510食目 不完全なる者
◆◆◆ エルティナ ◆◆◆
ミルトレッチ砦を揺らすのは地震か? それともシーマの貧乏ゆすりか?
その振動に最初に気が付いたのは、スライムの王族ゲルロイドであった。
初めの内はただの地震だと認識していたものの、一向に収まる気配が無く、徐々に強くなってゆく揺れにただ事ではない、と察した俺たちは砦の外へと飛び出す。そこで俺たちは、揺れを作り出しているであろう、とんでもない存在を目撃することになった。
「なんだ……ありゃ……!?」
リザードマンのリックの呟き、それは皆の心情を代弁したもので相違ない。
巨大な何かがミルトレッチ砦に接近していることは分かる。ただ、あまりに巨大過ぎて全容が分からないのだ。例えるのであれば、バカでかい山が「えっちら、おっちら」と接近している、とでも言えばいいのだろうか分かりません誰か教えて。
『接近しているのはウルトラサイズの恐竜だ。種類としてはトリケラトプスに近い。あれも一応は竜のカテゴリーに入るのだろうな』
この状況であっても沈着冷静な桃先輩が、接近する巨体な物体の解析を完了させた。彼が言うには、アホみたいにくそデカい恐竜が砦に向かってのっしのっしと散歩なう、ということらしい。
『その背には城らしきものが載っている、さしずめ移動要塞といったところか』
「向こうの連中もなんでもありだな」
俺の呆れ声に対し、桃先輩も「そうだな」と呆れ声で返事を返してきた。とはいえ、この非常事態に対して何らかの手立てを講じなくてはならないだろう。
最近の俺は疲れが天井知らずであり、戦闘中に居眠りをぶっこくなど朝飯前になってきている。全自動戦闘マシーンと化したこともあり、一部の者には恐れられていた。
もちろん寝ている間はムセルが俺ごとX・リベンジャーを動かしてくれていたのだが。
取り敢えず、誤射してしまったシーマには謝らなくてはなるまい。彼女は犠牲になったのだ。
あ、ちなみにアルアは大量のお粥をお土産に、無事に帰って来たことを伝えておく。
ドえらいことになった、ということでカビ臭い指令室にて緊急会議をおこなう。何度、訪れても慣れることはなかった指令室ではあったが馴染み深くはなっていた。
苦し紛れにテーブルの中央に置いた小さなヒマワリが俺の心を和ませてくれる。
タカアキ考案の【ニンニクまん】を片手にラガルさんが、会議の開始宣言をおこなう。というか、既にニンニク臭い。
「では、緊急会議をおこなう、はむ」
タカアキ考案の【ニンニクまん】は具が全てニンニクという漢を試されるまんじゅうだ。
ハッキリ言って、俺も恐ろしくて手が出せずにいた。それをラガルさんは躊躇なく口にしたのである。
俺は心の中で『いったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』と叫んだ。
「ぽぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「「「逝ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
ラガルさんは口から怪光線を放ち、その場に崩れ落ちた。残念なことに、彼は漢としてはまだ未熟であったようだ。
そのようなアクシデントはあったものの、つつがなくスルーして会議は開始される。結論から言えば全員一致でミルトレッチ砦を放棄、撤退ということになった。
「遺憾ではあるがミルトレッチ砦は放棄せざるを得ない」
開口一番にそう言い切ったのは、他ならぬヤッシュパパンだ。この砦に思い入れがあるであろう彼の一言により、反対の声無く会議は決した。
そうと決まれば行動は早い方がいい。フィリミシアにいる王様とデュリーゼさんに連絡を入れ、全軍撤退の旨を報告する。
『遂にきましたか……撤退の旨は了解しました。こちらの準備は整っております。あなた方はでき得る限りの情報を獲得し、フィリミシアに速やかに帰還してください』
デュリーゼさんとのやり取りを終えた俺たちは、約三ヶ月お世話になったミルトレッチ砦を後にする。やはり中には名残惜しそうにする者も多分にいた。そういう俺もその中の一人だ。
砦の壁に落書きした【絶対に守り抜くぞ】という誓いも守れず、ここを去る俺たちを許してほしい。
段々と遠ざかるミルトレッチ砦。それを俺たちはいもいもベースの艦橋のモニターで見つめていた。
いもいもベースの移動速度は相当に早い。にもかかわらず、巨大な山とも言えるトリケラトプスもどきから距離を開けることができなかったのである。
