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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
512/800

512食目 新しい風

 ミレニア様に手を引かれ辿り着いた場所、それは現在、彼女が生活している部屋だ。元々は王妃……つまりは王様の奥さんが使っていた部屋を使わせてもらっているとのこと。


 昔、俺がまだ聖女だった頃に、ミレニア様からラングステンの王妃様の話を聞かされたことがあった。

 王妃様の名はクリスティアといって、それはそれは美しい女性だったそうだ。しかしながら、随分と若くして亡くなってしまったらしい。


 王様と親しかったミレニア様は王妃様と知り合い、彼女とも交流を深めていたとのことだ。そんな経緯もあって、この部屋を使わせてもらっているらしい。

 王様の大切な記憶が多く眠る、この部屋を。


「さぁさぁ、ここに座ってちょうだい」


「ふきゅん、そんなに慌てなくても大丈夫なんだぜ」


 俺はミレニア様に促されて、大きなベッドの上に座らされた。一人で寝るには大き過ぎるベッドだ。


「うふふ、それじゃ始めましょうかね」


 彼女はそう言うと、綺麗な装飾が施された化粧箱を取り出した。中身はこれまた綺麗な装飾が施された化粧道具たち。しかしながら、化粧箱に比べて少々年季が入っているように見える。


「っと、そのまえに」


 ミレニア様は濡れタオルを手に持ち、俺の顔を拭き始めたではないか。


 し、しまったぁ……! 完全にバレていたとはっ! 珍獣、一生の不覚っ!


「さ、これでいいわ。まずは髪を梳きましょうか」


 俺の返事を待たずに櫛を手に取り、俺の髪を梳き始める彼女。その手にしている櫛に見覚えがある。


 俺が五歳の頃にエレノアさんとミランダさん、そしてティファ姉と買い物に出かけた際に、小物店で見かけた白い櫛と物と同じ物のような気がしたのだ。あくまで、そんな気がしただけであるが。


 その白い櫛は、金さえあれば即買いの一品であったのだが、手持ちが無く断念。ようやく金が溜まった時には既に売れてしまっていたのである。がっでむ。


「ふきゅ~ん」


 恐らくは製作者が同じであろうそれは、俺の髪に良く馴染むかのように絡まった髪の毛を解きほぐしてゆく。それは、まるで荒んだ俺の心をも解きほぐしてゆくかのようだ。


 心地良い感触にうとうとし始めるが、ここで寝てしまっては失礼というもの。眠気を覚ますためにも何かイヤァンパクトのある映像を脳内に表示しよう。


 俺は眠気覚ましに【タカアキのグラビアポーズ】を表示した。


 効果は、ばつぎゅんだ!


 あまりにも効果が良過ぎて軽く昇天し掛けたのは内緒である。あれは脳内に表示するものではないな、と心に誓い、何事もなかったかのように振る舞う俺、素敵。


「相変わらず綺麗な髪だこと。でも、少しばかり痛んでいるのが残念だわ」


「お手入れもできなかったから」


「えぇ……そうでしょうね。少し軽率な発言だったわね。ごめんなさい」


 ミレニア様の悲しい声を聞いて、俺は己の発言こそが失言であったことを悟る。その失態を補うべく、俺は彼女に語りかけた。


「そんなことはないんだぜ。クラスメイトの一部は身嗜みに余裕を回すことができるヤツがいたから。ただ単に俺がさぼっていただけなんだ。だから、気にしないでほしいんだぜ」


 もちろん、その猛者とはユウユウ閣下である。マジパねっす。


「相変わらず優しい子ね。エルティナは」


 それから暫く髪を梳く音だけが、この部屋を独占する。会話はない、でも話し辛いとかではなかった。ただ、彼女の好きなようにさせよう、と思い彼女が語りかけてくるまで黙っていることにしたのである。


 俺の意図を察したのか、ミレニア様は黙々と俺の髪を梳く作業に没頭した。それからどれくらい時間が経ったであろうか? 実際はそれほどではないのだろうが、ようやくミレニア様は満足して俺の髪を梳き終えた。久しぶりにさらさらのヘアーになって、俺も満足である。


