518食目 四天王
『……戦闘区域に侵入しました……発進どうぞ……!』
オペレーターのララァの声にも緊張が走る。それはこれから出撃する俺たちもだ。
伝わる……戦場から放たれる殺気、怒り、憎悪。伝わる……散っていった仲間たちの無念、悲しみ、そして希望を託す声が。
「うっしゃ! てめぇら、ここが大一番だ! 歴史に刻まれるような大暴れをしてやろうじゃねぇか!」
冒険者ガッサームさんの鼓舞に冒険者隊が己の得物を掲げ応えた。彼らは次々と、いもいもベースの口から徒歩で飛び出してゆく。流石にカタパルトから生身で射出はできないからだ。
ただし、重鎧を身に纏っている者はその限りではない。あと、ユウユウ閣下も平然とカタパルトを使用しているが、良い子はマネしてはいけないゾ。
『……発進どうぞ……!』
「聖光騎兵団、ミカエル・ムウ・ラーフォン、出撃!」
カタパルトから勢いよく射出され大空を飛ぶのは聖光騎兵団のミカエル、メルト、サンフォの三天使だ。他の聖光騎兵団騎士はカタパルトから出撃した後に地上に着地して進軍をおこなっている。
『……発進どうぞ……!』
「GD・ノインセラフ、レイヴィ・ネクスト、出るぞ」
真紅の機体に真っ白な天使の翼を模した背部ユニット装着したGD、その名も【ノインセラフ】がカタパルトより出撃した。パイロットはもちろん、レイヴィ先輩だ。
あの背中の翼、実は中に桃力が凝縮されたミサイルが計八発内蔵されている。空中での姿勢制御にも一役買っているが、本命は中身のミサイルであることは言うまでもない。
『……戦果を期待してる……』
「おう、任せときな! マフティ・ラビックス、GD・バウニー、いくぜっ!」
「ケケケ、ゴードン・ストラウフ、GD・ワッパ、やってやんよ」
「……ブルトン・ガイウス、GD・ル・ブル、出るぞ」
マフティトリオが出撃する。彼らの機体は特に手を加えられていないそうだが、細部にわたって微調整をおこなったそうだ。そのお陰で機体性能は三%ほど向上したらしい。
『……無理はしないでね……』
「ふ、ふえ~、緊張しますぅ。メルシェ・アス・ドゥーフル、GD・モモチャージャー、で、出ますよぉ~!」
ダナンがいもいもベースにて操舵士を務めるため、彼が身に付けていたGD・モモチャージャーをメルシェ委員長が身に着けることになった。彼女の動きが少しばかり良くなったのはいうまでもない。
ただし、モモチャージャーの腰回りを改良することになったのは内緒だ。まぁ、言わなくても一目瞭然であるのだが。でけぇ。
『……リンダ……大丈夫……?』
「だ、大丈夫!」
『……貴女なら、やれるわ……』
「気休めでも嬉しいな。リンダ・ヒルツ、GD・ラングスキメラ、いっくよ~!」
リンダのGDはラングスを基本としてさまざまなGDの予備パーツを組み合わせて無理矢理一機のGDとして作り上げたものだ。よって、外見はかなり歪な姿をしている。
しかしながら、GDが圧倒的に足りておらず、我儘は言ってられないのが現状なのである。彼女もそれを承知の上でラングスキメラを装着しているのだから。
リンダのパートナーは【やどりん】と名付けた小さなヤドカリの姿をしたホビーゴーレムだ。どことなくヤドカリ君に似ている。
『……プルル……頼んだわね……』
「うん、分かってる。任せておくれよ。プルル・デュランダ、GD・デュランダ、いきますっ!」
GD部隊のトップエース、プルルのGD・デュランダが出撃した。最近は鬼たちからも【ピンク色の悪魔】だの、【情け無用のピンク】だのと呼ばれて恐れられている。
もう戦い方が桃師匠を思い出させ、俺もついでにビョクッとしてしまう。勘弁してくだしあ。
『……エルティナ……いってらっしゃい……』
「おうっ! エルティナ・ランフォーリ・エティル、GD・X・リベンジャー、いっきま~す!」
カタパルトが勢いよく射出された後にロックが解除され、俺はいもいもベースの口より戦場へと打ち出された。
空から地上を見下ろすと、いるわいるわの鬼の群れ。大地を埋め尽くすその連中は移動要塞を護るかのように展開していた。
「食いしん坊、決戦だよ!」
「分かってるんだぜ!」
どしっ!
