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食いしん坊エルフ  作者: なっとうごはん
第十一章 The・Hero
508/800

508食目 五十万

 ミルトレッチ砦にて迎撃を整えてから一ヶ月が経とうとしていた。その間、入ってくる鬼の情報といえば援軍を募っているとか、武将が新たに赴任しただのというものばかりである。


「ふきゅん、あいつら全然動かねぇな」


「だなぁ、そろそろ俺も暴れたいぜ。いっそ、こちらから攻め込もうか」


 そのように物騒なことを言うのは、ユウユウと組み手をおこなっている獅子の獣人ライオットだ。

 勇敢なことは良いことであるが、ユウユウとの組手となると勇敢を通り越して無謀である、と言う者が大半を占めるであろう。無論、俺もその中の一人である。


「クスクス、隙ありっ」


 二人の組み手を見守っていた俺であるが、どう見てもライオットに隙があったようには見えない。しかしながら、ユウユウにとっては俺の独り言に反応したという時点で、ライオットに隙が生じたと見なしたのであろう。

 事実、彼はユウユウに腕を掴まれ、腕ひし十字固めを極められてしまったのである。

 豊かな乳房に挟まれる彼の右腕は嬉しい悲鳴を、本体たるライオットはマジ悲鳴を上げる事となった。


「あだだだだだだっ!? 参った、参った! 降参!」


 降参を示すタップをおこなうライオット少年。だが、そのぺしぺし叩いている部分はユウユウのむっちりとした太ももだ。


 何故、そこをタップした、答えろっ。


「私を前にして、他の女に気をやるからこうなるのよ」


 ライオットの戒めを解いたユウユウは、優雅に立ち上がると服に付いた砂を払い落とした。

 彼女は相も変わらず純白のドレスを愛用している。その純白を赤く染め上げる対象を求めているようだが、ここ最近は鬼の連中もまったくと言っていいほど動きを示さなかった。


「おー痛ぇ。これが油断っていうなら返事もできやしねぇ」


 ライオットは仰向けになったまま、青空に浮かぶ白い雲を見つめつつ、そう愚痴をこぼす。この一コマを見ている分には、学校でじゃれ合っている風景に取れなくもないだろう。

 だが、俺たちは鬼との間で戦争をおこなっているのだ。こうしている間にも連中はよからぬことを企んでいるに違いない。


 では、こちらから攻め込めばいいではないか。ぶっちゃけ、それができれば苦労はしないのだ。

 鬼を退治するには大量の桃力が必要になる。そして共に戦う仲間が多ければ多いほど、桃力は更に必要になってくるわけだ。


 しかし、今の俺は桃使いでないため、肝心の桃力を生み出すことはできない。輝夜も俺に対しては桃力を供給してくれるが、他の者に対しては『つーん』とそっぽを向いてしまうのだ。


 えぇい、ツンデレさんめぇ。


「やっぱり受けに回るのは好きじゃないんだぜ」


「そうよね、やっぱり責めてなんぼだもの」


 若干、意味合いが違ってるかなぁ、と思いつつも深く入り込まないのが大人の醍醐味だ。というかツッコんだら何をされてしまうか分からない。君子危うきに近寄らず、である。






 それから更に時間が過ぎた。事が動いたのは九月二日、灼熱の太陽が肌を焦がす暑い日のことだ。

 あまりに熱いので桶に入れた水をドバーっと頭に掛けたタイミングで、メルシェ委員長が慌ただしく砦の野外訓練場へと駆けこんできたのだ。


「たたたたたたたた、たいへんでしゅう!」


「寧ろ、メルシェ委員長の方が大変なんだぜ」


 余程に慌てていたのだろうか、彼女の短いスカートがめくれて『おパンツ』が見えてしまっていることにも気が付いていないようだ。


 ううむ、青と白のストライプがまぶちぃ。


「YES! ナイス、ストライプ!」


 そして露骨に反応するスケベトリオ。最近は女性の部分が急成長しつつあるアカネであるが、その本質だけは変わろうとしない。つまりは変態である。


「取り敢えず落ち着くんだぁ。何があったか話しておくれぃ」


 慌てる彼女を落ち着かせてから、何が大変であるかを聞き出すことにする。同時にめくれ上がったスカートを整えてあげると一部の者から不満の声が上がるも、それらはヒュリティアたちに制圧され、物言わぬ骸と化した。これで僅かな時間ではあるが静かになることだろう。


「ふえぇぇ……エルティナさん、こうして近付くと大きくなりましたね」


「ふきゅん!? そ、それが一大事なのかぁ……!」


 解せぬ、俺は断固として遺憾の意を示し、謝罪を要求することも厭わない。


「あ、いえいえ、そうではありません。フィリミシアの大賢者様よりテレパスで連絡が入ったんです。なんでも、ドロバンス帝国が秘密兵器をこちらに向かわせているから決戦の準備を、とのことだそうです。私もラガル様から聞かされただけなので詳しくは……」


