511食目 生贄
帰還した俺は、いもいもベースの艦橋にて、アランが全てを喰らう者に目覚めたことをデュリーゼさんに報告する。彼から返ってきた答えは、やはり想像したとおりのものであった。
『そうですか……アランは不完全な【全てを喰らう者】として覚醒してしまったようですね』
「やっぱり不完全なのか」
『えぇ、古き伝承に記される全てを喰らう者は、みなアランのような不完全なる者なのです。言い換えれば古き伝承のように、不完全なる全てを喰らう者は倒せる、ということになります』
「その言葉を待っていたんだぜ」
全てを喰らう者は、おとぎ話になるほどに有名である。そこはおとぎ話なので、詳しい全てを喰らう者の倒し方は語られていない。だが節々にヒントのようなものは存在していた。
その内の一つ、聖女に付き従っていた英雄が手にする光の剣。それ即ち【救世の剣】たる【ザ・セイヴァー】だ。それともう一つ、初代聖女が身に着けていた指輪、すなわち【ミリタナスの証】。最後に聖杯【世界】が必要になるらしい。
手元にあるのは剣と指輪、後は聖杯であるのだが、これの所在が行方不明という不具合振りに、俺は白目痙攣状態となった。いつも肝心な時に何かが足りないのは本当に困る。
『聖杯はミレニア教皇に訊ねてみます。貴女はなんとしてでもフィリミシアに帰還してください。分かっているとは思いますが、移動要塞に攻撃を仕掛けるのは現段階では自殺行為です。撤退に専念してください』
俺にそう伝えると、デュリーゼさんは連絡を終えたのであった。
全てを喰らう者を倒せるという朗報は皆を勇気付けた。それに必要なアイテムの内、二つまでもが俺の手の内にあるというのは大きなアドバンテージだ。
このことにより、わき目もふらずにフィリミシアまで逃げろ、ということになったので、戦士たちにはぐっすりと寝てもらうことになった。
申し訳ないが操舵士のダナンとオペレーターのララァ、そして動力源たるキュウトちゃんには多大な無茶をしてもらうこととなる。
「ふきゅん、本当に申し訳ない」
「いいってことさ。俺には、こんな事くらいしかできないからな」
「……ききき……ダナンと一緒……お邪魔虫がいるけど……まぁ、いいわ……」
「きゅおん……ものすっごく、居づらいんだけど。代わってくれない?」
物凄く嫌な顔をして俺の顔をジッと見つめるキュウトちゃん。しかしながら、今の俺は貧弱一般市民に毛が生えた程度の魔力しかない。よって、彼女と交代することなど叶わないのだ。
「それができれば、どんなによかったことか。じゃ、そういうことで」
「そこをなんとかっ!」
俺はダナンとララァのラヴラヴ空間に取り残され、口から砂糖を吐きだしそうなキュウトちゃんに爽やかな笑顔で「無理」と伝え、ピンク色に染まりつつあった艦橋を後にした。
ドア越しにキュウトちゃんの悶える声が聞こえたが、聞こえなかった振りをしたのは言うまでもない。
ダナンが本気を出したがため、いもいもベースは予定よりも早くフィリミシアへと到達した。その代償として、いもいもベースの足が数本破損し、キュウトちゃんが遂に口から『ゲロリアン』ではなく『シュガー』をぶちまける珍技を会得した。
無論、料理に使う予定はないから安心してほしい。食べる気があるのであれば止めはしないが。
更にはアランのヤツが調子に乗って全てを喰らう者を出したがために暴走し、鬼たちをむしゃむしゃしてしまったため、進軍が遅れたことも幸いした。
今頃は立て直しに躍起になっていることであろう。ざまぁ。
帰還後、休む間もなくフィリミシア城に登城する。休んでいる時間が惜しいのだ。ザインとルドルフさんにはすまないが、護衛として付き添ってもらうことになった。
本当はエドワードも一緒なので、そこまでの過剰な護衛はいらないのだが……あ、違った。
寧ろ必要じゃないか、エドワードはこの国の王子様なのだ。普段が普段なので忘れてしまっていた。
この事は心の中にそっと閉まっておこうそうしよう。
謁見の間に通されるとそこには王様とホウディック防衛大臣、そしてモンティスト財務大臣の姿。少し離れた場所にマーツァル副司祭と聖女ゼアナの姿があった。
相変わらずデルケット爺さんの姿はない。話によれば、現在彼は諸国を渡り歩いているとかなんとか、との説明を受けたが、要は地方に左遷のような扱いを受けたのだろう。
えげつないことをするものだが、俺の知っているデルケット爺さんは転んでもただでは済まさない男だ。
絶対に裏で【ごにょごにょ】しているに違いない。フィリミシアに帰ってきた時が楽しみである。
「……酷い有様じゃの。休んでおるのか?」
「一応」
開口一番、王様の言葉はそれであった。俺はそんなに酷い顔をしているのだろうか?