背中に衝撃が走った。どうやら何者かが乗ったらしい。無賃乗車は犯罪だぞぉ。
「良い眺めね。敵が密集している場所までよろしく頼むわ」
背の大型ランドセルに乗ったのは案の定ユウユウ・カサラであった。だから、そこは人が乗る場所じゃないって言ってるだるるぉ!?
「ひゃんひゃん!」「うっきー」
元々ランドセルに乗っていた雪希と炎楽は場所が狭くなったことに対し、苦情を申し出るもユウユウの無言の笑顔によって強制的に黙らされる事となる。これは酷い。
「きゅ~ん」「うきぃ」
これはもう、早々にユウユウ爆弾を投下するしかない。俺はブースターを吹かして鬼どもが最も密集している場所に目掛けて、彼女をポイっちょした。
ひゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……ずどぉん!
威力は ばつぎゅんだ!
「さて、俺たちも着陸すっか」
「色々酷いね」
「何も言い返せねぇ」
ヘビィマシンガン、魔導ライフルを連射し、地上にいる鬼たちを攻撃し退治せしめる。無事に着地に成功すると素早く次の行動に移った。
俺たちの最終的な目標は移動要塞に居座るアラン・ズラクティの撃破である。従って進路を阻む必要最小限の鬼だけを撃破し移動要塞に取りつかなくてはならないのだ。
空から直接、移動要塞の城に取りつく方法も案に上がったが、成功確率は極めて低いとのことで却下となった。全てはアランの全てを喰らう者もどきのせいである。
あれに迎撃されたら纏めてご臨終にさせられてしまうからだ。ふぁっきゅん。
「ほっほっほ、ようやく好きにやれとの許可が下りたのう」
「だからといって、味方まで切らないようになさいませ」
「景虎は相変わらず口うるさいのう。分かっておる」
戦場に舞う美しい蝶の群れ。冬である季節に舞う蝶など聞いたことがない。それは当然だ、こいつらは蝶の形を持った凶器たち。触れればたちまちの内にバッサリだ。
次々と切り刻まれる魔導装甲兵と異形種たち。ひらひらと舞う蝶に攻撃を加えるも逆に切り刻まれてゆく。この地獄の光景を生み出すのは、黒髪が美しい出日の尾張国の姫君、咲爛だ。
彼女の手に持つ扇はただ単に蝶を無限に生み出すだけの能力しか持たない。宴会などで用いられる魔導器具であるそうだ。
しかし、これに咲爛の能力、全てを切り裂く【斬】の個人スキルが加わると恐ろしい殺戮兵器と化す。その威力はこの地獄絵図を以って証明されているだろう。
「咲爛姫に後れを取るなっ! 我ら尾張の武士の力を見せ付けよ!」
咲爛の作った突破口に殺到する尾張の武士たち。死をも恐れぬ戦士たちに鬼たちは怯み重厚な人壁が遂に崩れた。畳みかけるなら今を以って他にはない。
「ムセル!」
『レディ』
改良されたローラーダッシュを起動、X・ブースターを吹かして突撃する。
「輝夜っ!」
『……っ!』
俺の呼びかけに輝夜は行動を以って応えた。桃力がX・リベンジャーが包み込み、俺たちは桃色の流星と化したのである。
「ぶるぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
後はそのまま鬼どもにぶちかましを掛ける。連中はボウリングのピンよろしく吹っ飛び、その身を桃色の粒子へと変じさせて昇天。彼らの魂は救済されたのだ……たぶん。
「よし、これをM・MAXとなづけようそうしよう」
これは快感だよ、女子共には教えられないね!