「あのデカブツ、思ったよりも足が速い! 機動力のあるGD隊とゴーレムで足止めしつつ撤退を!」
ラガルさんが焼き芋をぱくつきながら指示を出す。まだニンニク臭い、ブレスケアしてどうぞ。
ほぼ毎日のように出撃を繰り返していた白エルフたちに魔力の余裕などありはしなかった。そのため、フィリミシアに全員を転移させることができず、かなりの人数が自力での撤退となったのだ。
いもいもベースに搭乗して、囮役をしつつ撤退するのは俺たち元祖組とGD隊、勇者パーティー、そして聖光騎兵団の面々だ。合わせても五百名に届かない。
冒険者たちは別ルートより脱出を試みる。放棄された村にテレポーターが設置されているので、それを使用してフィリミシアに転移する予定になっていた。
先にフィリミシアに転移したのは女性と負傷者だ。それとドゥカンさんはゴーレムギルドに一足早く戻り、来たるべき決戦の仕上げに取り掛かっている。その間、こちらのGDを調整してくれているのはフォウロさんとザッキーさんだ。
この二人の技術は確かなものであり、それに加えてブラックスターズの三人もいるので心配はしていない。心配なのはクラスメイトたちだ。
連戦による連戦で、流石の彼らもボロボロであり、もうまともに戦うことができる状態ではなかった。ただし、一部の者は例外であることは言うまでもないだろう。
俺は戦闘中に爆睡しながら戦うという珍技を身に着けているので割と余裕がある。大っぴらに言えないのが偶に傷だ。
ハンガーデッキに向かい、調整が終わったばかりのX・リベンジャーを身に纏う。
「エルティナ、出来る限りの修理はおこなったけど完璧には程遠いわ。決して無理はしないでね」
「あぁ、分かった。ありがとう、いってくるよ、ガイナさん」
やはり目の下に隈を作っているブラックスターズの三人娘の一人、ガイナさんはそう告げた。
修理する時間すら与えない鬼の波状攻撃、それは戦う俺たち以上に戦う者を支える彼女らに負担を強いた。
それでも泣き言一つ言わずに支え続けてくれた彼女らと整備クルーたちには頭が下がる。
出撃準備を急ぐ中、ハンガーデッキに足取りがおぼつかない少女が入ってきた。艶のなくなったピンク色の髪が痛々しいプルル・デュランダである。
彼女は既にGDデュランダを身に纏っているにも関わらず足取りがおかしかったのだ。末期症状であることは疑いようがない。それは明らかに睡眠を取れていない証拠なのだ。
「く、食いしん坊! 僕も……」
「おいぃ……そんなにふらふらなのに出撃できるわけないだるるぉ!? イシヅカ、デュランダを停止させろ!」
プルルが満身創痍だというのに出撃しようとしたので、イシヅカに命じてGDを緊急停止させた。停止音と共に膝を突くGDデュランダ。彼女はそれと同時に小さな悲鳴を上げた。
「な、なんで!?」
「ナンもライスもあるかっ! 寝てろっ! エルティナ・ランフォーリ・エティル、Xリベンジャー、出るぞっ!」
泣きそうな顔を見せたプルルを置き去りにして、俺はいもいもベースのカタパルトから出撃した。全ては彼女を護るため、俺は非情に徹する。
迎撃に向かえる戦士達は百といないだろう。三ヶ月の戦いで多くの戦士達が帰らぬ者となった。特にGD隊はその三分の二が戦死している。まったくもって酷い有様だ。
空中にて俺の横に並ぶボロボロのGDラングス。歴戦の勇士ハマー・アークスイズム・カーンの姿があった。
「エルティナ様! 無茶はなされぬよう!」
「その言葉、そっくりそのままお返しするんだぜ、ハマーさん!」
修理もままならぬ状態での出撃。部下のGDの修理を優先させるため、彼のGDは満足な性能を発揮できなかった。それは俺のXリベンジャーの同様である。
無茶をし過ぎたためか、Xブースターの一部に不具合が生じているのだ。しかし、残りのブースターでカバーできるため修理は後回しにすることに決定。他者のGDを優先的に修理するように指示した。これでGD隊員の生存率が上がるなら安いものである。
加えて、物資も潤沢にあるわけではない。誤魔化し誤魔化ししながら、今までなんとか乗り切ってきたのだ。
「くっそデケぇなぁ、おいぃ!」
空中にて眼前に見えるは動く山脈。あまりにも大き過ぎて、桃先輩ですらその詳細なサイズが量れない、という規格外の存在だ。
その背にはあまりにも不釣り合いな城の姿。それはとあるアニメの敵メカを彷彿とさせる。
『くぅぅぅぅぅぅぅぅっ、くっくっく!』
城からお下品極まりない笑い声。この声は間違いない、ヤツが来たんだ!