「ほぅ……」


 どうやら遂に鬼どもが動き始めたらしい。御大層に秘密兵器というものまで持ち出しているということは決着を付ける気が満々であるようだ。


「上等だぜ、秘密兵器だかなんだか知らんが、ぶっ潰すことには変わりないんだ」


 俺は詳細を聞くべく、ラガルさんがいるであろう指令室へと急いだ。砦内にある指令室は年季が経ち過ぎていて若干カビ臭いのが難点であるが、贅沢は言えないので我慢しなくてはならない。

 もう、青空の下で会議すればいいんじゃないのか、とも進言したこともあったが、やはり聞かれたら困る話が多いので、結局はカビ臭い部屋で話し合うという事になったのだ。ふぁっきゅん。


「来たな、姫さん」


「お待たせ、それで?」


 指令室には主だった面子が揃っていた。デュリーゼさんを除く白エルフの賢者、そして勇者、エドワード、ヤッシュパパンといった面々だ。

 俺の到着を確認したラガルさんは、俺が席に着くと状況の説明を始めた。


「先ほど、デュリンクさんから連絡が入った。ドロバンス帝国がいよいよ動き出したとの報告だ。連中が今まで動きを見せなかったのは、秘密兵器の到着を待っていた、これに尽きるだろう」


「ふきゅん、つまりは鬼側も無駄な兵の消耗を嫌った、てことかな?」


 俺の問いに三人の大賢者たちは頷くことで肯定とした。続けて口を開いたのはバッハ爺さんだ。彼はギロリとこの場に集った者の顔を見渡すと一人納得して語り始める。


「委縮している者はおらんようじゃの。まぁ、ここまで来て、そのような者もいるわけがないか。その上で敵の兵力を教える。敵の総数はおよそ『五十万』じゃ」


 彼のその言葉で部屋は耳が痛いほどに静まり返った。まるで時が止まったかのようだ。


「ご……五十万!? 何かの冗談ではないのですか?」


 ヤッシュパパンの言葉は皆の気持ちを代弁したもので間違いない。俺も流石に盛り過ぎなんじゃないのかと耳を疑うも、バージェスさんがそれを否定した。


「残念ながら事実のようだ。俺も〈ウォッチャー〉でもって確認している」


「さよう、恐ろしいことに、その全てが魔導装甲を身に纏っている」


 本気、つまりアランは本気でラングステンを、ひいては世界を潰してしまおうと乗り出したのだ。それがこの五十万もの鬼たち、そして秘密兵器なる物。


「デュリンクさんは、なんと?」


 俺の問いに答えたのは、あんパンをむしゃむしゃしているラガルさんであった。相変わらず、何かを食べている人だ。俺も秘蔵のブルーベリー大福でも食べようかしらん。


「作戦は変わらず、出来うる限り秘密兵器の情報を引き出し状況を見て撤退せよ、とのことだ」


「つまり、ここを放棄しろと?」


 ラガルさんの答えに目が鋭くなるヤッシュパパン。古の勇士たちが護ってきた砦を放棄することに抵抗を覚えるのは仕方がない。それにヤッシュパパンは、この砦になんらかの思い入れがあるのだろう。


「そうじゃ、フィリミシアでの決戦準備は既に整っておる。ここで敵戦力を出来うる限り削ぎフィリミシアの部隊と合流、神桃の大樹の桃力をもってこれを撃破する」


 バッハ爺さんの説明にヤッシュパパンは納得しているわけではないようだが、結局のところ反論には至らなかった。きっと頭の中では理解し完結しているのだろう。


「……長い戦いになる、終わりが見えないかもしれない、それでも我らは鬼に抗わなければならない。命を繋ぐために」


 硬く目をつぶり、絞り出すかのように語る筋肉兄貴バージェス。

 彼ら白エルフの言葉は重い。それは、かつて鬼に国を滅ぼされた事実に基づくものだからだ。


 俺たちを見捨て隠れて生きる選択もあっただろう。だが、それを良しとせず公の場に姿を晒し、他種族のために立ち上がってくれた彼らに異を唱えることがどうしてできようか。

 

 それに異を唱えるのであれば、彼らを納得させる策をもって立ち向かわなくてはならない。しかし、それができる者がこの場にはいなかった。


「報告! ドロバンスの先発隊が接近中!」


 伝令兵が指令室に飛び込んできた。どうやら、ゆっくりしている暇はなさそうである。


「数は!?」


 ラガルさんの問い掛けに、伝令兵はおよそ三千五百と答えた。


「多いな……いや、規模からすれば少ないのか」


 これには筋肉兄貴も苦笑いだ。俺たちも笑えない数である。


「さて、どれだけ粘れるかは僕たち次第だ。エル、正念場になるよ」


「ふきゅん、そうだな。でも皆がいてくれるから、なんとかなるさ」


 エドワードの気遣いに笑顔を返す。ここまできたら、なるようにしかならない。寧ろ、開き直って行動した方が良い結果になることが多いような気がする。


 だから、俺が選んだのは笑顔だ。


「よし、出撃じゃ。先発隊を撃破し、我らの強さと意地を見せ付けよ」


 バッハ爺さんの出撃指示に皆が勇気をもって立ち上がり戦場を目指す。ここに、ドロバンス帝国との戦いは激化を極めるのであった。

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