぇ!」
いもいもベースが乗員上限を大きく超えて出撃した理由は多くの職人を乗せているからだ。その大半はゴーレムギルド職員たちであるが、彼らは剣や盾、鎧などの修理は得意ではない。それにGDの整備に忙しい彼らの手を割くことは望ましくはなかった。
そこで、フィリミシアから腕の立つ職人や、その弟子たちに、いもいもベースに乗ってもらい修理をしてもらえるように頼み込んだのである。
この事によって、今では直せない物などないのではないだろうか、というほどまでになった。
『いもいもベースクルーに伝えます。これより、いもいもベースは十キロメートル後退。移動が完了次第に出撃。尚、北と南の防衛部隊は鬼の部隊と交戦中』
デュリーゼさんの指示が艦内スピーカーで伝えられた。俺たちが後退すればするほどフィリミシアは脅威に晒される。しかし、それは同時に桃先生の大樹の恩恵が強くなるということでもある。
ヤツらがフィリミシアに到達するのが先か、それとも俺たちがアランを退治するのが先か。それによってこの戦いの結末は大きく変わる。
俺はX・リベンジャーを整備クルーに預け、僅かな時間を休息に費やしたのだった。