「うんうん、いいわね。じゃあ、最後に……これに着替えてちょうだい」


「ふきゅん、分かったんだぜ」


 彼女から手渡された衣服を受け取りハッとする。思わずミレニア様を見てしまうが、彼女は微笑みを返すのみ。

 俺は深いため息を吐いた後、決意を持ってその服に袖を通した。


「……良く似合っているわ」


「ありがとうなんだぜ」


 俺が身に纏いしは『聖女の服』。かつて俺が身に纏っていた聖女の服を、ミリタナス神聖国から逃れてきた職人に頼み修繕してもらったのだそうだ。


「ミレニア様……俺は」


「分かっております。でも……一日、いえ、半日でいいの。私たちミリタナスの民の聖女であってほしい」


 俺にはもう聖女たる能力などない。不思議な力も、奇跡も起こせやしないのだ。それでも彼女は、そしてミリタナスの民は俺に聖女であってほしいというのか。


「俺にはもう、なんの力も無い。でもミレニア様が、ミリタナスの民が望むのであれば」


 俺はミレニア様の震える手を強く握りしめ、覚悟を持って宣言した。


「残された時間、貴女とミリタナスの民の聖女となりましょう」


 ミレニア様からの返事はない、彼女はぽろぽろと大粒の涙を流し微笑んでいた。それをもって俺は回答とする。


 ここに、わずか半日だけの【ミリタナスの聖女】が誕生したのであった。



 ◆◆◆ ミレニア ◆◆◆


 半日という僅かな時間、ミリタナスの聖女として活動してくれるエルティナを伴い、愛する民が待っているフィリミシア城の避難所へと向かう。

 ウォルガングの手厚い保護によって、今のところは暴動といった事態は起こっていない。しかしながら、民の不安は減るどころか増す一方である。

 いくら私が大丈夫、と言ったところで事態は手に負えない場所にまで来てしまっていた。


「これはミレニア様。それと……その姿はエルティナ様で?」


 避難所に通ずる薄暗い廊下にて、マイアス教団副司祭マーツァルと聖女ゼアナに遭遇した。まったくもって、嫌なタイミングで出くわしたものだ。


「その衣服は聖女が身に纏いし物。何故、聖女ではない貴女が身に纏っておいでか?」


 エルティナを牽制するマーツァル副司祭に、彼女は答えた。


「俺は【ミリタナスの聖女】、エルティナ・ランフォーリ・エティルである。ミリタナスの民が俺を待ちわびているのだ。下がれ」


 有無を言わさぬエルティナの言葉、それにマーツァル副司祭は気圧され、私たちに道を譲ってしまった。


 少し考えれば、今の彼女は【ミリタナスの聖女】であるからして、マイアス教団の副司祭が道を譲ることなどあってはならないのだ。

 しかし、彼は道を譲ってしまった。それはミリタナスの聖女に屈したことを意味している。圧倒的な覚悟の違いが明暗を分けたのだ。

 それほどまでに、エルティナは固い決意と覚悟を持って臨んでくれている証拠。こんなに嬉しいことはない。


「お、お待ちください! エルティナ様!」


 私たちの歩みを止めたのは聖女ゼアナだ。彼女には敵意がない様子であり、エルティナも彼女の言葉に耳を傾けた。


「ぶしつけではありますが、私もミリタナスの民の下へ参ってもよろしいでしょうか?」


 彼女の発言は意外であった。それはマーツァル副司祭も同様であったようで、大きく目を開き酷く驚いた様子を見せたのだ。


「ふきゅん、それは何故だ?」


「はい、不安に駆られるミリタナスの民を遠くから見ているだけなど、ラングステンの聖女としてあるまじき行為である、と常々思っておりました。ですが、切っ掛けを掴めず今日まできてしまい、大変に情けない思いをしていたのです」


「なるほど、それで俺を利用しようとしたのか」


「そのとおりでございます、【聖女エルティナ】様」


 なんという図太い少女であろうか。エルティナを出汁にしてミリタナスの民と接触を試みようとしたのである。それに対してエルティナは嫌な顔をひとつせず答えた。


「あぁ、構わんよ。一緒にミリタナスの民の不安を少しでも和らげてあげよう」


「はいっ!」


 そうであった、エルティナという少女はこういう存在であった。弱き者を救うのであれば形振りなど、そして手段すらも択ばない。ただ、ただ、ひたすらに救いの手を差し伸べる。