一応は、王様と会う、とのことなので鏡の前で身嗜みを整えたのだが。
はっ!? まさか……途中で面倒臭くなって顔を洗うのを止めてしまったことを感付かれた……!?
「お祖父様、無理もありませんよ。エルはずっと戦い続けていましたから」
丁度良いタイミングでエドワードが会話に割って入ってくれた。これで俺の洗顔が中途半端に終わっていることが誤魔化せるであろう。
よし、ここはエドワードに会話を合わせ、自然な振る舞いをして差し上げるのだっ!
「ふきゅん、そういうエドだって、殆ど寝てないじゃないか」
「僕は王族だからね、青い血が流れているから殆ど寝なくていいのさ」
とんでもない屁理屈を聞かされた。エドワードには絶対青い血など流れてはいないだろう。真っ赤過ぎて目が痛くなるような、そしてぐつぐつ煮立っている血に間違いないのだから。
俺は知っているのだ、彼が自分の睡眠時間を削り仲間たちを優先して休ませている姿を。
エドワードは生まれてくる環境を間違えたに違いない。王族としては隙があり過ぎるし優し過ぎる。
俺としては、ほんの僅かばかり心配になってしまうゾ。
「まったく、おまえたちときたら……報告が終わり次第、睡眠を取るのじゃ。これは王命である」
「ぶー、ぶー」
俺とエドワードはほっぺを膨らませて遺憾の意を示した。俺たちは、まだまだいけるぜ!
「ぶーぶー、ではないわ。女の子が目の下に大きな隈など作りおって」
王様を呆れさせたところで報告に移る。やはり全てを喰らう者の話になると、彼は深い眉間のしわを更に深くさせた。その上で全てを喰らう者を倒す方法が存在することを王様に告げた。
「うむ、その方法なんじゃが……エルティナよ、そなたはデュリンク殿にどこまで聞かされておる?」
「ふきゅん? 取り敢えず、倒せるって話と必要な道具までかな」
俺の答えを聞いた王様は、やはりな、という表情になった。そして深いため息と共に言葉を絞り出したのだ。
「よいか、エルティナ。伝承による全てを喰らう者を倒す方法……それは聖杯に【聖女の血】を注ぎ、それに指輪を浸した後に指にはめて、救世の剣を抜くという方法じゃ」
「色々手間が掛かってるなぁ。それで、血はどれくらい必要なんだ?」
「それは……」
王様が口籠る、そのタイミングで現れた彼が代わりに答えた。
「聖女の全ての血液が必要になります。つまりは、命を捧げろ、ということですね」
炎の紋章を模った金の装飾が施された白いローブを身に纏い、謁見の間に現れたのは白エルフの大賢者デュリーゼさんであった。
顔色が良いことから順調に回復したようである。よかった。
そんなことより、彼の会話の内容だ。全ての血液とは穏やかではない。これでは『生贄を捧げろ、おらぁん!』と言っているようなものである。
それに、聖女とはすなわち……。
「つまりは俺の全部の血か?」
俺の血のことであろう。つまり、俺は戦う以前にご臨終だった……?