「アラン・ズラクティ!」
『まだ生きていたか……エルティナぁ!』
俺は城に向けてヘビィマシンガンを撃つ。桃色の閃光が城に迫るも弾かれた。
『障壁っ!? まさか魔法障壁だとでもいうのか!?』
桃先輩の推測は合っているだろう、あの弾き具合は俺のピンポイント障壁と同じだからだ。つまりは俺から奪った魔力と知識を使いこなしている証拠だ。
『便利だよなぁ、この魔力、この知識! おまえなら、分かるだろう? エルティナぁ』
ぞくりとした後、頭に電流が走る。確かなる嫌な予感、確定事項と告げる俺の本能。考えてはいけない兆候に俺は自分を信じて叫んだ。
「各員、散開!」
各自、ブースター、もしくはスラスターを用いて散開する。その直後に城から伸びる三本の赤黒い何か。それは真っ直ぐこちらに向かってくるかと思いきや、急にその方向を変えた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
向かう先はGD隊員の一人、彼は手に持つ魔導ライフルを連射し牽制をおこなう。だが、効果はない。
「回避! 回避っ!!」
俺は攻撃よりも回避を指示する。だが、遅過ぎた。
「ま、間に合いま……!」
ぞぶり。
赤黒い何かにGD隊員はあっさりと蹂躙されてしまった。一瞬の判断ミスが命運を分かつ。
「ジェイクっ!? くそったれがっ!」
ハマーさんの怒声、それに呼応して残ったGD隊員たちが怒りの一斉掃射をおこなうも、赤黒い何かは悠然と次なる獲物を見定め襲い掛かった。
そして、次々と餌食になるGD隊員たち、それは圧倒的過ぎた。しかし、この圧倒的な力……いや、圧迫感はどこかで感じたことがある。それも、極々身近で。
まさか……!?
「ふきゅん!? ま、まさか!?【全てを喰らう者】だというのかっ!」
半身を失ったGDラングスたちが力無く地上へと落下してゆく。赤黒い何かは鎌首をゆっくりとこちらに向けた。瞬間、感じたことのある恐怖が襲いかかってきたではないか。
この世の全ての絶望を凝縮したかのようなドス黒く形容しがたい何か、それが俺の中に入り込んでくるかのような不快感。無論、全力で拒絶。
それができたのは、赤黒い何かから発せられる咀嚼音を聞いてしまったからだ。何を喰らっているかなど、言いたくないし言うまでもないだろう。
怒り、その感情が俺を奮い立たせ、迷うことなく突き動かす。それは俺が知っている圧迫感ではなかったことも起因していた。
『どうだぁ、俺の完全な【全てを喰らう者】は? くっくっく! 美しいだろぉ!? おまえの不完全な全てを喰らう者と違い、俺の言うことに絶対服従だ!』
「何が完全だ! どこからどう見ても不完全じゃねぇか! ざけんなっ!」
ゆらゆらと朧気な三本の赤黒い蛇、それは今にも消えそうな儚さがあった。確固たる存在感もなく、ただそこにあるだけ、ともいえる不確かなもの。
ただし、正しく【全てを喰らう者】と呼べるだけの脅威は持ち合わせていた。
『エルティナ、おまえのお陰で俺は自分の使命を、生まれてきた理由を理解できた。そうさ、俺は女神が作ったこのクソったれな世界を食い尽すために生まれてきたんだ!』
「世迷言を! おまえは目の前の困難に屈して逃げたに過ぎない! たまたま、その先に【それ】があっただけだろうがっ!」
効かないと分かっていても、俺はヘビィマシンガンを赤黒い何かに叩き込む。俺はこれを全てを喰らう者とは認めない。
『効かねぇんだよ、カスがっ! 俺はこの能力で全てを否定する! 俺の邪魔をする者は何人たりとも許しはしねぇ! 女神でも、それこそ【鬼】であってもなぁ!』
会話は終わった、とでも言わんばかりにアランは赤黒い蛇を無茶苦茶に暴れさせた。大地を抉り自軍の兵をも巻き込むも、ヤツは狂ったように笑い続けるだけ。
「やろう! 命をなんだと思ってやがる! 行くぞ、X・リベンジャー!」
ブースターを吹かして移動要塞に設置されている城に突撃を試みるも、それはハマーさんとファストスに制止させられてしまった。
「いけません! 万全ではない状態で突入しても犬死するだけです!」
「仲間がやられてるんだぞ!!」
「……だからこそです」
ハマーさんの感情を殺したかのような声に俺は正気に返った。この場で真っ先に突入したいのは他ならぬ彼だという事に気が付いたのだ。
これほどまでに自分の感情を殺した彼を見たことなどない。それは制止してくれた感謝の気持ちよりも先に恐怖が湧き上がってくるほどに。
「ごめん……どうかしていた」
「いえ、部下を悼んでいただき感謝の言葉もありません。しかし、ここは……」
俺はXブースターを停止させる。しかし、これによって不具合が発生したらしくブースターが使い物にならなくなってしまった。
情けないことだが、ファストスに抱きかかえられて戦場を離脱。いもいもベースに帰還することになった。
遠ざかる赤黒い全てを喰らう者もどき、蹂躙される鬼たちの姿と悲鳴。狂ったように笑い続けるアラン。
「あれに精神を乗っ取られつつあるのか? くそっ、不甲斐無いことだが……今の俺たちじゃあ、どうしようもない。なんとしてでも、赤黒い全てを喰らう者もどきを、どうにかする方法を考えないと!」
俺たちはやられっぱなしのまま無様にも撤退を選択。出撃者の半数が命を散らす、という散々たる結果となった。