『油断するな、次が来るぞ』
余韻に浸る俺であったが、桃先輩が注意を促したことにより我に返る事となった。あと少しくらいは余韻に浸りたかった。しょぼん。
「ちゅんちゅん! ちちちちちち!」
うずめが警戒を知らせる鳴き声を上げた。ということは武将クラスが接近しているということになる。
「ひっひっひ! 見つけたぜ。俺はアラン四天王の一人、土のスカ……」
「邪魔だよっ!」
スビュゥゥゥゥゥン! ぼんっ。
これは酷い、アラン四天王の土のなんちゃらさんは、名乗りを上げることもなくプルルの魔導ライフルの一撃で頭をフッ飛ばされてお亡くなりになってしまった。
相変わらず容赦ねぇな、うちのトップエース様は。
「ごぼぼ……ひでぇな、せめて、名前くらい名乗らせろや」
だが、ヤツは頭部を破壊されても死ななかったのである。というか桃力が効いていないのか!?
「こいつ……!」
ぐじゅぐじゅと嫌な音を立てながらその男の頭部はやがて完全に再生されてしまったではないか。それを忌々しく睨み付けるプルル。
「んじゃ改めまして、俺はアラン四天王【土のスカレッチオ】、今後ともよろしく。って言っても、おまえらは死ぬんだから、ここでお別れになるがな? ぎゃはははは!」
またしても世紀末ヒャッハーが湧いて出てきやがった。しかもアラン四天王とか名乗りだして。しかも、痩せこけた顔に黒髪の中分けロングは似合わない。
彼に対して思わず吹き出しそうになるも、実力は四天王の名に恥じないものがあるようだ。決して油断ができる相手ではない。
「こんなところで立ち止まっているわけにはいかないのにっ!」
「おおっと、つれねぇなぁ。俺と遊ぼうぜ?」
スカレッチオは手を突き出すと、その十本の指が突然伸びて俺たちに向かってきた。辛うじて回避に成功するも、その攻撃の巻き添えとなった変異種を見て戦慄することとなる。
なんとヤツの指は易々と変異種を貫きバラバラに引き裂いてしまったのだ。
「動くと当たらないだろ? ジッとしてろよ、すぐに終わるからさ」
「冗談は顔だけにしやがれっ! ふぁっきゅん!」
こいつを無視して先に向かうのは危険だ。ここで仕留めなくては、どれほどの被害が出てしまうことか。しかし……!
その時、俺に電流走る。かわす、そう考えた時には既に行動は終わっていた。通り過ぎる紅い線、それは炎で出来た破壊の一筋。やはり巻き添えになった鬼は一瞬にして炭と化した。
「ちっ、勘がいいなぁ、おまえ」
なるほど、巻き添えは俺の後ろにいた鬼だけではないようだ。この破壊の炎をぶっ放してきたやつは、己の前にいた味方ごと、こちらを狙ってきたのだ。まさに外道。
「俺はアラン四天王【火のビルガンテ】。怒りの炎で全てを焼き尽くす!」
「赤いアフロなんて、この世界にやってきて初めて拝んだぞ」
「痺れるだろう? その感動のまま、おまえを焼き尽くしてやるよ」
「このクソ寒い冬にパンツ一丁でなければ痺れていたかもな」
そう、あろうことかビルガンテと名乗った鬼は、雪のちらつくこの季節にパンツ一丁で戦場に立っていたのである。その姿は紛うこと無き変態。
「うるらぁっ!」
ビルガンテは再び指先から赤い線を放ってきた。狙う先は俺の額、これに当たるわけにはいかない。
俺はX・リベンジャーのスラスターを吹かして回避を試みる。しかし足に絡みつく何か、それはスカレッチオの長い指。邪魔すんなっ!