「せ、聖女ゼアナ様! 今のミリタナスの民は不安定なのです! 万が一、貴女様の身に何かございましたら……」


 当然、マーツァル副司祭は聖女ゼアナの行為を許しはしない。全力で止めにかかるも、それは聖女ゼアナの強い意志によって阻まれた。


「マーツァル様……私は、私はっ! ラングステンの聖女なのです! 弱き者に手を差し伸べられなくて、何が聖女でしょうかっ!?」


「ゼ、ゼアナ様……!?」


「私も貴方に救いの手を差し伸べられたからこそ……今があるのですよ?」


 ぽろぽろと大粒の涙を流し懇願する聖女ゼアナを見て、マーツァル副司祭は息を飲んだ。その表情は何かを思い出したもの。彼の眉間のしわがより一層に深くなる。


「……」


 それっきり、マーツァル副司祭は黙り込んだ。硬く目を閉じ、暫し考えた後に、彼は聖女ゼアナに口を開く。その表情は穏やかであった。


「……好きにしなさい」


「っ! はいっ!」


 それは副司祭としての言葉であっただろうか? まるで父親が娘に投げかける言葉のような温かさが、その言葉には多分に含まれているように感じた。






 聖女ゼアナとマーツァル副司祭を伴い避難所へと向かう。そこには疲れ果てた表情のミリタナスの民で溢れかえっていた。


「ん? あれは……」


「なんだよ、疲れているんだから、無駄なことはさせないでくれ」


「エ、エルティナ様だ! エルティナ様がいらっしゃったぞ!」


「なんだって!? お、おい! みんなっ!!」


 エルティナの姿を確認した途端に、疲弊したミリタナスの民の表情に活力が戻った。私が見舞いに行っても、これほどまでに元気づくことはない。少しばかり彼女に嫉妬してしまう。そんな自分がおかしく思えてクスリと笑ってしまった。


「おいぃ……そんなに群がっては聖女行為ができねぇぞぉ」


 一斉に集まってくる民に、嫌な顔一つせず対応するエルティナは堂に入っていた。そんな彼女に負けじ、と聖女ゼアナもミリタナスの民を救済し始める。


 エルティナは民の不安を、聖女ゼアナは民の怪我や病を癒してゆく。ここまで来る途中で、予め担当を決める会話を私は聞いていた。


「エルティナ様っ、エルティナ様ぁ……」


「もう少しの辛抱だ、必ずおまえたちを故郷に帰してやるからな」


 大の大人が十歳の少女に縋る、民たちはそこまで追い込まれていたのだ。ミリタナス神聖国から逃れてきてもう半年に迫ろうとしている。いつまで経っても国に戻れない不安は、それだけで精神を痩せ細らせてゆく。今の民たちは姿こそ普通であるが精神は骸骨のように痩せ細っているに相違なかった。


「体に違和感がある方はいらっしゃいませんか!? どんな些細なことでも仰ってください!」


 聖女ゼアナもまた、意欲的に救済を施していた。それが己の使命であると言わんばかりに。

 彼女に初めて出会った時はマーツァル副司祭の傀儡程度にしか思っていなかったが、どうやら違っていたようだ。私の目も随分と曇ったものだ。


「もう大丈夫だ。さぁ、お母さんの下へおゆきなさい」


「うん! ありがとう、おじいちゃん!」


 そして、マーツァル副司祭も……今の姿こそ本来の彼なのであろう。権力の渦の中に身を投じ偽りの姿を演じ続ける、それは私も同じはずだったのに。

 いつから私は真実を見抜けられなくなっていたのか。


 自分の眼力が衰えたことに落胆していると、どこからか風が入り込み私の頬を撫でて過ぎ去ってゆく。それは、あくまで優しく温かかった。


「そう……新しい風が吹き始めたのですね」


 ポツリと呟く。それは誰の耳にも入らなかったはずだ。聖女エルティナ、聖女ゼアナ。新しき風は希望を運び、奇跡という名の花を咲かせることだろう。

 これで、私は心置きなく聖杯に命を捧げることができる。教皇としての最後の使命を果たす時が来たのだ。


 確かに私は不老不死だ。しかし、それは聖杯に魂の大半を奪われたからなのである。

 この肉体は聖杯によって作られた偽りの身体。いくら朽ち果てても聖杯が無事である限り再生し続ける。これが私の不老不死のカラクリだ。


 しかし、その不老不死も、偽りの身体に僅かに残された魂を聖杯に捧げることによって終焉を迎えることができる。

 聖杯に奪われた魂が聖杯の下で完全に一つになることによって聖杯は能力を発動し、全てを喰らう者を亡ぼす力を戦士に授けるのだ。当然、その代償として私の魂は失われる。

 そして能力を出し終えた聖杯は次なる贄を待つ。ミリタナス神聖国の次期教皇という名の贄を。


 未練が無いわけではない。ボウドス、愛しい人。彼と平穏な人生を過ごしたかった、と何度思ったことか。だが、それも所詮は叶わぬ夢。

 しかし、彼に別れを告げる気はない。別れなど、とうの昔……教皇になる時に済ませているのだから。


 私は【新しき風】たちの姿を目に焼き付けた。


 願わくば、彼女たちの行く末に光り満ち溢れんことを。


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