「エルティナ、貴女はもう聖女ではないではありませんか」
「あっ、そういえばそうだった」
そう言えば俺は聖女をクビになっていたのだった。これはうっかり。
俺の答えに対して首を横に振り否定するデュリーゼさんは、視線を現聖女たるゼアナに向けた。その視線を遮るかのようにマーツァル副司祭が立ちはだかる。
「ご冗談を、ゼアナ様はこの国の聖女ですぞ。世界を癒す使命を持つ聖女に、戦いに勝つために命を捧げろなどと……」
「ふっ」
彼の言葉にデュリーゼさんは嘲笑。人差し指の第二関節を唇に付けてクスクス笑う姿はなんというか、さまになっている、と無条件に感じてしまう。
それは彼の容姿が整っており、その動作が自然であったからであろう。美形はなんでも得なんだんだなぁ。
これがタカアキだったら、どうであったか? 間違いなく【戦争】である。
「何がおかしいのですか? 大賢者殿」
「いやなに……世界が無くなれば聖女も何もないでしょうに」
デュリーゼさんの返答に反論できず絶句してしまうマーツァル副司祭。
ただ、彼が必死にゼアナを護ろうとしているのは、己の権力の座を護ろうとしていることではないことが分かった。それは彼の目の色からも窺い知れる。
それは親が子を護ろうと決意した際の目の色、それとまったく同じであったからだ。
「デュリンクさん、俺も聖女ゼアナを生贄にするのは反対だ。彼女には世界を癒してもらいたいからな」
「エ、エルティナ様……?」
俺の答えにゼアナとマーツァル副司祭は驚きの表情を、王様とエドワードはやはりな、という感じで微笑んだ。
俺の意思を受け取ったデュリーゼさんはさも当然、といったすまし顔である。彼は分かった上で、このようなやり取りをおこなったのだろう。まったく、悪い人だ。
「まぁ、エルティナであれば、そう言うであろうことは想定内です。だから、代わりを用意いたしました。こちらの方です」
彼に促されて謁見の間に入ってきたのは、なんとミリタナス神聖国教皇のミレニア様であった。
「か、代わりって……まさかミレニア様!?」
「えぇ、そのとおりです。聖杯に注ぐ血は、私の血でも問題ありません」
ミレニア様はそう言って微笑んだ。彼女は分かっているのだろうか? それが確実な死を意味することに。死んでしまえば、もうこうやって話すことも笑い合うこともできないというのに。
「エルティナ、そのような顔をするものではありませんよ? ようやく、生き永らえてきた意味を示せるのですから」
彼女は手にしていた杖を天に掲げた。すると杖は眩いばかりの光を放ち、徐々にその姿を変えてゆくではないか。そして光が治まると、そこには大人が両手で抱えるほど大きな【黄金の聖杯】が姿を現していたのである。
「これが聖杯【ザ・ワールド】です」
「ふきゅん。まさか、その杖が聖杯だったとは」
こんなに近くに聖杯があったとは誰が予測できたであろうか? というか、予測を立てたからミレニア様の下に行ったんだろうなぁ、デュリーゼさん。マジパネェッス。
「さて、これで準備は整いましたね。後は儀式をおこない、全てを喰らう者を討ち取るだけです。他に何か質問のある方は?」
ミレニア様の有無を言わさぬ笑顔に誰も答える者はいなかった。というか、笑顔が凄絶過ぎて何も言えないが正しい。少しばかりジョバッとやっちまったのは内緒にしてくれ。
「沈黙は質問無しと捉えます。それでは、この議題はお終いですね」
ぽんっと両手を合わせて朗らかに笑う彼女。こんな表情を見てしまうと、調子を崩されて彼女のペースに引き擦り込まれてゆくのが痛いほど分かる。
本当は抗わなくてはいけないのに。彼女の犠牲の下に成り立つ、だなんて納得がゆかない。
「う、うむ。して、ミレニア。その……だな」
「あ、そうそう、ウォルガング。少しばかりエルティナを借りてゆくわよ」
「あ、こりゃ! 待たんか! ミレニア……ミレニアっ!!」
俺は強引にミレニア様に手を引かれ謁見の間を後にする。悲痛な王様の声がいつまでも俺の耳に残ったのであった。