「食いしん坊!」
プルルは俺を拘束するスカレッチオの指に目掛けて魔導ライフルを放つ。そして、それは寸分違わず命中し、細長い指は爆発四散した。
「あばばばばばばばばばばっ! ふきゅんっ!?」
戒めを解かれた俺は倒れ込むように回避。受け身を取り損ねて、おでこを打ったのは内緒だ。
「ひっひっひ、良い腕してやがる。可愛い顔して、おっかねぇ嬢ちゃんだ」
「こいつっ!」
挑発に乗ってしまったプルルは魔導ライフルを連射、スカレッチオをハチの巣にする。が俺はここで違和感を感じ取った。
魔導ライフルでハチの巣? そんなわけない、魔導ライフルの一撃は命中すると爆発を起こす。俺のヘビィマシンガンならハチの巣になるだろうが……ってことは!
「おめぇ、再生もできるけど肉体も操作してやがるな!?」
「ひっひっひ、勘の良いガキは嫌いだぜ。そうさ、俺の鬼力の特性は【操】、ありとあらゆるものを操る。そして俺の最も得意な魔法は土属性特殊魔法〈クリエイトゴーレム〉。あとは分かるよな? 分かったところで、どうしようもないだろうけどよぉ!」
ヤツの砕けた指が地面の土を吸収してあっという間に再生を果たした。つまり、桃力で倒せなかった理由は、ヤツの肉体に命中せず、土塊で作り上げた体に命中したためだ。
プルルの魔導ライフルの光線は、己の肉体に穴を開けて通過させればいいだけのこと。あの一瞬で事を終えさせる技量は相当なものだ。
「なんて面倒臭いヤツなんだ! 帰れっ!」
「いや、それって酷くね?」
「素で返されても困る!」
「困るなら言うなよっ!?」
くっ! やはり俺のボケにもしっかりと喰らいついてくる! 手強い!
「スカレッチオ! いいから殺っちまおうぜ! もう我慢できねぇ!」
「黙れ変態」
「……」
火の四天王さんは、冷たい眼差しを向けてくるプルルに気圧されていじけてしまった。暑苦しい性格の割りにはメンタルが弱いようだ。
てか、戦闘中のプルルは妙に攻撃的な上に冷徹である。ある意味でユウユウよりも怖い。逆らわないようにしておこうそうしよう。
「じゃ~ん、アラン四天王【水のイナオツ】ちゃん、参上~!」
そして、空気を読まない残念なアラン四天王が登場して、場の空気は更に混沌を深めていった。
「くそっ! どうせ風の四天王も出てくるんだろいいかげんにしろ!」
「とっとと姿を現したらどうなんだい! 纏めて退治してあげるよ!」
「あるぇ? 私ってば無視されてる? ねぇねぇ、無視? うひひ、ほ、放置プレイっ!」
水の変態少女は無視することに決め、俺とプルルは周囲を警戒する。そしてヤツは現れた。
「おにぃ!」
毎度おなじみの小鬼君が登場した。相変わらずマイペースなヤツだ。
「おめぇじゃねぇ」
「いや、それがアラン四天王【風のバリバリクン】だ」
スカレッチオの答えに俺とプルルは今日一番の衝撃を受けた。
「うっそだろ、おめぇ!?」
「おにぃ」
俺は風の四天王を持ち上げスカレッチオに突き付けた。アラン四天王最後の一人は、まさかの小鬼であった。よくよく見ると、額に【四天王】と書かれたはちまきを締めている。
「じ、人材不足?」
プルルは蹲って拗ねているビルガンテに訊ねた。
「あ~……いや、本物はアランと喧嘩してストライキ起こしてる」
なんだその理由は? 子供かっ!?
「それって良いのか? 自由過ぎるだろ」
「何も言い返せねぇ」
俺の言葉に、スカレッチオは顔を手で覆い天を仰いだ。先ほどまでの緊張感は完膚なきまでに破壊され、微妙な空気が流れていたのである。
「おにぃ……」
「うひっ、うひひ! ほっほっ放置プレイ、んぎもじぃぃぃぃぃぃぃっ!」
取り敢えず勢ぞろいしたアランの四天王たち。ヤツらとの戦いは危険な領域へと突入するのであった。




